カオティックアーツ
2:異世界
緑が生い茂っており、月や星の明かりしかない暗い森の中。人の気配さえしない場所に楓は一人立ち尽くしていた。
ふと、魔道書の噂を思い出し、自分の体を確認する楓だが、それといった外傷はなく、安堵のため息を吐く。
どうやら無事に異世界転移することができたらしい。
あれは未知なる魔道書。同じ世界の別の場所。つまりただの転移の可能性もありうる話であるが、楓の世界は常にカオティックアーツによる監視の目がある。突然、こんな森の中に人が現れたら警報の嵐が鳴り響くに違いない。
それが確認できない以上、ここは異世界であると楓は確信していた。
星と月の明かりしか周りを照らしてくれるものがない、薄暗い森の中で、ぼーっと突っ立っていても仕方がない。まずは人里を目指さないと生きていくのに厳しい。
この世界、この場所は未知なる場所。どのような危険があるのかもわからない。
襲われても大丈夫なように、準備をしておいたが、それだけで生き抜くのは困難だ。
そう思った楓はあたりを散策することにした。
何も持たずに散策するのも不安であったため【ディメンションリング】から、明かりになりそうなものを取り出した。
【ディメンションリング】とは、暗黒物質のエネルギー変換技術を用いて、シミュレーションでしかあ表せなかった4次元空間を作り出す事の出来るカオティックアーツだ。
この空間を用いることで、どんなものでも収納でき、手軽に持ち運べる、ご近所の主婦たちにも大絶賛のカオティックアーツ。
もし、不意に条件を満たして、異世界転移が起こってしまっても、どうにかなるように準備していた【ディメンションリング】であるが、こんな森の中に一人、何もなくいるよりマシだろう。
取り出した小さな明かりだが、足元がよく見えない暗がりの道を照らし、ゆっくりと足を進める。
まずは人里を探して、安全を確保しよう。
【ディメンションリング】に食料などの準備をしてあるが、それにも限りがある。永遠にこれだけで暮らしていくことは不可能だ。そのためにも、休める場所や食料の確保は優先して行わなければならない。
研究はそのあとだ。
そう思い、散策を始め、数十分が経過した頃。
茂みを分けて進んでいった先に、綺麗な花畑を発見した。色鮮やかな花たちが風に吹かれて揺れており、月明かりがそれを照らす。
まるでおとぎ話に出てくる幻想的な場所だと思えるほど、素晴らしい景色に、楓は感動して見とれてしまう。
元の世界じゃそうそう見られない景色を堪能していると、同年齢と思われる少女と、12歳ぐらいか、小さな男の子が視界に入ってきた。
意外とはやく出会えたことに嬉しく思い、接触を試みようとしたが、すぐに足は止まってしまう。
果たしてこの世界の人たちと会話が成り立つのだろうか。その疑問が頭に浮かんだ瞬間、楓の行動は止まってしまう。そこで数秒ほど考えてみたが、一人でいるよりも、誰かと一緒にいたほうが安全に決まっている。
だから、楓は再度足を進め、少女と少年の元に向かった。
草花を分けて進む足音が聞こえたのだろうか、少女は少年を庇うに前出て叫んだ。
「誰!」
突然叫ばれたが、それは理解できる言葉であった。もしかすると、魔道書に言語機能の補正があったのかもしれない。
これは幸運だと思い、楓は少女にお願いすることにした。
「突然すまない。ちょっと道がわからないんだ。よかったら人里まで案内してくれないだろうか」
当然、異世界から来たことは伏せて、楓は少女にお願いする。
その言葉に呆けた顔をした少女だが、未だに警戒したままであり、楓のことをまるで信用していない。「どうせ騙すに決まっている」と少女がつぶやいたようにも聞こえ、楓は少し安堵する。
少女のつぶやきは、言葉が伝わっている証拠であり、本当に言語補正があったことを証明してくれる。未だ警戒されている状態だといっても、言葉がまるで通じないよりはましであり、少しだけ希望が持てた気がした。
警戒を解くのは至難の技であるが、不可能ではない。
言葉が通じれば、なんとかなる、そう思う楓は更にお願いをしてみたが、なかなかに警戒を解いてくれない。
鋭い視線を放っているが、どこか不安げなその表情には何かしらの事情があるのだろう。
どうしたらいいものかと、考えて、フッと思い当たることがあった。
そもそもこの世界と楓がいた元の世界とは文化が違う。文化が違えば、服装や考え方など変わってくることは多いだろう。
見たこともない服装の人間が現れても警戒するなという方がおかしな話だ。
少女の行動は当然のものだと言えよう。
だが、楓の考えを否定するかのように少女が叫ぶ。
「あんた、私を見てもうわかっているんでしょう。私が魔女だってことを。
無害を装ったって、私は騙されない。
私たちだって、ただで殺されてやるもんですか!」
「魔女? それに殺す?
一体なんのことを言っているんだ!」
叫んだ少女の言葉に楓は混乱する。
人を簡単に殺す世界。楓のいた世界ではまったく考えられないことであり、混乱してしまうのも無理はない。
「何惚けたことを言っているのよ。
ここにいるって事は、近くの村人でしょう。この世界で隠していない魔力を感じ取れない人なんてそうそういない。
普通の人間なら、教会の教えに従って、悪しきものとされている魔女を殺さないはずがない。
見つけて何もしないなんてありえないのよ!」
楓は少女の言動を一旦整理することにした。
今のままでは、頭が混乱する一方で何もわからない。交渉する余地すらない。
それに、少女は楓を村人と勘違いしている様子だ。それは無理のない話だが、それなら何故ここまで警戒する。その理由は既に少女が語ってくれている。
混乱してよくわかっていないだけ。だからこそ、楓は一旦頭の中を整理して、状況を読み取ろうとした。
彼女は魔女である。
少年は男だから魔女ではないだろうが、何かしらの経緯で一緒にいるんだと思われた。
そして、楓はこの近くの村人だと思われているに違いない。
魔女はこの世界の宗教では忌むべき存在とされているため、村人なら襲って来るに違いないと警戒している。
おそらくそんなろころだろうと楓は思った。
魔女のが実在しており、近くにいるかもしれないと言われれば、宗教を重んじる村人は魔女を警戒して見回りぐらいするだろう。
忌むべき存在が近くにいたら、村に最悪が訪れるかもしれない。村を愛する人ならなおさらだ。
もしかしたら、近くにいるという噂がなくても、見回りして、魔女を捉えるのが普通の週間なのかもしれないが。
そういう習慣があるからこそ、不意に現れた楓を警戒していたのでは、結論に至るのは当然のことである。
異世界からきた楓は、服装からして怪しいため、そこで警戒されていると思っていたが、そこは無視されており、少しばかしホッとする。でも、危険な状態には変わりない。
この場をどうにかするために、一つの案を思いついた。
それは、楓が村人ではないから安全であることを証明すること。つまり、異世界から来たということを信じてもらえば、少しは警戒を解くだろうと楓は思ったのだ。
そこで【ディメンションリング】に収納しているカオティックアーツを見せることにした。これが一番手っ取り早いと思ったからだ。
取り出したものは、楓の世界ではおもちゃみたいなもの。光で形を作り惑わせる【光霊球】というカオティックアーツだ。
本来お化け屋敷などに使用されているものであり、の立体映像で幽霊を作り出し、驚かせる娯楽用カオティックアーツだが、逃げる時に役にたつかもしれないと、楓が持ってきたものだった。
楓が何かを取り出したことにより、少女が警戒心を強める。
「あなた! 一体何を取り出したの。もしかして、それで私たちに何か……」
「ち、違う。信じてもらえないかもしれないが、俺はこの世界の人間じゃないんだ。だから魔女だとかよくわからない。それを証明するための道具を取り出したんだ」
「そんなデタラメを言って……」
「それは見てから判断してもらおう。俺たちの道具、世界最高峰の技術と称されている顔ティックアーツが証明してくれるはずだ」
そう言って、楓はカオティックアーツ【光霊球】を起動した。
【光霊球】はうっすらと輝きながら人の姿を象っていく。
その姿は、まるで幽霊のようだった。
「この感じ……魔力? いやでも……
それにあれって、死霊魔法系統の降霊術……
あなた、魔法が使えるの!」
「いや、使えないけど。そもそも魔法って何なんだ」
「普通なら魔法は使えないはず、この世界の魔女か魔族以外には……
男なら、魔族ってことになるけど、どう見ても人間。一体どういうこと」
「言っていることがわからない。とりあえず、これで俺が異世界から来たってことを信じてくれないか?」
「そ、それはまだ信じられない!
えっと、でも……魔法を使う以上は、敵ではないってことよね。そ、それだけは信じてあげるわ!」
「そっか。ありがとう」
「う……どういたしまして?」
なぜに疑問形だったか、楓にはわからなかったが、信じてもらえたようなので安堵する。
だが、すぐに危険はやってきた。
「あ、クレハ姉さん。あそこ!」
少年が指で示した方からうっすらとした明かりが近づいてきた。
魔女は忌むべき存在。もしかしたら近くにいるのかもしれないと、村を守るために動くのは当然のこと。あの明かりはここいらにあるであろう村人だと楓は確信する。
そうなると、今の現状は楓にとっても、二人の少年少女にとっても非常にマズイ状態だった。
「どうしよう。今はハーミットリングをつけていないから、見つかれば魔女だってバレちゃう」
「クレハ姉さん、早く逃げないと!」
「でも、あの人も魔法を使ってたし、見つかればあの人も……」
少女は顔を少し青くする。そんな姿を見た楓は、なんだ、案外優しい女の子なんだな、と思った。
出会い頭は憶測通り、魔女が迫害されている関係上、警戒するのも無理はないが、それでも楓を心配してくれるあたり、素直で優しい女の子のようだ。
だったら何も迷うことはない。やるべきことはただ一つ。この場をどうにかすればいいんだ。
「俺もお前たちと一緒についていく。一応逃げるための道具を持っているから役には立つと思う」
「でも、あなたを勝手に連れてきたらフレアさんがなんていうか……」
「クレハ姉さん。早くしないとみつかっちゃうよ」
「仕方ない。あなたもついて来て!」
「わかった。でもその前に……」
楓は遠隔操作ができるようにした特別な【光霊球】をいくつか設置した。設置方法は、ただ置いておくだけなので、大して時間はかからなかった。
そして、その場に人が来たことを知らせる楓特性のカオティックアーツも……
「もうすぐ来ちゃう。あなたも早くして」
「ああ、今行く」
楓は少女と少年の後ろについて行き、その場を後にした。
花畑から少し離れた場所を、少女と少年と一緒に走っていると、楓のポケットにしまっていた受信用カオティックアーツが振動する。
村人であろう明かりの集団が、あの花畑に入ったことを楓のカオティックアーツが知らせてくれた。
「ちょっと待って」
「何! 早く逃げないと追いつかれちゃうでしょ」
命が関わっている以上、慌ててしまうのも無理はない。だからこそ、急がないとと落ち着き無くする少女を楓は落ち着かせる。
「大丈夫だ。あの花畑に来た村人らしい人たちを俺の世界のカオティックアーツでかき回すだけさ」
「そんなことできるわけない。こっからどうやってあの場所に魔法を放つのよ!」
少女はまだ楓が見せたものを魔法だと思っていた。
でも楓が使ったのは魔法じゃない。発展しすぎてしまった世界の技術により生まれた道具、カオティックアーツだ。
「【光霊球】起動フラグオン」
「だから無理だって……え、」
先ほどいた花畑の方から悲鳴が聞こえた。
魔法がいきなり放たれたら誰だって混乱する。それが魔女を軽蔑している村人ならなおさらだ。パニックを起こせば十分に時間が稼げるはず。その間に逃げれば問題ない。
遠くからうっすらと聞こえる悲鳴に少女は呆然とした。
(こんな離れた場所から魔法を使うなんて異常よ。そんなことできるなんて世界で名を轟かせた魔女以外にできるはずがない。そんな高度な魔法を使えるなんて何者なの)
「クレハ姉さん。あの人が作ってくれたチャンスを無駄にしちゃダメだよ。この隙に逃げないと!」
少し呆然としてしまった少女は少年の声で我に返る。
魔法について問いただしたい気持ちはあるが、今は逃げることを優先しないと。
「今は逃げることを優先するけど、あとで詳しく教えてよね」
「ああ、あとでゆっくり教えてやるよ。俺も頼みたいことがあるしな」
「ふん。じゃあ早く逃げましょう」
「ああ、わかった」
花畑から聞こえる悲鳴的な声を無視してなんとか逃げ切った楓たち。
森の中を走り切ったその先にあったものは、洋風の大きな館だった。
「ここまでくれば大丈夫よ。助けてくれたこのには変わりないんだから、歓迎するわ」
「お兄さん、ありがとう!」
「ああ、どういたしましてっと。俺もこの世界について聞きたいこともあるし、世話になるよ」
「ふん」言うと少女は先に中に入っていく。
その後少年が楓の手を掴み「お兄さんこっちだよ」と引っ張られながら、楓は館の中に入っていった。
ふと、魔道書の噂を思い出し、自分の体を確認する楓だが、それといった外傷はなく、安堵のため息を吐く。
どうやら無事に異世界転移することができたらしい。
あれは未知なる魔道書。同じ世界の別の場所。つまりただの転移の可能性もありうる話であるが、楓の世界は常にカオティックアーツによる監視の目がある。突然、こんな森の中に人が現れたら警報の嵐が鳴り響くに違いない。
それが確認できない以上、ここは異世界であると楓は確信していた。
星と月の明かりしか周りを照らしてくれるものがない、薄暗い森の中で、ぼーっと突っ立っていても仕方がない。まずは人里を目指さないと生きていくのに厳しい。
この世界、この場所は未知なる場所。どのような危険があるのかもわからない。
襲われても大丈夫なように、準備をしておいたが、それだけで生き抜くのは困難だ。
そう思った楓はあたりを散策することにした。
何も持たずに散策するのも不安であったため【ディメンションリング】から、明かりになりそうなものを取り出した。
【ディメンションリング】とは、暗黒物質のエネルギー変換技術を用いて、シミュレーションでしかあ表せなかった4次元空間を作り出す事の出来るカオティックアーツだ。
この空間を用いることで、どんなものでも収納でき、手軽に持ち運べる、ご近所の主婦たちにも大絶賛のカオティックアーツ。
もし、不意に条件を満たして、異世界転移が起こってしまっても、どうにかなるように準備していた【ディメンションリング】であるが、こんな森の中に一人、何もなくいるよりマシだろう。
取り出した小さな明かりだが、足元がよく見えない暗がりの道を照らし、ゆっくりと足を進める。
まずは人里を探して、安全を確保しよう。
【ディメンションリング】に食料などの準備をしてあるが、それにも限りがある。永遠にこれだけで暮らしていくことは不可能だ。そのためにも、休める場所や食料の確保は優先して行わなければならない。
研究はそのあとだ。
そう思い、散策を始め、数十分が経過した頃。
茂みを分けて進んでいった先に、綺麗な花畑を発見した。色鮮やかな花たちが風に吹かれて揺れており、月明かりがそれを照らす。
まるでおとぎ話に出てくる幻想的な場所だと思えるほど、素晴らしい景色に、楓は感動して見とれてしまう。
元の世界じゃそうそう見られない景色を堪能していると、同年齢と思われる少女と、12歳ぐらいか、小さな男の子が視界に入ってきた。
意外とはやく出会えたことに嬉しく思い、接触を試みようとしたが、すぐに足は止まってしまう。
果たしてこの世界の人たちと会話が成り立つのだろうか。その疑問が頭に浮かんだ瞬間、楓の行動は止まってしまう。そこで数秒ほど考えてみたが、一人でいるよりも、誰かと一緒にいたほうが安全に決まっている。
だから、楓は再度足を進め、少女と少年の元に向かった。
草花を分けて進む足音が聞こえたのだろうか、少女は少年を庇うに前出て叫んだ。
「誰!」
突然叫ばれたが、それは理解できる言葉であった。もしかすると、魔道書に言語機能の補正があったのかもしれない。
これは幸運だと思い、楓は少女にお願いすることにした。
「突然すまない。ちょっと道がわからないんだ。よかったら人里まで案内してくれないだろうか」
当然、異世界から来たことは伏せて、楓は少女にお願いする。
その言葉に呆けた顔をした少女だが、未だに警戒したままであり、楓のことをまるで信用していない。「どうせ騙すに決まっている」と少女がつぶやいたようにも聞こえ、楓は少し安堵する。
少女のつぶやきは、言葉が伝わっている証拠であり、本当に言語補正があったことを証明してくれる。未だ警戒されている状態だといっても、言葉がまるで通じないよりはましであり、少しだけ希望が持てた気がした。
警戒を解くのは至難の技であるが、不可能ではない。
言葉が通じれば、なんとかなる、そう思う楓は更にお願いをしてみたが、なかなかに警戒を解いてくれない。
鋭い視線を放っているが、どこか不安げなその表情には何かしらの事情があるのだろう。
どうしたらいいものかと、考えて、フッと思い当たることがあった。
そもそもこの世界と楓がいた元の世界とは文化が違う。文化が違えば、服装や考え方など変わってくることは多いだろう。
見たこともない服装の人間が現れても警戒するなという方がおかしな話だ。
少女の行動は当然のものだと言えよう。
だが、楓の考えを否定するかのように少女が叫ぶ。
「あんた、私を見てもうわかっているんでしょう。私が魔女だってことを。
無害を装ったって、私は騙されない。
私たちだって、ただで殺されてやるもんですか!」
「魔女? それに殺す?
一体なんのことを言っているんだ!」
叫んだ少女の言葉に楓は混乱する。
人を簡単に殺す世界。楓のいた世界ではまったく考えられないことであり、混乱してしまうのも無理はない。
「何惚けたことを言っているのよ。
ここにいるって事は、近くの村人でしょう。この世界で隠していない魔力を感じ取れない人なんてそうそういない。
普通の人間なら、教会の教えに従って、悪しきものとされている魔女を殺さないはずがない。
見つけて何もしないなんてありえないのよ!」
楓は少女の言動を一旦整理することにした。
今のままでは、頭が混乱する一方で何もわからない。交渉する余地すらない。
それに、少女は楓を村人と勘違いしている様子だ。それは無理のない話だが、それなら何故ここまで警戒する。その理由は既に少女が語ってくれている。
混乱してよくわかっていないだけ。だからこそ、楓は一旦頭の中を整理して、状況を読み取ろうとした。
彼女は魔女である。
少年は男だから魔女ではないだろうが、何かしらの経緯で一緒にいるんだと思われた。
そして、楓はこの近くの村人だと思われているに違いない。
魔女はこの世界の宗教では忌むべき存在とされているため、村人なら襲って来るに違いないと警戒している。
おそらくそんなろころだろうと楓は思った。
魔女のが実在しており、近くにいるかもしれないと言われれば、宗教を重んじる村人は魔女を警戒して見回りぐらいするだろう。
忌むべき存在が近くにいたら、村に最悪が訪れるかもしれない。村を愛する人ならなおさらだ。
もしかしたら、近くにいるという噂がなくても、見回りして、魔女を捉えるのが普通の週間なのかもしれないが。
そういう習慣があるからこそ、不意に現れた楓を警戒していたのでは、結論に至るのは当然のことである。
異世界からきた楓は、服装からして怪しいため、そこで警戒されていると思っていたが、そこは無視されており、少しばかしホッとする。でも、危険な状態には変わりない。
この場をどうにかするために、一つの案を思いついた。
それは、楓が村人ではないから安全であることを証明すること。つまり、異世界から来たということを信じてもらえば、少しは警戒を解くだろうと楓は思ったのだ。
そこで【ディメンションリング】に収納しているカオティックアーツを見せることにした。これが一番手っ取り早いと思ったからだ。
取り出したものは、楓の世界ではおもちゃみたいなもの。光で形を作り惑わせる【光霊球】というカオティックアーツだ。
本来お化け屋敷などに使用されているものであり、の立体映像で幽霊を作り出し、驚かせる娯楽用カオティックアーツだが、逃げる時に役にたつかもしれないと、楓が持ってきたものだった。
楓が何かを取り出したことにより、少女が警戒心を強める。
「あなた! 一体何を取り出したの。もしかして、それで私たちに何か……」
「ち、違う。信じてもらえないかもしれないが、俺はこの世界の人間じゃないんだ。だから魔女だとかよくわからない。それを証明するための道具を取り出したんだ」
「そんなデタラメを言って……」
「それは見てから判断してもらおう。俺たちの道具、世界最高峰の技術と称されている顔ティックアーツが証明してくれるはずだ」
そう言って、楓はカオティックアーツ【光霊球】を起動した。
【光霊球】はうっすらと輝きながら人の姿を象っていく。
その姿は、まるで幽霊のようだった。
「この感じ……魔力? いやでも……
それにあれって、死霊魔法系統の降霊術……
あなた、魔法が使えるの!」
「いや、使えないけど。そもそも魔法って何なんだ」
「普通なら魔法は使えないはず、この世界の魔女か魔族以外には……
男なら、魔族ってことになるけど、どう見ても人間。一体どういうこと」
「言っていることがわからない。とりあえず、これで俺が異世界から来たってことを信じてくれないか?」
「そ、それはまだ信じられない!
えっと、でも……魔法を使う以上は、敵ではないってことよね。そ、それだけは信じてあげるわ!」
「そっか。ありがとう」
「う……どういたしまして?」
なぜに疑問形だったか、楓にはわからなかったが、信じてもらえたようなので安堵する。
だが、すぐに危険はやってきた。
「あ、クレハ姉さん。あそこ!」
少年が指で示した方からうっすらとした明かりが近づいてきた。
魔女は忌むべき存在。もしかしたら近くにいるのかもしれないと、村を守るために動くのは当然のこと。あの明かりはここいらにあるであろう村人だと楓は確信する。
そうなると、今の現状は楓にとっても、二人の少年少女にとっても非常にマズイ状態だった。
「どうしよう。今はハーミットリングをつけていないから、見つかれば魔女だってバレちゃう」
「クレハ姉さん、早く逃げないと!」
「でも、あの人も魔法を使ってたし、見つかればあの人も……」
少女は顔を少し青くする。そんな姿を見た楓は、なんだ、案外優しい女の子なんだな、と思った。
出会い頭は憶測通り、魔女が迫害されている関係上、警戒するのも無理はないが、それでも楓を心配してくれるあたり、素直で優しい女の子のようだ。
だったら何も迷うことはない。やるべきことはただ一つ。この場をどうにかすればいいんだ。
「俺もお前たちと一緒についていく。一応逃げるための道具を持っているから役には立つと思う」
「でも、あなたを勝手に連れてきたらフレアさんがなんていうか……」
「クレハ姉さん。早くしないとみつかっちゃうよ」
「仕方ない。あなたもついて来て!」
「わかった。でもその前に……」
楓は遠隔操作ができるようにした特別な【光霊球】をいくつか設置した。設置方法は、ただ置いておくだけなので、大して時間はかからなかった。
そして、その場に人が来たことを知らせる楓特性のカオティックアーツも……
「もうすぐ来ちゃう。あなたも早くして」
「ああ、今行く」
楓は少女と少年の後ろについて行き、その場を後にした。
花畑から少し離れた場所を、少女と少年と一緒に走っていると、楓のポケットにしまっていた受信用カオティックアーツが振動する。
村人であろう明かりの集団が、あの花畑に入ったことを楓のカオティックアーツが知らせてくれた。
「ちょっと待って」
「何! 早く逃げないと追いつかれちゃうでしょ」
命が関わっている以上、慌ててしまうのも無理はない。だからこそ、急がないとと落ち着き無くする少女を楓は落ち着かせる。
「大丈夫だ。あの花畑に来た村人らしい人たちを俺の世界のカオティックアーツでかき回すだけさ」
「そんなことできるわけない。こっからどうやってあの場所に魔法を放つのよ!」
少女はまだ楓が見せたものを魔法だと思っていた。
でも楓が使ったのは魔法じゃない。発展しすぎてしまった世界の技術により生まれた道具、カオティックアーツだ。
「【光霊球】起動フラグオン」
「だから無理だって……え、」
先ほどいた花畑の方から悲鳴が聞こえた。
魔法がいきなり放たれたら誰だって混乱する。それが魔女を軽蔑している村人ならなおさらだ。パニックを起こせば十分に時間が稼げるはず。その間に逃げれば問題ない。
遠くからうっすらと聞こえる悲鳴に少女は呆然とした。
(こんな離れた場所から魔法を使うなんて異常よ。そんなことできるなんて世界で名を轟かせた魔女以外にできるはずがない。そんな高度な魔法を使えるなんて何者なの)
「クレハ姉さん。あの人が作ってくれたチャンスを無駄にしちゃダメだよ。この隙に逃げないと!」
少し呆然としてしまった少女は少年の声で我に返る。
魔法について問いただしたい気持ちはあるが、今は逃げることを優先しないと。
「今は逃げることを優先するけど、あとで詳しく教えてよね」
「ああ、あとでゆっくり教えてやるよ。俺も頼みたいことがあるしな」
「ふん。じゃあ早く逃げましょう」
「ああ、わかった」
花畑から聞こえる悲鳴的な声を無視してなんとか逃げ切った楓たち。
森の中を走り切ったその先にあったものは、洋風の大きな館だった。
「ここまでくれば大丈夫よ。助けてくれたこのには変わりないんだから、歓迎するわ」
「お兄さん、ありがとう!」
「ああ、どういたしましてっと。俺もこの世界について聞きたいこともあるし、世話になるよ」
「ふん」言うと少女は先に中に入っていく。
その後少年が楓の手を掴み「お兄さんこっちだよ」と引っ張られながら、楓は館の中に入っていった。
コメント