カオティックアーツ

日向 葵

45:ねぇ知ってる? 船って突然止まれないんだよ

 翌日。
 クレハとフレアとブラスは、宿屋に楓とティオとカノンがいないことに気が付くと、あわてて宿屋の店主に話を聞きに行った。
 もちろん、楓がどこにいるのかを、ものすごい剣幕で聞いていた。
 周りの人たちは、ブラスの表情に若干引いていたが、店主のひと睨みにより、いきなり土下座をするブラスを見て哀れんだ。
 店主もえげつないことするなぁと関心するフレア。
 そんなカオス的状況の中で、クレハだけは楓の居場所について聞いていた。

 健気なお嬢ちゃんなこと、などと呟いた店主は、クレハに楓の居場所を教えた。
 その時、ブラスは、宿屋の店主に頭を踏みつけられていた。
 フレア、大爆笑。

 カオスな状況を振り切って、楓たちが向かった先、冒険者ギルドに向かったのだ。

「楓!」

 息を切らせながら、勢いよく冒険者ギルドに入るクレハ。
 楓の名を叫んでしまったため、他の冒険者の視線が集まる。
 若干顔を赤らめつつ、クレハは冒険者ギルドを見渡してみたが……
 楓の姿はどこにもなかった。

「もう、勝手にどっか行かないでよ……」

 まるで、捨てられ子犬のような哀愁を漂わせるクレハのもとに、一人の受付嬢があわられた。

「あの、クレハさんでよろしいですか?」

「……はい、そうです」

「あの、楓さんから、いきなり叫んだらと思ったら、まわりを見渡して、落胆し、捨てられた子犬のような哀愁を漂わせる、クレハという冒険者が現れるからと伺っていたのですが……
 まさか、本当に来るなんて!」

 受付嬢が何やら驚いているようだが、クレハはそれどころではなかった。

「楓はどこにいるんですか!」

「えっと、冒険者ギルドの船乗り場ですよ。
 あの化物を討伐するらしんですけど、本当ですか?」

「え、うん、本当だよ……たぶん」

 海での戦いが初めてなので、クレハは若干不安だった。
 でも、楓のことだから、大丈夫だろうと思った。
 何事も諦めず、自分の技術力によりに、困難に打ち勝って来た楓だからこそ、今回も何かしてくれるだろうと期待した。

 だけど、クレハの期待以上のモノあそこにはあった。

「お、クレハ。やっと来たか」

 冒険者ギルドが保有している船乗り場には、大きな鉄の箱が海に浮かんでいたのだ。
 クレハだけで無く、ブラスとフレアも開いた口が塞がらない。
 魔法や聖法を使ったとしても、こんなことをするのは不可能だろうと、クレハは感じた。

「か、楓。あれは一体なんなのよ」

「いや、なんなのって言われても……見れはわかるだろ。船だよ、船」

「ええ、あれが船ですかぁぁぁぁぁ」

 一緒についてきた受付嬢すらも、驚愕した。
 というより、楓の周りにいる技術者風の人達ですら、何かを諦めたような顔をしていた。

「お兄さん、どうしたんですか?」

「お、ティオ。作業は順調か?」

「うん、もう大丈夫だよ。いつでも動かせるよ。ね、カノン」

「がうがう」

 ティオとカノンが楓の横にピッタリとくっつくと、クレハの顔を見て落胆した。

「ちょ、ティオ!
 なんで私の顔を見て落胆するのよ!」

「お兄さんとの楽しい時間が……」

「え、ティオってアレなの。まさかアレなの。
 ブラスと同類なの!」

 ブラスもクレハの横で、マジが! というような表情をしていた。
 そんな二人を、楓はハリセンで叩く。
 痛いと言いながら、涙目になるクレハだったが、ブラスはなぜか喜んだ。
 ブラスが怪しげな道に進み始めているため、若干恐怖を覚える楓だが、今は化物退治を優先したいため、無視することにする。

「で、みんなが疑問に思っているあれは、俺がちょっと手を加えた、ただの船だ」

「お兄さん、あれは手を加えたんじゃなくて魔改造したって言うんだよ。僕、あんなすごい船知らないよ?」

「俺の世界じゃ、既に朽ちた技術を応用しただけなんだけどな。船の技術にカオティックアーツの技術を複合させたやつだ」

「それでもすごいよ。僕、あんな船初めて見た!」

「ああ、化物を討伐するために、やれることはやったさ。ほら、化物退治に行くぞ!」

 楓は、ティオを連れて、船らしい何かに入っていった。
 クレハはあわてて、未だ唖然としていたフレアと、よくわからないけど悶えていたブラスを引きずって、中に入っていた。
 クレハたちが中に入ると、自動で扉が閉まり、出航した。

「え、え、なんで勝手に動いているのよ」

「ま、まさか大規模な魔法なのか!」

「フレアさんでもわからないの!」

「わかるわけないだろう。いつも楓には驚かされているけど、今回はあり得無さ過ぎるだろう!」

 未だ悶えているブラスを蹴っ飛ばし、フレアとクレハは船上に出ると、鉄でできているはずの船が、ありえない速度で進んでいた。
 船が進む度に、風を切る音が耳に響く。

 激しい風のため、目を開ける事すら、ちょっと辛い。

 クレハがうんうん唸っていると、楓がやってきて、腕に何かを嵌めた。
 その瞬間、激しい風が嘘のようになくなった。

「楓、これは一体……」

「ああ、これは。ちょっとしたおもちゃだよ。
 【風切りリング】って言ってな。スリルを楽しみたい奴らが作った、マッハを超える速度で移動しても、体が無事でいられる、耐風のカオティックアーツだ」

「もう、そんなのがあるなら、早く出してよ!」

「まぁ、いいじゃないか。でも、これは一個足りないんだよな」

 楓の一言で、フラフラとやってきたブラスに視線が集まる。
 ブラスは、一体何事かと思ったが、激しい風により、身動きがうまくとれず、よくわからない苦戦をしていた。

 船上で最終打ち合わせをしながら、化物が出たというポイントにやってきたが、予想外の出来事が起こった。

 船の前に、突如化物があらわれたのだ。
 急にあらわれた為、化物をかわす事もできず、船のスピードが落とす事もできなかった。
 このままでは衝突すると判断した楓は、船を守るための機能として取り付けた、障壁のカオティックアーツを起動させる。
 すると、船を包み込むように、超高密度のエネルギーにより構成された、透明の膜が張られる。

「みんな、しっかりつかまれぇぇぇ」

 楓の掛け声で、全員が、絶対に振り落とされてなるものか! という思いで、船にしがみついた。


***


 化物は驚愕していた。
 海の中で、何かの気配を感じた。
 今まで戦ってきた聖法とやらの感じは全くしない。
 むしろ、ご主人様の力にそっくりの波動を感じた。
 だから、ご主人様がやってきてくれたんだと、喜んで海面に出てみれば。
 巨体にも関わらず、高速に移動する鉄の塊があったのだ。
 ありえない光景に硬直してしまった化物。
 どうすればいいかわからなかったので、ご主人様を呼んでみる。
 でも、一向に反応がなかった。
 それは当たり前のこと。
 だって、その場に、化物のご主人様はいないのだから。

 目からポロリと涙がこぼれる。
 当たったら痛いだろうな~ と諦めた表情をして、高速でやってくる鉄の塊を受け入れた。

 「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」

 化物は、今まで感じたことがない痛みに悶え、化物の中に何かに芽生えたのだった……

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