魔石調律のお値段は?

クルースニク

第四話

「あなたは、昨日の。なんでここに……」

 真昼に幽霊にでも出くわしたような顔をする彼女に、トウタは軽い手振りで工房を示して答える。

「ここが俺の工房なんだ」

 一瞬、少女は胡乱げなものを見る目になる。だが、すぐに納得したように頷いた。

「そう。魔石調律師なら、あり得なくもない話なんですね」

 その報酬の異質さを知っているようだった。

「それでも、随分と高い買い物だったけどな」

「その割には、客足が寂しそうに見えますね」

 工房の中を見回したあと、真新しい作業台に目を止めた少女が淡々と指摘する。

「ええ。今なら予約なしの即日対応で調律できるが、どうする?」

 軽く流してテーブルの上の物を示す。
 彼女の顔に焦燥の色が滲んだのをトウタは見逃さなかった。

「結構です。それはこのメイドが勝手に私の魔装具を持ち込んだだけ。返してもらいます」

「そうか。それは残念だ」

 魔装具を彼女へ手渡す。
 手にした彼女は即座に状態を確認し……安堵したのか、頬を軽く緩めた。
 その様子を見て、トウタは自分の仮説がある程度あっていることがわかる。
 少女はこちらへ軽く頭を下げた。

「突然の無礼、申し訳ありませんでした。このメイドについてはこちらの方で相応の処置を致します。では」

 キッと横目で睨まれたライラが身を竦ませる。
 そうして昨晩と同じように踵を返し、彼女は玄関へと向かう。

(……さて、どうするか)

 その背中を眺め、トウタの脳裏には二つの選択肢が生まれていた。

 一、魔装具の持ち主の意思を尊重し、このまま放っておく。
 二、魔装具の調律者の意思を尊重し、彼女に関わる。

 彼が選んだのは。

「――それにしても、ひっどい調整だったな、あの魔装具。ライラさんが持ち込むのも理解できるよ」

 ライラの方を向き、わざと工房中に響くような声でトウタは言った。

「十年前っていうのを差し引いてもあれは酷い。最初見たとき子供の落書きかと思ったぐらいだ」

「そ、そうなんですか?」

 不意に話題を振られたライラは戸惑いながらも聞き返してくる。
 普通は黙っているものだが、普通でないことはすでにわかっていた。

「ああ。古代言語の刻み方も荒いし、文字の大きさもバラバラ。俺だったら恥ずかしくてとても人には渡せないな」

 コツコツと、足音がこちらに近づいてくるのがわかった。
 それでも、トウタはライラの方を向き続け、言葉を止めない。

「あの魔装具は――失敗作だ」

 ヒュンッ、という風切り音がトウタの耳に響いた。刹那、首筋に冷たい感触を覚え、目線を下げる。前方から伸びた刀身が彼の頸動脈を捉えていた。
 ライラが短い悲鳴を上げる中、トウタはその主に向かって微笑んだ。

「あれ、まだ帰ってなかったのか、お嬢様?」

「……しなさい」

 蒼の瞳に強い怒りと、軽蔑の色を浮かべて少女が何かを呟く。激情に震えて、トウタの耳では聞き取れなかった。だから、聞き返した。

「ああ、やっぱり気が変わって魔石調律の依頼を頼みに来たのか?」

「訂正、しなさいッ」

 少女が咆える。刃が首筋に食い込んだ。しかし、叩き斬ることを前提に作られた刀身、押し込んだぐらいで肌を裂くことは無い。

「訂正? 何を?」

 わざとらしく肩を竦めて見せる。
 こういう状況では、自分でも嫌になるほど頭が回る。

「さっきの暴言と、この魔装具を失敗作と言ったこと、全部ッ!」

「それは無理だ」

 即答した。

「魔石調律師として、それは訂正できない。事実だからな。
 まあ、嘘はつけるよ。素晴らしい魔装具だって」

「あなた、馬鹿にしているの……‼」

 トウタは首肯した。

「ああ、馬鹿にしてる。だって、馬鹿だろ?
 王立魔術学園に通いながら、こんなふざけた調整の魔装具を使っているなんて。真面目に勉強するつもりがあるのかよ」

「…………ッ」

 初めて、少女が言葉を詰まらせる。怒りを堪えるように奥歯を噛みしめて音を鳴らせた。
 トウタは冷ややかに続ける。

「たぶん、周りの生徒たちにも色々と言われてきたんじゃないか?
 本当にかわいそうだな。お前じゃなく、これを調整した人間が。同じ魔石を調律する者として同情するよ」

「な、何を……」

「だって、そうだろ? さっきお前が暴言だって言ったことは、魔装具に関わる者としての率直な感想だ。
 そう思うのは俺だけじゃない、ちょっとでも魔装具のことが分かる人間なら同じことを思う。それを敢えて使うなんて、こんな調整をする未熟者がいますって、宣伝してるようなものじゃないか」

「違う! 私がこの魔装具を使用しているのは、証明するためッ。あの子が残したこの魔装具で、あの子が最高の魔石調律師だったって!」

 少女の想いを聞き、だからこそ辛辣にトウタは続けた。

「それは無理だ。そんな魔装具を使っているお前じゃ、魔術を嗜むだけの俺にすら勝てない」

「侮辱しているの……‼ 魔石調律師のあなたごときに、この私が負けるわけないでしょ!」

「なら、試してみるか?」

 不敵に笑い、トウタが少女へ問いかける。

「試すって……」

「――決闘。こういう時に白黒着けるならあれしかないだろ?
 俺が負けたら今までの発言は全部謝罪して、工房を閉めてこの町から出ていく。ただし、お前が負けた場合は……」

「受けるわ、その決闘」

 トウタの言葉を遮り、少女はそう意思を示した。

「条件、最後まで聞かなくてもいいのか?」

「私は負けないもの。もし、万が一、あなたが勝った場合はどんなことでも好きにすればいい」

 そう言って、ようやく彼女は剣を収めた。

「日時と場所はどうする?」

「あなたに任せる」

「なら、明日の午前九時。中央広場の決闘場でどうだ?」

「構わない」

 トウタの指定した日時に、少女は素っ気なく答えると工房をあとにした。
 まるで、一秒でもここに居たくないと言わんばかりに。
 去っていく背中を見送り、張り詰めた空気から解放されたトウタは安堵の息を漏らした。

「あの、大丈夫なんですか? 決闘なんて……」

 ことの成り行きを見守っていたライラが、心配そうに声を掛けてくる。
 トウタはそれを和らげるように微笑んだ。

「こう見えて案外、魔術の心得はあるんだ。王立魔術学園の一年生レベルなら、なんとかなる」

 それでも、ライラは不安そうに続けた。

「でも、お嬢様は第一学年の主席ですよ?」

「……え?」

 聞き間違いかと思い、トウタは聞き返す。

「昨日お屋敷を上げて祝杯を挙げたので、間違いないと思います。勲章も授与されていたみたいですし」

 勲章。確かに王立魔術学園にはある。成績最優秀者に与えられるものが。
 トウタはわけがわからなかった。

(嘘だろ、あの状態の魔装具で学年主席って、化け物かよっ。
 だったら帰ってきた理由も逆か……!)

 落ちこぼれたから逃げ帰ったのではなく、一つの頂に立ったからそれを報告しに来たのか。
 しかし、言ってしまったものはしょうがない。
 覚悟を決め、トウタは明日の決闘へ備えることにした。


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