スキルを使い続けたら変異したんだが?

クルースニク

第三十九話 ユウト・カミシロ

 ズシンッ!
 山肌が大きく揺れた。力を失ったサイクロプスの巨躯が大地へ崩れ落ちたためだ。
 その肉体もすぐに光となって霧散し、あとには人型のクレーターのみが残る。

「よしっ……と」

 すっかり馴染んだ翼を操り、そこへ降り立った。
 同時、電子音のファンファーレが響く。レベルアップを知らせるものだ。

 今のでもう92だ。
 ルカッファイーター、グリフォン、そして今回のサイクロプス。
 それだけのユニークボスを倒せば当然と言えば当然の上がりようだ。

「クリムゾンブレイズだけでも強いのに、このアイズ・レイヤーで制空権まで握っちゃったらどんなユニークボスも楽勝なんだよねぇ」

 俺の口から、俺のもので無い声が漏れる。
 声だけではない。今、俺の体は俺のものではない。

「――どう? ユウト、愉しい?」

 俺の口を使って、聞き覚えのある声で問い掛けてくる。

 ――リアナか

「ピンポーン! 大当たりっ!
 これがユウトの欲しがっていた力だよ。自分の思うがままに、全てを蹂躙する絶対の力!
 愉しいでしょ? もう負けないよ!? もう逃げなくていいんだよ!?」

 得意げに。子供が親に褒めてもらおうとするように。リアナは言う。

「ねえ、これからどうしよっかっ!?
 あの生意気なおばさんに闘技場のリベンジしちゃう!? 
 それともユウトの頭を掻き回そうとした優等生を消去しちゃおっか!」

 ――リアナ

「あっ! じゃあ、優等生をこっち側に引き入れるとかどう!?
 で、このゲームのシステムを全部乗っ取っちゃうの!
 それこそ、本当にこの世界を自由に――」

 ――ありがとう

 捲し立てるリアナに、俺は心からそう告げた。
 あれほど熱の篭もっていたリアナの声が、途切れる。

 ――もういいんだ

「……はあ? ――ッ、はあっ!? 何よ、もういいって!
 あなたから欲しがった癖に、用が済んだらお払い箱って訳っ!?」

 それが、リアナの琴線に触れた。

「あれだけみっともなく逃げ回っていたから力を貸してあげたのに!
 本当に、人間って身勝手……!」

 いや、お前にだけは言われたくない……とか。
 お前だって楽しんでたじゃないか……とか。
 出かかった言葉をなんとか飲み込み、俺は頷いた。

 ――ああ、そうだ。俺は身勝手な人間だよ
   憧れたかと思えば、嫉妬したり
   助けたかと思えば、蹴落としたり
   争い事は嫌いと言ったかと思えば、喧嘩を吹っ掛けたり

 自分で言いながら、酷い奴だと思う。
 良い人間じゃない。とても関わりたいと思えるような性格ではないだろう。
 だから、殺した。

 それを押し通せるほど強い人間じゃなかったから。
 でも、今は。

 ――お前のおかげだ。お前が力をくれたから、俺はそんな俺に戻れた

 仮面を着けた毎日は平穏だった。
 だが、自分に嘘をついた生活は、死んでいるのと同じだった。
 感動も、やりがいも、情熱も。何もない空っぽな日常だった。

 だが、このゲームをやり始めてそれが変わった。
 クリムゾンブレイズを手に入れてゴーレムを倒し、レナやナツメと過ごした日々は様々な色へ満ちていた。

 ――ああ、そうか

 思い返し、自分で納得する。
 だから、負けたくなかった。死にたくなかったのだ。
 この世界で俺は、ユウト・カミシロとして生きていたから。

 ――ありがとう、リアナ。俺を守ってくれて
   でも、俺は俺自身の意思でこの世界を生きていく
   だから、代わってくれ
   酷い奴だっていうのわかってる。でも、それが俺だ
   それが、ユウト・カミシロって人間なんだ

「…………、」

 黙って俺の話を聞いていたリアナ。その周囲を揺らめく緋色のオーラが景色に溶けるように消えていく。
 身体が小刻みに震えているのが分かった。

「……、……ふふ。――あっははははは! あはははははははははははっ!」

 ――り、リアナ?

 突然笑い出す彼女にヤバいものを感じ、俺が恐る恐る名前を呼ぶ。
 彼女は目じりの涙を拭いながら言った。

「……くっふふふ。まさか、拒絶するどころか受け入れるとはね。
 あーあ、色々小細工してたのが馬鹿みたい」

「何を言って……ッ‼」

 問い掛けて、気付く。自分の声が戻っていることに。
 見回してみれば、初期装備の鎧とマントへ変化していた。

 リアナの声色がすっ、と変わる。

 ――己の欲動と向かい合い、許容したあなたになら託すことができる
   リアナのスキル、その正真を

 電子音が脳内に響く。
 次いで、タブレットが目の前に現れた。

『クリムゾンブレイズが消去されました。
 緋刃創我を習得しました』

「ッ!? このスキルは……」

 ――クリムゾンブレイズは、奴らからこのスキルを隠すためのもの
   そして、このスキルは奴らの企みを砕くことができる唯一の刃

「奴ら? それに企みって……ッ」

 脳内に鋭痛が走り、俺は顔を歪める。
 次いで、恐るべき情報量が流れ込んできた。

「仮想技術を用いた記憶の改竄……?
 精神浸食によるプレイヤーの隷属化……!
 これは……!?」

 ――これが奴らの計画
   この仮想世界を利用して、あわよくば世界を手に収めようとするっていうね

「……許せないな」

 ――許せないでしょ?

 ああ、許せない。

「俺の世界を利用するなんて……っ‼」
 ――リアナの世界を利用するなんて……っ‼

 ならばどうするか。決まっている。
 気に入らないのなら、叩き潰すまでだ。
 そう決めた直後、

「――PSモードでフィールドを形成」

 よく知った声が背後から響いた。


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