魔石調律のお値段は?

クルースニク

第五話

 決闘前夜。
 白銀の髪の少女は、再び中央広場を訪れていた。
 ここは、親友との思い出の場所だった。

『フィアナ、私は大陸で一番の魔石調律師になるからっ!』

『そう。じゃあ、私はソラの魔装具で、大陸で一番の魔術師になるね』

『本当? 約束だからね、フィアナ!』

 夢を語り合った彼女は、もうこの世にはいない。
 明るく、元気な少女だった。しかし、流行り病は無慈悲な死神のように、容易く命を刈り取っていった。それが十年前の話。
 遺されたのは、かつての約束と……彼女が死の間際まで調律していた魔装具だけだった。
 その存在を知ったのは、彼女の葬儀の時だった。
 恐らくは驚かせるために内緒にしておいたのだろう。

 娘の最初で最後の作品だからと、彼女の両親が棺に入れたそれを見つけ、フィアナは譲ってほしいと懇願した。
 約束があったから。
 彼女の魔装具で、大陸最強の魔術師になるという約束が。

 そして、ついに一つの頂まで来た。
 緑の宝珠に銀の装飾が施された勲章を握り、亡き親友の面影を思い出の場所に見る。

(また、あなたの魔装具を否定する人が出て来たわ。わからせてあげましょう、
私とあなたのコンビに敵はないって)

 明日の決闘へ向け、意思を強くするフィアナ。
 その想いを受け、魔石は淡く輝いた。月光を浴び、銀色に。


            ◆


 決闘当日。
 トウタが決闘場を訪れると、白銀の髪の少女となぜかライラまで立っていた。
 少女は制服、ライラはメイド服ではなく黄色のワンピース姿だった。
 こちらの姿を見るなり、ライラは駆け寄ってくる。

「エレッジさんっ」

「……なんでお前がここにいるんだ?」

 純粋に疑問で、トウタが問いかける。

「なんでって、私が発端みたいなものなのに、放っておけるわけないじゃないですか」

「お前、そんなことを考えられたのか……?」

 本気で驚愕すると、ライラは心外そうに頬を膨らませた。

「馬鹿にしないでください、それぐらいの常識はあります」

 ならばどこまでの常識があるのか。疑問であったが、詮索はやめておく。
 朝一番に瞑想をして整えた心を乱したくなかった。

「ひょっとしたら来ないんじゃないかと思っていたけど、本当にやる気みたいですね」

 白銀の髪の少女がトウタの背負っている革袋を見て言った。

「逃げたら不戦敗になるからな。こっちは工房の存亡が掛かってるんでね」

 賭けたのはトウタだった。
 どの道明日には潰れるのだ。ならば、少しでも可能性がある方に賭ける。
 決闘に勝利し、彼女から魔石調律の依頼をもらう。それが自分のためにも、そして彼女たちのためにも良いと思った。

「見届け人は、この子でいいのか?」

 トウタが後ろ手にライラを示すと、銀髪の少女は頷いて見せた。

「ええ、ちょうどいいですね」

「え? え?」

 勝手に見届け人に決められ、ライラが二人の顔へ視線を彷徨わせる。

「見届け人とか以前に、そもそも決闘って何なんですか……?」

 平民の出らしい彼女は、あまり決闘とは縁のない人生を歩んできたようだった。細かく説明すると長くなるので、簡潔にトウタは説明する。

「いざこざを解決する一つの手段として、王都も認めている方法が決闘だ。
 君の見届け人としての役目は、決闘開始の合図と、最後に勝敗を判断すること。
 今回の決闘のルールは、どちらかが戦闘不能になるまで……それでいいか?」

「あなたがそれでいいのなら」

「ということだ。まあ、試合の合図をしたあと巻き込まれないように離れて、どちらかが戦闘続行不可能だと思ったら、勝った方の名前を言ってくれればいい」

「わ、わかりました」

 ビクビクしているライラを中央まで促し、手を挙げさせる。
 二人はその前に向かい合う。
 銀髪の少女はその髪色と同じ色の剣を鞘から抜き、トウタは背負った革袋から背丈より一回り小さい槍を取り出す。
 それぞれ、得物を中段に構えた。

 そこで、ふとトウタは思い立った。

「……そういえば、まだお互いの名前を聞いていなかったな」

「そうでしたね」

「俺は、トウタ・エレッジ。君は?」

 自ら先に名乗る。
 無視されるかと一瞬不安になったが、彼女は素っ気なく返してくれた。

「私は、フィアナ・エーデルカ」

 聞き覚えのある家名に、トウタが疑問を発するよりも早く。

「そ、それでは、始め!」

 合図のタイミングを計り損ねたライラが、自棄になってその腕を振り下ろした。


 真っ先に体を反応させたのは、フィアナだった。
 魔石が翡翠の輝きを放つ。魔術が発動した証だった。
 彼女の周囲に風が生まれ、その気流を纏ってこちらへ斬りかかってくる。

 疾風のように飛び込んでくる彼女の刀身をトウタは穂先で受け、鍔迫り合いとなる。
 その時、トウタの魔石が紅い輝きを放つ。握り拳ほどの火球を虚空に生み出し、フィアナへ向かって放つ。

 彼女も風の塊を生み出すと、同軌道上に打ち込んで激突させる。その爆風にトウタは咄嗟に後ろへ回避するが、風の鎧をまとうフィアナはそのまま飛び込んできた。
 着地するよりも早く、フィアナがトウタへ向かって真横に剣を振り抜く。トウタは柄で防ぐが、空中で受け切れずに後方へ吹き飛ばされ、背中から壁に激突する。

「がッ――」

 肺の空気が押し出され、頭が真っ白になる。
 しかし、目前に迫ったフィアナの姿に、横へ跳ぶ。
 剣の腹で放った一撃が、さっきまでトウタが寄り掛かっていた壁へ突き刺さった。

 それを隙と見たトウタが、槍の石突でフィアナの横腹を狙う。
 その時、フィアナの魔石の輝きが増した。烈風が彼女を中心に吹き荒れ、トウタは再び吹き飛ばされた。
 地面を転がりながら、できるだけ彼女から目を反らさないよう注意し、勢いを利用して立ち上がる。

(……流石主席、隙もなければ容赦もない)

 さっきの一撃。まともに喰らっていれば、確実にあばらを打ち砕かれていた。

(正面から打ち合って勝てる相手じゃない、か。なら、やっぱり“響律”を使うしかないか)

 純粋な戦闘技術ではあちらが上。ならばそれで劣るこちらは、小細工でその差を埋めるしかない。トウタは使用するべき文字を脳内で探し始める。


「その他」の人気作品

コメント

コメントを書く