太陽を守った化物

日向 葵

第十八話~全てが燃えた日~

 無事に仕事を達成することができたフェルシオンの一同は、リーナス家の屋敷に火を放ってとんずらした。

 バッソが言うには、証拠を隠滅するために、火事が原因で全滅しましたってことにする予定だったとか何とか。
 土地を管理する貴族が火事で全員死亡したことによって、後ほど後釜貴族がサデス公爵より派遣される予定になっている。

 ハクレイは、証拠隠滅がそんな適当でいいのだろうかと、強く疑問に思ったのだが、やってしまったことを気にしても仕方がないと納得する。
 かくして、フェルシオンの一行は、王都に戻ることとなった。
 帰り道は、暴走特急のようなことはせず、普通に馬車を使い、二週間の道のりを悠々と進んでいく。
 本来なら、仕事後のゆったりとした帰りの時間になっていたことなのだが……。

「てめぇはもう少し反省しやがれ、クソッタレが! 仲間に毒を渡すなんてありえてぇだろ、ばかやろうが!」

「ふえ~ん、もうすぐ二週間になるよ~」

「うっせぇ! おめぇは黙って反省してやがれ!」

 という訳で、ハクレイはバッソにお説教を受けていた。
 それはもちろん、ルーイエに毒のカツサンドを食べさせたのが原因だ。
 パルミナが解毒薬を持っていたから助かったが、カツサンドの毒は依存性が高く、一つ食べたぐらいでは死なないが、下手すれば廃人になっていた恐れがある。
 ハクレイは、普通にバクバク食べることができたので、そこまで危険なものだとは微塵も思っていなかった。

 いつものセクハラの仕返しだ!
 そう思ってやっちゃっただけなのにっ!

 残念なことに、帰り道は延々と怒られることになってしまったのだ!

 そんなのは当たり前である。仕返しに毒を使うなど、後継者争いをしている馬鹿は、毒って何? とほざいちゃう大馬鹿ものだけだ。
 ハクレイは……毒って何? と言ってしまう大馬鹿者だろう。

 そんなんだから、バッソに怒られるのだが、ハクレイはまるで反省していなかった。そのせいで、王都までの道のりをずっと怒られる羽目になったわけだ。
 こんなハクレイを誰も庇わないだろうと思いきや、一人だけ庇う奴がいた。

「もう勘弁してあげてっ! ハクレイちゃんがかわいそうだ!」

 毒を盛られたルーイエである。
 なぜ、被害者が加害者を庇うのか意味不明だが、愛があればこそ、できるらしい。

 ぐだぐだした二週間の帰り道ももうすぐ終わり、そしたら次の仕事の指令を受けて旅立つことだろう。



 お説教がいい感じに終わりそうになった頃、馬車が王都にたどり着いた。
 ハクレイは、バッソたちと分かれてひとり研究所に向かう。
 本来ならフェルシオンと同じ場所に住む手はずなのだが、すぐに任務に出発してしまったハクレイはその準備が完了していない。
 そのため、研究所に戻ることになっていたのだが……。

「…………何あれ?」

 研究所がある方角から見える黒い煙。
 赤く光るそれに、ハクレイは不安を隠せなかった。

「早くッ! 早く行かなくちゃ!」

 走った、全力で走った。

 そして、その先に見えたものは、阿鼻叫喚の地獄絵図。

 走って逃げる、同じ研究者は、騎士に斬り殺された。
 懇願する研究者は、無慈悲に剣で首を飛ばされた。
 抵抗した、ハクレイと同じ、化物を埋め込まれた子供たちは、騎士に殺されて、蹴飛ばされた。

 なぜ? どうして?
 帰ってきたらなんで研究所が燃えてるの?

 これから、だったはずなのに。あのくそったれな母親とは違う、幸せがきっとあると思ったのに。
 なぜ襲われなければならない、なぜ殺されなければならない。
 納得いかない、全然いかないッ! こんな理不尽認められるものかぁ!

 ハクレイは、懐にしまってあるナイフを取り出して、子供を殺そうとしていた騎士に飛びかかった。

「なぁ! なんだ貴様は!」

「死ね」

 いくら鎧で身を包もうとも、関節部分はどうすることもできない。
 完全に包んでしまったら、人は動けなくなってしまう。
 ハクレイの持つナイフでは、騎士の鎧を貫くことなど不可能だが、弱点を狙えばなんともない。

「っふ!」

 ハクレイは、騎士の反撃を、絶対無敵の防御力と白き獣の力によって受け流し、騎士の首を落とした。
 騎士の体から、噴水のように血が吹き出した。
 自分自身にかかった血を鬱陶しそうに拭いながら、ハクレイは、同じ研究所にいた子供に声をかける。だがーー。

「お前の……お前のせいだぁ、なんでお前みたいなのがいるんだよ」

「え? 今……なんて?」

「お前が、白い化物に適合したからだ! そのせいで、殺された、みんな殺されたんだ、はは、はははははははは」

 ハクレイは、何がなんだかわからなくなり、子供に近づこうとした。

「近づくな、化物が! お前がそれに適合したせいで、この国の女王、バネット様が研究所の廃棄とサデス様の処刑を命令されたっ!」

「……は? なんで、なんでそんなことにッ!」

 戸惑っていて、周りが見えていなかった。
 だから、突然やってきた痛みに、ハクレイは、ハッ身構えた。
 後ろからきた敵は三人。うち二人は弓を持っている。
 先ほどの攻撃が弓であるとわかったハクレイは、怯えていた子供を助けようと、向き直ると……。

 頭に矢が刺さり、血を垂れ流す子供の姿が目に映った。
 怯えていた、だけど同じ研究所でお世話になった仲間だとハクレイは思っている。時々ろくでもないやつもいた。そんな奴は力でねじ伏せたが、そうじゃない奴らだっていたのだ。故郷を同じにする仲間、そういう意識もハクレイの中にはあった。
 それが……ぼーっとしているうちに奪われた。
 目の前に見える、虚ろな瞳が、まるでハクレイを責めているように感じた。

「がぁあぁあああああああああああああっ! 殺すッ! お前らは全員殺してやるッ!」

 世界は理不尽で溢れかえっている。
 そして、ハクレイはまた奪われた。奪われたくない、あんな母親のような生き方をしたくない。幸せになりたい。そう願っていたのに、また理不尽がハクレイに襲いかかった。
 もう理性が保てないぐらいに怒り狂ったハクレイは、やってきた騎士達に向かって走り出した。



 マレリア王国、王城のとある部屋にて。
 女王、バネット・フォン・マレリアは、優雅にお茶を飲みながら、外を眺めていた。
 見えるのは、豪快に燃える三つの煙。
 一つはグランツ研究所、もう一つは実家であるノワール家の屋敷、最後にファルシオンが住まう場所だ。

「あの愚弟、ちゃんと死んでるかしら?」

「大丈夫ですよ、バネット様」

 バネットに応えたのは、金色こんじきの髪に金色こんじきの瞳をした、不気味な青年だった。

「フェルミル、あなたが言うのなら信じるわ。それにしても、あの愚弟は……なかなか私の役にたってくれたじゃない。これで計画が少し早く実行できるわ」

「はい、あの者が踊ってくれたおかげで、我々はとても楽ができました」

「ふふ、ほんとよね。それはそうと、フェルミル。あなたの体の具合はどう? 金色こんじきの獅子との適合具合は?」

「まったく問題ありません。この力は素晴らしいです。誰にも傷つけられず、一方的に蹂躙できるのですから」

「っそ、ならいいわ」

「まさか、この王都にあのようなものがーー」

「それ以上は話してはなりませんよ」

 にこやかに笑うバネットから、ただならぬ殺気が漂ってくる。
 それに気がついたフェルミルの体は硬直してしまう。

「弱った死の暴龍は絶対にこちらの仲間にはなりませんが、それは仕方がないことでしょう。でも、白い獣が手に入りそうなのはよかったですわ。あとは……飛べない鳥と眠れない蛇を仲間にしておきたいわね。あと暴れ牛もいましたが、居場所もわかりませんし……どうしましょうか。でもその前に……お腹を空かせた熊をやっつけましょう。あれは既に居場所を突き詰めていますからね。フェルミル、準備は出来てる」

「っは、仰せのままに」

「これが終わったら、熊退治に出かけてもらうから、準備しておきなさい」

 バネットは再び外を眺め……、にやりと笑みを浮かべた。それは、悪魔の如く、恐ろしい笑出会った。その場にいたフェルミルですら、窓に映ったバネットの笑みを見て震えてしまう。

「さあ愚弟、最後のお仕事です。優しい御姉様のために、死んでくださらないかしら?」

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