家族に愛されすぎて困ってます!

甘草 秋

53話 あの日のお返し



「うーん......痛いな」

 俺は今保健室に来ていた。何故だか保健の先生は居らず、鍵は開いていた。なので、応急措置として、氷水を入れたビニール袋を左の頬に当て、先生が来るのを椅子に座りながら待っていた。そして、さっき教室で起きた出来事を思い返す。
 まぁ、自分がしたくてやった事だし悔いはない。ヒーローぶっているわけでもない。
 でも、まぁまぁカッコイイ事ができて少々自己満足しているだけです。本当に、ちょっとだけだよ?

「何はともあれ、大星が無事ならそれでいいか」

────ガラッ!!

「......?」
「......はぁ......はぁ。大丈夫、鷹君!?」

 いきなり開けられた保健室の扉。そこには汗だくの橘 愛がいた。

「あーちゃん、どうしたんだ?」
「どうしたって......鷹君が殴られたって聞いたから、心配で......」
「......っ」

 何年経とうがこの子の優しさは変わっていない......。大胆さは変わったけど。

「それより大丈夫!?歯とか折れてない?」
「あぁ......うん。大丈夫」

 本当は左下の奥歯が不良の拳によって飛ばされていた。
 でも大丈夫。良い歯が生えますようにと学校の屋上に投げておいた。本当に生えてくるかは知らないけど。

「でもびっくりしたよ」
「え?」

 そう言いながらあーちゃんは俺の隣に座った。

「鷹君がそんなヒーローみたいなことするなんて」
「俺もびっくりだよ。久々にカチンときたんだ」
「その人、そうとうヤバい人だったんだね」
「あぁ、あの人はやばかったな。なんせあのヤンキーは身長が150センチぐらいしかなかったからな」
「ヤバい所そこなんだ!?」
「チビのくせに腰の効いたパンチしてくる。まったく、世の中には分からないことだらけだよ」
「もう......」
「しかも、俺の胸ぐら掴む時背伸びしてたんだぜ?」
「ふふっ......それは面白ね」
「だろ?」

 隣で微笑む愛。
 その姿は、向日葵のような、マリーゴールドのような、綺麗な笑顔だった。

「鷹君も変わってない部分があったんだね」
「え?」

 保健室の白い天井を見ながら、昔を思い出しているような感じであーちゃんは言った。

「鷹君覚えてる?あれは小学生2年生の夏休みの時。初めて会った時のこと......」

                                 ★


────あれは8年前の夏。


 俺があーちゃんに初めて会った日ことだ。
 小さい頃のあーちゃんは今のお嬢様系の性格と少し違って、無邪気で活発な女の子だった。男の俺よりも足が速く、力持ちで、今のロングヘアとは真逆のショートヘアだった。

『ねぇねぇ、きみのおなまえは?』
『はるたかだよ』
『はるたかくんかぁー。じゃあ、たかくんってよんでいい?』
『たかくん......。うん!いいよ!』
『ありがとう!じゃあ、わたしのことはあーちゃんってよんで!』
『あーちゃん......。うん!分かったよあーちゃん!』

 普段はインドアの俺もあーちゃんと一緒に外へ遊びに行っていた。
 俺の先頭へ行き、手を引いて、走り出す。
 そんな彼女に、小さい頃の俺は少し憧れを抱いていたかもしれない。
 その日は初めまして記念で山へ連れて行ってあげると言っていた。
 カブトムシやクワガタなどが捕れて、あーちゃんがよくお父さんと行く所だったらしい。

『ほらみてたかくん!カブトムシだよ!』
『ほんとだ!おっきいなぁ』
『あっ!きれいなちょうちょもいるよ!まてー!』
『あ!まってよあーちゃん!ひとりになっちゃだめだって!』
『ちょうちょまてー!』

 ちょうちょに夢中で俺の声は届かず、俺より足がはるかに速いあーちゃんは山の奥の方へ行ってしまった。

『......はぁ......はぁ。けっこうはしっちゃったね。すこしやすもう!......あれ?たかくん?............ここ、どこ?』

 知らぬ間に身に覚えのない場所に来てしまった愛。
 もうすぐで日も落ちかけていた。
 愛は来た道を全速力で走った。
 でも、いくら走っても春鷹の姿は無く、いくら探しても春鷹は見つからなかった。
 完全に迷子になってしまったらしい。

『たかくん......どこ......?────きゃっ!』

 周りをキョロキョロしすぎて足元を見ていなかったのか、大木の付け根でコケてしまった。
 膝からは赤い血。擦りむいてしまったようだ。
 綺麗なオレンジ色の夕日も落ちかけ、暗闇に包まれようとしていた。

『イタイよぉ......。たかくん......助けて......。ぅ、ぅ......うわぁぁぁん!』

 座り込んだまま大声で泣き始めた。目からは大粒の涙が、口からは大きな悲鳴が。
 男の子よりも運動が出来ても、心は女の子なのだ。痛みが恐怖が、愛の感情を支配する。
  まん丸の夕日が落ちかけようとした。
 ────そのときだった。

『やっとみつけた』
『────!』

 愛が振り向いた先には、泥だらけで所々に擦り傷を負った春鷹がいた。

『たかくん......』
『だいじょうぶ?たてる?』
『どうして、わたしのばしょがわかったの?』
『そりゃ、あんなおおきいこえでないてたら、いやでもきこえるよ。でも、おかげでばしょがわかった。ぶじでよかったよ』
『......』
『だいじょうぶ?』
『うわぁぁぁん、たかくんこわかったよぉぉ!』

 泣きじゃくり、春鷹に抱きつく愛。
 その背中をよしよしと撫でる春鷹。

『もうくらいし、帰ろ』
『うん。でも......』
『ん?......えっ!けがしてるじゃん!』
『さっき、転んじゃって......』
『......よしっ。はい』

 春鷹は愛に背を向け腰を下ろした。

『?』
『ほらのって。いえまでおぶっていってあげる』
『────っ』
『たよりないかもだけど、これでもおとこのこだから!』
『たかくん......』

 愛はそっと春鷹の背中に乗り、おんぶの形になった。
 そして、春鷹はゆっくりと歩き出した。

『いえまでのみちわかるの?』
『うん。ぼくきおくりょくだけはいいんだ』
『かっこいいなぁ。たかくんは』
『え?』
『なんでもない』


                                ★

 ────それが8年前の夏の事。

 愛が春鷹を好きになったきっかけでもあった。

「私、今でも覚えてるよ。あの時の鷹くんの背中の温かさ」
「懐かしいなぁ」
「あの時に決めたの。将来私は、ぜっっったいに鷹くんと結婚するって」
「っ。恥ずかしいこと言うなよ」
「だから無理言って、お父さんにお願いしたの」
「......っ」

 窓から射し込む日光が保健室を照らし、窓から入るぬるい風が愛の黒髪をサラリと揺らした。
 いつの間にか、頬の痛みはどこかへいってしまった。昔話をしたからだろうか、愛が心配してくれからだろうか。何故だか、痛みは無くなっていた。
 そして、愛はゆっくりと口を開く。

「鷹くん、私本気なんだよ。本気で鷹くんのお嫁さんになりたい。その一心で今まで頑張ってきたの。女の子らしく髪も伸ばして、料理も鷹くんに喜んでもらえるように一生懸命練習して、口調とか礼儀とか全部完璧にしてきた。......それでも、鷹くんは────私の事好きになってくれないの?」
「あーちゃん......」

 こんな俺の為に、俺なんかの為に、今まで頑張ってきてくれたのか......。

「......ごめんあーちゃん。俺のなんかの為だけに......色々と頑張って......色々と努力して......俺のせいで、あーちゃんの人生を......留めてしまった」
「鷹くん......」

────パァンっ!

「────ぇ?」

 左の頬は痛みが無くなった。しかし、今度は右の頬が痛い。
 振り下ろされたあーちゃんの左腕。
 俺はあーちゃんにビンタされたようだ。

「そんなこと言わないでよ!!」
「......ぇ」
「それじゃあ!今まで鷹くんの為に頑張ってきたことが馬鹿みたいじゃん!」
「ごめん、そんなつもりじゃ」
「今までの私を否定しないでよ!!私がやりたくてやったの!!勝手に私の人生で鷹くんが後悔なんかしないで!!」
「ごめん......」

 彼女の人生の主人公は彼女。当たり前のことだ。彼女の生き方に首を突っ込んでいい訳が無い。

「だから......今までの私の人生を無駄だなんて言わないで......」
「うん。二度と言わない......約束する」
「鷹くん......」
「ちょ、ちょっと!?あーちゃん!?」

 愛は春鷹の首の後ろに手を回し、春鷹に乗っかかる体勢になる。
 そして、────

「────私......鷹くんが好きです。どんな他の人よりも鷹くんが好き。私と付き合って。いや、私と結婚してください」
「あーちゃん......」
「それと、8年前のお返し♡」
「────っ!」

 そのまま、愛は春鷹にキスをした。



 ────この日、俺は人生初のプロポーズをされた。



 

コメント

  • 甘草 秋

    ありがとうございます

    1
  • 華羅朱

    一時間ほどで、
    全部読んでしまいました。
    とても、面白かったです。
    続きが気になります。
    忙しいと思いますが、
    他の作品の更新や勉強などとの
    両立  頑張ってください。
    体などを壊さない様気をつけて
    ください

    1
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