ムーンゲイザー

Rita

塩焼きそば

緑のトンネルを抜けると、そこは一面、キラキラに輝く海だった。

3時間の電車の旅はもっと長いと思っていたが、いろいろな話をしたり、音楽を聴いていると案外すぐだった。

「わぁ、海だー!」

私たちは子供のようにはしゃいだ。

駅に着くと、海の香りがした。

私は目を閉じ、思い切り深呼吸をした。

あぁ、海だ。海に来たんだ。

しばらく歩くと、白い砂浜が一面に広がっていた。

シーズンを終えた海には誰もいなかった。

私たちは早速はだしになって、海水の冷たさにきゃーきゃー言いながら、しばらく夢中で遊んだ。

じゃれ合う子犬みたいに。

ひとしきり遊んでお腹がすいたので、売店を探したが、閉まっていた。

どうしよう、と困っていたら、

「こんなこともあるかと思って」

とツムギはバックパックから、即席塩焼きそばのカップを2つと、魔法瓶を取り出したのだ。

私は目が点になった。

大きな荷物の中身はこれだったのだ。

「今、ハマッてるの、これ。
日本のカップ麺てすごいよな。
簡単で、めちゃうまい!」

ツムギは笑い、上機嫌で塩焼きそばを作り始めた。

「びっくり!
ツムギ、こんなの持ってきたの?
しかも、お湯まで!」
私はおかしくなった。

ほんと、この人のすることは予想できない。

「そりゃ、もちろん、お湯がないと始まらないんだよ、即席麺てのは。
あー、重かったんだ。やっと荷物が減るよ。
あ、これ好きじゃなかった?」

「ううん、大好物!
まさか海見ながら食べるとは思わなかったけど。」

お湯を近くの手洗い場で捨てて、2人は木陰の下にシートに敷いて、塩焼きそばを食べた。

「うまいー!」
「おいしいー!」
私たちは感動して同時に叫んだ。

海で食べる塩焼きそばはびっくりするほどおいしかった。

時折吹いてくる潮風と塩焼きそば。

最高の組み合わせだった。

ツムギはあっという間に食べてしまい、ペットボトルのお茶を飲んでこう言った。

「’君と海と塩焼きそば’
このタイトルで曲が書けちゃうかも。」

私はおかしくなって笑った。

「それ、聴いてみたいな。」

そう呟くと、ツムギは「聴きたい?」と言いながら、おもむろに荷物から小さいギターを取り出した。

私はびっくりして目が点になった。

「へ?ギター?
そんなのも入ってたの?」

「うん、ミニギター。
持ち運びやすいし、値段も安いから最近買ったんだ。」

「ツムギのバックパックはドラえもんのポケットみたいだね。」

「そうだよ。なんでも入ってる。」

ツムギは笑いながら、ギターのチューニングを始めた。

白くて細長い指が弦を弾く。

「すごいね、ギター弾けるんだ。」

「従兄弟の兄ちゃんに習い始めたばかりだから、まだ下手くそだけど、、

適当にコード弾いて遊んでたら、たまに曲ができたりするの。

今、曲が浮かんだから、ちょっと恥ずかしいけど、聞いてくれる?」

「もちろん!」

「じゃあ、聴いてください。
新作、“君と海と塩焼きそば”」

私は笑って耳をすませた。

ツムギは深呼吸を一つして、ギターを弾き始めた。

優しくて切ないギターの音色。

たどたどしいが、心がこもっている弾き方に惹きつけられた。

ツムギが歌い出すと、一気に引き込まれた。

まず、圧倒的に声が魅力的だった。

ツムギの歌声は話す声とは違い、高く透き通る、どこが切ない声だった。

ずっと聴いていたいと思わせる心地よい響き。

ツムギが歌っている間、私はずっと彼の世界観に圧倒されていた。

歌詞は時折「ラララ〜」の部分もあったが、切ない気持ちが伝わってくる内容だった。

全部は覚えていないが、

「夢みたいな時間はいつか終わってしまうから。」

の部分が特に切なく、涙が出そうになった。

私も自分も同じ気持ちだ、と思った。

寄せては返す波を眺めながていると、海の満ち引きは常に変化しているのがわかる。

同じ瞬間は二度とないのだ。

それと同じく、今こうしている瞬間は今しかない。

それを留めておくことは誰にもできない。

それは胸が締め付けられるように切ない悲しいことのようだが、同時にこの刹那こそが人生の素晴らしさでもあるような気がした。

だからこそ、「今この瞬間」をこの胸いっぱいに抱きしめたい、大切にしたいと思うのだ。

ツムギの歌を聴きながらそんなことを思った。

気がつけば、目から涙が出ていた。

歌が終わると私はその涙をぬぐいながら、静かに拍手をした。

「ツムギ、すごいよ。
感動しちゃった、私。
なんて言ってらいいか、、」

言いながら涙がどんどん溢れてきて、私は顔を手で覆った。

泣いている私をツムギはそっと抱き寄せた。

「ありがとう。

人に聴かせるのは初めてだから、そう言ってもらえるの、すごく嬉しいよ。」

ツムギに肩を抱き寄せられた格好になり、私の心臓はこれ以上ない速さで音を立てた。

顔も一気に暑くなって、気づけば涙も止まっていた。

どうしよう、ドキドキしすぎて死にそう、心の中でそう呟いた。

ふと顔を上げると、ツムギの顔がすぐ近くにあった。

私たちはしばらく見つめ合っていたが、沈黙を破ったのは私の方だった。

「ごめんね、泣くつもりじゃなかったんだけど。」

恥ずかしさにいたたまれなくなって、私はさっと立ち上がって言った。

「すごいよ!才能ある!
ツムギ、ほんとに今作ったの?
私、感動しちゃった!」

ツムギは照れたように笑った。

「ほんと嬉しいよ、そんな褒めてくれると。
海で女の子に弾き語りするなんて、クサ過ぎて引かれるんじゃないかって思ったけど。」

「は!確かにこのシチュエーション!
クサ過ぎるね!」
2人は笑った。

「どうしても今の感情を歌いたい!って思ったんだ。
ギター持ってきてよかった。」

「すごく伝わってきたよ。
切ない曲だね。」

「ねぇ、他にも弾ける曲ある?
ツムギの歌声、もっと聴いていたいな。」

「えー、じゃ、コピーでもいい?」
ツムギは照れながらそう言った。

「もちろん!嬉しい。」

私はツムギの隣に座り直した。

まだドキドキしていた。

さっきの、あの距離。

近くで見たツムギの真剣な表情。

恥ずかしくて、あの場から逃げてしまった。

そして、怖かった。

これ以上彼を好きになってしまうことが。

離れるとわかっている相手だから。

心に従うのであれば、ツムギに触れたい、と思っている。

でも、その先の未来を考えてしまう自分もいる。

寂しい気持ちが強くなるだけだ。

ツムギの歌声に耳を傾けながら、私はそんなことを思った。

歌ってくれた曲はどれも素敵だった。

夏の終わりの海辺で、よく伸びるツムギの歌声は耳に心地よかった。

永遠に聴いていたかった。

食べかけの塩焼きそばは伸びていた。


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