カオティックアーツ

日向 葵

14:恐怖する聖騎士

 「楓。聖騎士さん目が覚めた?」

 ノックもしないで入ってくるクレハ。
 突然来たクレハに驚くブラス。

 「……魔女……」

 その言葉に楓は警戒心を高めた。
 クレハは、ハーミットリングを装備している。
 これは、魔力の流れを隠すための魔道具らしい。
 これを付けることで、一般人から魔女であることを隠すことができる。

 だが、あくまで一般人だ。
 ブラスは聖騎士。
 教会の教えに従い、魔女を断罪するもの。
 ここに間違いはあってはならない。
 魔女が魔女であることを隠すのは当たり前のように知られている。
 そのため、聖騎士や教会のモノたちは、それを見破れるよう訓練をしている。

 ブラスも例外ではない。
 見破れて当然だ。

 「まだ、体調が治っていないんですから、安静にしていてくださいね」

 警戒心がまるでないクレハ。
 そんなクレハに、楓もブラスも疑問を抱いた。
 魔女であるはずのクレハが、なぜ聖騎士を警戒しないのか。
 ブラスは聖騎士だ。
 だから魔女であるクレハが警戒するのが当たり前。
 楓は、クレハが聖騎士であれなんであれ、困っている人を助けたいと思っていることを知っている。
 しかし、警戒心がまるでないのは心配だと思った。
 それはブラスも同じである。

 自分が殺しにかかると思わないのか。
 そんな疑問があなたの中でぐるぐる回る。
 そして、ついつい聞いてしまった。

 「俺はブラス。聖騎士だった男だ。おまえは魔女だろ。なんで警戒しないんだ。聖騎士は魔女を殺すための存在であるはず。それなのになぜ……」

 困ったような顔をしながら、クレハは答える。

 「それは、あなたを助けたいと思ったからかな? それに、あなたは大丈夫って思ったの」

 「それはなんでだ…」

 「女の勘かな?」

 「はは、そうか。そうなんだな。やっぱり俺は……」

 楓は、クレハらしいと思ったが、ブラスは違ったようだ。
 苦笑いしながら、自分の手を見つめていた。
 それっきり、ブラスは喋らなくなってしまう。
 何か思うところがあったのだろう。楓も、クレハもそう思った。

 聖騎士が逃亡することはない。
 命に代えても使命を全うする。
 それが聖騎士。
 そんな聖騎士が逃亡の道を選んだということは、それなりの事情があるのだろうと、二人は察した。

 食事などを部屋に置き、楓とクレハは部屋を出る。
 この時、楓はこっそりと監視用のカオティックアーツを設置した。
 相手は、聖騎士だ。
 警戒しておいて損はない。そう思った。

 ブラスが【ライトワーク】に来てから数日がたった。

 怪我は順調に回復していき、もう動けるようにまでなっていた。

 リビングにて、フレアが告げる。

 「ブラス。おまえは一応ここに厄介になっている身だ。怪我が治ったのなら仕事をしてもらうぞ?」

 「俺が仕事……」

 「嫌か?」

 「嫌ではない。随分と世話になったからな。だがいいのか? 俺のような逃亡した聖騎士を置いておいて。魔女であるあんたたちは不安じゃないのか?」

 ブラスの疑問は最もだ。
 聖騎士を受け入れる魔女なんて聞いたことがない。
 それもその筈。
 魔女を狩る聖騎士を受け入れるわけがない。
 それなのに、フレアもクレハもブラスを受け入れてくれる。
 その疑問が簡単になくなるはずがなかった。

 「そうだな。確かに、聖騎士は許せない。私たち魔女を例外なく殺してくからな」

 「……」

 何か思いつめた表情になるブラス。
 そんなブラスにフレアは笑って告げる。

 「だがな、すべてがすべて悪い奴じゃない。人間はいろんな人がいる。何か思うところがあって逃亡したんだろ。だから、お前を信用する。それに……」

 「それに?」

 「襲う気があるなら、もう襲っているだろ」

 魔女を断罪するチャンスはいくらでもあった。
 それなのに何もしないブラスを、フレアは信用した。
 時々表情を見ても、何か思いつめたような顔をしているだけ。
 何かを企んでいるような感じはしない。
 きっとこの人なら大丈夫。フレアはそう感じていた。

 階段から誰かが降りてく。

 「フレアさん。話はついた?」

 「ああ、楓か。ブラスも仕事をしてくれることになった。こき使っていいぞ」

 「はは、そんなことしないですよ。それに、仕事といっても、【ライトワーク】としての仕事じゃなくて、ただの買い出しでしょうに」

 「それでも立派な仕事だ。ギルドのことだけでなく、家のこともしっかりする。大切なことだろ。それに」

 「それに、なんですか? まさか、【ライトワーク】の仕事なら、クレハとティオとカノンが言っているとか言わないですよね?」

 「ック、どんな魔法を使ったんだ! なぜ心が読める」

 「いや、魔法使えませんし、表情でわかりますよ」

 「くそう!」

 なぜそんなに悔しそうなんだ。
 ちょっと疑問に思う楓だが、フレアが時々残念な感じなのを知っている楓は笑ってごまかした。

 「じゃあ、ブラス。俺と一緒に買い物行くぞ」

 「ああ、わかった」

 こうして、男二人で村に買い出しに行くのだった。


 村で食材や生活用品を買いだしているとき、ブラスは楓にいくつか質問した。

 なぜ、楓は魔女たちと一緒にいるのか。
 なぜ、楓は魔女たちとあんたに親しくで見るのか。
 教典の教えを知らないのか、などなど。
 ブラスはいろいろ聞いた。

 楓の答えはこうだった。

 教典のことなんて知らない。
 クレハやフレアさんが魔女であれなんであれ、悪党じゃない。
 だから信用するし、一緒にいる。
 それに、仲間を、恩人を裏切るようなことは絶対にしたくない。

 楓の答えにブラスは驚いた。
 教典の教えを知らないということも驚いたが、何より、魔女というよりも人を見て判断するその姿に驚いた。

 ブラスは、聖騎士の仕事として魔女を断罪しに行った。
 初めての仕事だった。
 だけど、その光景は最悪だった。
 地獄だった。
 悪い魔女ではない。でも、魔女だから殺す。
 そんな疑問が頭の中で駆け巡った。

 でも、楓は違った。魔女ではなく、人としてどうなのか。
 それを基準にしている楓が輝かしく見えた。

 【ライトワーク】本拠地に帰る途中、どこからか悲鳴が聞こえた。

 楓とブラスはいそいでその場所に向かう。
 そこには【ウルフ】に襲われている人たちがいた。
 子供たちに怪我はない。
 だが、引率していたであろう大人たちが怪我をしており、血まみれだった。
 命に別状なさそうだが、これ以上襲われたら、確実に死ぬ。
 そんなことはさせないと楓は思った。

 「ブラス。お前も聖騎士だったんなら戦えるよな。あの人たちを守るぞ」

 「……あ、ああ」

 ブラスも剣を抜いた。
 そして、守るためにウルフにかけようとした。
 だが……
 ブラスは動けなかった。
 剣を抜いた瞬間、震えだした。

 「あ、ああ。俺は、俺は」

 ブラスの頭の中には、魔女の子供を殺す瞬間が浮かんできた。
 最初は何も疑問に思わなかった。
 泣き叫んで、助けをもとめている魔女をみて、後悔し、恐怖した。
 その時の記憶が、剣を抜いたことで蘇った。

 「ブラス! どうしたんだよ」

 目の前に、襲われて殺されそうな人たちがいる。
 助けなければいけないのに、体が動かない。
 震えが止まらない。
 これは、戦うことの恐怖だった。
 間違った自分の行動のせいで、罪のないものが死んでいった、恐怖だった。

 「っち、そこで待っていろ」

 楓は【ディメンションリング】から【インフィニティ・マークⅡ】を取り出す。

 【ウルフ】たちが、子供たちを襲おうとしていたところに割り込んで……

 「バースト」

 【ウルフ】を打ち抜いた。
 そして、楓は守るために戦った。
 戦い抜いて、ウルフを撃退した。
 その間、ブラスは立っていることしかできなかった。

 助けた人たちに治療を施した楓。
 たくさんのお礼を言われていた。
 そんな様子を眺めるブラス。

 助けた人たちを別れた楓はブラスのもとにやってきた。

 「おい、あれはどういうことだよ。襲われている人がいたんだぞ!」

 「おれは……」

 ブラスは俯いてしまう。
 あの時、動かなければいけなかったのは事実だ。
 それなのに、戦うことに恐怖して、動けなかった。

 「俯いてんじゃねぇ。おまえは何だ。おまえは聖騎士なんだろう。だったら、守るために動くべきじゃないのかよ」

 楓の言葉にブラスはなぜか怒りがこみ上げてきた。

 「わかったことを言うな。おれは、おれは戦えないんだよ。あの時、初めて聖騎士の仕事として魔女のいる村を襲った。その魔女は子供だった。大人もいた。どう見たって悪い奴に見えなかった。そんな人たちを殺してしまったんだよ。こんな俺に……戦う資格なんて、誰かを守る資格なんて無いんだ。間違ってしまった俺なんかに!」

 バァン。
 楓はブラスを思いっきり殴った。
 ブラスから見た楓は、少し泣いているように見えた。

 「戦う資格がない。守る資格がない。そんな資格なんて必要ないんだよ。この世界は教典に従っているんだろ。それでおまえは殺してしまった。仕方が無かったのかもしれない。それでも、おまえは間違いに気がついた。気がついたんだよ。おまえは何のために騎士になった。答えろ、ブラス!」

 「俺が……騎士になった目的……」

 「どうなんだ、答えてみろ。何か、何かあったはずだ。その思いと、教典に従った行為が違ったから逃げ出したんだろ!」

 ブラスの中で楓の言葉が突き刺さった。
 騎士になった目的。
 何か、決定的な出来事があったような気がした。
 でも、どうしても思い出せなかった。
 魔女を、罪のない人を殺してしまった罪悪感の方が強くて……
 そして、ブラスは俯いて黙り込んでしまう。

 二人は、険悪な状態のまま、【ライトワーク】に戻るのであった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品