武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

5話 三匹の猟犬ⅩⅦ

 次でハウンドを仕留める。ウッドは、そのように決めていた。
 次の狙いは、独断で決めた。電波塔。総一郎とウッドの繋がりを、あらゆる電子媒体、記憶から消去する必要があると考えたのだ。そのために、電波塔と言うものは相性がいい。インターネットにつないだ全ての人間が、テレビを見た全ての人間が、ウッドと総一郎を同一視できないようにするのに打ってつけだった。
 であれば、他のインターネットサーバも落とす必要がある。そうやってそれぞれ潰していく内に、ハウンドも必然的に釣れるだろうと考えていた。
 だから、先日身に着けた『闇』魔法の扱いに慣れておく必要があった。どう命令すればどのように動くのか。詳細にどんな力を持っているのか。いくらでも測定しておくべきことはあった。
「……ふむ」
 アーリの館の裏庭で、一人椅子に腰かけていた。白く塗られたB2クリスタル製の、つまりは鉄よりも固いパイプ状の物質がロココ調の文様を描いて出来た、洒落た椅子だ。視界一面を埋め尽くすは雪。雪かきもしなかった真っ白な処女雪はひどく固く凍り付いてしまって、ウッドが歩いた程度では碌に沈みもしなかった。
 そんな中、寒気も気にせずウッドはゆったりと深く座ったまま、『闇』魔法を動かしていた。操作の具合だが、基本的には空間魔法と同じだ。イメージした方向に、イメージした距離だけ移動する。特に命令がなければ球状であるのもよく似ていた。
 空中で、『闇』魔法はウッドの視線の先をぐるぐると移動している。ふとウッドは思い至って、ゆっくりと目を閉じた。命令を出し、再び目を開く。
 目の前には、分裂した二つの『闇』魔法。一粒あたりの大きさは、変わっていないように見える。
「……」
 満足そうに頷いて、ウッドはその作業を繰り返し始めた。二つを四つ、四つを八つ。倍々式に増やしていき、黒い球体の数が恐らく千を越したところで増殖に歯止めをかけた。
 裏庭一面の処女雪を、ほとんど覆いつくすような『闇』魔法。命令を出さなければ空中に静止しているが、その様は何だか不気味だ。
 ――戻れ。ウッドが命令を出すと、球体は中心に寄り集まる様にして一つに融合した。
 残った一つは、巨大化するでもなく、ただそこに、最初の大きさで存在している。恐らくは、ウッドがそのように命じたから。故にウッドは巨大化を命ずる。『闇』魔法はウッドの要望に忠実に答える。
 大きなビー玉ほどの黒い球体は、命令によって直径一メートルにまで膨れ上がった。だが、限界という気はしない。ウッドのイメージ通りの大きさなのだ、と勘づく。
 足を組みなおして、ウッドは『闇』魔法の大きさを元に戻した。そして再び、視線の先で『闇』魔法を振り回し始める。
 ウッドは、『闇』魔法の分裂したときに体積が変わらないという性質を、なかなか面白く感じていた。完全に思うがままに動く黒い球体は、巨大化も縮小も分裂も融合も思いのままだ。
 だが、これだけでないこともウッドは知っている。
 この『闇』魔法は球体を崩して変形し、NCRを撃退した。その時、ウッドはひどく漠然とした命令しか出していなかったはずだ。けれど独特の動きを見せ、気付けば敵を無力化したのち呆気なく崩壊した。
「……」
 思案して、『闇』魔法の変形を望む。形は、何でもいい。漠然と変形しろと命令すると、『闇』魔法は立方体になった。次に星型、正四面体と目まぐるしく変わり続ける。
「うぉ、何だそれ」
 声がして振り向くと、ウルフマンが裏口扉の下部、猫などの出入り口から顔をのぞかせていた。
「……」
「おいおい何だよ、いつもなら『ペットっぷりに磨きがかかって来たな』くらい言いそうなもんなのによ。だって仕方ないだろ? 扉なんざ碌に開けられないんだから、ちょいちょい備え付けられてる猫とかのドア潜るしかないんだって」
「……」
 ウッドはウルフマンを黙殺し、『闇』魔法の能力測定の続きに戻った。形は千変万化するとみてもいいだろう。最後に、『闇』魔法はどのような攻撃力を持っているのかを測る必要がある。
 しかし狼男は、ウッドに集中させないつもりの様だった。暢気に言葉を投げかけて来る。木面の怪人は、当然のように無視するつもりでいた。
「なぁ、ウッド。聞いてんのかよ」
「……」
「おーい、ウッド。ウッドウッド!」
「……」
「……答えねぇなぁ……。じゃあ、―――――」
 ぴた、とウッドの身体が硬直する。
「……?」
 何故、とウッドはしかめっ面になる。ウルフマンの言葉が聞き取れなかったことが、そしてその事に気を取られている今が、腹立たしかった。半ば睨むようにして、問いかける。
「今、何と言った」
「は? だから、―――――って」
「聞こえない。もっとはっきりと言え」
「―――――」
「……おちょくって遊んでいるのか? もっと大声で」
「何でこんなに言ってんのに聞こえないんだよ! おちょくって遊んでんのはお前だろ、―――――! 本当、ふざけんなよ?」
「……」
 聞こえない、と言うのが自らの失陥だと、ウッドは気付き始める。けれど不思議なことに、それが分かった瞬間興味が失せ始めた。何故こうも聞き返したのかが分からなくなって、再び『闇』魔法の動かし方を試し始めた。
「この野郎……! 聞くだけ聞いて飽きやがった」
 ウルフマンが怒り心頭なのはいつもの事と、思考を奴に割くのを止めた。けれど続く言葉が、やはり違和をもって惹きつける。
「ったくよぉ……。ウッド、男女差別じゃね? おれはほとんどスルーなのに、アーリとはいちゃいちゃしてよ」
「……いちゃ、いちゃ……?」
 どうしてこう今日に限って、意味の分からないことを言い続けるのか。ウッドは周囲を見回して、アーリなど居ないと確認したのちウルフマンに物申そうとし。
「そりゃアタシはハウンドのバカを倒すために協力を惜しまないからな。グチグチ言うだけの狼頭とは、格差があって当然だろ?」
 不意に、あまりに近い場所から聞こえたアーリの声に、言葉を失う。
「うへー、居たわそういうこと言って堂々と他の生徒イジメる奴。いじめっ子は許さねぇぞ」
「悪かったよ、いじめっ子はアタシも嫌いだ。だけど、――――――――――――――――――だろ」
「確かに―――――――――――だけどさ。……いや、それがおれに当てはまっても馬鹿らしいしな。好きにしてくれ」
「やりぃ!」
 心底嬉しそうにするアーリが、苦笑しつつも嫌そうでないウルフマンが、二人の会話の要所要所が、聞き取れないし理解できない。まるで全く異なる星の住民のように感じてしまう。
 抱く感情は、しいて言うなら嫌悪感か。
 あるいは、持たざる者から持ちし者への憧憬か。
「……」
 ともかく不快で、ウッドは立ち上がる。部屋に籠っていれば、二人は付いて来ないだろう。あの狭い部屋が唯一ウッドの安らげる場所だと考えると、うんざりする心持ではあるが。
「あっ、ウッド。ちょっと待」
「いい、ついてくるな」
 手短に拒絶を伝え、ウッドは屋敷内に戻る。温度的には暖房のある室内の方が温かいはずなのに、ウッドには外よりも冷たく感じていた。






 ウッドが電波塔に来るだろうことは予見していた。そこで勝負を決めるしかないとハウンドは覚悟していた。
 シラハから受け取った情報に当てはまる、ウッドが行きそうなところ、と考えたのだ。変哲もない、都市に一つはありそうな電波塔。名所と言うほどの見どころも知名度もないが、アーカムでは飛びぬけた高さゆえに観光地としての役割を全く持たないわけではない。
 人がエレベーターを使って上ることが出来、そして展望台でくつろげる程度には広く作られている。
 そんな無名の電波塔を、最後の戦いの場とするのだ。
「……」
 ハウンドは、真下から頭を見上げていた。地上三百メートル程度のこの塔の頂上付近では、きっと魔力の尽きも早かろう、と。
 よってハウンドが頭を悩ませるのは、如何に罠を設置するか。
 ――如何にして、自らの望む結末を描くか。
 ハウンドは、まずこの電波塔の掌握から始めねばならない、と侵入を開始した。格好は、いつも通り口、鼻、頭部を隠してかつ一般人とそう変わらないもの。
 命じていた通り、すぐに部下がこれ以上の一般人の立ち入りを禁止した旨を報告してくる。確認の後、ちょうど開いたエレベーターに乗り込み電波塔の頂上を目指す。
 今回、ここで待ち構えていた事をウッドに悟られてはいけなかった。もっと言うなら、ハウンドが電波塔を特別視していると勘付かれるわけには。そうなれば何も得られずに負けるのみだ。
 負けることは分かっている。だが、敗北の中で得られるものがある。 そこに至る道を、今、整えておく必要があった。
 軽快な音を立てて、エレベーターは開き始めた。まばらに観光客が望遠鏡から外を見つめたり、売店のやる気のなさそうな親父がARFを模った商品を売っていたりする。
 それらを尻目に、ハウンドはボールを一つ地面に転がした。球体はコロコロと地面を進んでいき、一方ハウンドは知らぬ顔をして広間の片隅でEVフォンを弄り始める。
 この小さなボールは、ハウンド特製のジャンパーだった。遠隔操作で進んでいき、段差を前にして跳び上がるのだ。そして排気口など人の通れないような道を進み、至近距離からのハッキングを実現する。
 EVフォンで指示を出し、ボールは転がっていく。電磁的に周囲を把握し情報を視覚化しているから、まるでゲーム中のボールを動かしているのように俯瞰した映像がEVフォンに映し出される。
 それをもとに、ハウンドはボールをしばらく動かしていた。広間すべてを転がしていると、少し高い場所に通気口を見つける。ハウンドがジャンプしても届かないような位置。格子も嵌っている。
 けれど、その程度このボールの敵ではない。軽々とボールは格子まで跳躍し、ぬるりと格子の間をすり抜ける。
 ――そう。このボールは、NCRの遠隔操作形態なのだ。
 故にどれ程細い道だろうと、大抵はクリアしてしまう。何トンと集めればほとんど最強の警備システムであるのに対し、数キロという極少量でもハウンドのようなハッカーにとっては便利な機器に変貌する。
 ことさら思うのは、サラ・ワグナー博士の天才ぶり。
 過去に一度ARFは彼女を勧誘していたのだが、断られてしまったことが本当に悔やまれるというものだ。
 それはそれとして、NCRのボールは通気口を進み、電磁マップを作成しながらメイン制御室にまで辿り着く。主観モードで室内を監視したところ、老齢の警備員がぼんやりとモニターを見つめているばかりだ。
 騒乱の多いアーカムとはいえ、ここが狙われたことや占拠されたことはまだ一度もない。思想犯的な組織はARFが初めてで、そのARFがいまだ着手していないのだから、この警戒度の低さも分かろうというもの。
 NCRを警備員にバレない様に地面に落し、無音で移動を始める。薄暗い部屋の中にある、一際大きなサーバー。そこにこっそりとNCRは触手を伸ばし、内蔵させてあったUSBメモリを差し込んだ。
 送り込むはウィルス。奪うのは管理者権限だ。
 クラックとデータのダウンロードに費やしたのは、大体五分程度だろうか。ハウンドはEVフォンに映された完了の文字に小さく頷いてから、ゆったりとした足取りで制御室にドアを開けた。
 かかっていた鍵も、管理者権限があれば無いようなもの。ドアの開く音、姿を現したハウンドに警備員は呆然とする。逆光に包まれたその小柄な体躯は、まるで幽鬼のようにブレ、警備員の動揺した瞬間を狙い肉薄した。
 音もなく、ハウンドは拳銃を警備員の口の中に押し込む。それから、EVフォンにこう表示して見せつけた。
『騒いだら殺す』
 視線を送ると、怯えた表情で両手を上げ、警備員はコクコクと頷いた。控えていた部下が手早く彼を拘束し、猿轡をつける。それから、あらかじめ用意していた音声データを制御室から放送した。
『ピーンポーンパーンポーン。ご来場の皆様に報告します。ただいま整備、点検のため、アーカムタワーからの一時退出をお願い申し上げます。繰り返します。ただいま整備、点検のため、アーカムタワーからの一時退出をお願い申し上げます』
 一般客がざわつき始めるのを見計らって、警備員に変装した部下たちが一般客をエレベーターまで誘導し始める。文句を言う客もあらかじめカバラで練った文章ですばやく説得し、大人しく退出願った。拘束した警備員も、ARF本部に輸送して記憶を飛ばしたうえで解放の手はずを取ってある。
 最後に残るは、ハウンド一人。メイン制御室でカタカタとキーボードを叩いていた。
 まず取り掛かるのは、電波塔とARF本部の情報をリンクさせることだ。そこから軍事データをこちらにコピーし、業者に電波塔の改造を手配する。
 大枚はたいて、大体百から二百の罠を仕掛ける必要があった。それが、ハウンドたった一人でウッドに立ち向かうための必要条件だ。しかも魔力の枯渇も狙えない低高度にも、カモフラージュとして何十と仕掛ける必要がある。
 ハウンドは人知れず、資金繰りに苦労しているピッグに申し訳なさを感じてしまう。しかしそれがリーダーの為になるのだと、自らに免罪符を与えた。
 ――さぁ、始めよう。
 ハウンドは、かつての己の口調で自らに語り掛ける。部下たちが再び集い、業者も機材を運び入れ始めている。
 ――俺とウッドの、最後の戦いだ。
 ぞろぞろと大人数が電波塔を要塞へと変えていく。その様子を見ながら、ハウンドはただじっと、静かに戦略を練り続けていた。

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