喫茶店リーベルの五人姉妹+1

日向 葵

第一話『住み込みバイトをすることになりました』

「えっと、一体なんでこんなことに」

 僕のクラスメイト、夢乃ゆめの菜乃華なのかさんが家庭事情でお休みした。今日の日直だった僕は、菜乃華さんにプリントを届けにこの場所に来たはずだった。

 菜乃華さんの家は僕が住んでいる地域でそこそこ有名な喫茶店。店の名前はリーベルって言って、料理はまずいけど、コーヒーがとても美味しい。僕もなんどか来たことある。だけどさ、プリントと届けに来た僕に対して、いきなり店に連れ込んで椅子に縛り付けて。僕が一体なにしたのさ。

「えっと、君が冬雪ふゆき水紋みなもちゃんだよね。話は菜乃華なのかから聞いているよ。私は夢乃ゆめの百合ゆり。リーベルの店主で、五人姉妹の長女なの。よろしくね」

「えっと、よろしくお願いします。っじゃなくて、なんで僕は縛られているんですか!」

「だって、縛らなきゃ逃げるでしょう。あなたにお願いがあるのよ」

「ぼ、僕に一体何させる気ですか」

 百合さんは僕に微笑みかけてくれるが、今の僕は笑えない。今の僕は全く動けない。目の前には可憐な五人姉妹。
 この状況で緊張するなっていう方がおかしいよ。
 それにしても、菜乃華さんはずっとニマニマ笑っている。お願いだから助けて。

「あなた、いまは一人暮らしなんだよね」

「……はい、そうですけど、それがどうかしたんですか?」

「いやね、うちにお父さんとお母さんが海外に逃亡しちゃったんだよね。美味しいコーヒーを研究するんだって。そこでうちのお父さんがあなたのお父さんに頼んだみたいなの。娘たちだけじゃ心配だから、もうひとりぐらい一緒に住ませてあげられないかって。私も初めて知ったんだけど、あたなとお父さんと私のお父さんって友達なんだって。それで話をしたら可愛い子が一人暮らしをしているから、ぜひ住み込みで働かせてやってほしいって言われたそうなの。あなたには連絡はきていないかしら?」

「え、そんな連絡はもらってーー」

 タイミングよく、ポケットに入っている携帯が震えた。僕の携帯なんてお父さんとお母さん、おねえちゃんぐらいしかアドレス登録されていない。ゲームとかやっているからそっちの可能性もあるけど、百合さんの話を聞いた後だとやっぱり……。

「あの、これほどいてもらっていいですか。携帯を確認したいんですけど」

「ダメ、解いたら逃げるでしょ」

 そりゃもちろん。いきなり縛られてるんだから逃げるに決まっている。そんでもってメールを確認して、改めて話を聞きに行くことにしたい。まさか、クラスメイトの女の子にプリントを届けに行くだけでこんな目に遭うなんて。とんだ災難だよ。とほほ……。

 そ、それにしても……どうしよう。このタイミングで……トイレに行きたいなんて。う、ううう。

「あ、あの……これ……解いて」

 内股にして、なんとか我慢しているけど、限界は近い。どうしよう。漏らしちゃう……。

「くすくす、ねぇ、百合ねえちゃん。そろそろ解いてあげたら? 水紋も困っているようだし……ねぇ」

「うーん、菜乃華はそう言うけど……。女の子を椅子に縛ったままにしておくのはかわいそうなんだけど……やっぱりやめておきましょう、逃げそうだし」

「そ、そんな、お願いです。そこをなんとか!」

「ねぇ、お姉ちゃん、どうしたの?」

 僕の近くに来た小さな女の子。縛られた僕の体を揺らしてくる。子供は容赦ない。ダメ、ほんとダメ。

「も、漏れちゃう……」

 そのあとのみんなの行動は早かった。百合さんともうひとりが僕を縛っていた縄を解いてくれた。小さな女の子は僕の体を揺らしまくる。ほんと、ギリギリの戦いだ。
 その間、菜乃華はずっと笑っており、もうひとりはスケッチしている。この二人、酷い。



 なんとか耐え切った僕は、店のおトイレを借りた。落ち着いたら、なんかいろいろどうでもよくなっちゃった。
 本当なら急いで逃げたほうがいいんだろうけど、うちのお父さんが関連しているみたいだし、さっきのことは水に流そう。うん、それでこそ僕だ。

 僕は五人姉妹が居る店内に戻る。そして、先ほどまで縛られていた椅子に腰を下ろした。
 すると、てくてくと先ほど僕の体を揺すっていた小さな女の子が近づいてくる。

「お姉ちゃん、これどうぞ」

「えっと、これは?」

「赤まむし!」

「え、なんで?」

「元気出るよ、ぐいっといこう!」

「こら真麻まお! 突然赤まむしを渡さないっていつも言っているでしょ!」

「え~百合お姉さま、いいでしょ、真麻の赤まむしは元気でるの、エッロエロになっちゃうんだから」

「小学生が何言っているの! ごめんね、家の妹がこんなんで……」

「えっと大丈夫です。その……百合さん、ありがとうございます」

「もう、水紋ちゃんは可愛いんだから! それで、さっきの話の件なんだけど……」

 さっきの話。僕がここに住み込みで働くこと。携帯を確認したらお父さんからメールが来ていた。リーベルに住み込んで働いてくれたらお父さんたちも安心できるって。
 僕はわがままで一人暮らしをさせてもらっている。
 お父さんもお母さんも海外に単身赴任。おねえちゃんは海外の大学にいってしまった。本当ならお父さんたちと一緒に行くべきだったんだけど、僕は日本から離れたくなかった。わがままを言っている自覚はある。お父さんたちにいっぱい心配をかけている。

 このリーベルに住み込みで働くって話も、一人だと心配だからということからきているんだろう。だったら僕の回答は一つだ。

「その話、受けさせていただきます」

「え、本当! やった!」

 百合さんは子供のような笑顔でそう言った。本当に、心のそこから嬉しそうだ。

「僕はわがままで一人暮らしをしているんです。海外についていくべきなのに。だったら少しでもお父さんとお母さんを安心させてあげたい。だから、よろしくお願いします!」

 僕は椅子から立ち上がり、頭を下げる。これからここでお世話になるんだ。ちゃんとしないと。

「こちらこそよろしく。私たちも別の仕事のこともあって、ずっとこの喫茶店をやっていられないのよ。本当にありがたいわ。じゃあ早速これに着替えて……っとその前に自己紹介をしたほうがいいかしら。これから一緒に暮らすんだし」

「それもそうね。さすが百合ねぇちゃんだよ。まぁウチは水紋と同じクラスだし、自己紹介の必要もないと思うけどさ。あ、これから一緒に住むんだ、ウチのことは菜乃華って呼んでくれ。さん付けなんていらないから。敬語もいらない。かしこまらなくていいから、そこんとこよろしく」

「えっと菜乃華さん……じゃなくて菜乃華。これからよろしく」

「ああ、面白いものをたくさん見せてくれ」

 そう言ってくすくす笑う。そういえば、何か引っかかることをたくさん言われて、その度に菜乃華が笑っている。なんかとんでもない勘違いをされているような……そんな気がする。

「私はさらっと自己紹介しているし、桜からお願い」

 さっき僕の縄を解いてくれた人が、笑顔を向けてくれた。

「了解。えっと水紋ちゃんだっけ。僕は夢乃ゆめのさくら。菜乃華のクラスメイトってことは、僕の学校と同じだ。三年生だから君の先輩ってことになる。苗字だとややこしくなるから、桜先輩とでも呼んで欲しい。よろしくね、後輩ちゃん」

「は、はい。よろしくお願いします、桜先輩」

「んじゃあ、次は俺かな」

 そう言ったのは、僕が困っている時にスケッチをしていた女の子。ちょっとボーイッシュな感じがあるし、僕より身長もでかい。もしかして、この人も先輩なのかな?

「俺は夢乃ゆめの花梨かりん。菜乃華お姉ちゃんがお世話になっているよ。中等部の二年生だから。花梨って呼んで欲しい。よろしく、水紋先輩」

「こちらこそよろしく、花梨」

 へぇ、なんとなく菜乃華の姉っぽい感じがしたけど、年下だったんだ。しっかりしている。部活に入ったことないから、先輩って呼ばれ慣れていない、ちょっと恥ずかしような、くすぐったいような。

「じゃあ最後は真麻ね」

「はーい」

 元気よく返事をしたのは、僕に赤まむしを進めて、エッロエロだよとか口走っていた少女。小学生みたいだけど、一番年下の妹だろうか。

「真麻はね、夢乃ゆめの真麻まおっていうの。小学4年生! 子供っぽいのもエッロエロなのも、えっちな絵を描くのも素なので、引かないでくれると嬉しいな。あ、外では猫かぶっているので、黙ってて。はいこれ、赤まむし! よろしくね、水紋お姉さま」

 また僕に赤まむしをくれた。これを一体どうしろと。この子、赤まむしが好きなんだろうか。そういえば、最後に僕のことを水紋お姉さまって言っていたような。いや待て、菜乃華以外全員がちゃん付だったような。
 ま、まさか!

「じゃあ早速、制服の試着をしてみようか。一回これに着替えてみてほしんだけど、いいかな?」

 百合さんが取り出したのは、黒に近い緑色のワンピースとフリルのついた白いエプロン。そして、フリフリなカチューシャだった。こう、まさにメイド的な雰囲気があるような感じの制服。どう見ても女性もの。やっぱりこの人たち、勘違いしている。
 ちょっとまて、菜乃華は一体どういう説明をしているの。くすくす笑っていたのはそういうことか!

「あ、あの……百合さん」

「ん、どうしたの水紋ちゃん。も、もしかしてこういう服が恥ずかしいとか……かな?」

「い、いえ、そんなことはないんですけど……僕は、えっと、その……男です」

「……えっ」

 僕が真実を告げると、菜乃華以外のみんなが覗き込むように見てきた。そして四人は驚い顔をしてーー

「「「「ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」」」」

 声を上げた。やっぱりそうだよね。初対面の人は僕のことを男として見れないよね。僕自身知っているよ。肩まで伸びた長い髪、白くて細い腕、録音して聞いてみた僕の声は女の子みたいに高いし、背もちっちゃい。そりゃあ男には見えないよね。うう、なんか複雑。

「もももも、もしかして、女の子の恋愛相談とか受けたことある? 恋の話をお姉さんに教えて頂戴」

 ちょ、百合さん。

「リアル男の娘きたぁぁぁぁぁぁっぁぁ。僕の妄想が止まらない。新たな新連載……行けるか?」

「うっひょぉぉぉぉぉぉぉぉ、男、男だよ。この子絶対総受けだぁぁぁぁぁぁ」

「お姉兄さま? ふぐり? パンツは女性ものなのかな? エッロエロなイラストが描ける気がするよぉぉぉぉぉ」

 僕が男だとわかった瞬間、好き勝手に大騒ぎだす。なんだ、この状況は!

「あ~水紋は知らないからびっくりしているかもしれないけど、ウチらの本業って、喫茶店じゃないんだよね」

「え、でも家が喫茶店なんでしょ?」

「ウチの両親の趣味なんだよね~ 別にやらなくても稼げるけど、お父さんとお母さんの大切な場所だから、ちゃんとやりたいんだよ」

「そっか。ところで本業って何?」

「ウチ、ライトノベル作家。割と人気あるよ?」

「え、ええぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 え、嘘。クラスメイトがラノベ作家。す、すごいこと聞いちゃった。後でサインとかもらえないかな。

「ちなみに、タイトルは?」

「『混沌の反逆者トライドール』だよ。ペンネームはニイナ・ニイナ。聞いたことあるでしょ?」

「そういえば、クラスの男子が話していたような……」

「ちなみにほかの姉妹全員そうだよ」

「え、じゃあ百合さんは何を?」

「ふふ、私は対価に恋話を所望するよ。私は月刊誌乙女チックっていう少女漫画雑誌で『恋も学業の内なのです!!』っていう作品を連載しているわ。ペンネームは柚木ゆずき亜梨沙ありさ。これから一緒に住むんだし、楽しい恋話を献上してちょうだい!」

「は、はい。できるだけ頑張ります!」

 少女漫画。僕は見たことないけど、きっとすごいんだよね。なんたって連載しているんだから。そんなすごい人の参考になるようなお話……できるかな?

「あ、百合ねぇちゃん、ずるいよ。僕だってモデルとかしてもらいたい。僕は月刊誌ふわっと、ていう男の娘オンリーな漫画雑誌に『偽物ですけど恋していいですか?』っていう、女の子好きな彼女を女装状態と男状態の両面で攻めていく恋物語を書いているよ。ちなみにペンネームは女装博士。さぁ、水紋ちゃん、私のために女装して!」

「はい……って嫌ですよ!」

「まぁ、この制服は着てもらうことになるし、最初はそれで我慢する。いずれ……桜色に染めてやんよ!」

「え、その制服は決定事項……」

 僕は必ず女装しなければならない運命らしい。まぁ、学校の制服は女性用を着ているし、今更なんだけどね。ほら、僕って男子の制服を着ても女子の制服を着ても、女の子に見えるのは変わらないみたいだから、学園長命令で女装が義務付けられている。トイレには僕専用の使用時間が設定されているぐらいだし。見た目が女の子な男は生きにくいんだよ、この世界は。

「じゃあ次は俺の番かな。俺はBL専門の漫画雑誌うほっと、ていうので『君は僕のヒーロー』という全年齢向けの作品を作っているよ。ちなみに、水紋先輩みたいな可愛い男の子が受けでガツガツした男に襲われる感じのカップリングが好きなんだ。よかったらよさげな男を紹介するよ」

「け、結構です!」

 危ない道に引きづられそうだ……。行ってしまったら戻ってこれないかもしれない。

「最後は真麻だね。真麻はね、菜乃華お姉さまのイラスト描いているの。エッロエロだよ。はいこれ、赤まむし!」

「あ、ありがとう」

 僕、この子苦手だ……。

「よし、店主である私の意見としては水紋ちゃんを私たちのモデル兼アシスタント兼取材対象兼ウェイトレスってことにしたいんだけど、どうかな?」

「ちょ、僕の意見は!?」

「「「「異議なし!!」」」」

「え、えぇ……」

 ねぇ、お父さん、お母さん。僕はお父さんの言うとおりに、喫茶店リーベルで住み込みバイトをすることにしたんだけど……すごい大変なことになったよ。
 一人暮らしをすることより大変な目にあっている気がする。
 ほんと、僕はこの店でやっていけるのだろうか……。
 不安で仕方ないけども、みんなが笑顔を向けてくれるので、断れる気がしない。
 とりあえず、やれるだけ頑張ってみるよ。

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