武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

5話 三匹の猟犬Ⅵ

 ハウンドの出自を語るとき、とある少女について話さねばならないだろう。
 十二歳。ロバート・クラークが初恋をしたのは思春期に入ったばかりの夏の事だった。初恋の相手は、姉であるアーリや自分と同じ髪色の、綺麗な長い金髪を持つ少女。あまりアメリカっぽくない顔立ちで、聞けば日本からの移民だったとの話だ。
 まだ人の少ない朝の公園。そこに、彼女は手持無沙汰そうにジャングルジムに寄りかかっていた。涼やかな服を着ていて、そのデザインが何となく珍しいとロバートは思った。日本とアメリカのデザインの違いだろう。だからなのか、気付けば足が向かっていた。
「ねぇ君、一緒に遊ばない?」
 当時社交的で明るかったロバートは、朗らかに声をかけた。その場には男の友達もいなくて、ちょうどいい機会だったというのもある。けれどきっと、どんな障害があってもどうにかこうにかして声をかけていたのだろう。
「えぇ!」
 少女はまるで、ひまわりのように笑った。その所為でロバートは、一目ぼれする羽目になる。




 ハウンドは、銃の整備をしていた。
 コンクリート詰めの狭い部屋。だが、銃や各種兵器の保管用ロッカーだけは最新式の物々しいものを使っていて、それ故にただでさえ狭い部屋がさらに狭くなっている。
 ここが、ハウンドに与えられた本部の個室だった。酷く武骨で、他の幹部たちと比べるとあまりに生活臭がない。というのも、ハウンドが武骨でいいから誰も入らない部屋を、リーダーである白羽に注文したからだ。そのため、部下が多寡は問わず尋ねてくる他の幹部たちと違って、見栄えや愛想を考慮していない。
 その中心に座り込んで、ハウンドは黙々と銃の汚れを取るのに精を出している。いくつものパーツに分けたうえで目の前に並べ、その一つ一つを手に取ってオイルを吹き付けたり、煤を取ったりする。
 今は、ライフル銃の銃腔内に銅ブラシをかけているところだった。銃腔内の整備は、ライフルに関して言えば肝要だ。一度錆びると何度でも錆びるようになる。錆びれば命中精度が下がる。アナグラムの計算難度が跳ね上がる。だから、念を入れてブラシをかける。
 こうやって、ただただ黙り込んで整備する時間を、ハウンドは良しとしていた。周囲に、何の音もしないというのがいい。あるのは手元の金属音だけ。シルバーバレット社の特殊銃だけがハウンドの耳を刺激する。
 そうやって沈黙を前にして、立ち上がるのは思考の細波だった。
 ウッド。奴は、ハウンドが生涯相手にしたなかでも、間違いなく一番に厄介だ。カバリストと言うだけでこちらの絶対的優位性が消えるし、その上奴の拠点を襲撃した際に現れたあの気味の悪い少女には、いくつか心当りがある。スラム街の狂気地区や、旧市街の道楽宗教家。協力者としても敵対者としてもいい思い出がない。
 例えるなら、瘴気。吸い込むだけで死を招く毒。そんな輩が、ウッドに与しハウンドを攻撃した。
 妙な大蛇も面倒だったが、アレはマジックウェポン――MW38型の対魔獣貫通弾がよく効いた。次ハウンドの前に立ちふさがっても、二秒と持つまい。しかし、続く攻撃で少女を撃ち殺したとき、内側から何かが出てくるのを感じた。――ハウンドは、あの感覚を知っていた。だから一目散に逃げたのだ。
「……」
 ブラシ掛けを終え、次にスコープのレンズ磨きに移る。そうしながら、ウッドをどう追い詰めていくかを考える。
 奴には炎を使う。だから爆薬はいくつかそろえたし、何なら一部地域を火の海に変えてもいい。けれど、白羽はウッドの死を望んでいない。彼女は恩人だ。だから、その期待を裏切ることはハウンドにとって好ましくない。
 スコープを覗き込む。一点の傷も曇りもない。出来に満足して、次に移る。弾薬の確認。ウッドに喰らわせる用の、MW2型ファイアバレット。その威力は日本人の平均的火魔法と同等だ。それを、一秒間に五十発叩き込む。
 必要なのはまずファイアバレットと、それ用のシルバーバレット社のアサルトライフルSB-3。ウッドの種類豊富な魔法を打ち破る、MW20型から始まる各種アンチマジック弾とそのためのマイクロサブマシンガンSB-6。
 ファイアバレットがアサルトライフルなのは威力重視のため。アンチマジック弾にマイクロサブマシンガンなのは、負荷が小さく取り回しやすく素早い連射が可能なためだ。
 というのも、アンチマジック弾はそれぞれの対応する属性の魔法にしか効かないため、個人利用や亜人でない多様な魔法の遣い手――つまり日本人を相手にするとき不向きなのだ。そしてハウンドはそのどちらにも当てはまる。しかしアンチマジック弾はハウンドにとっての盾、鎧も同然。外すことは出来なかった。
 そのために少しでも使いやすく、アナグラムを揃え易くと考えると、ほとんど拳銃サイズのマイクロサブマシンガンに行きつくのは必定と言ったところだろう。幼少時に手術で頭の中に埋め込んだ脳内設置型コンピュータにアナグラム計算を任せているが、何億何兆桁というほどになると発熱し、ハウンドを知恵熱に追いやってしまいかねないのだ。
 銃の整備を終えて、ハウンドは一つ息を吐いた。そして、組み立てなおした二丁の銃と弾薬を詰め込んだ何十個というマガジンを眺める。
 銃は、この二つがあればウッド相手には事足りる。あとは爆薬なり、NCRなり、ハッキングなりを駆使すればいつも通りとなる。
 だが、相手は怪人の中でもウルフマンを手玉に取るような手合いだ。もう一つ、何か欲しい。
 ハウンドは、対ウッド用装備はそのまま保管庫に収納し、自衛用のいつもの装備だけ持って部屋を出た。何人かの亜人構成員にすれ違いざまに挨拶されて、目礼のみでやり過ごしつつ、バイクに跨り建物を出る。今日も雪だと一つ舌打ち。
 対ウッドに必要なのは、火力だ。ハウンドが揃えられるそれだけではきっと届かない。届くとすれば、公的機関レベルの貯蓄が必要となる。ならば、その公的機関の介入を画策すべきだ。
 アクセルをさらに踏み込む。バイクはさらに加速する。跳ね上げ橋をハッキングで稼働させ、ちょうど斜め四十五度になったところで通過した。跳ね上げ橋をジャンプ台にしたのだ。
 バイクは時速百五十キロで宙を走る。ハウンドはアクセルをもっと強く踏み込み、タイヤの回転速度を上げる。そして、来た。地面からの衝撃。そこからのドリフト。タイヤ痕が半円を描いて熱を放つ。静止。黒く汚れた雪は、僅かに溶けたようだった。
 EVフォンでGPSから現在位置を確認し、次いで目視でここから少し離れた建物に目をやる。警察署。まずは建物と建物の間をバイクで何度か飛び越え、警察署の隣の建物の屋上まで移動した。
 この物騒な街アーカムにおいて、警察署の屋上には常に警備として、銃を持った人員が配備されている。ハウンドとはいえ、そこに何の対策も打たず飛び込むのは無謀だ。それ以上に、無辜の人物を殺すのはまずい。
 だから、あらかじめ手は打ってあった。EVフォンから、一つ連絡を飛ばす。すると、ハウンドが立つ建物よりも高い警察署の端から、こちらを見下ろすものが現れた。警察の制服を身にまとった彼は、EVフォンをこれ見よがしに表示させつつ、言う。
「番犬は飼い主のみを受け入れる」
 ハウンドもEVフォンを見せながら、そこに文字を表示する。
『猟犬は飼い主以外を狩り尽くす』
 こくりと彼は頷いた。ふいと屋上の縁から離れ、建物の高低差故に彼の姿が見えなくなる。ハウンドは懐から水筒を取り出して、中身を思い切り地面にぶちまけた。黒い、スライムのようなビジュアル。けれど、触感は実のところすべすべとしていて悪くはない。
 最近実用化され、警察署を初めとする重要施設に配備されるようになったロボット。NCRと言う名前の、鉄のスライム。持ち主の意のままに形を変え、敵を排除する。サラ・ワグナー博士と、助手のズショ・ハンニャが開発した、警備ロボットの最先端。
 その一部を五リッター分横流ししてもらったのが、ハウンドの足元のそれだった。ハウンドは精神魔法を発動し、そこから電脳魔術を経由してNCRに命令を出す。
 するりと黒鉄のスライムは動き出した。ハウンドの体を伝い、腕に貼り付く。そして、急速に伸びた。まるで糸のように細く長く飛んでいき、警察署の屋上のヘリに突き刺さる。最後に、ハウンドが電子信号の命令を飛ばして、急速に縮んだ。
 逆バンジーの要領で、ハウンドは一息に飛び上がる。
 着地。ざくりと、雪を踏み潰す音が耳に届く。次いでサイレンサー付きの拳銃を構え、周囲を警戒する。音魔法によって完全消音に至った逸品だ。しかし、無駄だったらしい。
「制圧完了」
 番犬として潜り込ませていたハウンドの部下の一人が、麻酔銃で屋上の警備の全員を仕留めていた。誰も彼もが何本かの針を体から生やして、寝息を立てて倒れこんでいる。
『いい仕事だ』
「ありがとうございます。服のデータはこちらです」
 マイクロチップを渡され、EVフォンに差し込む。指輪型の携帯はピピッ、と音を立て、電子信号を送った。すると、深い外套、目元以外を覆うネックウォーマーといったハウンドの服装が変化した。波状の電子光を放ち、警察服に様変わりする。ネックウォーマーもマスクと言う当たり障りのないものに変化し、首も長めのインナーでカバーだ。
「顔や首の傷の露出を避けることを重視しました。これでよろしいでしょうか」
『問題ない』
「では、行きましょう」
 麻酔銃で倒した連中を不自然の無いように建物に寄りかからせ、二人は警察署の中に入っていく。途端部下は先ほどの冷徹な表情を変え、人懐こい笑みを口元に貼り付ける。
「おう、屋上の警備は終わりか? お疲れさん」
「ああ! 外は寒くっていやだね。こんな雪の中に仕事させるなって話だよ」
「ははは、全くだ」
 部下は通りすがりの同僚に愛想良く挨拶を返し、ハウンドに注目をさせない。カバリストではなかったが、有能だった。足を止めずに進む。そして、扉の前で止まった。
「この先です。では」
『ああ』
 部下は踵を返し、その場から去って行った。ハウンドはそれを見送ってから、扉を開ける。
「やあ、もう交代の時間かね? お疲れさま。君たち新米にばかり面倒をかけてすまないな。だが私のような中年にはあの寒さは堪えるからね。頑張ってくれ給えよ」
 リッジウェイ警部が、デスクについてコーヒーを啜っていた。しかし、その目はこちらに向いていない。一心不乱にパソコンの画面に向いていた。恐らく亜人狩りの情報に目を通しているのだろう。
 それで何故ハウンドに今のような言葉を投げかけたのかと言えば、きっと足音でハウンドの年齢層を割り出したのだろう。リッジウェイ警部はカバリストだ。そのくらいの事はしてくる。
 とはいえ、目の前に立って何も言わない相手に違和感を覚えたらしい。奴は目線を上げ、ようやくハウンドを見た。眉根をひそめ、「……お前は……?」と疑問の声を漏らす。
 ハウンドは、EVフォンを翳した。
『久しぶりだな、ハウンド』
「――――――ぷっ」
 それを見て、リッジウェイ警部は噴き出した。腰を折り、咳き込みながら笑いを堪えている。けれど殺しきれずにけひけひと嫌らしく喉が鳴った。涙さえ浮かべて、ハウンドを見上げる。
「まっ、……ふはっ、まさかお前に、今更ハウンド呼ばわりされるとは思わなかったよ、『子犬ちゃん』。どうだね、元気にしているか?」
『世間話をしに来たつもりはない。単刀直入に言わせてもらう。ハウンド。お前にウッドを逮捕する機会をやる』
「……ほう? それは、どういう風の吹き回しかね」
 心底可笑しそうに、それでいて瞳の奥を光らせながら、リッジウェイ警部は尋ねる。
『どうもこうもない。こちらもそちらも都合がいい話を持ってきた。それだけだ』
「……ふむ。しかしな、私個人としてはウッドの暴虐にあまり関心がないのだよ」
 警部は息を吐き出して、しわがれた声と共に首を振る。コーヒーを一啜りし、肩を竦めながら言った。
「ウッドの所業は人間以下の屑ではある。だが、人間と敵対する化け物とはまた一風違う。おっと、お前は人間を裏切り化け物についているのだったか。まぁその事は、今は置いておこう、『子犬ちゃん』。つまりな、ウッドは自分以外の全ての敵で、人間の敵ではないという事だ。そんな有様に、どうにも親近感が湧いてしまってなァ。逮捕状が出ている以上動かねばならないんだが、これがまた面倒で……」
『別に、お前に協力しろと言うつもりはない。奴が現れるという情報をお前に渡せば、お前はそのために動かざるを得なくなる。そこにハウンド、お前が居る必要はない』
「……なるほどなァ、魂胆が見えて来たぞ? いいさ、乗ってやろうじゃないか。私は出ないが、部下や機材は出してやる。それで構いやしないだろう?」
『そう動くなら、都合がいい』
 EVフォンでそう伝えてから、メモ書きを渡す。『明日の正午、ミスカトニック川を横断する橋の一つに、ウッドが現れる』と記されている。それをちらと見てから、リッジウェイ警部はメモをごそごそとポケットにしまう。
「ではな、『子犬ちゃん』。余計な情報をありがとうよ。これで我々治安を守る警察は、ウッドという凶悪犯罪者の逮捕に向けて動き出さなくてはならなくなった。それについて感想は?」
『お前をこちらの思惑通りに動かせるというのは、いい気分だ』
「……ははっ、嫌われたものだ」
 最後に見せたハウンドの感情に、リッジウェイ警部は瞬間虚を突かれ、最後に笑った。ハウンドは警部に背を向けて部屋から出る。角を曲がったところで部下と合流し、侵入したときと同じ具合に脱出した。
 バイクを走らせながら、ハウンドは計算する。ウッド捕獲までの、確実なアナグラムを。

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