ムーンゲイザー

Rita

ホタル

店を出ると、外はもう薄暗くなり始めていた。

2人で並んで歩く。
さっきより風が涼しい。


今日は何時まで一緒にいられるのだろう。

私の頭はそのことでいっぱいだった。

「ねぇ、後でホタル見に行かない?」

ツムギが目を輝かせて言った。

「あ、知ってるー!
この近くだよね、ホタルたくさんいるところ!
私、まだ見たことなくて。」

「ほんと??
じゃ、もっと暗くなるまでどうしよっか?
お腹すいてない?」

2人はそれから自転車に2人乗りをしながら、食べたいものをあーだこーだ話し合った。

結局、冷やし中華に落ち着いた。

小さなラーメン屋に入り、カウンターで2人並んで、冷やし中華を注文した。

男の子と2人で外食をするのは初めてのことだったから、私は平静を装うのに必死だった。

隣に座っているツムギはラーメンについて熱く語っていた。

大好きなものについて熱く語る姿が小さな男の子みたいに可愛くて私は隣でにこにこして聞いていた。

運ばれてきた冷やし中華はとても冷たくておいしくて、2人で夢中で食べた。

ツムギは食べるのが早い。
私が半分くらい食べたら、もう完食していた。

男の子って本当に食べるの速いんだな。

男兄弟がいない私には全てが新鮮だった。

「ゆっくり食べててね。」と言ってツムギは水を飲んだ。

彼は女の子に慣れているように思った。

少なくとも私よりは異性に慣れている。

やっぱり彼女とかいたのかな、もしくはいるのかな。

でも彼女いたら女の子と2人で出かけたりしないか。

ちらっと隣を見る。

ツムギは店内に流れているテレビを観ていた。

涼しげな横顔だ。

そういえば、私は彼の素性もほとんど知らない。

なんせ、たった3日前に会ったばかりなのだから。

趣味や家族構成や血液型も誕生日も知らない。

数日前まで全く知らなかった人と一緒に冷やし中華を食べているなんて。

人生て何が起きるかわからない。

でも、不思議なことにツムギのことは昔から知っているような気がするのだ。

一緒にいるのが自然というか、居心地がいいのだ。

ただ、緊張しないということは決してない。

ツムギと会う時はいつも心拍数が上がるのだ。

彼はどうなんだろう。

私のことをどう思っているのだろう。

一緒にいると緊張してるかな。そんな風にはあまり見えないけど。

まだ頭の中でいろいろ考えていたら、手が止まっていた。

ハッと我に返って、急いで食べた。

会計を済ませて外に出ると、もうすっかり夜になっていた。

「今日食べたもの、ぜーんぶおいしかった!!
夏の食べものっていいね。」

「わかる!
夏ってなんか特別だわー。」

2人はまた自転車に乗り、夏の良さを語りながらホタルのスポットへと向かった。

そこは寺の近くの小川だった。

2人は自転車を停め、ぶらぶらと歩きながらホタルを探した。

「あー、いたいた!
ここ、光ってるよ、ほら!」

ツムギが指差す方を見ると、キラキラとした光が見えた。

最近では減ってしまった、と聞いていたが、思ったよりたくさん見えた。

それは真っ暗な空に輝く星のようで、とても綺麗だった。

ツムギは嬉しそうにホタルを眺めていた。

他にもホタルを見に来ていた人たち同様、私たちはホタルを見ながらしばらく歩いた。

もうホタルがいなくなった場所まで歩くと、自動販売機があったので炭酸水を買い、ベンチに腰掛けた。

「あー、綺麗だったー!
今日はおいしいもの食べて、ホタル見られて最高の1日だったよ。
ありがとう。」
と私は言った。

「俺も。
すんごく楽しかった。」

ツムギは笑いながら私を見ながらそう言った。

でも私たちはもうすぐに離れなきゃいけないんだよ。

出会ったばかりなのに。

なんでこのタイミングなんだろう。

もっとたくさん話をしたかった。

もっといろんな所に一緒に行きたかった。

私は寂して辛くて、黙ってしまった。


遠くでホタルの光がちらついていた。




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