武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

5話 三匹の猟犬Ⅴ

 アーリの家は、来るまでに話した通り、旧市街の中でも上等な家に住んでいた。屋敷と呼べる程度には大きな家が前で、家に入るとシックな絨毯が敷かれている。
 先ほど何でもするといった手前、アーリはウッドを歓待しようという心づもりらしかった。だがウッドにとっては無価値であるため、早々に辞退する。それよりも、ハウンドをしとめることに頭を絞れというと、期待を膨らませたのか熱に浮かされたような顔でこくこくと頷いた。
 とはいえせっかく座り心地の良さそうなソファがあるのだ。ウッドは遠慮することはせず、一等高級そうなそれに深々と座る。それに対面する形で、アーリが座った。
「……それじゃあ」
「ああ、いや、少し待て。実はこの場にはもう一人心強いご意見番がいてな」
 笑いを堪えるような声色のウッドに、アーリはキョトンと首をかしげる。ウッドは自分の鞄を手元に引き寄せ、その中身を取り出した。
 いびきを立てるウルフマンの頭が、アーリの眼前に晒される。
「ッ……」
「ほぅ、悲鳴を堪えるか。なかなか骨のありそうな女だ。だがこいつほどではないな。あれだけ激しくやりあった横で寝るだけのクソ度胸とは、ウルフマンもなかなかやる」
 ほら起きろ、と二人の間の四角い机に置いて、中指でその頭頂をトントン叩く。すると「んだよ……」と寝ぼけ眼を開き始めるウルフマン。その視線が少女を捉え、アーリは「えっ、……えぇ……?」と声を漏らす。
「……ん? え? 何でアーリの姉ちゃんが俺の前に……。いやちょっと待てよ。おれ今生首だったよな?」
「おはようウルフマン。目覚めはどうだ?」
「どうだ? じゃねぇってやばいだろ! おいウッド! おれの姿をさらして不利になるのはお前……、あ、それならいいや」
「だが生憎と、彼女は新しく俺の手伝いをしてくれることになった人物でな。だから一応お前の事も話しておこうと思ったまでだ」
「……そうかい」
 不機嫌そうな顔で、ウルフマンの生首はテーブルの上で鼻を鳴らす。それとウッドとの間で、アーリは不安げに視線を右往左往させた。「あ、あのさ……」と尋ねて来る。
「こ、これウルフマン、だよな? あの、数日前にウッドに殺された……」
「ふむ? あのやり合いを見ていたのか、お前。まぁ、それはいいとして……死んでいないだろう? 現にこうして、流暢に会話している」
「というと……、あの『ハッピーニューイヤー』と同じ原理か」
「……本当に、察しのいい奴だ」
 アーリの頭の回転の速さに、今度はウッドが期待する番だった。それに、ウルフマン戦を見ていたというのは耳が早いどころの話ではない。今すぐ戦場カメラマンになれるだけのバイタリティだ。僅かにククッと肩をゆすり、「では早速本題に入ろうか」と持ち掛ける。
「アーリ。弟たるハウンドを追い続け、研究してきたお前に聞こう。お前は、俺がハウンドを攻略するとすれば、何が武器になり、何が障害になると思う?」
 身を乗り出した怪人の問いに、アーリはしばらく俯いて考えた後、こう答えた。
「ロバート……。ハウンドは、銃火器の扱いはうまいけど、魔法は日本人以下だ。せいぜい雷魔法、だっけ? の加護を友達から受けてるくらい。だから、素の状態で向き合えばまず間違いなくウッドなら勝てるはずだと思う」
「素の状態なら、か。となると、今はそうではない、ということだな」
「ああ、……あいつは多分、ウッドの情報をかなり揃えてる。『ハッピーニューイヤー』の件とか、その前もウッドは結構はしゃいでただろ?」
「そうだな、否定はしない」
 もっとも、それを知りながらウッドを協力者に選ぶあたり、アーリもウッド好みの狂い方をしていると言わざるを得ないが。
「あいつは情報を集めるのと使うのがうまいんだ。このアーカムの細かい勢力図をすべて頭に叩き込んでるし、それを利用して労せず共倒れを仕組んだりする。インフラのネット回線にハッキングして、それを乗っ取ることだってできる」
「……ハッキングか。今までに居なかった手合いだ」
 流石は三百年後の世界といったところ。イギリスの騎士学園は意図して旧態依然としていたところがあるが、それを加味してもアーカムからは世界最先端を感じさせられる。
「だから、まずはあいつの山ほどある手札を消費させていくことから始めるべきだと思う。ハウンドはこの町を戦場にする限り、かなりの優位性があるから」
「短期で決着をつけるのは諦めろということか?」
「そうなる。あいつはネタを一定数確保した場所じゃないと現れないと思うから。むしろ、相手に短期間で決着をつけさせなければ、常に一定の戦力を持つウッドの勝利に落ち着くとアタシは見てる」
「とのことだが、同僚にして友人たるウルフマンの見解はどうだ?」
「……何というか、さすが身内って感じだな。ヒルディスさんがまったく同じことを、本人に昔言ってた気がする。おれも家から姿消してたら婆ちゃんもこのくらい調べてくれて、ついでにボケの方も治ってくれたり……すればいいのになぁ」
 机の上で、首だけのウルフマンがしみじみと目を細めた。彼の家庭事情を知っているウッドは、肩を竦めるだけで聞き流す。
「では、今後の方針を立てるとすれば」
「――ハウンドは、基本的にアーカムでならどこでも戦えるし、何処でも不利になったとき離脱するだけの用意がある。アタシなら、それを潰すね。とりあえず、脱出能力を封じればあいつはじり貧だ」
「つまり、まずはボロボロになるのを覚悟で戦えという事か?」
「……そう、なるのかね」
 微妙な顔つきで、アーリは首をかしげている。彼女はウッドを過大評価しているらしい。だが、先ほどの戦闘で復活に数秒要するほどの怪我を負わされたのだ。ウッド自身が把握していない弱点を抑えられている可能性も否めない。
 言い換えるなら、情報戦においてウッドは負けこんでいるのだ。素直に戦えば、そう低くない確率で無力化されかねない。それを打破するには、何かしら一つ妙案が欲しい。
「……まぁいい。それは後々考えよう。礼を言うぞアーリ、お蔭で何となく方針が見えた。俺はしばらく考え事をするから、部屋を用意してくれ。暇ならそこのウルフマンと歓談していてもいいぞ」
「えっ、おい。置いてくなよ! 一回も会ったことなかった親友の姉貴とか本気で対応に困るから止めろ!」
「ハハハ。さて、ではアーリ」
「ああ、こっちだ」
 アーリに連れられ、ウッドは歩いていく。ウルフマンは机の上で、「ったく……」とため息をついた。









「それで、どうだった? 初めて直接、ウッドとやり合った感想は」
『悪くない手ごたえだった。だが、しぶとい。小手調べとはいえ、仕留められるなら仕留める気で行ったのに、恐らく奴はろくなダメージを抱えていないだろう』
 ARF本部の会議室。白羽の問いに、ハウンドは電子音声で答えた。部屋はお互いの影がうっすらとしか見えないほどに暗い。その代りに、部屋の大幕で先の戦闘の映像が流れている。
 今はちょうど、シャッターを下ろして水素爆撃を食らわせた時の記録が映されていた。その映像の反射を受けて、白羽の白磁のような頬がテラテラと赤く染まる。
「……これを見る限り、確かに、ウッドには爆発が効くね。でも十秒以内に元通り」
 映像の中で、飛び散ったウッドの肉片がスライムのように動き、主の元へ戻っていく。その速度はなかなか速く、スライムと言うよりは水銀を磁石で誘導して移動させているような感じだ。
「これじゃあ捕獲なんて出来たものじゃないね。殺すのもやり方が分からない」
『ヒルディス副長からの報告書にも、そんなことが書かれていた。奴を無力化するには、一つ五CCほどの肉片に分けて個別に金属など硬いもので拘束するくらいしなければ、と』
「恐ろしく面倒な話だね。あの回復能力をどうにかできないのかな。アイちゃんのナイフに塗ってる毒も無力化されたとかだし。あれって多分毒魔法を使ったのかな?」
『ウッドは日本人にしても魔法親和性が非常に高い。魔法で説明できるなら、それ以外の理由は考えるのも面倒だ』
 ウッドを捕らえたい白羽としては、その多様な強さははっきり言って絶望的の一言だ。暗闇の中、シン、と静寂が下りる。それを破ったのは、彼女自身の漏らした笑い声だった。
「……ぷっ、ふふ……うふふ……」
 白羽は映像へ目を向ける。その瞳には隠し切れない喜色が見え隠れする。彼女は「戻って」と声によるリモートコントロール機能で映像を巻き戻し、「止まって」と停止の指示を出し、「ウッドの手元の画面を拡大」と機械に命じる。
 ヴィジョンいっぱいに映し出される、爆発を受けた直後のウッドの手首。拡大されて、初めて目視できるようになる情報があった。
「――ウッドは、謎に包まれていた。だから私たちARFは苦戦した。けれど、もう一週間も絶えず戦い続けている。優勢になったときのデータは、ウルフマンのおかげでほぼ手元に集まってる。その対策も出来つつある。あとは、劣勢に回った時のデータ。ウッドの弱点とは何なのか。……ハウンド、ありがとうね。また一つ、私たちはウッドの弱点を見つけられた」
 白羽の視線は、ただ一点にのみ注がれていた。きっとウッドも気づいていないだろう、ちょっとした外傷。地面から立ち上る小さな炎が、ウッドの手元に触れている。
「そのまま再生」
 拡大されたまま、再び映像は流れ出す。炎の小さくはぜる音や、ウッドの感覚の麻痺した様な独り言。その中で小さな炎は、ウッドの手首を焼いていた。焼かれた部分はだんだんと黒く炭化していき、数秒後に剥がれて落ちる。
 焦げ落ちたそれは、他の肉片とは違い動き出す様子がない。
「――これは、ウッドに炎が効くことの証拠。だから爆発が一番有効なんだ。炎を纏う攻撃は、ウッドの体組織を無能にする。そうなった部分を斬り捨てないと、くっついて再生できない」
 白羽は、振り向いた。そして、ハウンド、と名を呼ぶ。
「次は、安全パイを確保しつつ全力で仕留めに行っていいよ。あなたが全力を出せる場所で、ウッドを呼び出すの。十中八九ウッドは乗るよ」
 白羽は、天使のような笑みを浮かべて続ける。
「だから――やっちゃえ」
 命を受けて、ハウンドは一度頷いてその場を去って行った。自動ドアが閉まるのを見送ってから、少女は椅子に深々と座る。
「……総ちゃん。私、何言ってんだろうね」
 ぽつりとこぼした言葉を、白羽は噛みしめる。苛立ったように彼女は立ち上がって、その場を足早に去って行った。
 残るは、暗闇とウッドの分析動画を内包する会議室。本来なら、白羽が出て行ったことでセンサーが無人を察知し、すべて消灯されるはずだったのだ。
 けれど、依然として画像は闇を薄ぼんやりと照らしている。そこで、影が動いた。
 いつ現れたとも知れぬ影である。それが二つ。一つは、とても小柄だ。年齢が二桁にも届いていない少女のような華奢さが感じられる。もう一つは、曖昧だ。大きいような、小さいような、自らの姿を変幻自在に変えられる存在が、その体の形を決めかねているような雰囲気がある。
「中々、双方順調のようだね。前回みたいなボク好みのお遊びもいいけれど、やっぱり知略巡らせる戦いの方が見ていて――いや、手を出していて楽しいよね」
「漁夫の利、と言うのはアメリカの諺で会っていたかしら?」
「残念、それは日本の諺だね。アメリカ風に言うなら、二匹の犬が骨のために争っているところを、三匹目の犬が持ち逃げする、ってところかな」
「人間の文化と言うものは面倒ですね。いちいちそんな細かい事を覚えていられませんよ」
「嘘つきなよ。一瞬で覚えた癖に」
「うふふ、人間でいう『ウィット』というものを実践してみたのです。どうだったでしょう」
「さぁね? 少なくとも、今の冗談は人間相手には伝わらないからそこのところを何とかした方が良いかも」
「そうですか……」
 曖昧な影が、不満そうに息を吐く。すると小柄な影の方は――ナイは「大丈夫だよ」と肩を竦める。
「君には腐るほど時間がある。何せ、ボクが失敗したとき用のバックアップとして、因果律を弄って過去に生まれなおすんだからね。まさか人間の化身たるこの身で、精神体なんてあやふやなものの案内を務めるとは思わなかったよ」
「そうですわね。それに、わたくしとてあなたが失敗なさらなければ、自分を人間だと思い込んだまま人間として生を受け、人間として死に再び彼の元に戻るだけですもの。むしろそっちの方が気楽で良さそうですわ。やることと言えば遊びほうけるだけでいいのですから」
「やる気満々のくせによく言うよ。ボクは知ってるんだよ? 君が『そういう風に』設定されてるって」
「バレましたか」
 茶目っ気たっぷりに嘯く曖昧な影に、ナイ表情を消して頷く。
「人間とのコミュニケーションはほぼ万全に近い状態だね。じゃあ、その辺の都合の良さそうな人間の人生乗っ取っておいでよ。信号が出たら勝手に目覚めるんでしょ? それまでは勝手に自由と享楽に勤しんで来ると良い。それに、うまくいけば君は目覚めないかもしれないしね。――ボクは君に、この仕事を任せる気はないから」
「そうですね。人間と言うものは、幸福感を抱けるように設計されていると聞きますし、楽しめるだけ楽しんで来ますわ」
 曖昧な影は、そう言って少しずつ存在を薄くしていき、ついには消えた。ナイはそれを欠伸と共に見送って、「さて」と悪戯っぽく笑う。
「準備だけは進めておかないとね。ふふ、楽しくなってきた」
 まずは、あの人たちを誑かしに行こう。ナイもまた、呟いて居なくなる。

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