スキルを使い続けたら変異したんだが?

クルースニク

第二十八話 予兆

 ギリギリという耳障りな金属音。拮抗に打ち勝ったのは、紅の剣。
 セリアは吹き飛ばされる寸前に地面を蹴り、勢いを利用して大きく距離を取る。

 刀を上げ、大上段から斬りかかる。
 瞬く間の動作。しかし、彼我の距離がセリアに反応を許した。
 半身を開いて躱され、そのまま回転。地面と平行に並んだ二つの刃が、勢いのまま背中に叩き付けられる。
 だが、俺は止まらない。止められない。

 背後を振り向きざま、剣を真横へ薙ぐ。
 攻撃を終えて硬直していたセリアが、恐ろしい反射神経で片方の剣を動かす。
 完全に防御の体制を取る前に、俺の剣は彼女へ届く。

 辛うじて間に挟んだ蒼の剣を軽々と押し返し、そのまま胴体へ一撃を喰らわせる。
 彼女は大型車に撥ねられたように地面を転がっていった。

 確実に、HPを全て奪い切るはずの斬撃。
 それを受けてなお、彼女は双剣を地面へ突き差し、砂煙を巻き起こしながら獣のように四肢で踏み止まる。

 頭上には、目を凝らさなければ視認できないほどの微かなゲージが残っている。その体から闘気が消えた。偶然とは思えない。何らかのスキルの効果か。

 もう関係ない。
 こちらにはあと一撃残っていて、彼女のステータス上昇の効果はなくなった。
 もはや反応できる道理はない。

 ギリギリと右手を後ろへ引き絞る。
 絶命を待つセリアの笑みに陰る色はなかった。

『ブラッディ・ダンス……ッ!』

 双剣が、血色に染まる。
 絵具をぶちまけた様な、ドロリとした光彩のない朱色へ。

 こちらが腕を解き放つのと、セリアが地面を蹴るのは同時だった。
 フィールド中央で俺と彼女は激突し、視界が紅朱に染まる。


 次に視界が戻った時、真っ先に飛び込んできたのは数メートル先で双剣を振り切ったセリアの姿。
 俺と彼女の間の地面には、大きなクレーターが生まれていた。
 咄嗟に自分のHPバーを確認する……が、微動だにしていない。
 まさか、相殺したのか……?

 そんなことを考えていた直後、俺を包んでいた真紅の光が輝きを失っていく。
 三十秒にはまだ満たない。ならば、こちらが勝ったのか。
 そんな安直な考えは、ヴェールが掛かったようにぼやける世界を前に打ち砕かれた。

『え、なんでHPが残ってるのに死んでるんですか?』

 顔を上げたセリアが、きょとんとした表情で訊ねてきた。
 心当たりはある。クリムゾン・ブレイズのデメリット。
 だが、効果時間はまだ――ッ。

 思い当たった。
 それは、セリアがPvPを始めた時の説明。

 “レベルによるステータスと、スキル補正”はなくなる。

 効果時間は確かレベル補正のはず。ならば、四連撃後の残り時間は一秒もなかったのだろう。

 初めての敗北だった。
 装備を失うことはなくても、重い何かが心の奥に圧し掛かる。
 久しく感じたことのない、悔しいという感情だった。

『スキルに何か秘密があるんですかね。
 でもまあ、こちらも久々に全力を出し切ったのでよしとしましょうか。
 これで私の勝ち! つまり、運営側の勝利です!』

 わぁー、ぱちぱちと自ら手を叩くセリア。
 彼女の今までの言動を見ていた観客たちはかなり引き気味で、最初の熱気が戻る様子は見受けられない。
 それでも意気揚々と司会席へ戻ろうとする。
 そんな中、

「あの~、まだあたしが残ってるんですけど……」

 控え目な声が背後から響き、その主のもとへ俺、レナ、セリア、観客全ての視線が集中する。
 ゴシック衣装を身に纏うナツメが、控え目に手を挙げて自己を主張していた。
 あっ……、いや、忘れてなんかなかったよ。

『ああ、そういえばまだ居ましたね。
でも、もういいですよ。決着はついたようなものですから。終わりにしましょう』

 ニコリと、司会の顔に戻ったセリアがそうナツメに促す。
 栗色の髪を揺らし、彼女は食い下がる。

「いえ、でもまだあたしは無傷で――」

『――もういい、って言ってるんですよ』

 愛想笑いはそのまま、すぅっと瞳が細められる。

『私は今の戦いに満足しているんです。あなたみたいな雑魚を相手にして、その余韻を台無しにしたくないんですよ』

「ッ、おいっ!
 それが人にマナーだ何だって言ってた奴の言葉かッ⁉」

 あまりにも辛辣で、あまりにも酷い罵りに、俺は声を荒げる。
 彼女は俺の方を向いて、クスリと笑う。

『あれ、何か言ってます?
 生憎負けたプレイヤーがアドバイスできないように、対戦終了まで他のプレイヤーに声を掛けられないようになってるんですよね~』

 この女……ッ‼

『まあ、でもどうしてもっていうなら……。こうしましょうか?』

 パチンッと、セリアが指を鳴らす。
 同時にフィールドの至る所に光の魔法陣が現れ……数十のモンスターの群れが現れる。
 ウルフ、ワーウルフ、ケンタウロス、スカルソルジャー。その他数種類。

『今更ですけど、一対三ってハンデ与え過ぎだと思いません?
 しかも相手はユニークスキルと装備持ち。私はクラス以外、通常のプレイで入手可能な装備とスキルだけ。
 うん、凄いハンデ。ちょうどいいので、あなたにはその帳尻合わせをしてこれらのモンスターと戦って頂きましょう』

 無理だ、勝てるわけがない。
 PvP状態でレベルによるステータス補正がない上、先の戦いで専用スキルを使ったため、エモーションハートの効果はゼロに等しいはず。

 セリアの横暴なやり方に、会場からポツポツと批判の声が上がる。

「汚いぞっ!」

「それが運営のやり方か!」

「こんなゲーム、やめてやる!」

 それらが渦を巻き始めた頃、セリアはにこりと笑って言った。

『ええ、嫌ならやめてくださって結構ですよ。
 ――やめられるなら、の話ですけど』

 ざわつく会場へ向かって両腕を広げ、彼女は彼らを睥睨する。

『世界初のVRゲーム!
 その特許を持っているのは、私たちの会社だけ!
 当然、その権利を他社へ譲るつもりはありません。

 とすれば、この世界を味わうことが出来るのは私たちが開発するこのゲームのみ。
 この感覚を知ってなお、画面とにらめっこしながら今までのMMOを楽しめるというのなら、やめればいいのでは?』

 彼女の言葉に愚痴や罵声はあっても、反論は聞こえてこない。
 ああ、やめられるわけがないのだ。この世界を一度知ってしまったら、今までのMMOに戻れるはずがない。
 だが、それを振りかざすセリアのやり方は、あまりにも乱暴だった。


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