カオティックアーツ

日向 葵

54:ちょっとしたお買い物

 獣王に襲われたあと、ハンボルの町を目指した楓たち。
 オルタルクスの襲撃を警戒しつつ、急いで町を目指したが、それは杞憂に終わった。

 オルタルクスの襲撃が無く、無事にハンボルの町に到着できた事に安堵した楓たちは、これからのことを考えて、道具などの補充と新たなカオティックアーツの制作をするための材料の購入の為、買い物をすることにした。

 調べたところ、ハンボルの町は物流が盛んな町であった。
 レミニカの港町と農村や鉱山町などとの中間地点に位置しており、レミニカと各町との物流拠点となっている。
 町は多数の商店が並び、様々な品が並んでいた。
 レミニカのようなリゾート地とは違う賑わい方であり、商人たちは道行く人に声を掛け、まるでお祭りをしているように騒がしい。
 各町で必要な道具から、各町で取れたが大きさや形の問題から各諸国に輸出できなかった品まで、様々な物が置いてあるため、クレハやティオは物珍しげにキョロキョロと辺りを見ていた。

「楓、この町ってすごいのね。珍しいものとか沢山置いてあるし、何よりいろんなお店があって、どれを見に行けばいいのか迷っちゃうよ」

「そうですよ、お兄さん。見渡す限りのお店があるの、どのお店に行けばいいのか分からなくなっちゃう」

 クレハとティオはなにかを期待するような眼差しを楓に向けた。
 ブラスは「あ…」と呟き、出遅れたことを後悔しており、ヴァネッサは少しばかしそわそわしている。

 ハンボルの町が予想外に賑わっていたので楓はどうするか悩んだ。

 そんな様子を見ていたフレアが、悪巧みを思いついたようで、ニヤリと笑った。

「ふふふ、これは、あれをやるしかないな。 第1回チキチキじゃんけん大会!」

 フレアの宣言に、怪訝そうな顔をした。

「フレアさん、一体何を企んでいるんですか。
 今の俺たちに余裕はないんですよ。狙われているとわかった以上、オルタルクスの襲撃に備えて準備をしておかないと……」

「ああ、分かっている。だからこそのじゃんけん大会なんだよ。
 だってそうだろ。こんなに店が並んでいるんだ。みんなで行くのは非効率的だ。
 だから、グループ分けをして、買い出しを分担しようということだ」

「それはわかりますが……その怪しい笑みが不安を掻き立てるんですよ」

「ちなみに、楓はじゃんけんに参加するなよ。 クレハ、ティオ、ブラス、ヴァネッサでじゃんけんをして、買ったものがDを手に入れられるのだ」

「……Dってなんですか」

「それは楓の気にすることじゃない。
 それに、私が言ったことは、お前以外に伝わっているぞ」

「え……」

 楓がクレハたちを見ると、必死な形相でじゃんけんをする姿勢をとっていた。
 あまりにガチだった為、楓が一歩後ろに引いてしまうぐらいだった。

 そんな様子をニヤニヤと見つめているフレアは、カノンをそっと抱き上げて、

「ちなみにわたしはカノンと……」

 カノンに引っかかれて逃げられた。
 そのことがショックだったのか、フレアは笑顔で固まった。
 そんなのを気にするか! という雰囲気を漂わせて、カノンは楓の頭に乗る。

 その様子は、「わたしは楓と一緒に行くんだよ。絶対なんだからね」とでも言っているようだった。

「……気を取り直して、じゃんけん大会を開始するぞ!」

「「「「最初はグー、じゃんけん……」」」」



***



 楓は今、クレハと一緒に店を回っていた。
 じゃんけんの結果は、クレハのひとり勝ちだったのだ。

 ヴァネッサは、哀愁を漂わせるぐらい落胆し、ブラスは真っ白になった。
 ティオは、「負けちゃった」と呟いたあと、フレアとペアを組んで買い物に出かけた。

「あたいはこんな変態と一緒なんてやだ!」

 そう叫んだヴァネッサは、ブラスの頬を勢いよく引っぱたいた。

 それがブラスの何かに火をつけた。
 何かを思いついたみたいで、ヴァネッサを押さえつけ、耳元でなにかを呟いた。
 その言葉を聞いて真剣な顔になり、コクっと頷いたヴァネッサはブラスと一緒にいなくなった。

 そんな訳で、現在は楓とクレハ、あとカノンの二人と一匹で店を巡っているのだ。

「えへへへへ~」

「なんだよ、クレハ。さっきから笑ってばかり」

「だって、二人で買い物だよ。楽しいから笑っちゃうんだよ!」

 どうやらクレハの頭の中には、カノンの存在が消されているみたいだ。
 楓の頭の上に乗っているカノンは、不機嫌になったのか、楓の頭をペシペシ叩く。

 叩かれることを鬱陶しいと思いつつもカノンを可愛いと思っている楓は、頭の上に乗っているカノンを頭から下ろして、抱っこしてあげる。
 楓がそっとカノンの頭を撫でると、心地よさそうに目を細めた。

 カノンを撫でながら、オルタルクスに急に襲われたから焦っていたのかな、と思った。
 慌てず、ゆっくり準備しようと楓は心の中で呟いた。

 そんな時でも、クレハはニタニタと笑っていた。
 楓と買い物ができて、嬉しいのだろう。

「クレハ、なんか欲しいものでもあるか?」

「ふえ?」

「いや、驚くなって。今の買い物では、俺が欲しかったカオティックアーツ作成用の材料のみだ。
 だけど、お前はついてくるだけだっただろ。
 なにか欲しいモノがあれば買ってやるよ」

「え、え……楓が私にプレゼントをしてくれるの?」

「ん、まぁそうなるのか?」

「やったぁ!」

 クレハは満面の笑みになり、楓の腕に抱きついた。
 クレハと楓とカノンが町を歩いていると、突然カノンが走り出した。

「おい、カノン!」

 カノンが走った先は、ジュエリーショップ。宝石などを取り扱っている店だった。

 カノンは、その店にいた一人の男のもとに駆け寄った。

「がうがう!」

「ん、君は……」

 カノンは嬉しそうな顔をして、男に声をかける。
 男は複雑そうな顔をしながらも、腰を下ろし、カノンの頭を優しくなでる。
 嬉しそうにするカノンの様子を見た楓たちは、少し驚いた。

 カノンは楓たち以外に、いきなり懐くことはない。
 【ライオネイラ】は知能が高い魔物であるからだ。
 人がいきなり、見知らぬ誰かに声をかけて、楽しげに話しだしたりはしないだろう。それと同じだ。
 なのに、いきなり知らない人のもとに行って楽しげにするカノンの様子は、カノンをよく知る楓たちにとて、とても不思議に思えたのだ。

「この子の飼い主は君たちか?」

「ああ、そうなるのかな。俺はこの子を飼っているなんて思っていないがな」

「君はなかなかひどいな。
 俺は、ガロフって言うんだ」

「俺は楓という。こいつがクレハで、ガロフが撫でていたのがカノンだ。
 あと、俺はカノンを飼っているのではなく、家族だと思っているからな。カノンを使役しているみたいな考え方はしたくないんだ」

「なるほど、君は優しいんだね。カノン、君もよかったなぁ」

「がうがう!」

 カノンもなんだか嬉しそうな表情をして、走り回った。

「ほら、カノン。あまり暴れるなよ。ここはお店の中なんだから」

「がう~」

「ところで楓くん。カノンがつけているこれは一体?」

 そう言いながら、ガロフはカノンが身につけている、【カノンのお守り】に手を触れた。

 【カノンのお守り】は、楓がカノンの母親の気持ちが結晶化したルーンを元に作成した、カノンを守るためのカオティックアーツである。
 楓がガロフに説明をすると【カノンのお守り】を複雑そうな目で見つめた。

「そっか……アイツは逝ってしまったのか」

「えっと、なにか言いました?」

「いや、何でもない。ありがとう。その子を大事にしてくれ」

 そう言うと、ガロフは店から去っていった。
 楓はガロフが最後に言った言葉を不思議に思いつつ、店の商品を二人と一匹でみることにした。

 店の商品を眺めていると、とある商品が気になった。
 それは、指輪だった。
 静かに蒼く輝く宝石が埋め込まれたきれいな指輪。だけど、それを見ていると、悲しい気持ちになってきた。
 よくわからない気持ちに困惑しながら指輪を眺めていると、クレハがカノンを抱えながら隣に来た。

「どうしたの、楓?」

「いや、この指輪を見ていると、悲しい気持ちになってきてな」

「それは……ルーンが埋め込まれている指輪だね」

「ルーンって、強い気持ちを持ったものが死んだとき、その想いが結晶化したものだよな」

「うん、そう。この指輪に埋め込まれているのは、カノンのお母さんのように、知性が高く、強い想いを持った魔物なんだろうね」

 おそらく、ルーンに宿る想いに何かを感じたから、悲しくなってきたんだろうと楓は思った。
 ルーンが埋め込まれている指輪はこれしかなく、値段も買えないほどじゃなかった。
 クレハは、楓に寄り添いながら、指輪を眺めた。

「ねぇ、楓。さっきプレゼントしてくれるって言ったよね?」

「ああ、言ったな」

「わたし、この指輪が欲しいな」

「ルーンが埋め込まれた指輪か?」

「うん。多分、ルーンはすぐになくなると思うけど……」

「それはどういうことだ……」

「カノンのお母さんのように、守りたいって気持ちが結晶化したルーンなら、カノンと一緒にいるのが一番だと思うの。でもね、こんな悲しい気持ちが詰まっているルーンなら、その気持ちを解放させてあげたい。辛いままなんてやだもん」

「ああ、そうだな。それも、魔法でできるのか?」

「前はできなかったけど、楓が来てから勉強するようになったからね。楓みたいにすぐに覚えることはできなくても、ちょっとずつ力をつけているんだよ?」

「そっか。クレハは優しいな」

「別に、そんなことないよ。それでね。お願いがあるんだけど……」

「俺にできることならな」

「このルーンに詰まった気持ちを解放すると、ルーンが無くなっちゃうんだよね。だから、この指輪についているルーンの代わりを楓に作って欲しいな」

 クレハは【カノンのお守り】を見ながらそういった。
 そして、顔を赤らめて俯き、もじもじとした。

 そんなクレハの様子に全く気がつかず、指輪を購入しようとしていた。
 楓が会計している姿を見て、クレハは「はぁ」とため息をついた。
 でも、楓からもらった指輪をもらったことが嬉しくて、帰り道は指輪を大切そうに持ちながら、宿に戻ったのだった。

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