ムーンゲイザー

Rita

三日月

両親は共働きをしている。

母親は仕事から帰ってきて大忙しで夕飯をつくり、家事をしているし、父親は仕事か飲み会で帰りは遅い。

気が向いた時に姉か私が夕飯を作ることもあるが、大抵は母親が買ってくる惣菜を食べた。

母親と2人でも夕香子は自分のことを話すことはなく、大抵は母親の仕事場の愚痴を聞くことが多かった。

その日も夕食を済ませ、テレビを見てそろそろジョギングしてくるね、と家を出ようとすると、

「最近、夕香ちゃん、大人っぽくなったよね。」
と母が嬉しそうに言った。

さすが、母の直感はすごいな。
と私は思ったが、

「別にー。普通だよー。」

とぶっきらぼうに言って家を出た。

いつものベンチに着くと、ツムギは先に座っていた。

「今日も綺麗な月だよー。」
とにっこり微笑んだ。

自分の中のわだかまりを全て流してくれるような笑顔だ。

大好きな笑顔が、今この瞬間、私だけに向けられている。

それだけでいいや。

私は心からそう思った。

「ほんと!綺麗な月だね。
はー、落ち着く。」

と言ってツムギの横に座った。

ツムギと出会って今日でまだ5日目。

そう思うと不思議だ。

初めて恋というものを知った。

目に見える全てが美しく見えるようになった。

モノクロだった世界が鮮やかな世界に変わった。

自分の嫌な部分を発見したりもする。

たった1人の男の子との出会いで、こんなに自分が変わるなんて。

「昨日はごめんね、途中で黙ってしまって。」

私はまず気になってることをすっきりさせたくて、謝った。

「ううん。気にしてないよ。」
ツムギは優しく微笑んで言った。

その笑顔があまりに優しかったから、素直に自分の気持ちを伝えられそうな気がした。

「私さ、ツムギともう会えなくなるんだと思うと、寂しくなっちゃって。」

言いながらドキドキしていた。

生まれて初めて男の子にこんなことを言ってしまった。

「うん、俺もすごく寂しい。」

ツムギの言葉は私の胸を締め付けた。

「ねぇ、勇気を出して聞くけど、アメリカにはいつ出発するの?」

怖くて聞けなかったことを聞いた。

「一週間後だよ。」
ツムギは少しうつむいてそう言った。

わかっていたことだけど、それまでぼやぼやしていたことが一気に現実的になった。

私たちに残された時間はあと一週間。

「そっかぁ。」
私の口からまず出た言葉はそれだった。

一週間後というと、ちょうど学校が始まる日でもある。

あぁ、ほんとに帰ってしまうんだ。

「ついに月に帰ってしまうんだね。」
私はぼんやりとそう呟いた。

「へ?月?」
ツムギは面白そうに笑った。

「うん、なんかツムギってかぐや姫みたいだよ。
最初に会った時、月見て泣いてたから。」

「うーん、確かに。
そんなこと言われたらほんとに月に帰っちゃうような気がしてくるよ。」

「もう!
勝手に私の前に現れて、勝手に帰らないでよ!」

私は寂しさを隠すために冗談交じりに笑いながらそう言った。

空を見上げると三日月が涙でぼやけていた。

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