武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

6話 決別ⅩⅥ

 洗面台に、立っていた。
 仙文と遊園地で遊び倒した、その夜。夕食まで済ませて帰ってきて、玄関からまっすぐに向かってきていた。
 手に握られるのは、一握りの灰だ。どこで手に入れたものかも、判然としない。しかしすべきことは明確だった。
 両手に握りなおし、顔に塗りたくる。紛らわすように、混じらせるように。総一郎とウッド、その境界を探り、見出し、重ねるように。
 満遍なく擦り付ければ、越える。ならばと叩き落とすと、戻る。僅かな調整を繰り返し、試行錯誤し、やっとのことで掴んだ。
「―――――――――――――」
 離れていく。そう思う。そしてすぐに思い直した。分からなくなって、浮ついているだけだ。均衡を崩せば、すぐに戻ってくる。だから総一郎はすぐさま蛇口をひねり、流水で灰をすべて洗い流した。
 また戻ってきた。全身に感じるその感触に、総一郎は息をつく。これは確かに、慣れが必要だ。あまり長い時間『灰』であることは、総一郎であることそのものに苦痛を感じることに繋がりかねない。少なくとも、現状ではあと一秒長く『灰』だったなら、総一郎に戻ったとき倦怠感すら覚えただろう。
「己を失う、とはこういう事だったのか。はは、難しいな。だけど……カバラからも離れたこれは、恐らく俺だけの武器になる」
 それから顔を上げて、しばらく忘我していた。夢か幻か、泡沫の狭間に漂う真実の緒を取り逃がし、そのまま離れていくのを許している。『灰』。これは新しく総一郎が手にした術で、だがその過程はもはや遠い。
 別の世界の、人から離れた存在に触れたのだ、という感覚だけが残った。それは神に近く、妖怪というには正体を隠すのに長け、仏というには自由奔放で、聖人というには人目を忍びすぎている。
 あるいは、今その残滓を逃せば、永遠にこの『灰』の手に入れた記憶を忘れるのかもしれない。いいや、忘れてしまう。そう確信していながら、気配は薄れ、霧と散り――
「総ちゃん? 新しい技術を友達から教えてもらいにいてくるとか言って、なぁんで遊園地デートを楽しんできてるのかなぁ?」
 後ろからの低い声に肩が跳ねた。振り向くと、額に青筋を浮かべて白羽が総一郎のSNS画面を表示している。画像にアップされているのは、いつ撮ったのかも覚えていない、仙文とのツーショットだ。仲良くくっついてピースしている。
「……デート?」
「しらばっくれても遅いよ。っていうか何この可愛い子。私聞いてないんだけど」
「あっ、あー……」
 白羽はぷっくり頬を膨らませて追及の構えを示す。とはいえ最初ほど気迫はないので、総一郎の態度から後ろめたいことではないと悟ったのだろう。人を見る目の鋭すぎる姉である。悪いことは出来ないな、とする気もない事に恐れを抱く。
 そういえば、仙文の話を以前夜景の見えるレストランで話した時、男友達の一人として紹介していたのを思い出した。ここで男友達、というのを自分に念押しする意味で強調していたから、その可愛い子が仙文だと気付けなかったらしい。
「それ友達の仙文だよ」
「えっ、でも話的には何かゴツイイメージあったんだけど」
「逆、逆。そう言う外見だからこその念押しだよ」
「……本当に? いや、総ちゃんが嘘ついてないのは分かるんだけど。……でもこの写真から女の子かどうか判別が……」
 写真越しだと天使にすら性別を見極めさせない仙文の愛くるしさは、もはや流石というほかないだろう。やっぱり何者なんだ仙文。
 とはいえ、こういう話を持ってくる辺り、総一郎はニヤニヤと底意地悪く口端を吊り上げる。
「あれぇ? どうしたの、白ねぇ。俺が女の事遊んでたら気になっちゃうの?」
「そっ、そりゃそうでしょ! ……総ちゃんを一番好きなのは、私だもん」
「うぐっ」
 白羽の殺し文句に総一郎は致命傷だ!
「さ、流石姉弟。恐ろしいほど的確にツボを突いてくる……!」
「え、何が? っていうか、ぽろっと変なこと言っちゃったし。ああ、もう、恥ずかしいなぁ」
 真っ白な頬に朱をさして、白羽は目を伏せながら口元を押さえる。一方総一郎も赤面こそしないもののかなり照れている。似た者姉弟といったところだろう。
「それで? 総ちゃんの事だから、まさか何の成果もなしに遊んでたわけじゃないんでしょ?」
「まぁね。というか、いろいろ妙な点はあるんだけど……ひとまずは、攻撃面も防御面も対策オッケー」
「攻撃面はずしょっちので問題なし? 他にも何か必要なら用意させるけど」
「んー、問題ない、かな。防御面は要検証だけど、恐らく強い、気がする」
「試してもらっていい?」
「ちょっと待ってね」
 右手の指で左手に「灰」と書く。それを見て、白羽は「ん?」と疑問の声を漏らした。訝し気に総一郎を見つめて、触れようとしてくる。
 その辺りで限界がきた。
「あ、ダメだ戻るよ」
「うわっ、あっ、うわぁ!」
 総一郎が手の平に息を吹きかけると、途端に白羽は瞠目して飛びのく。むしろ、その反応に総一郎は目をパチクリとさせた。
「え、なに、そんな驚くこと?」
「総ちゃん……自分の状態分かってる?」
「いや分かってない。どんな感じ?」
 体感的に言えば、気軽すぎて落ち着かないといったところ。
「何ていうかね。う」
「う?」
「薄い、って感じ」
 言いながら、白羽自体がその形容に納得していない雰囲気を醸している。
「うーん?」
「何だろ。色彩が薄いというか、存在感が薄いというかとにかくこう、鏡見た?」
「見たけど、自分では分かんなかったなぁ」
「も、もう一回、いい?」
「あ、うん」
 「灰」と書く。気持ちが異様に軽くなって、それが逆に不安感を煽る。
 それと同時、白羽が手を伸ばしてきた。触れる。透けたりはしない。これは仙文で分かっていたことだ。
「戻るよ」
「おっ、おぉ、んむむ。……触れた?」
「まぁ、触れないようなものではないからね」
「え、じゃあ防御としてはどうなの?」
「攻撃が攻撃にならないイメージだけど、まだ試してはいないんだよ。だから、殴る蹴るくらいしてもらわないと判断に難しいんだよね」
「わっ、分かった。やってみるよ~!」
 何故攻撃側が緊張しているのか分からないが、ともかくやってもらうことに。
 三度「灰」を書き、総一郎は浮ついた気分に耐えるべく、意識して眉根を寄せて神妙な顔をする。そこに困惑した様子の白羽が、総一郎の腹をめがけて「やぁ!」とヘロヘロのパンチを繰り出した。これなら素の状態でも痛くないのでは、と疑うが、どちらにせよ痛みはない。
 格闘技能はさっぱりらしいこの姉は、続いておぼつかない所作のキックをかましてくる。無論痛くない。が、これでは「灰」の効果なのかよく分からない。
 そこで総一郎にも限界がきて、手の平に息を吹きかけた。指で書いた「灰」は吹き飛んで、また人間が背負って当然の重みが総一郎に返ってくる。そして質問。
「白ねぇ、まじめにやってる?」
「おっ、もっ、戻ってる。……まじめ、というか、何というか、なんだよ」
 ごめんね、と言って、白羽は総一郎に拳を突き出してきた。苦痛、というほどではないくらいの鈍痛が腹部に溜まる。
「おふっ、なっ、何を。ってちょっと待って、普通に殴れたよね今」
「そうなんだよね。私ってそんなに筋肉はないけど、割と喧嘩強いし。流石に今のへっぽこっぷりは自分でも驚いたくらい」
「え、そうなの?」
 戦闘、というなら種族魔法を加味できるため、そこまで弱い印象はなかった。しかし格闘だけなら「灰」の総一郎に対しての殴打は、一般的な少女と同レベルのように思えたが。
 そのように言うと、白羽は総一郎に首を振って説明してくる。
「その辺の不良ボコるのに魔法は使ってられないよ。万が一使うとしても飛んで逃げるくらい。ちゃんと腕っぷしで丹念にボコらないと言う事聞かないから」
「い、言うことを聞かせて何をさせるんですか」
「そりゃあスラムの治安維持とか。チーム毒蛇! とか適当にクール風なの名づけると結構いい働きしてくれたよ。今はARFの下部組織で死体処理とか……おっと」
 白羽は明後日の方向を向いてお口にチャックのジェスチャーをする。それからわざとらしく総一郎の腕を抱きしめて、黄色い悲鳴を上げた。
「昔っから外見のせいで目立っちゃったからー、自分を守るために仕方なかったの!」
「何か今すごい血のつながりを感じた」
「そういえば総ちゃんって嫌いな先生をいじめた話もしてたよね」
「普通に虐待受けたからね。小馬鹿にするくらい許されないとやってらんないから」
 武士垣外姉弟の闇は深い。
「というと、普通に殴る蹴るは出来る?」
「そりゃそのくらい出来ないと武闘派組織なんて運営できませんよ」としみじみ頷く白羽。
「ARFはイケイケだもんね。じゃあ先ほどのへっぽこっぷりは如何しましたか」
「それはですな」
 ふざけて二人ともかしこまった話し方をし始める。
「簡単に申しますと……総ちゃん、いや、総一郎君」
「その呼び方はナイを思い出すのでちょっと」
「あ、じゃあ総くん」
 新鮮な呼び方である。昔はこんな風に呼ばれたこともあったような。
「総くん。君はゴキブリと戦うという状況になったらどうするね」
「ティッシュ箱か何かを手に潰しますね」
「ではそう言った武器がなければどうするね」
「……それは……困ったね。魔法?」
「じゃあ、魔力切れだったら?」
「それヤバいかも。俺じゃ対処できない可能性がある」
「分かる」
 実は虫が嫌いな武士垣外姉弟である。
「まぁ切羽詰まったら流石に拳でつぶすけどね」
「キャッ男らしい! 流石総ちゃん私の惚れた男……、はさて置いて。簡単に言うと、先ほどの総ちゃんは私にとってそんな感じでした」
「えっ、ゴキ!? さっきの俺ゴキと同レベル!?」
「違う違う。何ていうか、ゴキは触りたくないから、その延長上で素手の攻撃が嫌じゃない?」
「うん、そうだね」
「さっきの総ちゃんに対しては、本能的に攻撃したくないっていうそもそもの気持ちが湧くんだよね。何かこう、日本人的な例えをするなら……仏像とか」
「あー、塀とか小さくて簡単に乗り越えられるけど、仏像そのものをどうこうしようっていう気には全くならないもんね。誰かにやれって言われても嫌だってなるし。もちろん法律違反っていうのもあるけど、それとはまた別にっていうか」
「そうそう! その感覚がすごい近いんだよね。で、多分だけど、ほら、有名なお寺の仏像ってものによっては喋るでしょ?」
「うん?」
「東大寺の金剛力士像とか」
 亜人の馴染んで久しいかつての日本では、金剛力士像が喋るらしい。
「歴史の授業でね、お寺が人食い鬼に襲われた事件があったらしいんだけど、人食い鬼がどこかから仕入れて来た銃弾とか魔法……は全国襲撃時が初めてか。ともかく攻撃とかが、一発も金剛力士像には当たらなかったらしいの。それで結局、力士像が人食い鬼を全滅させて一件落着。――総ちゃんに働いてる力は、私の予想ではこの類なんじゃないかなって」
「俺にそんな神聖な力が宿ってるとは思えないけどなぁ」
「あはは、私も適当に言ってるところは否めないけどね。でも、区分としてはソッチ系なんじゃないかなって。もっと言うなら、研究されつくしてる魔法、魔術の類じゃなくって、種族魔法系の、神秘とかそういったもの」
「詳しく知ってるみたいに話すね、白ねぇ」
「そういう手合いとも戦ってきたからね」
「白目むかないで怖いから」
 これがリリカルコミカルの正体か、と改めて納得する弟だ。








「そんな訳で、次はハウハウによるゴム弾射撃への防御練習と行きましょう~」
「おうよ!」
「えっ、本当に!? そこまでやっちゃう!? 俺まだそこまでの信頼を置けてないんだけど!」
 場所は変わって図書家の庭である。ちょうどアーリも一仕事終えて来たらしく、Jのケモノ頭をふっさふっさと撫でながら携帯ゲームをやっていたところを捕獲してのそれだ。
「じゃあソウ! まずは火薬量少な目のゴム弾をリボルバーで撃つから、何とかしろよ!」
「失敗したら割と普通に痛い奴じゃないか! ちょっ、ちょっと待って」
「敵はいつだって待ってくれないぜ。おらぁ!」
 ギリギリのところで総一郎が「灰」と書ききった直後、アーリの指が引き金を引いた。発砲音と共に向かってくるゴム弾を、総一郎は時間魔法、電脳魔術でもって自らの視界にハイスピードカメラを用意し、着弾の様子を確認する。
 アーリによってアナグラムをそろえられた弾丸は、本来なら必中だ。実際普通にしていればよけきれない弾道で総一郎に向かってくる。
 特筆すべきは、それにぶつかる位置に、総一郎の周辺から妙な物が集まり始めたことだ。塵、いや、灰のように見える細かなそれは、ゴム弾の弾道上にまさにゴム弾のような何かを模り、そして相対する角度で、相対する速度で移動を始める。
 当然アーリの弾丸と総一郎の偽物はぶつかり合い、アーリのそれは弾道を僅かにずれさせられた。一方総一郎のそれは簡単に砕けてしまって、『ありとあらゆる場所から消えてしまう』。
 鈍い着弾音が響いた。総一郎の背後に、ゴム弾は転がっていた。おぉ、とARFの幹部たちから感嘆の声が漏れる。
「すげぇじゃん! んで、これどういう仕組みになってるんだ?」
「……分からない」
「えっ?」「おう?」「おいおい、アタシを苦しめたカバリストがその様かよ」
 総一郎の間の抜けた返答に、それぞれが戸惑いと文句を漏らす。
「これは、……だめだ、見てもらわないと。みんな、まずは一緒に見て、確認してもらっていいかな」
「うん。分かった。じゃあハウハウ、ウー君持ってリビングに移動するよ」
「了解リーダー。んじゃウルフマンいくぞー」
「舐めんな! おれだって一人で移動くらいできる!」
「いや、謎の強がりは良いから」
 ツッコミついでに、結局一番距離の近かった総一郎がウルフマンの頭部を抱えてリビングに。リビングのソファでは図書兄妹がアメコミ映画で大盛り上がりをしていたので、それを邪魔しないよう四人は総一郎の部屋に移動だ。
「「いっけぇえええ! アルティメットアタック!」」
「図書にぃって絶対いいお父さんになるよね」
「ずちずち、子供の遊びに本気で付き合ってくれるもんね」
 姉弟二人で後ろから聞こえる雄叫びにコメントを。それから総一郎の部屋に思い思いに座って、扉を閉め魔法で防音を掛けてから会議を始めた。
「ひとまず、俺がさっき脳内ハイスピードカメラで撮った映像を流すよ」
 電脳魔術の画面を電磁ディスプレイに接続し、先ほどの総一郎の視界を常人に視認可能な領域にまでスロー化して放送する。映し出されるのは、背景として庭の地面、焦点にはゴム弾、発射点のアーリ、そして着弾点の画面端には総一郎自身だ。
 弾丸はアーリの拳銃からまっすぐ総一郎めがけて放たれ、まっすぐに進み、そしてまっすぐ総一郎から外れて画面内から消えた。
「……あれっ」
「え、……はっ!? いやいや、何だこれおかしいだろ!」
「おい誰かおれにも解説してくれ、おれには普通に外れたようにしか見えなかった」
 キョトンとする白羽、大きく驚愕するアーリ、最後によく分かっていないウルフマン。総一郎は「もう一度流すよ」と映像を巻き戻し、放送する。
 結果は同じだ。まっすぐ総一郎めがけて進み、まっすぐ『何ものの邪魔を受けずに』弾丸は進み、しかしなぜか、弾道が曲がることも、変わることもなく総一郎から外れてしまう。
「総、ちゃん。何、この能力。ハウハウも、ちゃんと撃ったんだよね?」
「分からない。俺は……きっと最近に、つまり人を殺せなくなって、防御面に困って方々を当たってみた結果、何者かにこの能力を授かった。これは確かなんだ。でも、誰に授かったのか、その過程に何があったのかも分からないでいる」
「アタシだって、あの時アナグラムをそろえて撃った。避けるくらいじゃ逃げ切れない様にな。正直、撃つ前は少し不安なくらいだったんだ。信頼してたし構わず撃ったけど、アナグラム変動が起こらなかったから、このままじゃソウが怪我をするんじゃないかって」
 カバラに通ずる三人が、動揺を隠せないまま考え込んでいる。唯一ウルフマンだけが暢気にあくびなどをして、一言零した。
「分かんないなら分かんないままで仕方ないんじゃねぇかな。全部を解明したうえで動こうだなんて出来るわけないだろ? おれなんか算数をろくに理解しないままティーンエイジャーになっちまったんだぜ」
「その結果が今の首だけの姿だっていうのに中々言うねJも」
「何でだよ! 算数と首だけなのは関係ないだろ!」
 総一郎のからかいに竦み上がるウルフマン。総一郎は少し笑って、「それもそうか」と彼のふさふさの毛並みをわさわさと撫でまわした。
「ある意味、これはこれでいいのかもしれない。何せハイスピードカメラでの分析でも、俺達カバリストが集まってさえ理解の難しい技術だ。日々研究が必要なのは言うまでもないにしろ、今は大きなアドバンテージだってことで納得しておくのがいいかもしれない」
「そう、だね。うん。総ちゃんの言う通り。小さなことで一々クヨクヨしてらんないもんね」
「ボス姉弟はメンタル強いな……。アタシはこの映像が夢に出そうなくらいだ。ソウ、一応映像データ複製しておいてくれないか? じゃないと夜中気になりすぎて叩き起こしちまいそうだ」
「了解」
 白羽と共に顔を青くしながら、総一郎は即答だ。夜中は取り込み中の可能性もあるので、乗り込まれると二人の社会的生命が死にかねない。
 ひとまず総一郎の新たに身に着けた『灰』の話はまた後日に持ち越すとして、総一郎は自分が取り掛かるべき任務について切り出した。
「ひとまず、こんなところで俺が必要かなと思った攻撃面、防御面の対策は打てたわけだけど、みんなが揃ってるいい機会だし、ヴァンパイア・シスターズの……何になるのかな。説得?」
「捕獲だろうね。シェリルちゃんはぶっちゃけARFの問題児だし」
「そ、そうなの? まぁいいや。ともかく、ヴァンパイア・シスターズの捕獲について、意見を求めたいんだ」
「計画は立ってるのか?」
「うん、一応ね。その面では、ウッドを苛烈に追い詰めたハウンドの教えも請いたいなと思ってる」
 総一郎がニヤリと笑うと、アーリは微かに口端を持ち上げてから、口元を隠して表情を引っ込める。これは意識がハウンド寄りになったことを示す、いわば仕事人スイッチが入ったサインだ。
「じゃあ作戦を大雑把に説明するよ。まず、現状俺が持ってるのはシスターズの生い立ちと、拠点、少なくともかつて拠点だった場所が何処かってこと。この二つだ。
「俺はまずその場所に向かう。そこにまだいればそのまま、居なければアナグラムを辿って、新たな場所に探し当てる。それから、直接俺が新しく身に着けた技術でぶつかる。みんなにも見せたけど、その内シスターズを傷つける武装は一切ない。で、捕獲の後この家に連れてくる。
「問題点というか悩みどころは二つ。まず新技術でぶつかってみて捕獲が上手くいくのかっていう点。もう一つは、意識を失わせてここに連れて来たとして、どう捕まえ続けようかっていう点かな」
 何か質問、提案ある? と振ると、白羽がまず小さく手を挙げた。
「ここまでに連れてこれたなら、普通に精神魔法で私みたいに種族魔法を使えないようにしちゃえばいいんじゃない? アレってさ、自分を守る手段を失ってしばらくはすごい不安なんだけど、いつまで経っても傷つけられないどころか、保護してもらってる状況が続くと、相手に対する安心感まで湧いてくるよ」
「ストックホルム症候群を利用する方向で行くわけか。ちょっとあくどい気がするけど、それでいいかな。ただ、それについても問題が」
「何だ?」とアーリ。
「シスターズの種族魔法の縛り方が分からないんだよね。白ねぇは姉弟だからさ、手を組めない様にすれば種族魔法も縛れるって分かってたんだけど、吸血鬼ってどうすればいいのかなって。特に蝙蝠になったり霧になったりとかって何に対する忌避感で出来なくなるのかピンと来なくって」
「あー……、体の造りからして違うもんな。おれも狼男と人間の入れ替わり方を人間に説明とかできねぇし」
「私の翼は生物学的な物じゃなくて魔法的なものだったから、その発動条件から縛れたけど~、って事ね。なるほど、難しい問題だ」
「これはソウが吸血双子とぶつかって勝てるかって問題にも直結しそうだな」
 そこまで言って、アーリは腰を上げた。それからEVフォンのロックを外し、素早く操作する。
「あの、アーリ?」
「今、部下に双子の資料を集めるよう指示を出した。あの種族魔法はかなり強力だから、その分ヒルディスの旦那も入念に検査をしてたはずだ。実際その分付き合いも深くて、リーダーを除けば唯一言う事を聞く相手だったはずだし」
「おぉ……、流石敵に回した時恐ろしかった相手なだけある」
「それ遠回しにおれの事ディスってたりするか?」と狼の首。総一郎は「キノセイダヨ」とそっぽを向く。
「気のせいならいいや」
 たまに思うが何だこのキモの据わり方は。
「遅くても明日の夜にはまとめた資料を渡せると思う。それから詳細な戦闘の段取りを組み立てようぜ」
「ハウンドって何段構えもして、その全てが失敗しても必ず逃げ出せるだけの用意はしてたからね。アーリに手伝ってもらえるなら力強いよ」
「よせよ、ボスがすごい目で睨んでるだろ」
「こっちに飛び火させるの止めてもらえるかな、ハウハウ?」
「いや実際してたし」「うるさい」と白羽はちょっと呆れ顔をし、嘆息してからまじめな表情に戻った。
「ひとまず方針は固まったみたいだし、今夜はこの辺りで切り上げて各々好きな時間を過ごしてください。はい解散! 出てった出てった! 特にハウハウはウー君抱えて出てった!」
「ぜってぇソウはいずれ借りてくからな! 約束だかんな! 忘れんなよチクショー!」
「ったくイッちゃんはモテモテで羨ましいな! おやすみだ、白羽さんもいい夢見ろよ!」
 二人とも捨て台詞を吐いて総一郎の部屋から出ていく。残されるのは武士垣外姉弟のみ。総一郎が苦笑気味に「無理やり追い出したね」と言い終わる前に、ベッドに押し倒された。
 まず視界に飛び込んできたのは、その思いつめたような表情だ。次に総一郎の顔に掛かる、姉の長くて白い髪。するすると肩から滑り落ちて来たそれは、少年の鼻先をくすぐって、若い女の匂いを落とした。
 心臓が、一度大きく鼓動する。体中に目の前の愛しい人を求める衝動が、じりじりと総一郎を急き立て始める。
「し、白ねぇ」
「……総ちゃん、私言ったよね。総ちゃんが決めなきゃ、私、笑顔でお姉ちゃんとして送り出せるって」
「言ってた、けど」
「それ、逆に言えば、総ちゃんが私を選んだなら、私、総ちゃんの事笑顔で見送れないっていう意味になるのも、分かるよね」
 ゆっくりと顔が近づいてくる。唇の瑞々しさがはっきり分かるほどになった直後、触れ合った。激しく求められる。一度、二度は互いの柔らかさを感じ合って、それからその内側へと入ってきた。
 絡め合う。渇いているのだ、と思った。白羽だけでなく、総一郎自身、忙しさに気付いていないだけで足りていなかった。
 数分求めあって、やっと少し渇きが癒えて、白羽は唇を離した。二人の間に透明な糸が引く。それは部屋の光を受けて、白羽の影の下で艶めかしく照り輝いた。
「――さっき総ちゃんとツーショット撮ってる子が男友達だってわかる前まで、私、ずっと目が回りそうなくらいだったの。やっと、やっとこうやって一緒にいられるようになった総ちゃんを、知らない誰かにとられるって思って、怖くって、寂しくって……」
「ごめん。俺が、白ねぇを……、白羽を、愛し足りなかったからだ」
 名前で呼び捨てた途端、白羽はぶるりと全身を震わせた。総一郎は起き上がる形で白羽の唇を奪いに行き、そのまま二人の体勢をひっくり返し、白羽が下になるようにする。
「白羽は、とても綺麗で、芯が強くって、男勝りなくらいでないとやっていけない世界で生きて来た。そういう世界では、女として弱く見られちゃいけなかったんだと思う。……けど、白羽、白羽は、きっとか弱い女の子として、全部誰かに預けたかった。奪われたかった。……違う?」
「う、ううん、違わない。私、私……」
 耳元でささやくと、白羽は目を細めて全身を赤く火照らせた。彼女は名前を呼ぶたびに息を荒くして細かく震え、涙さえ浮かべている。総一郎はその頬から首にかけてをゆっくりと撫でおろし、微笑みを浮かべた。
「白羽、全部俺にくれる? 体も、心も、命さえ」
 命と言ったタイミングで弱く首を絞めると、白羽は簡単に跳ねた。それから激しく首を縦に振って、瞳に溜まった涙をこぼし、手を伸ばしてくる。
「あげる、あげます。だから、総ちゃん、私の全部を奪って」
 総一郎はそれ以上何も言わず、再び唇を重ねた。あとは衝動に体をまかせるだけだった。

「武士は食わねど高楊枝」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く