太陽を守った化物

日向 葵

第二十話~絶望と破滅の入口~

 たった一人のかぞくを守るために、身を犠牲にしながら戦っていた。
 なのに……どうしてこうなった。
 崩れ落ちたサデス公爵の屋敷。探しても見つけることのできなかった、たった一人の家族。

 どうしろってんだ、クソッタレが。

 バッソは己の無力さを痛感した。危険種の力を手に入れて、部隊をひとつ任されるようになり、驕っていたのかもしれない。
 戦果を出せば、妹の安全は確証されるだから。そう、力さえ示せれば、なんでもできる。いずれ幽閉された妹も取り戻すことだってできると、思い込んでいた。
 だけど、サデス公爵はあっけなく滅んだ。自分の力ですら、まだ勝てないと思っていた公爵家をいともあっさり滅ぼしてしまう力を持つ者が他にいたのだ。
 そして、おそらくその力を持つ者たちが、妹を奪ったのだと、直感が告げている。

 もう諦めて捨ててしまえ。逃げれば自分だけ助かるはずだ。

 一瞬だけそう思ってしまったバッソは、首を振って邪念を払う。

「クッソ…………畜生……」

 何もできない自分に苛立ちながら、バッソは王城の中を進む。バッソを呼び出した、理不尽を振りかざす権力者のもとに……。



 サデス公爵が粛清されてから数日後のこと。
 バッソは、この国の女王である、バネット・フォン・マレリアに呼び出された。

 バネットは部屋の奥に置かれた、豪勢な椅子に腰掛けており、その周りを金髪な上に金の瞳を持つ騎士を待機させていた。
 周りにいる騎士たちは、まるでおとぎ話に出てくる金色こんじきの勇者を彷彿とさせており、その光景を見たバッソは何故だか不安を感じた。

「あなたがバッソね。私はバネット。この国の女王と言えばわかるかしら」

「っけ、なんの用だクソッタレが。てめぇがサデスを殺したことぐらいは予想がついているんだよ。俺の妹をどこにやりやがった!」

 吠えたバッソの態度に怒りを顕にした騎士が剣を抜こうとしたが、バネットに止められる。
 騎士はしぶしぶと言った感じに引き下がった。

 今、バッソが抱えている不安は、妹のことにある。
 バッソは、サデスに人質を取られていた。それがバッソの妹である。
 本来ならば、実験に使用されるはずだった妹、その代わりに実験体になったのがバッソだった。
 だから、フェルシオンを襲撃されたとき、デルやグランディにその場を頼んで、一人でサデスの屋敷に向かったのだが、既に遅かった。
 サデスやその配下の者たちは、糸の切れた人形の如く地面に転がっており、生きている者は誰もいない。
 だけど、捉えられた妹ならもしかしてと、死体をあさり、捉えられている場所まで忍び込み、徹底的に探し尽くしたのだが、死体が見つからなかった。
 もしかしたら、焼け死んでいる可能性も考えたが、焼死体は見つからず、その可能性はなくなる。
 行方不明になった妹の消息は、考えればすぐにわかった。
 今回の襲撃を指示したであろう人物。バネットに捉えられているということに。

 だからこそ、バッソは吠えた。消息不明の妹の安否を確認したいから。そうしなければ、何のために今まで戦ってきたのかわからなくなってしまう。
 たった一人の家族を守りたい。その心だけが、バッソの支えでもあったのだ。

「安心なさい。お前の妹は生きているよ」

「ほ、本当か!」

「ええ、私は嘘をいわないから」

 っち、どの口がいうか。

 バッソは悪態をつきそうになったが、周りの騎士のことを考えるに分が悪いと感じているため、何とか押しとどまる。

 それでも、妹のことが心配だったので、早く会わせろと睨みつけた。
 バネットは「おお怖い」とおちゃらけたようにバッソをからかいながら、悪役じみた笑みを浮かべた。

「そんなに会いたいなら会わせてあげる。もちろん、無償でね。私はなんて優しいのかしら」

「ほ、本当か! 本当なのか!」

「ええ、本当よ。何度もしつこいわね。誰か、あれを持ってきなさい」

 バネットが声をかけると、一人の騎士がどこかに何かを取りに行ったようだ。
 そして、数分も待たないうちに、騎士は布が被さったはこのようなものを持って、戻って来た。

「バネット様。お持ちいたしました」

「ええ、ありがとう。そこにおいてくださる」

 バネットが指さした方向は、バッソの目の前。
 これが一体何だってんだ。早く妹に会わせろ。そう考えるだけで、バッソの心は苛立ってくる。

「バッソ。その布を取って、檻から出してあげなさい」

「檻? これは何だってんだ」

「見ればわかるわ」

 バッソは、かけられた布を取ると、檻の中に不気味な生き物がいた。

「っち、なんだよ」

 白くて小さな獣の様な何か。口が裂けていて、ギザギザしている。魚のようにぎょろりとした目がバッソを見つめていた。
 目は、探していたものをようやく見つけたかのように、キラキラと輝かせた。

「…………ゃ……」

「なんだよコイツは!」

「ふふ、何か言っているみたいだけど? ちゃんと聞いてあげればわかるんじゃないかしら」

 バネットはにんまりと笑いながら、バッソを見つめていた。周りの騎士たちも、楽しそうににやけている。
 心地悪い空間にイラつくも、檻の中にいる奇妙な生物を抱えた。

「お……………ゃ……………」

「ああ、何を言ってんだコイツ」

 バッソは耳を近づけて、奇妙な生物の言葉を聞いた。

「………お兄ちゃん」

 その言葉を聞いた瞬間、バッソの表情が固まった。
 いま、この生物はなんて言った。お兄ちゃんと言ったのか。

 まさか、まさか、まさか、まさか。

 信じたくない、そんなこと考えられない。だけど、この奇妙な生物の次の言葉を聞いて、バッソはそれが真実だと理解した。いや、理解してしまった。

「……やっと……会え……た。お兄…………ちゃ……ん」

「ま、まさか、ミーシャなのか?」

 バッソがそう言うと、奇妙な生物ミーシャがにっこりと微笑んだ。

「ああ、あああぁぁぁぁあああああああああ」

「あははははは、その顔、それが見たかったのよ」

「貴様! 殺してやる、妹に……ミーシャにぃああああああ」

 怒り狂って、バネットを殺そうとしたバッソは、金髪金眼の騎士に取り押さえられた。

「ははは、良かったわね。最愛の妹と再開できて」

「ミーシャに、何しやがった!」

「何、愚弟が遊び半分でやっていた人体実験を試したんですよ。その子でね」

「ミーシャの代わりに俺が」

「ええ、知ってますよ。でも、それは愚弟との話ですよね。私には関係ない」

「ふざけんな! ふざけんなよ、クソッタレが!」

「別にふざけていませんよ、バッソ。ええ、あなたは実に優秀だ。そこでひとつ提案があるんですけど……」

「ミーシャが、妹がこんなにされてどうしろってんだ、くそったれ、ふざけんじゃねぇ!」

「その子が元の人間に戻れるとしても?」

 その言葉にバッソが固まる。当たり前だ。希望と言うなの餌をぶら下げられたのだから。
 バネットは、にやりと笑い、再び騎士にあるものを持ってこさせた。
 それは、不気味な感じを漂わせる、肉だった。

「それは、王家に連なる者に代々伝えられている獣の肉。それを食えば、今よりも更なる力が手に入る。だけど、その力に耐えられる人間じゃないと死んじゃうのよ。
 バッソ、その肉を食いなさい。そして私に永遠の忠誠を誓いなさい。そしたら、妹を助けてあげる」

「……それを食えば、妹を助けてくれるのか」

「ええ、約束するよ。私は嘘をつかないから」

「わかった。それを食ってやる。お前にだって忠誠を誓ってやる。だから、だから妹を、ミーシャを助けてくれ」

 バッソの言葉を聞いたバネットは、ネットリとした、悪魔の様な笑みを浮かべて、満足げに頷いた。

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