カオティックアーツ

日向 葵

44:化物討伐研究会

「さて、こんなものか」

 楓、泊まっている宿の模様替えをしていた。
 ベッドなどの家具類をディメンションリングに押し込んで、机や解析用カオティックアーツ、測定機器などを取り出した。
 宿に来た当初の面影は無く、もはや魔改造というレベルで、部屋のレイアウトを変更する。
 宿屋の一室というより、どこぞの研究室というような状態になっていた。

「お兄さん……こんなことして、宿屋の店主に怒られたりしないよね」

「はは、ティオは心配性だな。
 楓がそのことを考えていないわけないじゃない。
 ねぇ楓!」

「いや、見られたら怒られるぞ、たぶん」

「「え……」」

 楓の言葉に硬直するティオとクレハ。
 もう怒られている時のことを想像したのか、二人は涙目になっていた。
 ティオならわかるけど、クレハは泣くなよ……などと、ひどいことを思っている楓だが、何も考えず、部屋のレイアウトを変えているわけじゃない。
 だから、怒られる心配もしていなかったのだ。

「大丈夫だ。ブラスがなんとかしてくれる」

「? よくわからんが、俺に任せろ!
 楓のためならなんでもしてやるよ!」

 楓のことを溺愛しながらも、楓の言葉の意味を何も分かっていないブラスは、俺に任せろと豪語する。
 ティオとクレハは何かを察したのか、悲しそうな目で、ブラスを見つめてた。
 カノンに至っては、ブラスを哀れんでいる。
 頑張れブラス、負けるなブラス。

「じゃあ、海の化物を討伐するために、情報整理して、武器の開発をしよう」

「やっぱり、討伐しなきゃダメなのかな」

「ダメだろう。目的の別大陸にいけないじゃないか」

「そこはほら、レインあたりがなんとかしてくれるんじゃない?」

「ああ、レインな。レインなら帰ったぞ。
 さっき挨拶に来た。
 クレハたちも知っているかと思ったが?」

 楓の言葉に首を横に振るクレハだが、ブラスとティオ、それにカノンまでが首を縦に振った。
 どうやら、知らないのはクレハだけのようだ。
 なぜ、クレハだけが知らないのかは、大体察しがつくと思う。
 クレハはぽこ派だったから、レインは来なかったのだ。

「あの、マナ派め!」

 唐突に立ち上がるクレハは、ここにはいない、マナ派のレインに向かって叫んだ。

 ドンドンドンと! っと、壁を叩く音が響き渡る。
 どうやら、宿の壁は少し薄目で、クレハの叫びがうるさかったようだ。
 隣の部屋に泊まっている人の、壁ドン抗議である。

「私は悪くないよぅ」

「いや、お前が悪いだろう」

 楓の言葉に頷く一同。
 クレハは、とっても落ち込んだ。

 海の化物討伐は船の上での戦いになるため、長距離武器を作成することにした。
 だが、本当に武器だけで討伐できるか、楓は疑問に思った。

「なぁ、領主の兵や冒険者が化物討伐に行ったんだよな。
 どうやって戦ったんだ?」

「えっと、船の上で聖法を放ったりして戦ったらしいよ?
 あとは剣での攻撃かな?」

「どうやって剣で戦うんだよ。
 相手は海の上にいるんだろ?」

 まさか、剣で海の化物と戦おうとするバカがいるとは思わなかった楓は、どうやって戦ったのか気になった。
 クレハが説明しようとしたとき、ブラスが手で遮った。
 どうやらブラスが説明してくれるようだ。
 クレハは、渋々引き下がる。

「楓、海の化物と、どうやって剣で戦うかってことなんだが。
 海の化物と剣で戦うのは諸刃の剣なんだ」

「ん? どういうことだ」

「化物が船を攻撃して、体の一部が船にめり込んだ時に剣で攻撃する。
 化物が倒れるか、船が沈むかの勝負となるんだ。
 で、船が沈めば全滅。
 諸刃の剣だろ?」

 馬鹿だろう……と強く思う楓だった。
 船の耐久度がない状態で、海の化物と戦う。
 海の化物相手に水中戦では絶対に勝てないだろう。
 地の利は確実に相手にある。
 だからこそ、船を壊されることをなんとしても阻止しなければならない。
 だが、ブラスの話を聞いていると、あえて船に攻撃をさせて、剣で無理やり化物を討伐しようとしている姿が目に浮かんだ。
 それでは絶対に勝てないだろうと楓は思った。

「予定変更をする。
 遠距離と防御に適しカオティックアーツを開発する。
 船が沈めば、俺たちの命はない。
 おそらく、今回の戦いでは、クレハ、フレアさん、ティオが攻撃、ブラスとカノンが化物から船を守るような感じになると思う」

「あれ、楓はどうするの?」

「俺は臨機応変に動くさ。
 長期戦は不利になるはずだ。
 船が壊れたらどうしようもならないからな。
 基本は攻撃に集中する。
 防御側が危険だと思ったら、防御側にまわるさ」

「わかったわ。そのことをフレアさんに話に行ってくるね」

 クレハは、おそらくお酒を飲んでいるであろうフレアのもとに向かった。
 部屋に残ったのは、ブラス、ティオ、カノンだ。
 楓が椅子に座りながら、新たなカオティックアーツを製作していると、ティオがカノンを抱えて楓の横に来た。

「ん、どうしたんだティオ」

「えっと、お兄さんがやっていることが面白そうだから」

「ほう、面白そうか。だったら、一緒にやってみるか?」

「うん、やってみたい!」

 大喜びするティオの頭を撫でやり、ティオと楓、カノンと一緒にカオティックアーツを製作することになった。
 取り残されたブラスは、「は、まさかティオは!」などと言っていたが、楓は無視することにした。

「すっごく、すっごく面白いです。お兄さん!」

「がうがう!」

「おお、そうかそうか。
 それは良かったよ。じゃんじゃん作っていこう。
 わからないことがあったら聞いてくれ」

「は~い」

「がうがう~」

 カノンに聞かれたらどうしよう、と若干不安に思いつつ、カオティックアーツの開発は順調に進んでいった。

 ティオとカノンが手伝ってくれることで、全てのカオティックアーツが完成した。
 ブラスは体育座りをしながら、天井のシミの数を数えていた。
 若干、目がうつろだったので、楓とティオとカノンは見なかったことにした。
 ティオが、楓の腕にしがみついて、興奮のためか、若干頬を染めながら「楽しかったです。お兄さん」などと行ってきた。

 ティオは甘えん坊だな、とティオの頭を撫でる楓の姿は、まさに、お父さんだった!
 いや、年的には、お兄さんであっているが、傍から見ると、父に甘える息子と、息子を褒める父にしか見えない。
 少なくとも、ブラスの目からそう見えていた。

「いやぁ~いいお湯だったよ!」

 湿った髪をタオルで拭きながら、パジャマ姿のクレハが、楓の部屋に入ってきた。

「なぁクレハ。部屋、間違えてないか?」

「え、間違えてないけど?」

 頭を抱える楓は、ティオに視線を向ける。
 きっと、ティオなら何か知っているだろうと思ったからだ。
 だが、ティオの反応はクレハに抗議するような感じだった

「クレハ姉さん。僕とお兄さんが同室なのに、なんでクレハ姉さんが入ってくるの!」

「ふっふ~ん。今日は寝かさないぞ!
 これで遊ぶのだ!」

 クレハが出したのは、トランプのようなカードだった。
 クレハが言うには、宿屋のお姉さんから借りてきたらしい。
 とっても面白そうだったので、楓のところに遊びにきたのだ。
 そこで、我を取り戻すブラス。

 ブラスは「だったら罰ゲームを考えよう!」などと言い出した。

 ブラスの思考が手に取るように分かる楓は、ディメンションリングから、ハリセンを取り出して、ブラスを殴る。

 楓が思ったブラスの思考はこうだ!
 罰ゲームで楓とイチャイチャしよう!

 それはなんとしても阻止しなければならなかった。
 楓、貞操の危機。
 ブラスの思惑に気がついたのか、クレハも乗り気だった。
 いや、クレハの場合は、ただ遊びたいだけのようだ。

 襲いかかる魔の手。
 それを阻止しようとしたのは、他ならぬティオだった。

「お兄さんに酷いことしないで!」

 ブラスの思惑を理解してしまったからそこ、ティオは泣いてしまった。

「お兄さんに、お兄さんに酷いことしようとしないでよぉ」

 ぽたぽたと垂れる雫が、宿の床をほんのちょっと湿らせる。
 突然泣き出したティオにブラスがオロオロしてしまう。

 まさか、ティオがこんなにも楓を愛していたなんて! などと考えたブラスは、なぜか引き下がろうとしなかった。

「おい、ブラス」

 楓の手には【インフィニティ・マークⅣ低出力版】が握られていた。
 ブラスは後悔した。
 ふざけすぎた、いや、ティオが泣き出した時に引き下がっておけばよかったと。

「子どもを泣かしてまでやろうとするんじゃねぇ」

 楓が放った発砲音が響き渡った。
 大きな音に驚いた、宿の店主が、あわてて楓の部屋にやってくる。

「な、なんじゃこれはぁぁぁぁぁ」

 楓が魔改造した部屋を見て、店主が硬直してしまった。
 倒れているブラス、泣いているティオ。
 ティオを慰めるカノン。
 オロオロし始めるクレハ。
 部屋の中はまさにカオスだった。

 楓は、クレハに目で合図を送ると、クレハがコクっと頷いた。

「「犯人はこいつです」」

 楓とクレハは、倒れているブラスを指さしたのだ。

「ほう、こいつか?」

「俺たちは、この子が泣いてしまったから助けたまでだ。
 全てこいつが悪い。
 部屋は直しておくから、連行するならコイツだけにしてくれ」

「どんな事情があるかは知らんが、まあいい。
 お前の言葉を信じてやる」

 気絶したブラスは、店主に引きずられながらこの場を去っていった。

 静かに合掌したあと、クレハと楓は部屋を戻し始めた。
 片付けを初めて数分後、泣き止んだティオは楓の隣に付いて来て、片付けの手伝いを始めたが、楓の横を離れようとはしなかった。

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