喫茶店リーベルの五人姉妹+1

日向 葵

第九話『作ってみよう、漫画のご飯……前編』

 今日は珍しく誰もいない。だから僕はせっせとノートに書き写していた。何をって。もちろんあれだよ、あれ。グルメ漫画に紹介されている料理のレシピ。

 よく漫画飯ってあるよね。ファンタジーな作品に出てくるような料理はかなり難しいと思っているけど、グルメ漫画なら作れる。だって、実際にある料理だしね。だからチャレンジしてみようかと思って。
 だけど漫画を見ながらやるのには抵抗がある。

 だって、せっかく腐女子なオフ会で買ったのに、汚して捨てるようなことになったら悲しいじゃん。
 そんなわけで、僕はレシピを作っている最中なのだ。

 今回参考にする漫画は『ホクサイと飯さえあれば』、『人魚姫のごめんねごはん』、『くうねるまるた』、『甘々と稲妻』からレシピを頂戴しようと思う。

 ホク飯はすっごく美味しそうなレシピが豊富で、いつも読むのが楽しみ。それに主人公のブンちゃんが楽しく料理をする姿は本当に可愛らしい。そういえば前にドラマ化していたよね。今度借りに行こうかな。

 そしてごめんねごはんは、料理に出てくるまでの工程が笑っちゃう。とっても面白いよ。
 特に鯖のまさし君は大好きかな。僕的にこの漫画で一番面白いのはレシピを書いてくれるページ。まさし君で作るなめろうとか普通に書いているところだ。普通鯖のなめろうなら鯖と書くところをまさし君って書いてある。レシピすら楽しく見ることができるのがいいね。ちなみにまさし君とは主人公の人魚姫とお友達だったりする。だからごめんねなんだけどね。

 くうねるまるたはポルトガル人の女性が主人公なんだけど、美味しいものをしあわせそうに食べる漫画なんだ。近所の人との付き合いで材料をもらったり、みんなで仲良く食べ物を持ち寄って花見をしたり、日常をより楽しくするようなお話だったりする。
 ポルトガルの料理だったり、お店に出ているような料理を紹介したりしている。そして本当に美味しそうに食べるから僕も作りたくなっちゃうよ。

 そして甘々と稲妻。娘と優しいお父さんが、自分の生徒と一緒に楽しくお料理をする話。
 自分の子供と一緒に料理をする姿はほんとに微笑ましい。それに美味しそうに食べる娘の姿が可愛くて、それを嬉しそうにしながら一緒に食べるお父さんの姿が家族の素晴らしさを感じさせてくれる。うん、いいお話だよね。

 こういう漫画を読むと、料理を作ってみたい! って気持ちになってくる。不思議だけど、そういうところがグルメ漫画の魅力だと思う。
 というわけで、作ってみよう!

 作るも料理は、土鍋ごはん、まさし君で作るなめろう、かぼす締めさんま、ブリ大根。
 こんなもんかな。なんだろう。魚ずくしだ。
 最近肉ばっかしだし、たまにはいいか。

 早速買い物に行こう。



 今日はでかいスーパーに来てみました。いつも行ってる魚屋さんや八百屋さんにも行ったけど、材料が足りなかったんだよね。
 新鮮なさんまとぶりの切り身、まさし君……じゃなくて新鮮な鯖も手に入れた。
 それにしても、本当に新鮮な鯖やさんまが手に入った。生でも食べられるぐらいに新鮮なものは滅多に手に入らないからね。

 あとは足りないものを手に入れないと。
 そんな理由でスーパーに来てみたんだけど、珍しく知り合いを見かけた。

 花梨の腐女子友達。フルフルこと長原さん。
 あの子は池袋にある椿珈琲店で腐女子のオフ会に参加したときに仲良くなった? 女の子。

 そういえば、今度二人で会いましょうねとか言われていたっけ。あれからちょくちょく連絡とってるけど、会いましょうって話にはならなかった。なんか理由でもあるのかな? まぁ、僕みたいな男と一緒になんて不快に思っちゃうよね。自分で言っていてなんだけど……。

「あったからには声をかけたほうがいいよね。おーいぃぃ!」

 やっべぇ、すごいものを見てしまった。なんたって、スカートがカバンに引っかかってめくれているんだから。
 あれをなんとかしないと。周りを見ると、結構な数の視線を集めちゃってるって。女の子としてあれはヤバイ!

「ちょっと! 長原さん!」

「ひゃ、ひゃい!」

 突然、名前を呼ばれてびっくりしたのか、おそるおそる後ろを振り向く。そして僕に気がつきホッとしたようだ。だけどそれじゃあダメなんだよ。

「あの、水紋ちゃん……その……お久しぶりね」

「そ、そんなことより……」

「そんなことより! あうぅ、そうだよね、私なんかーー」

「スカートがめくれているから!」

「ーーだよね、って、え? きゃうぅぅぅぅ」

 長原さんは急いでスカートを直した。そしたら、周りから盛大な舌打ちと誤魔化しの口笛が聞こえた。
 おいおい、気が付いているんだったら声をかけてあげようよ。これだから薄情な日本人は……。僕も日本人だけど……。

「あ、あの、ありがとうございます……」

「いえいえ、お礼を言われるようなことじゃないよ。それよりも……なんか元気がないね。大丈夫?」

「ひゃい、そ、そんなことは……」

「でも、腐女子なオフ会の時はもっと元気だったような?」

「あ、あれは同じ趣味の仲間がいるからですよ。普段はこんなもんです、はい」

 ふ~ん、そういうものなのかな。たしかに、同類がいるといっぱい話せるけど、知らない人しかいないとなにも喋れなくなる人っているよね。うん、その気持ちわかるよ。

「あ、あの、水紋さん」

「えっと、どうしたの?」

「私と結婚してください」

「い、いきなりだね。どうしたの?」

「あううう、振られてしまいました。でも負けません。次こそは!」

「いや、だから話聞こうよ。なんで結婚なのよ?」

「え、結婚……はうぅぅぅぅ。遊びにいきましょうと言おうとして、胸の内を暴露してしまった……。このまま死にたい……」

「ちょ、ま、早まったことはしないで!」



 あれから顔を真っ赤にして座り込んでしまった長原さんをなんとか立ち上がらせて、フードコーナーに向かった。
 もう立ち去りたい気持ちになったけど、知り合いをあのままにはできないでしょう。
 そんなわけで、休憩をしようと思ったけど、ここのスーパーでゆっくり休めるところはフードコーナしかない。
 僕はコップに水を入れて、長原さんが休んでいる席に戻った。

「はい、水。気分はどう?」

「はい、死にたいです」

「大丈夫だよ。僕が死なせないから」

「やっぱり結婚しましょう」

「それは嫌だ」

「じゃあ死のう……」

「僕にどうしろって言うんだよ」

 ほんと、前に会った時とは全く違うよね。前にも結婚しようって言われたけど、そのときは残念そうにするだけで死のうなんて言わなかったのに。
 もしかして、こっちの姿が本物で、オフ会の時はキャラを作っていたとか。それだとしたら怖いな。女っていくつ顔を持っているんだろうって思っちゃう。

「そういえば、長原さんは何を買いに来たの?」

「えっと、水飴とかチョコレートとか、お菓子をいっぱい買おうと思って」

「ふ~ん、水飴とチョコレートっていうから生チョコとか作るかと思った。僕はグルメ漫画に載っている料理を作ってみようかなって」

「え、なになに、なんの漫画!」

 え、え~。なんか急に元気になったんだけど。雰囲気的に暗そうなのに、目が輝いている。これはフードコーナーまで連れてこなくても……まぁいっか。楽しそうな顔をしているし。よし、ちょっと付き合ってもらおうかな。僕が好きなグルメ漫画と今日作る料理の話をいっぱいしてやるぞ!

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