武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

5話 三匹の猟犬ⅩⅥ

 白羽は、酷く緊張していた。
「……だ、大丈夫。天使の勘が大丈夫って言ってるから、大丈夫……な、はず……!」
 天使は上位カバリスト的能力の持ち主であるため、計算と必要としないまま何となく最善の選択肢を選ぶことが出来る。であれば、勘が危険ではないと訴えているならば、危険なはずはないのだ。
 だが、だからといってARFのリーダーたる自分がこうして無防備に街中を歩いているのは問題ではないか、と思ってしまうのが人情というもの。
 今日も冷え込む雪の日で、春はまだまだ遠そうだった。特に今日は寒い日であるらしく、結晶と化した雪の一粒一粒が変装した白羽の帽子の上に積もっていく。
「……来ちゃったなぁ」
 白羽は渋い顔でミスカトニック大学門を見上げた。ここから道別れて、片方は付属校、片方はミスカトニック大学に繋がっている。
 今日用があるのは、大学の方だ。だから、比較的知人にある可能性は低い、はずである。
「私も対ARFの重要参考人扱いで、逮捕状出てるからね。知り合いにあったら即逃げないと」
 ぶつぶつ呟きながら、白羽は門をくぐった。他人の視線を気にしていれば、白羽を捉えようとする者の視線を感知して避けることが出来る。意識するだけでここまでの効果を生むのだから、便利というもの。
 こそこそと人の目を盗み掻い潜りながら、入り組んだミスカトニック大学を進む。目指すはサラ・ワグナー博士。亜人、魔法研究の第一人者。
 彼女の居る場所は知っていた。行ったこともあった。図書に連れて行ってもらったのだ。一度会話していて、かなりの変人であることと、それ以上に驚異的な頭脳の持ち主であることが知れた。
 本業は亜人や魔法の研究で、随分といろいろやっているらしい。だが需要のある研究ではなく自分の興味で物事を推し進めるため、たまに金銭に困ることがあるという。
 そしてその度に、本を出版し、あるいは兵器を作る。
 例えば――NCRのような。
「ハウハウの試用運転記録見たけどアレ強すぎだって……」
 特に最後の、警察署から盗み出したVSウッドの記録画像には目を剥いた。最後良く分からない闇魔法風の何かを出すまで、ウッドが防戦一方になるなど信じられなかった。警察官たちに遭遇したウッドが弱音を吐いたのを聞いた時、白羽は絶句してしまったくらいだ。
 そんなNCRを、金銭の為に片手間に生み出したのが、サラ・ワグナー博士である。
 天才、という言葉がこれ以上ないくらい似合う人だ。
「うー、確か気さくな人だったと思うんだけど、アポイントは偽名使って取ったとはいえ……」
 ええい、ままよ! と白羽は研究室の扉を開けた。「あの、この時間に面会の申し込みをした者なのですが」とハキハキと宣言する。
「うぎゃぁあああああああ! ヤバいヤバいヤバいって! 誰だいこんな危険生物引っ張ってきたのは!」
「アンタですよ! 先生! ああもう! 近くの漁村からNCRに似た真っ黒でグネグネ自在に動くヤバいのを持ってこいったのアンタでしょうが!」
「NCRと戦わせたら楽しそうだと思うだろう!? 実際戦わせたら勝ってたって! 肝心のNCRが届かなかっただけで!」
 てけり・り、てけり・り、てけり・り、と気味の悪い声をあげて、研究室を化け物が荒らしまわっている。そして、為すすべなくワタワタとパニクッている研究員が二人。白羽は一瞬気の遠くなるような気持になるが、鉄の心で我慢だ。
「……何でこんなところにインスマウスの魚人ども御用達生物兵器が……」
 頭が痛い。二年前の抗争では随分痛手を負わされたものだ。何とか生臭い奴らを黙らせて海に還したものの、喧嘩を吹っ掛けられただけのこっちは特に益もなく散財しただけだったのが本当に痛かった。
 要約すると怨敵である。
「……主よ、何故我々を見捨て給うたのですか」
 ウッドの精神魔法をARF本部で解除した白羽は、手を組んで恨みの言葉を吐き出した。真っ黒の翼が開き、細かな羽が空中に満ち満ちる。
「はっ? この羽」
「主亡き今、我が力をもって、汝に贖罪を求めん」
 黒い羽根が不定形の黒々とした化け物に触れる。途端、化け物は大量の黒い羽根となった。体の細胞の全てを黒羽に変換させられ、化け物はこの世から消える。残った黒羽は、一度床に広がってから、数秒と経たずに消え散った。
「……白羽」
 こちらを見て、大騒ぎしていた研究員の片方が言う。見れば、図書だったようだ。呆然とこちらを見つめている。
「おぉぉおおおおおお! 凄いね君! これは噂に聞く天使の種族魔法と言う奴かな!? だけど羽の色が黒いね? もしかして堕天したとか? 詳しく聞かせてよ!」
 そしてぴょんぴょんと飛び跳ねながら、白羽の手を握ってくる女性。記憶と全く変わらない。天才、サラ・ワグナー博士の姿だった。






「なぁるほどね! 警察に追われてるから、偽名を使ってきたわけだ! ちょっと家出してただけだっていうのに災難だねぇ! いいよいいよ! 私は私の邪魔をしない限り犯罪者だろうが家出少女だろうが超ド級のゲイだろうが快く受け入れよう! ただしレズはダメだよ! 私は生物と人生を沿いげるつもりはサラサラないんだ!」
「なるほど、ありがとうございます」
 いったん腰を落ち着けて、事情を説明し終えたところだった。身分柄どうしても嘘を交えなければならないのはご愛敬というもの。他人ゆえに白羽も、珍しく猫を被って対応だ。
 にしても、ちょっと話しているだけでやはり変人だというのが伝わってくる。こういう人柄だからこそ、思案したとはいえ直接会いに来るという手法がとれた。
「白羽、お前すげぇな……。博士の意味不明な言動を前にして眉一つ動かないとは……」
「ズッチー。目の前でショゴスが大暴れしてるの見れば、博士の奇妙な言動なんて可愛いもんだよ」
「何てこった、可愛い妹分が悟り開いちまった……」
「おいおいおい、君たち揃いも揃って失礼じゃないかね」
 と言いつつも、ワグナー博士は満面の笑みだ。来客がうれしいのを隠しきれていない。
「さて。では早速、本題に入ろうか。君は一体、私に何を聞きに来たというんだい?」
 表情は変わらない。だが、眼光は痛いほどに鋭く輝いていた。交渉の場で気圧されることなど、何年ぶりだろうと白羽は微笑む。
「先日、ここのサーバーが攻撃を受けませんでしたか?」
「ほう、良く知っているね。どうやらこちらのデータを盗んでいった不届き者が居たらしくて、しかも味を占めたのかもう一度侵入してきたものだから、厳しく追い返してやったのが記憶に新しいね」
「……ちなみに、厳しく、というのは」
「送信元の建物の電子機器がすべて爆発するようなウィルスを、逃げ帰るあいつの背中に縫い合わせてやったのさ。その割に爆発事故が報道されなかったからつまらなかったんだけれどもね。私のウィルスを解除できる程度には、やっこさんも切れ者らしい」
 ――あっぶな! あっぶな!
 白羽は気付けば激しく冷汗をかいていた。ハウンドが失敗していれば、博士の戯れのせいでARFは壊滅の危機に瀕していたことになる。自らの領分でないというのに、これだから天才というものは、と静かに震えた。
「おい白羽。汗ヤバいぞ」
「わ、分かってるよ……。いや、かなりの危機だったんだなぁって思って」
「ん? 何だいそれは。どういうことなのかな」
「……申し訳ない話なのですが、それは、その、私の部下がやったことで……」
「おや、ま」
「……白羽、お前まだ危ない橋を渡ってんのかよ。総一郎の件といい」
 図書は呆れ顔で言うが、しかしそれ以上止めるような事は口にしなかった。一方博士はご満悦な表情で、「へぇえ!」と身を乗り出してくる。
「素晴らしいね、君の部下は! 片手間とはいえ私の悪戯に対抗できたなんて! 並みのハッカーじゃないね!? とすると……もしかしてハ」
「すいません! 特定するの止めてもらっていいですか!?」
 気軽に核心を突いてくるものだから、このサラ・ワグナーという人物は恐ろしい。しかもこの人なら、恐らくハウンドだと言い当てることだろう。こんなところで図書にARFバレする訳には行かない。
「……まぁいいさ、私は私の邪魔をする者以外の全てを受け入れるからね」
 にこやかに、彼女は笑う。カバリストでもこの人は扱えまい。カバリストがアナグラムを揃える前に、博士の脳はカバリストの打倒方法を作り出してしまうに決まっている。
「しかし、だとすると君は私から情報を盗みたがったという訳か。なるほど、それでこうして面会に……。随分と肝が据わっているね。気に入った。前にあったときよりもさらに気に入った!」
 両手を広げてオーバーリアクションをする博士。機嫌はかなりいいようだ。正直、彼女が顰め面になるのなど想像もできないが。
「何でも聞いてくれ。私の知りうることなら何でも応えようじゃないか」
「じゃあ、一ついいですか?」
「ああ、何でも聞いてほしい」
 博士は鷹揚に頷いて白羽の申し出を受け入れる。白羽は尋ねた。
「膨大な魔力の持ち主を魔力切れに追い込むには、どうすればいいですか?」
「……ほう」
 反応は、意外なほど静かだった。一瞬、機嫌を損ねたかと焦る。しかしサラ・ワグナー博士が、渋面になるはずなどなかった。
「ほう……、ほう、ほうほうほう! いいね! いいよ! ちょうど私も気になっていたところだったんだ!」
 博士は、一度柏手を打った。ぐんっ、と図書に向き直り、口角泡を飛ばしながら指示を出す。
「ズー君! 模型出してくれる!? 最近の研究用に使ってるアレ!」
「はいはい。じゃあちょっと出しますか」
 図書は立ち上がって、後頭部を掻きながら壁際に歩み寄った。それから、研究室の奥で何か作業を始める。すると壁の一部が開き、機械が何やらせり出してきた。
 巨大な、模型である。高くそびえるビルもあれば、荒野の中にポツンと残される小屋もある。見覚えのある構造に、白羽は理解した。どうやらアーカムの街並みを模しているらしい。
「この模型はね、凄いんだよ。何たってアーカムのあらゆる全てを模倣している。地質、大気成分、ビルの材質。唯一の例外はアーカムに住まう人々の営みってところかな。ま、私は社会学者じゃないからどうでもいいといえばどうでもいい」
 さて、と博士は模型を包むガラスに貼り付きながら、白羽に向き直った。
「私もね、気になっていたんだ。魔法。日本人たちが自由自在に振り回す、形ない大砲。この莫大なエネルギーが、本当に日本人に内包されているのかってね」
 博士は白羽に向かって、人差し指をぴんと立てる。
「私はまず思考実験から入った。魔法と呼ばれるものの動力源が、本当に魔力と日本人が呼称するものであるのかと。そこで私はこう思った。魔力とは、そもそも何であるのか? 調べると、魔力とは人類があらかじめ持っている物だということが日本人の研究成果だと知れた。魔力は魔法の行使をしばしば行って、訓練すればするほど増大するらしいとも聞いた。だがね、私はやはり疑問だったよ。例えば、気の弟ソウチロウ君。彼は私の前で、試作段階のNCRを吹き飛ばして見せた! 素晴らしいね! だが調べると、彼の使った『電子飛ばし』は通常あそこまでの規模で行使できないそうなんだ。
「ならば、どういうことか? 特別ソウチロウ君が持つ魔力が多いのか? 答えは否だ。魔力とはエネルギーで、エネルギーは形をもって蓄えられねばならない。人間が動いたり考えたりするときにブドウ糖を消費するように、形あるエネルギーを身に蓄えていなければならない。つまりあれだけ桁違いの魔法を使うには、ソウチロウ君は体重何百キロという死の淵ギリギリの肥満体でなければならないのさ。だが現実を見るとどうだろう。ソウチロウ君は甘いマスクと絞られた体の持ち主だ。とてもそんな見苦しい姿ではない。
「よって、魔力が各人の持ち物であるという説は間違いであると断定できる。だが、そうすると魔力の正体がわからなくなってしまう。魔力という膨大なエネルギーは一体どこから供給されているのか。私は考えに考え抜いた結果、ある仮説に至った。
「魔力とは、空気中に漂う未知のエネルギーではないか。
「亜人という特殊な存在が現れてから、唐突に使われ始めた新技術。それが魔法だ。その正体は三百年経った今でもはっきりしていない。そんな手詰まり感の漂う状況で私はこの仮説に至った。興奮したよ! そして、検証を重ねて仮説を権威あるものにしなければならないと考えた。私はね、過去に幽霊、超能力として不思議なモノとしか捉えられなくなったものの真実を掴みかけていたんだ!
「それからはズー君を付き合わせて、毎日毎日、実験実験実験の日々さ。アーカムは昔から魔女の国と言われるくらい亜人に溢れた土地だったから、実験の場所にぴったりだって、都心から郊外まで飛び回って調べまわった。最終的には面倒くさくなってこの模型を作ってしまったんだけどもね。いやぁ、この模型を作るのには苦労したよ。あらゆる全てをアーカムに似せてくれって無茶を言ったら、三十億ドルもするって言われて仕方なく金策に走ったよ。それでNCRが生まれたんだから行幸という他ないね。
「さて、随分と色々話してしまったけれども、実際のところ魔力の正体はまだわかっていないんだ。ごめんね。でも、君の質問には答えてあげられると思う。――これを見て」
 博士は模型の端に付いているPC端末を操作し始めた。すると街並みの端っこで、音を立てて小さな火柱が上がる。
「い、今のは……」
「魔法さ。ミニチュアのね。この模型の建設費の、大半の理由でもある」
 それは、そうだろう。普通呪文を唱えた人物の手の平からしか、魔法というものは出現しない。それを術者なしで中空に発動させるなんて、日本人でも出来るのは一握りだろうに。
「今が盛りのウッドが良く手の平以外から魔法を飛ばしているからね。出来ないはずがなかった。実際色々試行錯誤したら出来たのだし。仕組みを完全に理解しての産物でないことがまったく腹立たしい限りだけど」
 それでも、この模型が完成したことで解は着々と近づいている。博士は小さく笑って、「ここで一つ質問だ」と白羽に振り返った。
「今魔法が起こったのは、どこだった?」
「……えっと、ここです」
 白羽は火柱が上がった場所を指差した。住宅街の地面付近だ。
「うんうん、その通りだ。では、今から連続して魔法を起こすよ」
 そら、と博士はエンターキーを押す。すると同じ場所に何度も火柱が起こった。魔法が現れては消え、現れては消える。
「とりあえず百回やってみるから、よく見てて」
「えっ」
 多くない? とは心の声。だが博士には当然狙いがあるのだろう。黙って観察に明け暮れる。
 とはいえ連続のペースも早く、大した時間はかからなかった。百回連続火柱のせいで、貴重な模型の一角が煤だらけだ。
「さて、気付いたことはあるかな」
「……そう、ですね。火魔法の規模が全て同じだったな、というくらいですか」
「……んふふ、君は聡い子だねぇ。何か事情がなければ助手に迎えたいところだ」
 じゃあ次、と再び端末を操作。今度は都心部分の道路で火柱が上がる。
「もう一回連続で行くよ~」
 えい、と始まる百連発。先ほどとはほとんど違いがみられない。だが、先ほどよりも心なしか早く終わったような気分に、白羽はなった。
「どうだい?」
「さっきよりも、速かったですよね」
「そうとも。そしてもう一つ、君は気付かねばならないところがある」
「え?」
「シンキングタイムは必要?」
「……もう一度、火を」
「もちろん」
 一度だけ、火柱が上がった。「さっきの場所でも上げるよ」と博士が操作する。住宅街で火柱。白羽は目を見開く。
「……都心の火柱、少し大きかった……?」
「正解。じゃあ次、郊外エリア」
 三度百連発の火柱が上がる。一回一回のペースは、都心に比べて明らかに遅かった。火のサイズも小さい。それどころか、段々と小さくなっていくのが分かるほどだった。
「……これは」
「最後、上空五百メートル」
 模型のガラスの天井付近で、火柱が立った。今までの中で、一番小さなそれだ。一番ペースが遅く、火が小さく、だが何故か他の場所のどこよりも早くに魔法の連続が終わった。
「違う」
 終わったのではない。これは、途絶えたのだ。百回に届かず、火柱が起こらなくなった。
「分かったかい?」
「はい」
「なら、教えてほしい。これは、どういうことなのだろう?」
 博士は意地悪な表情で聞いてくる。白羽は、確信と共に答えた。
「魔法は――魔力は、人の居る場所で多く存在する。人通りの多い都心ではたくさんあって、郊外では少なくなる。そして、ほとんど人の存在しない上空ほど、魔力はとても少なくなる……」
「その通りだ! つまりね、私の仮説通り魔力は空気中に存在するものだということなのだよ! また、さらに私たちは新しい情報を得た! それは、魔力は人間由来のエネルギーである、ということ」
 博士は、満面の笑みで解説を続ける。
「特派員を用意して、人のほとんど入らない鬱蒼と生い茂った森の奥深くに魔法使いを送り込んだんだ。アーカムとは別の場所だね。動物のたくさんいる、自然豊かな所さ。――そこで魔法を延々と使わせた。するとね、やはりだったよ。魔法は都心とは比べ物にならないほど小さな規模で展開された」
 これがどういうことか分かるかい? 博士の質問に、白羽は答える。
「魔力が『人間』由来であることの証明ですよね。動物ではダメなのだと。ただ、人間でなければならないのだと」
「ザッツライト! 素晴らしいね君は! 君の弟君も優秀だし! 揃えて助手にしたいくらいだよ!」
「あはは、ありがとうございます」
 褒めちぎられて、もともと陽気な気質の白羽はご満悦だ。猫を被っていたのに、いつもの笑い方が出てきている。
「要はね! 魔力は人の多く居る場所ほど多く存在するのさ! 特に、優秀な魔法使いほど魔力生成能力が高いというデータも先日手に入れた。いやはや、魔法というものは奥が深いねまったく!」
「……なるほど、それが私の質問に対する答えであると」
「その通り! 君の質問はちょうど私の取り組んでいる研究にぴったりだった。研究成果をひけらかす機会をくれてありがとう。えっと……?」
「白羽です。白羽・武士垣外」
「オーケーオーケー。覚えたよ、シラハ。今度また来ると良い。次は君の天使の種族魔法について詳しく調べさせてほしいな」
「あはは、いいですよ。ではこれを機にご懇意に。ズッチョも元気でやるんだよ」
「言われなくても、油断すれば命を落とすような職場だ。清を置いて逝くわけにゃいかないからな。元気もりもりで頑張るさ」
「……元気もりもりとか、ズッショさんも家庭持ちって感じだよね……」
「年の離れた妹養ってるだけだけどな。ほら、さっさと帰れ。ここに長居するのも割とマズいんじゃねぇの?」
「ん、そうする。じゃあ二人とも、お達者デー」
「じゃあまた来るんだよー! 待ってるからねー!」
「なんだその語尾。……またな。今度は総一郎と一緒に顔出しに来いよ」
 大手を振って別れを告げ、白羽は素早く本拠地に戻った。それから自分なりにまとめたレポートをアップロードし、ハウンドが見られるように手配する。
「とりあえず、この仕事はこんなものでいいかな」
 一区切りつけて、他の仕事に取り掛かるべく一度伸びをする。その時、別れ際の図書の言葉を思い出し、ため息をついてしまうのだ。
「……総ちゃんと一緒に、かぁ……」
 想像する。昔のように仲良しで、総一郎と二人して図書をからかいに研究室に遊びに行く様子を。そうしたら、どうしようか。手を繋いだら、総一郎はどんな顔をするだろう。腕を組んだら? 抱きしめたら……。
 だが、今この世に総一郎はいない。代わりに、ウッドという化け物が居るだけだ。だが、ハウンドがウッドを研究し尽くし、ウッドが持つ化け物のヴェールを引きはがしてその正体を明らかにしようとしている。
 それが白羽には、待ち遠しくて、怖い。
「そんな風になれるなら、私、何だってするのに。死んだって、構わないのに」
 つい口にしてしまった弱音に気付いて、白羽は頬を叩いて次の仕事に取り掛かった。資金繰り、亜人たちの士気、能力向上、政治的情勢把握。次期州知事の選挙もすぐだ。そこまでにどうにか、差別撤廃の根回しをせねばならない。
 やることは山積みだった。弱音など、吐いていいはずがなかった。

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