ほら、あの歌が聞こえる

日向 葵

ほら、あの歌が聞こえる

 たまに、よくわからないメロディを思い出す。
 いったいどこで聞いたのか、全く思い出せないんだけど。
 それを思い出そうとするたびに、頭の中で警告音が鳴り響く。

 危険だ。絶対に思い出すな。

 僕自身が、僕にそう言いかけているような気がする。

 学校の帰り道、僕は彼女と一緒に帰った。
 帰りは学校から裏道の住宅街をまっすぐ進むと森林保護区の入口がある。森林保護区は、まっすぐ抜けられるように道が整備されている。ちょっとした山道だと思えばいい。
 ただ、保護区であるため、街灯が一切なく。帰り道に通ろうとすると、懐中電灯が欲しくなる暗さだ。
 時折、目の錯覚か怪しい人影のようなものが見えるのでちょと怖い。

 そんな道でも、彼女がいてくれるだけで心強い。
 彼女は僕の幼馴染で、真理という。黒く長い髪を後ろに結び、邪魔にならないように整えている。
 ザ・スポーツ女子と見られがちなんだけど、実は帰宅部だったりする。
 だから、僕と一緒に帰っているんだけどね。

「ユキくん。最近寒くなってきたね」

「うん、そうだね。そろそろマフラーとか出さないと」

「いや、それは遅すぎでしょ!」

 ケラケラと笑う彼女の笑顔が眩しく見えた。
 僕は、真理以外の人とあまり話した事ないけど、真理のことは可愛らしいと思ったりしている。けど、それは秘密。
 そんなこと言って引かれたら、僕は本当に一人ぼっちになってしまう。

 この前、父親が帰ってこなかった。
 その次の日、母親が失踪した。
 昨日、妹が行方不明になった。
 家に帰っても、一人ぼっち。
 だから、この時間を大切にしたい。
 僕の、僕の好きな彼女と一緒に帰れる時間を。

「ねぇ、ユキくん。ここって、あんまり人がいないよね」

「まぁそうだな。こんなところ通るのなんて、僕たちぐらいだと思うよ」

「へへ、そうだよね。だったら、ユキくんに言いたいことがあるんだけど……」

 暗がりでよく見えないけど、仕草だけならなんとなくわかる。
 両手を後ろで組みながら、もじもじとした感じだった。

「う、うん。別にいいけど」

 そんな仕草をされると、僕も恥ずかしくなって、僕の顔が熱くなる。
 緊張ししてきて、なんか不安になってきた。

「わたし、ユキくんのことが好きなの」

「うん……って、へ?」

 あ、間抜けな声が出てしまった。もしかしたら、今ので嫌われたかも……

「だから、あの……今大変な事情があるタイミングで言うのはアレなんだけど……私と付き合ってください」

 僕が……告白されている?
 幼馴染で、僕の好きな真理から?
 家族がみんないなくなって、一人寂しいと思っている時に、僕のそばにいてくれるのかな?
 それだと、ちょっと嬉しい。

「あ、あのユキくん。返事がないと不安になるんだけど……」

「あ、ごめん。僕で良かったら」

「本当に! 嬉しい」

 真理が僕と腕を組んできた。ちょっと照れくさいけど、人気のない道だから、まぁいいや。腕から伝わる真理の温もりが、僕の寂しい心を温めてくれるような気がした。

 ふんふっふふ~ん、ふんふっふふ~ん。

 嬉しさのあまり、鼻歌をし始めた真理。そのメロディは、僕が時折思い出す、あのメロディだった。

 ”彼女は危険だ。すぐに逃げないと”

 僕のそんな声が聞こえた気がする。
 なんで、なんでそんなことを思うんだろう。
 真理がいったいなにをしたんだろう。

 そんなことを頭に巡らせながら、真里と一緒に帰宅した。
 せっかく告白してくれたのに、いきなり逃げることなんてできないからね。
 僕は、玄関先で真里に手を振った。
 隣の家に棲む真理も、玄関先で手を振っていた。

 やった、僕に彼女ができたんだ。

 家の中に入ったとたん、悶えてしまった。それだけ、嬉しかったんだと思う。

***

 その日の夜。
 2時過ぎぐらいに目が覚めた。喉の急激な乾きが原因。何故、こんなに喉が渇いているのか分からないが、とりあえずリビングにある冷蔵庫に向かった。

 僕の部屋は2階にあるので、そっと階段を下りた。あまり音を立てると近所迷惑になるからね。
 階段を降りるとリビングにつながっているドアがある。曇りガラスなんだけど、そこから明かりが漏れていた。

 あれ、テレビをつけっぱなしにして寝ちゃったのかな。

 そう思い、ドアに手をかけたとき、思いもよらない声が聞こえてきた。

「痛い、痛いよ。やめて。僕の歯を返してよ」

「ぼーくはわるくなったんです。おははがいたい。とってもいたい。ままーのいいつけまもらない。わるいこにはちりょうです。おははをぬきましょそうしましょ!」

 あのメロディのリズムに沿った歌と、僕の悲鳴だった。
 頭の中にノイズが走る。

 何か、何か嫌なことがあった気がする。
 でも、全然思い出せない。いったいどういうことなんだろう。

 恐る恐るリビングに入ってみると、血まみれの僕が誰かに馬乗りにされており、ペンチで歯を抜かれるビデオが流れていた。

 僕の背筋が凍る。何、このビデオは一体何。

 僕に馬乗りになっているのは誰なんだろう。
 それに、この血まみれの僕。
 本当に、僕なんだろうか。
 僕の記憶に一切ない思い出。
 それがビデオに映し出されている。
 背筋が凍ると同時に頭が混乱してきた。

 ピーンポーン。

 インターホンの音が鳴り響く。
 時間は2時6分ぐらい。起きてからそんなに時間が立っていない。
 そもそも、こんな時間に一体誰なんだろう。

 ピーンポーン、ピーンポーン。

 今の僕には家族がいない。だからこんな時間に来る人なんて……僕の家族が帰ってきた?
 もしそうなら、開けてあげないと……

 覗き穴から確認すれば大丈夫かな。
 ぼくは玄関に向かって、扉についている覗き穴を見た。

「うわぁ」

 思わず、声をあげて、後ろに下がってしまった。

 覗き穴から見えたのは、真っ黒い瞳だった。
 僕のことをじっと見ているかのような、そして、何かに吸い込まれるような、黒い黒い瞳だった。

 声を上げてしまったから、外にいるやつにバレたかもしれない。

 ガチャ。

 扉を開けようとして、鍵に拒まれた。そうだ。扉には鍵が掛かっている。だからあれが入ってくることはない。

 ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ、ガチャ。

「もうやめてくれ。もう帰ってくれよ……」

 ぼくはつい叫んでしまった。怖かった。とっても、とっても怖かった。
 こういう時に限って、ぼくは一人だ。一人だからこそ怖い……

 怖さに震え、泣いていると、突然音がしなくなった。
 もしかして、帰ってくれた。もう、大丈夫?

 それでも、もしかしたら何かがあるかもしれない。
 だから、勇気を振り絞り、覗き穴を除いた。
 すると、普通に玄関前が写っていた。
 黒い瞳はそこにはない。だからこそ、ぼくはホッとした。

 これで安全だ。きっともう大丈夫。
 早く行くリビングに行って、お茶でも飲んで、さっさと寝よう。
 そこで、ハッと気がついた。

 あれ、さっきのビデオ……いつの間に消えたんだ。インターホンが鳴ったから、そのままにしたけど……

 リビングに入っていみると、テレビは完全に消えていた。
 一体何が、何が起こっている。
 僕の心に、再び恐怖が沸き上がってくる。

 怖い、怖い、怖い。

 ふんふっふふん、ふんふっふふん。

 僕の後ろから、突然鼻歌が聞こえた。
 時折思い出す、あのメロディを……

 びっくりして振り返ろうとしたが……そこで、衝撃とともに、すべてが真っ黒く包み込まれった。


***


 気が付くと、真っ暗な場所にいた。光がないことから、地下室という単語が頭に浮かぶ。
 どうやら、ぼくは誘拐されたらしい。
 一体誰が、僕のことを……

 不安に思いながら、体を動かそうとしても、何かに拘束されているのか、全く動くことができなかった。

 あのメロディと一緒に、カツ、カツっと誰かがやってくる音がする。

「わたしはずっとみていたよ。
 あなたのことがすきなんです。
 だけど、みんなみとめてくれない。
 なんで、なんで、なんでかな?
 だったらみんなにみとめてもらおう、そうしよう」

 この声は……もしかして、真理?
 じゃあ、さっきビデオで僕に馬乗りしていたのも真理なの。
 いや、そんなはずはない。だって、心優しい、あの真里がそんなひどいこと……

「まずはぱぱにみとめてもらおう。
 ぱぱにせいしんせいいおもいをいった。
 ぱぱはなかなかみとめてくれない。
 おこったわたしはくびきった。」

 パチっと一箇所に電気がついた。
 光が弱いのか、そこ以外何も見えない。
 だけど、僕の目に写ってきたのは、首と体が離れてしまった父さんの姿だった。

「うわぁっぁぁぁああああぁぁああぁぁ」

 なんで、どうして、なんで。
 父さんがなんで死んでるんだよ。
 わからない、わからない、わからない。

 また、あのメロディが聞こえてくる。

「つぎはままにつたえましょ。
 だけどままもみとめてくれない。
 だから、こんくりーとにうめちゃった」

 また、一箇所の電気が付く。
 僕の目に写ったのは、おおきなコンクリートのブロック。
 それが、音を立てて回転した。
 そして、見えてきたのは、コンクリートの断面。
 おおきなブロックにしたものを、半分に切ったものらしい。
 そこの中央にうもれているのは、何がなんだかよくわからないが、人っぽく見える肉片だった。

「ああ、あぁあああ」

 心が壊れているのを感じた。
 あの肉片は、おそらく母さんだろう。
 また、歌が聞こえてきた。

「いもうとちゃんにいいましょう。
 だけど、いもうとちゃんはわからない。
 だからわたしはびりびりさせた」

 おおきな音を立てて、シャッターのような何かが開くような音がした。
 空いた先から、光がこぼれている。
 そして、ビリビリっとおおきな音が部屋中に鳴り響いた。
 目に写ったものは、体を痙攣させて、いろんなものを垂れ流している妹の姿だった。

「…………」

 もう、何も反応できたない。
 何なんだ。何なんだよ。
 心の中で悪態ついても、何も始まらない。
 いや、もう全てが終わったのかもしれない。
 俺以外の家族は全員死んだのだから……

 バチンと音をたて、部屋の電気がついた。
 そして、僕の前にやってきたのは……やっぱり真里だった。

「ああ、嬉しい。嬉しいよ。真里の告白を受けてくれた」

 こんなやつだと知っていたら……

「あの時、本当に嬉しかった。だって、真理たちが恋人同士になったんだよ。みんなに認めて欲しくて頑張ったんだから」

 真里が、僕の腕めがけてドライバーを振り下ろす。
 刺さった箇所から血が溢れ出てきて、激痛が走った。

 痛い、痛い、痛い。

 吹き荒れる血。どうやら、危ない血管を指してきたらしい。

「あは、いい顔だよ、ユキちゃん?」

「ぐぁ……真理……お前は何がしたいんだよ」

「ふふ、痛いの。でもね、それが愛なんだよ。だから、痛い事をするの。ほら、もっと、もっと痛くなるよ」

「がぁああああああぁぁぁぁああぁぁあぁ」

 真理がドライバーをグリグリ回す。

「あーあ、真理も可愛そうだなー」

「な、なにを言っているんだよ。真里はお前だろ!」

 ふふっと不敵に笑い、真理が突然歌いだした。

「おもいびとにきもちをつたえたよ。
 ゆきくんがいいとこたえてくれた。
 とってもとってもうれしいな。
 うれしすぎて、ないちゃった。
 そしたらめだまがずれおちたぁ」

 そして、僕の視界に映る一つのドアが開かれた。
 そこにいたのは、目がくり抜かれて血を流している真理だった。

 じゃあ、僕の目の前にいる真里は一体……

「ほら、みんなが祝福してくれるよ。真理だってそう望んでいる。だから、私たちも愛し合いましょう!」

 真理の姿をした何かが、ハンマーのような物を取り出した。
 そのハンマーの取っ手は、血が染み込んで、赤黒く染まっていた。

「や、やめ……」

 ハンマーが振り落とされる瞬間……電源が切れたように、プツリと世界が黒く染まった。

コメント

  • ノベルバユーザー295889

    怖い!

    0
  • ノベルバユーザー286187

    謎のまま、ですね(´×ω×`)

    0
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