父さんな、脱サラして勇者で食っていこうと思うんだ

芽中要

第一話「親父、旅立ちの時」

「父さんな、脱サラして勇者で食っていこうと思うんだ」
 ブラック会社で万年係長の親父がそんなことを言い出した。
 おいおい、あんた一体いくつだよ?
 現実を見てくれよ。
 勇者で食っていく、なんてヒップホップで食っていくこと以上に無理ゲーじゃねえか。
「ちょ、待てよ!」
 キモタコばりにオレは言った。
「親父が会社を辞めたら誰がオレを養ってくれるっていうんだ!?」
 オレは現在実家で自宅警備員として日々業務に従事している。
 その雇用主である親父が会社を辞めるととても困る。
 大事なことなので繰り返すが、とても困る。
「こう見えても父さんは若い頃武闘派としてブイブイ言わせていてな。魔王なんてちょいちょいっと片づけてみせるさ」
 そう言ってあるかどうかもビミョーな力こぶを作ってみせる。
 その根拠のない自信は一体何なのか。
 駄目だこいつ……早くなんとかしないと……。
 オレは戦慄を覚えた。
 あんたニートで引きこも……じゃない、自宅警備員のオレにすら腕力で勝てねえじゃねえか。
 そもそも、腕力で敵わないから親父はオレを追い出せないでいるのだ。
 もしもピアノが弾けたな……じゃない、もしも親父の方がオレより腕力があったらオレはとうの昔に家を追い出されている。
 そのことからうかがい知れるように、パワーこそ力、言い換えれば力こそパワーなのだ。
 かつて偉いかどうかは知らないが、ヒゲを生やしてコスプレめいたヘルメットをかぶり剣を持った、銃刀法違反丸出しの自称「黒い神」はこう言った。
「力こそパワーよ」
 「力」を「イチゴ」に変換してみる。
「イチゴこそストロベリーよ」
 うむ、わけがわからん。
 頭の悪い発言だとは思うが、そう言い切れるくらいにはこの世界は力こそパワーなのだ。
 パワーがあるからこそ、オレは自宅警備員という立場に踏み止まっていられる。

 その後。
 宣言通り、親父は会社を辞めた。
「ちょっと魔王倒しに行ってくる。留守は頼んだぞ」
 その辺のコンビニに行くような気軽さで親父は旅立っていった。
 そして、出発して即、光の速さ(アイシ〇ルド21準拠)であの世に旅立っていった。
 雀の涙程度の微々たる退職金をオレにのこして。
 玄関を出た矢先、居眠り運転のトラックが突っ込んできたのだ。
 よくある「絶対に〇〇〇(自主規制)に負けたりなんてしない!」→「〇〇〇(自主規制)には勝てなかったよ……」の即落ち二コマよりひどかった。
 こうしてワキガが臭かったり暑い時には暑さを、寒い時には寒さを激増させる親父ギャグを空気も読まずに言ったりするものの、給料という名のマネーをせっせと運んでくるATMをオレは永遠に失ったのだった。

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