武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

5話 三匹の猟犬Ⅲ

「あんだけの大惨事がモノのみごとに元通りっていうのを見るとよ、悔しいけど人間ってすげぇなって思っちゃうんだよな」
「ああそうだ、人間は凄い。群れることでここまでの繁栄が可能なのだと、人間以外の全てを圧倒している」
 『ハッピーニューイヤー』を貼り付けたビルは、すっかり人々の手によって元に戻っていた。ウッドは適当なバッグに詰め込んだウルフマンと雑談を交わしながら、あてどもなく朝焼けの中を彷徨い続ける。
 吹雪は止み、積もった雪が日を照り返していた。ひんやりした空気が、毛皮を持つウルフマンには心地よい。一方ウッドは、暑かろうが寒かろうが、脅威でなければ黙殺である。
「しかし、面倒なものだな。大丈夫だろうと高をくくって数日ホームレスをしていたが、やれ身の程知らずの不良少年やら、やれ考えなしのギャングやらと突っかかってるものが多く参ったものだ」
「思い出させんなよ……吐いちゃうだろ。聞きたいんだけどさ、何であんなに残忍に人を殺せるんだウッドは」
「やはり家は必要だな。さて、何処から調達したものか……」
「話聞けよ」
 不服そうな狼を、仮面のない木面は完全に無視する。そうしてまたひたすらにアーカムを練り歩き、ふと再び雑談を交わすなどして数時間。ウッドはぴたっと立ち止まった。
「……探せばあるものだな。機会というものは」
「は?」
 場所は打って変わって旧市街。ビルなどの少ない古き良きアメリカを感じさせる地域。レンガ造りの多いここ一帯は、独特の情緒があって歩くのが楽しいのだ。
 そこで、知った顔を見つけた。不良少年みたいな恰好をした、金髪ツインテールの長身。以前と変わらずに、胸元が健康的に押し上げられている。
「ん……? あれ、あの女の子見たことあるような……」
「知らないのか? 彼女は、ハウンドの姉だぞ」
「マジかよ。話には聞いてたけど、あんな美人さんなんて聞いてないぞ」
 ぱちくりとバッグ隙間から覗く目を瞬きさせるウルフマン。気になって、ウッドは尋ねる。
「ハウンドとは親しいのか?」
「割とな。けっこう前にあいつが喉元掻き切られるまでは、マナさんとかシラハさんも一緒によくカラオケ行くくらいの仲だった。最近はお互い忙しくって全然一緒に遊べてなかったけど、たまに会うとあいつの持ってるEVフォンで結構話すんだ」
「随分仲良くやっていることは分かったが……、喉元?」
「傷があるんだよ。仕事でやらかしたとかでさ。それをロバート――じゃねぇ、ハウンドは、いつもネックウォーマーで隠してる。それの所為で声も出せなくなっちまってな。手術で治らないわけでもないんだけど、あいつ『そんな暇はない』とか言って」
「うん? 本名はロバートだと聞いているが」
「その名前は捨てたんだと。色々あんだよ、あいつにも。変わってないのは、『敵は皆殺しスタンス』だけだ。どれだけ忠告してもあれだけは直らねぇ」
「なるほど。ではウルフマン。しばらく黙っていろよ?」
「ちょっ、お前まさか」
 バックのチャックを完全に閉めて、ついでに音魔法で狼を沈黙させる。そして、総一郎を装って近づいていった。
「や、久々だね、アーリ」
「ん……? おぉ! ソウじゃん! 元気だった?」
 愛想良く手を振ってくるアーリ。以前会ってから数週間経っていたが、すぐに言い当ててくるあたり覚えはいいらしい。
 彼女も冬というだけあって暖かそうな服だった。厚手のパーカー。そのフード部分を、野球帽の上から被っている。それだけでもなかなか厳ついのに、背中に大きな髑髏というのだから、アーリの不良スタイルに季節は関係ないようだ。
「いやー、やっぱあいつ何処いんのか分かんないったらないな! 流石はARFっつーか、むしろウッドの情報ばっか入ってきて辟易してるよ。そっちはどんな具合?」
「え、ああ、あいつっていうのは弟さん――ハウンドの話だっけ。っていうと、うん、こっちもなかなか難航してる」
 確か、アーリは弟であるらしいハウンドを探していたはずだ。それをして、姉を探していた総一郎を仲間扱いしていたと記憶している。そのことを思い出しながら、ウッドは相槌を打って会話を広げる。
「ただ、一応俺の姉がARFに加入してるってことだけはちゃんと掴んだよ。それ以外はお手上げってところかな」
「そっちもそんなもんだよなぁ……。おし、ここで出会ったのも神の思し召しってな。アタシの方が年上だろ? コーク奢るから付いてきなよ」
 気軽に誘ってくるアーリ。ウッドには、頷かない理由がなかった。快諾し付いていく。
 彼女が向かう先は、近所のスーパーのようだった。そのため、二人は車一つ通らない車道を我が物顔で進んでいく。歩道は雪が数十センチ規模で積もっていて、しかも凍っているため碌に歩けないためだ。対して車道は積もっていない。噴水式に出る水が、雪を解かすのである。
 ウッドは総一郎の口調で、歩道にうず高く積もった雪道を見ながら呟く。
「雪かきとかする人っていないのかな」
「ウッドが怖いんだろ。何せあれだけの事件を起こしたんだ。それが捕まってないんだから、よほど困窮しない限り外出なんかしないよな」
「そういうアーリはどうなのさ」
「アタシはウッドの情報を持ってるしな。ウッドが出るのは繁華街で、旧市街じゃない、ってな具合でさ。ついでに言えば、困窮もしてる。いやぁ、冷蔵庫開けたら空とかビビるじゃん? 配達サービスも諸事情でアタシの財布には厳しいし」
 サービス産業が三百年前に比べて随分と進んだこのご時世と言えど、みんながこぞって外に出たくないとなれば、際限なく需要が高まるというもの。その所為で釣り上がった値段に、嫌がおうにも外出せねばならない人も、アーリよろしく存在するということか。
「ま、そのお蔭でスーパーで売ってる野菜とかめっちゃ安くなってるらしいけどな。一人暮らしの身としては助かるぜ」
「一人暮らしなんだ」
「そうそう。親もいないわ弟は家出してるわで、だだっ広い家はアタシ専用なんだ。知ってる? 固定資産税とかいう、『デカい家持ってんだからいい暮らししてんだろ? じゃあ税金いっぱい払えるよね?』とかいうギャングみたいな論法の税金。アタシその所為で意味もなく苦学生だっつーの」
 ケッ、とアーリは歩道端へ近づいて、思い切り雪を蹴り飛ばす。しかし威力が足りなかったのか、雪は砕けず、それどころか彼女は表情を引きつらせて「おぅっ、おぅっ」とぴょんぴょんつま先を抱えて跳ね始める。ウッドはアシカを思い出した。
「元気だね、アーリは」
「うっせぇ痛い! いや、本当に痛いよ……、ああ……くそ、今度ここに来るときはスキー靴履いてきてやる」
 あの装甲のような靴での一撃粉砕を考える程度に、深い恨みを抱いたらしかった。
 そんな風にして、とりとめのない会話を続けながら歩く。そうしながら、言葉の節々から読み取れるアナグラムを突き詰めていく。大体、アーリの人となりの半分程度だろうか。そこまで解析したところで、スーパーに着いた。
 まず彼女は近くの売店でコーラを二つ買って、一つをウッドに投げてよこす。そのままカゴをだしてカートに乗せ、二人でガタガタと引いた。
「……何百年経とうとも、この辺りはさして変わらないな。――いや、ちょっと待て。これは鉄ではないのか……?」
「ん? どしたソウ」
「あのさ、アーリ。変な質問で悪いんだけど、このカートの素材って何?」
「んぇ? 確かに変な質問だな。鉄……じゃないっけ。確かアルミニウム合金とか授業でやってたような」
「え、それじゃあ少し脆すぎない?」
「あー! それそれ! 言ってた言ってた。確かそれ対策に新しくニッケル混ぜたんだよな。ウチの科学の先生熱弁しててさ、その様がおっさん可愛いって友達の間で話題になってたんだよ」
「ニッケル……ああ! B2クリスタルね! そういえば聞いたことあるなぁ……。そっか、とっくに実用化して普及してたのか。流石、三百年もするとこういう細かいところも変わるもんだね」
「うん? 三百年って?」
「ああ、うん。亜人が現れたのって大体三百年前じゃないか」
「あーはいはい。しっかし、はは、さっきのソウ面白かったな。『ああ! B2クリスタルね!』って。理系オタクかよ、ははは」
「実はそういうケがちょっとあったり」
「へぇー、ちょっと新鮮だな。アタシの周りにはいなかったタイプだ」
「周りの人って、どんななの?」
「技術は使ってこそ意味があるっ! みたいな奴らかね。ま、アタシもなんだけど」
 にひひっ、と少年っぽくアーリは笑う。次いでコーラのプルタブを起こして、一口ごくりとやる。頭が傾いて、金髪の鮮やかなツインテールが揺れる。その首は白く、いやに細い。 一瞬彼女らしくないと思って、違うと考えた。彼女らしくないのでなく、少年らしくないのだ。
 少年の姿をした少女。ウッドは思考する。彼女の、ハウンドに対する有用性を。
「おっと、ソウ。ぼやっとしてる暇はないぜ? ここから怒涛の買い物タイムが始まるんだ。お前にはきっちりコーク代の分は働いてもらう。覚悟はいいな?」
「なっ、……謀ったね?」
「ふっふっふ。バレちゃあ仕方ない。だがもう手遅れだ! ソウもすでにコークに口をつけ……てない」
「あ、ごめん。時期のがしてた」
「も~! アタシが開けたタイミングで開けとけよなぁ!」
「そのタイミングで適当に『乾杯』とでも言っておけばよかったんじゃ」
「ソウ……。お前、天才か?」
「アーリ……」
 どちらも妙に悲しい顔。ウッドは肩を竦めてコーラを喉に流し込む。
「それで、何をすればいいのかな」
「……ははっ、じゃあアタシに付いて来い!」
「了解、ボス」
「ははは!」
 ウッドの総一郎めかした冗談が気に入ったらしく、アーリは上機嫌で歩いていく。その時、彼女の足元にカランコロンと硬質な音を立てて缶が転がった。
「ん? 蹴とばしちゃった?」
 言いながらアーリは拾おうとする。ウッドは、それに先んじて言った。
「いいや、これは投げ入れられたものだよ―――――――だろう? ハウンド」
 缶から大量の煙が吐き出される。それにアーリは「うわっぷ!」と驚いてひっくり返り、ウッドはその背を支えて空間魔法の防御壁で彼女を覆う。
「身内に接触してこれだけすぐに反応されれば、あまりに分かりやすいというものだ。有用ならば、人質確保がてらに守ってやるさ」
「そ、ソウ……? いったいどういう事なんだ? それに、ハウンドって……」
「すまないな、アーリ。俺は、一つ嘘をついていた」
「は……?」
 彼女を地面に座らせつつ、ウッドは顔を手のひらで覆い、そして晒す。現れるは木面。奇怪に笑う、ウッドの代名詞。
「俺は、ソウではない。今まさに、ハウンドと争うウッドなのだ」
 ひとまず、小手調べと行こう。ウッドはにたりと笑って、魔法を周囲に展開する。

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