カオティックアーツ

日向 葵

23:とある日の買い物で ブラス編

 楓たちと別れたブラスは、裏路地にある怪しいお店にきていた。
 その中には、筋肉が盛り上がった大男がウェイトレスの格好をしていた。
 体をクネクネさせて、普通の人が見たら気色悪い。
 そんな男が、ブラスに声をかけた。

 「あらいらっしゃい。また来てくれたのね」

 「ああ、ちょっと買い物にきた」

 「ふふ、ゆっくりしていてね」

 ブラスは店の商品を手に取り、眺める。
 その商品は、男性用化粧品、その他、男好き必須アイテムなどだ。

 ブラスは、自分は男が好きだ、という考えはない。

 だが、絶望に飲み込まれて、自分を見失っていた時に、楓に声をかけてもらって救われた。
 その時、何かの感情が芽生えた。
 芽生えた感情は、きっと大切なものだろうとブラスは思っている。
 それが、友情なのか、恋心なのか、本人は分かっていない。
 それがどっちであれ、楓が好きだということは変わらない。
 ブラスの中で、楓は最も大切な人になっていた。
 自分を救ってくれた英雄、そして、大切な人だと、ブラスは思っている。

 だから、ブラスは、男性用化粧品などに手を染めた。
 楓に気に入ってもらうために。

 この姿を楓が見ていたなら、間違った方向に進もうとしているブラスを止めるだろう。

 その楓は、この場所にいない。
 ブラスは盛大に暴走していた。

 「うむ、どんなものなら楓はよろこんでくれるだろうか」

 「あら、例の彼に気に入ってもらうために頑張っているの」

 「ああ。だが、なかなかうまくいかない。最近は、少し距離を取られる。悲しいな」

 「それは大変ね」

 「どうすればいいかな」

 「積極的すぎるのもダメよ。あまりガツガツいっちゃうと、相手も引いてしまうわ」

 「そういうものだろうか」

 「そういうものなの。特に相手が同性の場合はね」

 「なるほど。勉強になる」

 ブラスは、手にとった化粧品を眺め、楓が喜ぶ姿を思い描く。
 だが、残念そうな笑をする楓が、一歩つず引いていく姿しか思い浮かばなかった。

 「どうすれば、どうすれば楓は振り向いてくれる」

 ブラスは悩んだ。
 とても悩んだ。
 ライバルには、クレハがいる。
 やつは強敵だ。ブラスはそう思った。

 クレハは楓と仲が良い。
 【ライトワーク】の中で、楓に一番近いのがクレハだろう。ブラスはそう思っている。

 クレハを出し抜いて、楓の一番になるためには、もっと親しくなる切っ掛けがないといけないと考えている。

 商品を見ながら、考えていると、店の人がブラスにいい情報を持ってきた。

 「ねぇ、今度収穫祭があるの知っている?」

 「いや、俺は最近、この付近にきたばかりだから知らないな」

 「あら、そうなの。だったら、ちょうど良かったんじゃない?」

 「どういうことだ?」

 「収穫祭にね。踊るのよ。相手に振り向いて欲しい人がいる人たちが。想い人に向けてね」

 「でも、収穫祭なんだろ。だったら、無事に収穫できたことに感謝して、神に舞を捧げるのが普通だろう」

 「普通わね。でも、この踊りで相手に思いを告げたものは末永く幸せになるって言い伝えがあるの。きっと、収穫祭を見てくれた神様も祝福してくれるってことね」

 「なるほど……」

 「しかも、相手が男でも女でも問題ない。だから、たまにいるよの。あなた見たいに男に振り向いて欲しい人が踊るの。ちなみに、踊っている人も男ね」

 「それで、俺の気持ちは伝わるだろうか……」

 ブラスは悩んだ。
 もしかしたら、楓が見てくれるかも知れない。
 そうなったら、どんなに嬉しいことか。
 しかし、この踊りは、相手を思って踊る。
 つまり、相手は男でも女でも関係ない。そして、男も女も踊ることができる。
 クレハもきっと参戦する。ブラスの直感が告げていた。

 楓は、クレハを選ぶかも知れない。
 そうなったら、自分はどうなるだろうか。
 そう思うと、ブラスは悩まずにはいられなかった。
 悩んでいる姿に、店の人が笑いかける。

 「ふふ、悩んでいるわね」

 「ああ、もし見てもらえなかったことを考えるとな」

 「頑張れ男の子。努力すれば、きっと叶うわよ」

 「だといいな」

 それからブラスはいくつかの化粧品をかって外に出た。
 楓に借りている【ディメンションリング】に、買った商品を入れて、次の店に向かう。
 ちなみに、楓は【ディメンションリング】をこの世界の材料で作成するのに、成功したらしい。
 ただ、どの程度使えるかはわからないと言っていた。
 だから【ライトワーク】のメンバー全員に持たせて、実験を行っている。
 内容は、強度や収納率、利便性などだ。
 使ったあとは、楓に報告しなければならない。
 これで、楓と二人っきりで話せるかも知れない。
 そう考えると、心が躍った。

 そして、ブラスは次の店の中に入る。
 先ほどの店の人に教えてもらった、特別な服屋だ。

 中に入ると、メイド服の巨漢が現れる。
 その男も筋肉が盛り上がっており、メイド服がパツパツだ。
 スカートからは、白いなにかがチラチラと見える。
 常人が見たら、気持ち悪くて吐いてしまう可能性があるその姿を見ても、ブラスはなにも感じない。

 もし、楓がいたら、ブラスのことを殴りつけていただろう。
 しかし、この場に楓はいない。
 ブラスの暴走を止められる人は誰もいないのだ。

 「いらっしゃい。あなたは初めてかしら」

 「ああ、初めてだ。しかし、すごい格好だな」

 「いやん、そんなに褒めないで。ところで、なにを買いに来たの?」

 「今度、収穫祭で踊ろうかと考えているんだ。そのための衣装を見に来た」

 「へぇ~あなた、誰かから紹介受けた?」

 「最近通っている、男性用化粧品を売っているところだ」

 「ああ、あそこね。なるほど」

 「ん、どうかしたか」

 「もしかして、好きな男がいるの」

 ブラスは吹いた。
 そんなことを聞かれると思っていなかったからだ。
 不意を突かれてしまったブラスは、吹いたあとに咳き込んだ。

 「その反応は……いるのね」

 「ああ、いるよ。とっても大切な人が。まだ振り向いてもらえないがな」

 顔を赤らめながらブラスは言う。
 自分の気持ちを悟られて、恥ずかしいと感じたブラスは、早くここから出たいと思った。
 しかし、メイドの巨漢が逃がさない。

 「そんな君に、とっておきの服を用意してあげる」

 「ほ、本当か! かっこいいやつで頼む」

 「あら、あなたは女装とか興味ないの?」

 「興味ない。俺は想い人に振り向いて欲しいだけだ」

 「ナ・ル・ホ・ド。よくわかったわ。あなたを引き立たせる、かっこいい衣装を作ってあげる。期待していてね!」

 「ああ、ありがとう」

 「お代は、これぐらいかな」

 「ん、安くないか?」

 メイドの巨漢が示した額は、ブラスが思っていたよりも安かった。
 ブラスは、オーダーメイドになる踊り子服の値段は高いものになると思っていた。
 しかし、提示された値段は、普通の服と変わらない。

 「これでいいわ。ただし、結果を教えてね」

 「む、それは……いいが、面白いものでもないぞ」

 「失敗しても、しなくても、男同士の恋愛話は楽しいものよ」

 「……そうか。なら約束しよう」

 ブラスは、メイド服の巨漢と約束を交わし、その店を後にした。

 やっぱりこの気持ちは、恋心なのか? ブラスはちょっと悩んだ。

 そして、役所に踊りの参加登録をして、楓たちがいるであろう、集合場所に向かうのだった。

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