武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

6話 決別Ⅵ

 夕方、日が沈んだばかり。ウッドは自室で窓を開けて、ひっそりと絵を描いていた。
 ARFの幹部たちに標的を定めた時、必ず描いているそれだ。ウルフマンは首に、黒色で一つ線を入れた。ハウンドはどうしたか記憶になかったが、確認してみればなんてことはない。頭を白で塗りつぶしていた。
 そして今、記憶の通り二人の幼い吸血鬼の姿が、キャンバスに描かれている。どうしてくれようか、と考えていたのだ。第一の案としては、両方に縦の線を入れ、右のヴァンプは左半身を、左のヴァンプは右半身を黒く塗りつぶして消してしまうのがいいと考えた。
 だがウッドは、筆をキャンバスに伸ばせないでいた。木面の怪人の手を止めるのは、違和感だ。何かが違う。真実を捉えられていないのに、絵を描く訳にはいかない。そのように躊躇いに動けなくなっていた。
「……む」
 カバラを駆使して、どうするのがいいかの回答を出そうとする。こういった抽象度の高い事柄の方が、ずっとアナグラム計算が大変だと知っていながら、ウッドはカバラにすべてを任せた。
 電脳魔術が何度もショートを起こし、ウッドの頭脳を焼いていく。その度に修羅の種族魔法で再生して、肉体の損傷など全く度外視して演算を走らせた。
 その甲斐あってか、一時間もしないほどで多少の進展がみられていた。ウッドの絵筆はすでに赤の絵の具を付けていたし、あとは描きこむだけだと、焦燥に耐えながらじっと双子の絵を見つめていた。
 そこで、邪魔が入った。
「総一郎、夕ご飯の時間だ。お兄ちゃんが呼んでるから、早く来ると良い」
 七歳児とはとても思えない堅苦しい話し方で、清がウッドを呼びに来た。彼女は部屋に入るなりハッとして、「ダメだろう! 窓を開けては日光にやられるぞ!」と子供らしい舌っ足らずな声でカーテンを閉めに掛かる。
「もう日は沈んでるから、大丈夫だよ、清ちゃん」
「そう……か? にしたって心配だから、ダメだ!」
「はいはい」
 答えながら、清の頭を撫でて誤魔化す。この少女は不満げにオカメの仮面を揺らして「早く来るんだぞ!」と階段を駆け下りて行ってしまった。
「……」
 それを見送ってから、我に返りウッドは自分の手を凝視した。自分の行動が信じられなかった。今自分は、何をした?
「撫でる、などと」
 震える。自分をぐちゃぐちゃにかき混ぜてしまいたい衝動に駆られた。人間の形を取るのすら嫌になった。ここのところ、こんなやるせない感情に襲われることが頻発している。
 何を楽しく談笑しているのか。自分以外が全て敵である修羅に、どうしてそんな事が出来ている。
 そこで、ウッドの電脳魔法に通知が入った。メールアイコンが視界の端で点滅している。開封すると、ルフィナから。曰く『苦労しましたが、ヴァンパイア・シスターズの居場所を突き止めました。明日襲撃の作戦を練りましょう』とのこと。
「ああ……ああ――ああああああああああ!」
 仮面が意図せずにウッドの顔を覆う。力いっぱい、その仮面をかきむしる。何もかもが煩わしい。他者との関りなどいらない。友情も、絆も、愛も、ウッドには不要のものだ。
「見ているのは分かっているぞ! ブラック・ウィング!」
 仮面を取り外し投げつけると、慌てて扉の隙間が閉ざされた。どうせその間からこちらの様子でも窺っていたのだろう。仮面が扉にぶつかって、虚しい音を立てて空回りする。
「ああ、ダメだ、ダメだ。感情的になるなよウッド。お前は修羅だ。ただ不敵に笑っていればいい。敵しかいないお前に何を悩む必要がある。すべて殺せ。何もかも殺せ。人の皮を被るなよ。総一郎はもう死んだのだから……」
 うずくまりながら、己にカバラで調整した精神魔法を叩き込む。それから数秒も立たないうちにウッドは総一郎の真似を上手にこなせるようになり、図書たちと歓談する振りをしながら、食べる必要もない食事に舌鼓を打った。








 段取りはこうだった。
「まさかあのヴァンパイア・シスターズだとは思いませんでしたが……それでも、やることは変わりません。日没前、吸血鬼が活動する時間帯になる前に、日光で行動を制限しながら奴らの弱点を突いて退治する。吸血鬼狩りはいつだってシンプルなほど上手くいきますもの」
 ――もっとも、今回はブシガイト様が居ますから、多少勝手は違いますけれど。
 ルフィナはそう冗談を口にしつつ、執事に「調査なさい。何人遣っても構いませんわ」と指示を出した。こうやって見ると、いつもからかわれている深窓の令嬢は何処にもいない。名家の、人を動かすことに長けた司令官がそこにいた。
 それから数日。場所を突き止め、執事の手伝いを交えつつ立てた作戦は以下の通りだ。
「まず吸血鬼を退治するにあたって大切なのは、キル・ゼム・オール! 何もかも打ち滅ぼすという覚悟ですわ。吸血鬼は多才で、時にはヴァンパイアハンターがヴァンパイアになってしまうこともあります。ブシガイト様はすでに吸血鬼ですから関係ないと思われるかもしれません。ですがこれは、敵のあらゆる誘惑に乗ってはならないという事なのです」
「催眠術にも長けているらしいしね、注意しておくよ」
「そして次に、吸血鬼を滅ぼすというのは物理的な手段では難しいことをご確認ください。わたくし共が確認する限り、心臓を銀の弾丸で、あるいは十字杭で貫く以外、奴らは蘇生してしまうのです」
「ふむふむ」
 他者をたぶらかすのが得意なのといい、丈夫さといい、吸血鬼はウッドにそっくりだ。
「敵はあの若さでARFの幹部を務めるヴァンパイア・シスターズですからね。並の敵ではありません。恐らく苦戦させられるでしょう。魔法が一通り扱えるからと言って、慢心なさらぬよう」
「すでに噛みつかれた身だからね。もうその心配はないさ」
「では、これをお持ちください。アルノ」
「ブシガイト殿の武器はこちらに」
 渡された小さなアタッシュケースの中には、小型の銃が入っていた。弾丸は計十六発。そのすべてが銀で出来ているらしく、形状は十字架を模していた。
「これ、まっすぐ飛ぶの?」
「マジックウェポンを開発したシルバーバレット社製品ですよ。侮らないでくださいまし」
 そういうからには、まっすぐ飛ぶのだろう。
「狙いは頭ではなく相手の左胸、心臓を御狙い下さい。アルノは銃よりも剣がいいですわね。いつも通り銀剣を携帯するんですよ」
「仰せのままに、お嬢様」
「我々の計画はこうです。吸血鬼にバレないよう息を殺して潜伏先に忍び込み、油断しているところを素早く仕留める。人間がそろっていても敵う相手ではありませんから、隠密をこそ貴ぶ必要があります」
 お前の執事が一人でやれば済む話ではないのか、という冗談がウッドの喉元までせり上がる。
 それからも細かな注意点などを話しながら、ウッドはルフィナと共に執事の運転する車に乗り込んだ。駆動音もなく、とても静かな車両だ。「フェラーリじゃないの?」などと軽口をたたいたら、「あれは目立ちすぎますもの」と素で苦言を呈される。
 何とも形容しがたいのだが、ウッドは一連の流れに児戯めいたものを感じていた。ウッドは渡された銃器など必要としないし、それで言えば恐らく、執事のアルノも同様だろう。
 シスターズの場所さえ分かれば、ウッドかアルノ、どちらかが居れば片が付く。現状ですら戦力過剰だというのに、吸血鬼退治で足を引っ張りそうなルフィナが同乗していることが奇妙さに拍車をかけている。
 ハウンド状態のアーリでもあるまいし、この深窓の令嬢が戦いにおいて役に立つとは思えなかった。この判断はカバラで確かめた結果である。一体彼女は何が目的なのか。シスターズ確保よりも、こちらの方が警戒すべきだろう。
 そのように思案していると、すぐにシスターズの居ると思しき建物に着いた。アーリの屋敷よりかは小さい、旧市街の館。だがとうに寂れていて、幽霊屋敷と言った風情を醸している。
「いかにもな雰囲気だね」
「そうですわね。アルノ、暗視スコープを」
「どうぞこちらに。この小さいのがお嬢様用で、大きい方がブシガイト殿のものです」
「ありがとう、ありがたく使わせてもらうよ」
 天使の目を宿すウッドにはこんなものは要らないのだが、断るのも面倒で受け取って装着した。
「では段取り通り、魔法をお願いします」
「うん、任せて」
 魔法を展開して、その場の三人に消音を掛ける。次いで光魔法で姿を消し、カギのかかっていない裏口から侵入した。
「ど、ドキドキしますわね。アルノ、異常は?」
「ありません、お嬢様」
「……」
 ウッドは警察署に忍び込んだ時の事を思い出す。あの時はかなり厳しかった。特にNCR。いまだにあれは、『闇』魔法無しに攻略するのは難しさを感じてしまう。
 それに比べれば今回の潜入など、という気の緩みは確かにあった。何せウッドがヴァンプの手によって死の危険にさらされる可能性は、限りなく低い。確かにそれで前回は失敗したが、そもそもお互いに生命力が高すぎて、生け捕りを前提とすると決定打がないのだ。
 そこでウッドは、はて、と首を傾げた。何故生け捕りにこだわる必要があるのか。修羅たる己にその理由を見いだせず、釈然としないまま主従二人についていく。
「ひっ、あっ、アルノッ。今ギシッって言いましたわ」
「大丈夫です、お嬢様。今の音は単なるネズミのものです」
「ネズミが居るんですの!? その事を早く言って欲しかったですわ!」
 前の二人には緊張感のかけらもなく、やはり何か別の意図があるのだろう、と推察できた。そう思うと笑えて来る。誰も彼もが表向きの目標になんてサラサラ興味がなくて、哀れ双子の幼き吸血鬼は、ついでの様にその身を都合よく処理されるのを待つしかない。
 都合よく、とウッドは自分の思考を反芻する。考えるのは、現在の図書の家のこと。ウッドが都合よく処理した輩が数人いるため、あの家は少々手狭ではないか。
 もう二人増えるのは、少し面倒だ。一人ならばと試しに想像してみるも、他にピッグとアイが増える予定でもある。
 ヴァンパイア・シスターズには、あまり執着のないウッドだ。ブラック・ウィングの口からもあまり聞いた覚えがない。
 そこで思い出す。ウッドがARF幹部を殺さない理由。それはブラック・ウィングが連れて来て、と言ったからなのだと。
「……奴に今さら義理立てするのか?」
「どうかしました?」
「ううん、何でも」
 殺そう。ウッドは決めた。思えばハウンドをあの状態にしてから、たったの一人も殺していない。これは修羅にとって由々しき事態だ。ここで殺さずしていつ殺す。殺そう。殺すしかない。
 そう考えると屋敷の探索も楽しくなってくるというもの。だが廃屋は中々広く、上から下まで探し回るのも一苦労だった。しかし、これで最後だ。
「残るは、ここだけですわね」
 ルフィナは鋭い視線で、屋根裏部屋へとつながる仕掛け天井を見つめた。そんな表情をしても遅いぞ、とウッドは内心笑っている。
「ブシガイト様、銃の準備を。出来るだけ息もひそめて下さい。アルノは剣を構えて、いざというときわたくしを守れるよう」
「心得ております」
 なるほど、この執事はあくまでも護身用という訳か。ウッドは納得しながら肯定を返し、ゆっくりと仕掛け天井を下ろし、部屋裏部屋への階段とした。
「俺が最初に行くよ」
「勇気がありますのね。では、お任せします」
 視線に品定めの色が混ざったのを、ウッドは見逃さない。実力を見るためのお膳立てだったという事か。ならば精々、楽しく暴れてやるさ。
 階段をゆっくり上る。カバラであらかじめ魔法の下準備をしておき、合図一つでシスターズをミンチにするだけの用意が完成する。
 だが、これらの準備ではきっとヴァンパイア・シスターズを殺すことは難しいだろう。特に回避能力にたけた彼女らを殺すためには、奥の手を使う必要があると踏んでいた。
 NCRをも簡単に呑み込んだ、あの『闇』魔法を。
 階段を上り切ると、案の定棺桶が置いてあった。本当に吸血鬼は棺桶で寝るのだな、と思いながら、日の差さないこの部屋はさぞ過ごしやすかろうと皮肉を一つ。手で顔を覆い、仮面を付ける。
 それから、この部屋にだけ生活感があることに気づいた。一つ二つの人形、クマのぬいぐるみ。シスターズの写る家族写真らしきもの。
「……」
 目が留まる。ヴァンパイア・シスターズ。双子。双子のはずだ。だがこの写真に写る四人の内、子供二人には明らかに年齢差があった。家族全員で撮ったような並び方の癖に、双子のどちらか片方だけが失われている。
 代わりに、赤子のシスターズの片方を抱く、歳離れた姉の姿がそこに。
「それを勝手に」「見ないでよ」
 振り向く。背後。「お前たちは本当に影が薄いな!」と嘲りながら、ウッドは指を鳴らした。鋭い針状の金属魔法がまんべんなく部屋の壁全てを埋め尽くす。
「蝙蝠ッ」「じゃ、ダメ!」
 ヴァンプは体を大量の蝙蝠に分解するのを止め、霧状に変化した。「ふははははは! やはりお前らは殺しにくい!」と笑って、手持ちの銃を適当に発砲する。
「「十字架は嫌ぁ!」」
 声が重なる。そういえばと主従二人の援護の不在に気付くと、仕掛け天井はいつしか閉じられていて、床から叩く音と「大丈夫ですか、ブシガイト様!」という声が聞こえてくる。
「何だ、あいつら振り落とされたのか。しかし正しい判断だぞヴァンパイア・シスターズ。あいつらは俺でさえ度し難いと判断した輩だ。俺一人の方がまだ対処できるな?」
「何で」「吸血鬼にしたのに」「十字架が」「平気なの!?」
「それはお前、人徳というものだ。生まれがいいものでね。神様に嫌われていないんだ」
「シェリル達より」「ずっと悪魔の癖に!」
「うるさいな。人が気にしていることを指摘してはならないと、小学校で習わなかったのか?」
「小学校なんて」「行ったことないもん!」
「それは失礼した。失礼ついでに、そろそろ死んでおけよ」
 いい加減霧と話すのも馬鹿馬鹿しいというもの。ウッドは銃を放り捨て、手の平の上に『闇』魔法の球体を浮かべる。
「何それ」「小さいばっかりで」「全然怖くなんかないもん」「……ね……?」
「何だ、これの恐ろしさに気付くのか。調子づいて触れた瞬間吸い込まれ始めて、断末魔を上げてくれたら最高だったのに」
 霧状のシスターズは、このままでは掃除機を前にした埃の様に吸われると感づいたらしく幼い双子の姿に戻った。やはり、写真のそれとは違う。わざわざ姉の体躯を妹の年齢まで縮めたような、歪な姉妹。そんな二人が部屋の隅で抱き合って、ウッドを見つけながら震えている。
「や」「ヤダ」「何それ」「おかしいよ」「そんなの」「見たことない」「闇魔法じゃないの?」「嘘」「ヤダ」「ごめんなさい」「助けて」
「だったら交互に喋るのは止めろよ面倒くさい。どっちがどっちなのか皆目見当もつかないぞ。どちらが姉で妹かわかったら、片方を殺すだけで許してやると言えたものを」
「「かっ、片方……?」」
「いいや、仮定の話だ。お前らはどちらも殺すよ。ついさっきから決めていたんだ」
 『闇』魔法を肥大化させる。そして、投げつけた。
 これをどうにか出来る輩など、一人もいないはずだった。
 だが乱入者が現れた。屋根裏部屋の屋根を突き破って、姉妹を同時に抱え、目にも留まらぬ速度で跳びさっていく不審人物だ。弁解のしようもない。ウッドは虚を突かれた形になった。
 奴に遭遇するのは久方ぶりだ。
「ら、ラビット? ラビットだと?」
 『闇』魔法は姉妹の居た場所を抉り、指定座標に目標物がないと知るや、すぐに崩壊して塵と消えた。ウッドはカバラであの長耳フードのアナグラムを辿り、魔法での飛行で追いすがる。
 すでに日没を過ぎて、寒い夜がアーカムを覆っていた。吸血鬼としての本能が夜を好むのか、どことなく調子がいいと感じる。
 四半刻も飛んでいないうちに、ウッドはラビットを捕捉した。高いビルの屋上だ。すでにシスターズは解放されてしまったらしく、探そうにもラビットのアナグラムが強すぎて見つけられない。
 正面に立って、ウッドは奴に因縁をつけた。
「よくもいいところで邪魔してくれたな。キュートな長耳を揺らして満足そうじゃないか。今夜はもう奴らを見つけられそうにない。お前のせいで奴らの痕跡が霞んでしまって見つからないのだ」
 文句を言いながら、いい機会だという風にも感じていた。ウッドもこの数か月、強敵を相手に勝利を重ねて来ている。その度に強くなったし、『闇』魔法のような切り札もあった。この辺りでアーカム最強と謳われるこの滑稽なヒーローを相手に、力試しも悪くない。
 こんな時ばかりは、吸血鬼化させてくれたシスターズに感謝を言いたかった。夜という舞台であれば、吸血鬼の体も悪くない。先ほど見せてもらった体を霧状にする種族魔法も、ぶっつけ本番だが使ってもいいだろう。
 ウッドの手札は無数だ。カバラを基軸に、大量の魔法攻撃、修羅と吸血鬼の種族魔法、そして『闇』魔法。場合によってはナイから授けられて使っていない〈魔術〉を使っても面白いかもしれない。ファーガスの様に陸でおぼれさせた時、ラビットはどんな無様を晒すだろうか。下卑た修羅の本性が、強敵を滅ぼす未来の自分を想像し昂り始める。
 だがラビットは、いたって冷静だった。
「ウッド。オレはお前に、何と言えばいいのか分からない」
「よりにもよって、何だその気の抜けた言葉は。そもそも、何故お前がARFを助ける。その所為で俺は、お前を地獄より苦しい目に合わせなくてはならなくなってしまった」
「オレはかつて、お前が化け物ではないといった。お前がどれだけ暴走しようと、それは『人の営み』であると。そう思っていた。だから我慢して実力を押さえた。けど、違った」
「何だ? 今さら気付いたのか? 今や俺は、アーカムでも最も恐ろしい怪人だ。そうだろう? それを、何を勘違いしたのか化け物ではないなどと」
「お前は分かっていない。分かっていないんだウッド。お前の言う化け物と、オレの言う『化け物』は決定的に違う。こんなことになるなら、ああ、オレは、オレは何て愚かしい真似を」
 震えだしたラビットを見て、ケタケタとウッドは仮面を笑わせる。
「どうした。自慢の長耳が細かく震えているぞ。可愛らしいなラビット! 鍛え上げたその筋肉を振るわせて、過去の決断を悔やんでいるのか?」
「お前は、『能力』で人を殺した」
 強い語調だった。ウッドは、顔を顰める。
「何だその『能力』とやらは」
「それ以外の何かで他者を殺す分には、『人の営み』だった。だからハッピーニューイヤーの事件でも、お前が好き勝手にギャングやバウンティーハンターを殺すのも、我慢して手加減をつづけた。人なら殺してはならないから。だが、今回のそれは違う。お前は『能力』でシスターズを殺そうとした。どうせ他にも殺したんだろう」
「我慢? 手加減? ラビット、お前は何を言っている。ハッピーニューイヤーを見てなお、お前は俺に手心を加えたと?」
「なら、話は別だ。お前は『化け物』だった。ならオレだって、『化け物』としてお前を狩る」
 ラビットはそう言って、そのもこもこで柔らかそうなウサギらしき長靴を脱ぎ、ふわふわで温かそうな手袋を外し、長耳が愛らしいフードを脱いだ。
「……お前、は」
「今のオレはもうラビットじゃない。ミヤに渡された手枷足枷も必要ない。覚えておけ、ウッド」
 ウッドは、ラビットの正体を知っていた。つい最近も、ヴィーや仙文と共に話したばかりだった。
「オレの名は、グレゴリー。グレゴリー・アバークロンビー」
 見慣れた、嫌われものの美丈夫は言う。
「お前を殺す、『化け物』だ」

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