武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

5話 三匹の猟犬Ⅱ

 襲撃が為されたのは、その日の夜だった。
 ARFとの見敵を望んで、ウッドがマンションから出て行って一時間。ウッドがいないと知りながらもふらりと帰ってきたナイに、白羽は嫌気が差す思いをしていたときのこと。
「……ん?」
 ナイはいつものニヤニヤを消して、きょろきょろと周囲を見回した。そして眉をひそめて、じっと扉の向こうに目をやっている。
「何? 思わせぶりなことをやってからかおうとしても、いまさら無駄だからね」
「え? ああ、うん。ちょっとごめんね?」
 白羽の苦言を半ば無視して、ナイは扉に近づいていく。白羽は怪訝な顔でそれを見つめていた。
 その瞬間だった。
 その一室の玄関扉が、まるでナイを狙い打つように爆発で弾け飛んだ。煙が玄関を覆い、その中から扉に強く打ち付けられたナイが数メートル飛んで転がった。すぐに体勢を立て直すも、煙の向こうの襲撃者は容赦をしない。銃弾が少女を狙い撃ち、その内防ぎきれなかった数発がナイを無力化する。
 煙から現れたのは、たった一人だった。小柄な少年。帽子とネックウォーマーで顔を隠した、眼光の鋭い者。ハウンド。白羽はそれを見て、張り詰めた緊張を緩めた。
「相変わらず激しいなぁ。もっとスマートに助けに来てよ」
 ハウンドはその軽口に何も返さず、ただ白羽の手を取った。ついでマンションのベランダに繋がる大窓を自動小銃で粉々にし、彼女の背中をぽんと押す。
「え、ちょっと待って? 飛び降りろとか言わないよね」
「行かせないよ、白羽ちゃんはウッドの大切な人質なんだから」
 ハウンドは弾かれたように声の方角を見る。ナイはすでに怪我を治癒し、その背後には、どうやって召喚したのか翼の生えた大蛇が二体、ハウンドに獲物を見る目を向けている。
「ここに触れてこないから見逃してたのに、手を出しちゃったんだもん。生きたまま食べられたって仕方ないよね?」
 幼い声と共に、ナイに呼び出された化物二匹はハウンドに襲い掛かった。それをして、少年は手に持っていた自動小銃を外套の中に隠し、サブマシンガンを取り出す。
 ――自動小銃ことアサルトライフルは、銃身が長く安定性がある代わりに、長物故の取り回しの面倒くささがある。それは室内によって顕著になるのだが、一方でサブマシンガンは逆だ。銃身が小さく、安定性よりも取り回しが重視されている。
 故に、狭い室内ならばサブマシンガン、とハウンドは決めていた。
 銃弾が化物に向けてばら撒かれた。調度品が砕け、電燈が割れて部屋が闇に包まれ、内装が一息に滅茶苦茶になる。だが、怪蛇はモノともしない。玉は全て、その強靭な鱗に弾かれていた。そして二匹の挟みこむような一撃。ハウンドは跳躍からの前転で間一髪潜り抜けつつ、マガジンの種類を変える。
 再びの一斉掃射。化物は怯まない。銃口の先にはベランダに出された白羽もいたが、彼女は怖がるどころか欠伸をかましていた。そして文句ありげに、さっさと終わらせろというような視線を向ける。
 怪蛇はもう一度食らいつく。これも飛ぶようにすり抜けるが、とうとうその巨躯が邪魔をして逃げ場がなくなった。ナイは意地悪く嘲笑う。
「残念だったね。ウッドなら殺さなかっただろうけど、ボクはそんな約束してないもん」
 化け物は最後とばかり少年に襲い掛かった。しかしハウンドは、焦らずに最後にもう一度マガジンを変える。そして、引き金を引いた。
 マズルフラッシュが部屋の暗闇を瞬間照らす。化け物の肉が爆ぜる。文字通り蜂の巣のように穴だらけになって、全身を四散させ、二匹は息絶えた。
「……おや?」
 ナイはきょとんと首を傾げた。「今まで効かなかったのに、何で?」と困惑のあまり半笑いを浮かべている。それを、ハウンドは情けをかけずに銃撃で仕留めた。五・六発の弾丸は彼女の腹部や頭部を貫いて、少女の形をした邪神は動かなくなる。
 そして、彼女は“割れた”。
 ハウンドはわずかに目を剥いて、すぐさまに反転した。「あ、ヤバい」と白羽は、隠しもせずに危険を訴える。少年はしばし逡巡したが、結局そのまま白羽のいるベランダまで戻って彼女を突き落とす。
「えっ、いやっ、やぁぁぁぁあああああああああ!?」
 現時点では翼を広げられない彼女は、素直に叫びをあげて落ちていく。それに、少年は続いた。塀を乗り越えて地面に落ちる。高さは七階。常人ならば死にかねない。
 当然、対策は打ってあった。
 ハウンドは地面に垂直に落ちることで、体を水平に落下する白羽に追いつく。次いで、彼女を抱えてパラシュートを開いた。減速し、辛うじて人の死なない速度になる。だが、脅威は上から迫ってきていた。“ナイの成れの果て”に気付きながら見ないようにして、ハウンドはEVフォンから合図を出す。
 落下地点に、それは来ていた。自動操縦のバイクとそのサイドカー。ちょうどよく白羽はサイドカーに、そしてハウンドはバイクに着地した。ハウンドの背中にパラシュートは勢いよく収納され、彼らは走り出す。脅威は続いて地面に降り立ったが、彼らの背中はとうに遠ざかっていた。
「痛ったぁ……! 落ちる時、お尻打ったぁ!」
 鈍痛に唸りながら、白羽は涙目で自らの臀部を撫でた。そして十分にウッドの拠点から離れた高速道路を進み始める。痛みを引いたところで、少女はジトッと少年を睨んだ。
「ひとまず助けに来てくれてありがとう。……で、一つ物申したいんだけど」
『何だ』
 素早くEVフォンに打ち込まれた文字が、そのまま合成音声として読み上げられる。
「ウー君忘れてない?」
『……余裕がなかった』
「本当に~? 忘れてたんじゃないの~?」
 ブロロロ、と音を立ててバイクは走る。自動操縦機能以外は旧式だった。ハウンドのこだわりだ。「愛ちゃん怒るだろうねー」という白羽の声も、かき消してくれる。話を逸らすべく、少年は問うた。
『――解放された気分はどうだ?』
「……やっと帰れるっていうような、それでいて目を離すのは凄い心配なような。でもどうせ私何も出来ないしね。本当、――お姉さん失格だよ。そういう意味じゃ、ウー君だけが残るっていうのは一周回って良かったかも。口出すだけなら、頭さえあれば出来るもの」
『帰ったら、お前にしかできない仕事がいくつもある』
「分かった、心の準備しとくよ。遅くとも、ウッドとハウハウが戦ってるうちに、全部片付けとくから」
 白羽はこともなげにそう言った。ハウンドは頷いて、バイクの速度をさらに上げる。





「……何だ、これは」
 ウッドは部屋の惨状を見て顔を顰めた。その夜は、ARFと遭遇しなかったため早めに切り上げてきたのだ。ハウンドの襲撃から、実に三十分後の事である。
「……」
 カバリスト達が最低限整えていた内装の一部、靴箱とその上の鏡が、粉々になってそこら中に散らばっている。それを窺えるのは、まず玄関扉がなくなっているからだ。ウッドはしばし警戒した後、一歩踏み出す。
 ぱきり、と音が鳴った。靴箱の残骸が崩れ、あるいは鏡の破片が砕けた。敵の気配はない。カバラでそれをはっきりさせてから、迷わず進んだ。
 リビングの中は、まるでそこにだけ嵐が来たかのように荒れていた。弾痕が至る所に刻まれて、何もかもを破壊している。ウッドは、理解した。これが、ハウンドであると。獲物を捕らえて逃さない、猟犬の所業であると。
「……あーあ。やんなっちゃうよ、もう」
 声を聴いて、視線をやる。部屋の隅っこで、壁にもたれるようにしてナイが不貞腐れていた。唇を突き出し頬を膨らませ、如何にも不服ですとアピールしている。
「ただハウンドが来ただけなら、こうはならなかったろう。とするなら、ナイ。お前は、戦ったのか?」
「そうだよ。それで、負けた。あの子ボクの第二形態見た途端、まるで脱兎のごとくって感じだったよ。悔しいなぁ。第二形態なら勝てたのに」
「その姿は見せれば勝ったも同然だと認識していたが」
「抜かりないよね。ボクの第二形態、っていうか無貌の神の本性を、あの子は頑として見なかった。……まさか、ボクらに対する知識を持ち合わせた相手だとは思わないじゃない? ――ああ、もう! こんなに悔しいのは久しぶりだよ!」
 珍しく、ナイは地団太を踏んでいた。それを、ウッドは信用しない。彼女はこんな細かなところでさえ嘘を吐く。感情的になる場面は特に、何かを企んでいる時が多い。
「ともあれ、もうこの隠れ家は使えないな」
「そうなんだよねぇ……。はぁ、とうとうボクとウッドの蜜月も終わりか。ここ最近はずっと家にいるときは一緒で楽しかったのになぁ。他に移るとなると、そうも行かないし。……やられたなぁ」
 ちぇっ、という風に拗ねた所作をとってから、ナイはウッドに歩み寄ってきて、強く抱きしめる。
「最後にウッド成分を摂取~」
「……何度見ても、お前が俺に媚びを売るのが馬鹿らしいと思えてならないのだが」
「いいの、それで。ウッドは修羅。修羅は人を愛さない。でも、だからこそボクだけのウッドなんだから。はっきり言って、総一郎君は競争率激しすぎるの!」
「ナイ、総一郎はもう死んだだろうが。そして、死者は決して蘇らない」
「……そうだね。死者は蘇らない。ボクの手を、借りない限り」
 ナイは、つい、とウッドへの抱擁を止めて遠ざかる。次いで、いつものように邪悪で淫靡な笑みを浮かべ、言った。
「――そして、ボクの手を借りることは、破滅への大きな一歩だ。もはや取り返しのつかない、ね」
 くるりと踵を返して、ナイは玄関へと歩を進めていく。突き当りに至り、そのまま曲がれば姿を消してしまう、その寸前で、彼女はウッドに振り返った。
「ね、ウッド。お母さんから、一つ助言をしてあげる」
「何だ、ナイ」
「ウッドは、今、とても単純だと思う。それは、きっと総一郎君がしていたように深く考えないから」
「……カバラがある以上、思考に意味はないように思うが」
「それでも、考えることで見えるものはあるよ。漠然と分からなかったものが、具体的に分からないものに変わったり、他にもとある物事に対する自分の答えが、全く別物になったり。例えば、特に何とも思っていなかったはずの人が、酷く憎くなったりとか、だよ」
「……」
 ウッドが奇妙そうな顔をしていると、ナイはフフッと穏やかに笑って、「じゃあね、ウッド」と消えていく。それにウッドは肩を竦めて、「まぁ、参考程度には顧みておこうか」と呟いた。
「ともあれ、なるほど。ハウンドというのはこういう事をする輩なのか。ウルフマンとはまるっきり別物だな。……うん? ウルフマン?」
 ウッドは首をかしげて、周囲のアナグラムをさらって計算していく。その結果に僅かに目を瞑ってから、特定の位置にある瓦礫をどかしていく。
 その下から現れる、舌を出してのびる狼の頭部。乱暴に毛の部分だけで掴み上げて「おい」と声をかける。
「実際に意識を失うとむしろ舌は口の中に納まるそうだが、ひとまず尋ねておこう。置いていかれた気分はどうだ?」
「……ウッドよぉ。お前、素はあんまりイッちゃんと変わんないな? 如何にもイッちゃんが言いそうな意地悪な質問だぞそれ」
「お前は総一郎が居た頃ふざけてばかりだったから、どうしても邪険にしてしまうんだ。許せ」
「ひっでぇ! 輪にかけてひっでぇ!」
 ギャーギャーと五月蠅いウルフマンを、やはり投げ捨てようかと思案するウッド。白羽が居ない以上、余計な荷物は抱えていきたくない。
 しかし、ならばここに放置するのかと問われると、ウッドは頷きがたいことに気が付く。その時、早速ナイの言葉を思い出すのだ。
 ――考えることで見えるものはあるよ――
「……考える。ふむ、こういう時に考えるのか?」
「は?」
 自らを面倒そうな視線でもって、じっと見つめながら思案を始めるウッドに、ウルフマンはこのまま捨てられるのではなかろうかと戦々恐々。対してウッドはしばし沈黙した後、こう結論付けた。
「人質が、一人から一頭に代わっただけか。ならば、これまでと大差ない」
 ウッドは今にも落としそうな状態から、落ちにくい形に持ち替えた。「うぉっと」と声を漏らし、何の心境の変化かと、ウルフマンは訝しんで怪人の顔を見上げる。
「何だよ、結局連れていくのか?」
「ああ、お前には人質としての価値があるからな。正直脅威として認識されているというだけでも十分ではあるのだが、多少の弱みは握っておいて損はない」
「弱みっていうほどの弱みになるかは分からないけどな」
「お前を盾にすれば少なくともアイは怯む。それは大きな優位だろう?」
「あー、うん。それを本人に言っちゃうあたりウッドだよな」
「……何だ、その言い草は」
「いいや、別に? で、どうするんだよ。もうここ住めないだろ」
 そんな事はどうでもいいとばかり話題を変えるウルフマンに、ウッドはちょっと変な顔をしてから「それもそうだな」と周囲に目をやる。屋根さえあればウッドは細かいことを気にしないが、それでも既に知られた拠点に留まるというのもぞっとしない。
「確かに、移動せねばなるまい。となると、……どうすべきか」
「当てはないのかよ?」
「あると思うか? とっくにかつての家を追い出されて、ただ唯一のツテをたどってここに来たんだぞ?」
「……そうだよな。というか、今思うとここのツテがあっただけでも凄かったんだ」
「ああ。……何とも癪な話だ。奴らに感謝する日が来ようとは」
「奴ら?」
「気にするな。しかし、ふむ。仕掛けてこないのは場所から知れていないからだとばかり思っていたが、カバラの計算が甘かったか。それがARFの秘策であるのか、あるいはハウンド単体でここまで“やる”のか……。ふふ、楽しみになって来た」
 ウッドは、仄暗い笑みと共にウルフマンの頭部を抱えて部屋を出た。何はともあれ、拠点が居る。カバラと勘に従って、怪人はぶらりと夜歩きに洒落込むのだった。







 白羽が本拠地に帰ると、何人もの亜人が駆け寄ってきた。
「お帰りなさい、シラハさん!」「心配しましたよ!」「ウッドにさらわれたって聞きましたけど、大丈夫でしたか!?」「ウッドの奴、許せねぇ!」「でも怖いよウッド」「ウッドは怖いな……」
「はいはいどうどう、みんな落ち着いて。ウッドは私でも怖いから。それと、ただいま。お迎えありがとね」
 微笑んで、興奮気味の彼らをいさめる。ハウンドが白羽の奪還に成功したという報告を上げ、それがARF中に広まったのだ。深夜帯で報告してからまだ数分しか経っていないというのに、それでも二十人以上いるのだから、その人望のほどが伺えるというもの。
「日が昇ったら集会するから、仕事で忙しい人以外は呼び戻しておいてほしいの。連絡頼める?」
「喜んで! むしろ、仕事で忙しくたって駆けつける奴ばかりでしょう!」
 構成員の一人が、目を輝かせて言う。それに白羽は「いや、そこは仕事を優先してほしいんだけど……」と苦笑気味。仕事といえばARFのそれなのだから当然である。
「ハウハウ、とりあえず副リーダーのところまで案内してくれる?」
 無言で頷くハウンドは、白羽を取り巻く群衆を眼光だけで散らして先導する。幹部組でも構成員から親しまれるもの、恐れられるものがいて、ウルフマンやピッグが前者である一方、孤高かつ苛烈な戦闘で知られるハウンドは後者なのだった。
 今の本拠地のビルの中は、ひょっとすると誰でも入れそうなくらい気さくな内装で、しかも料理店や服飾店などなどがそこかしこに並んでいる。それが一階から十二階まで高く建てられ、上に行けば行くほど高級感を増していく。アーカムでも歓楽街のビルとして有数であると評判だった。
 そのうち三分の一が実際に招いた亜人差別を嫌う人間で、残る三分の二が亜人の雇用先だった。カモフラージュをする傍ら、彼らの食い扶持を確保する必要があったのだ。――そう、カモフラージュ。それは、このビルの七階より上から始まる。
 八階、ではなく七階より上と表現するのは、その一つ目が七階と八階の狭間にあるからである。四階から七階までは窓から周囲のビル街を窺わせず、八階からようやく高層ビルからの光景を楽しめるようにビルの外延をガラス窓にする。もちろん階段は排除し、エレベーターの移動のみ。そうすることで、ARFの階層の存在が誰にもわからなくなるのだ。
 そこから、一つの階層ごとに飛び飛びで計七階層ほどARFの基地となっていた。白羽が亜人たちに囲まれたのは、三階からの隠されたエレベーターより直通で上がれる、本拠地の玄関口とも言うべき場所のことだった。
 そこから少し離れた場所にあるエレベーターより、ヒルディスのいる会議室に二人は移動する。開かれたエレベーターの先にある、観音開きの重厚な扉。その前で、指紋認証をしながら白羽はパスワードを口にする。
「『私には夢がある。ミスカトニック大学の学食で、人間と亜人が大っぴらに、笑いあって食卓を囲うという夢が』」
 扉のロックがはずされる。とはいえ、魔法を扱う日本人がいるこの世では、鍵というものにさしたる意味はない。ロックの解除と共にセンサーを無効化する、侵入者を黙らせる自動迎撃システムが肝要なのだ。
 そうして、白羽は一歩部屋の中に足を踏み入れた。
 踏み心地の良い絨毯が、少女を出迎える。その奥で、巨躯の男が立ち上がった。速足で歩み寄ってきて、震える大きな手で、白羽の小さな手を握ってくる。
「よくぞ……、よくぞ戻ってきてくれました、姐さん……!」
「あはは、大げさだよ、そんな。……うん。私は戻ったよ、副リーダー」
 微笑みかけると、ヒルディスは涙ぐみさえする。そこに渦巻く感情が、純潔の亜人らしくないほどに複雑であることを白羽は知っている。
「ウー君に聞いたよ、私よりもARFを優先してくれたって。私は最悪死んでも大丈夫だからって」
「はい……」
「それに、他の人たちも言ってた。ウッドの情報を集めることに夢中で、一般人に随分被害を出したって。その上ウルフマンさえ奪われたって陰口叩かれてた」
「はい……!」
「――ありがとうね。そして、ごめん。汚れ役を全部任せちゃった。でも、嬉しかったよ。よく、ARFを持ちこたえさせてくれた。それに、ウッドを殺さないでいてくれて、……本当に、何て言ったらいいか」
 白羽は、申し訳なさそうに俯く。それを見て、慌ててヒルディスは言葉を紡いだ。
「……いえ、俺がやりたくてやったことです。姐さんが気にすることはありません。貴女は、ただ迷わず俺らを導いてください。そのために、姐さんの憂慮の種を除きにかかったまでです」
「でも、正直ウッドの相手は辛かったでしょ? ここに来るまでにいくつか映像を見せてもらったけど、アレは直接心を抉りに掛かってたし」
 それを聞いて、ヒルディスは僅かに視線を明後日の方向へやる。
「……それは、そう、ですね。かなり、来ました。その中でも、直接やりあったアイなんかは随分と疲弊してます」
「その割にウー君は平気そうだったんだけどね」
 白羽は苦笑して、肩を竦める。ウルフマンの救出までは手が回らなかったことも、報告済みだ。そのためこの話題になった途端ハウンドが僅かに体を強張らせたことを、二人は見逃していない。からかわれるように笑われ、居心地が悪そうだ。
「そんなワケで、ウッドに関してはいったんハウンドに全部任せるつもりでいます。情報はかなり出揃っている。そうなった時のハウンドは誰よりも強いですからね」
「逆に情報がなくても安定的な強さを誇るのがウルフマンの強みだったんだけどねー。ウッドの恐ろしさは、僅かな情報からその慢心を突いて精神攻撃に走る着眼点の鋭さっていうか」
『こちらの手の内が割れる前に勝負をつけろと?』
 合成音声が、二人に尋ねて来る。「そうとも言い切れないのがなぁ……」「ねぇ……」とリーダー副リーダーともに疲れ切った答え。
「ひとまず、一度直接仕掛けてみて欲しいの。その攻防を鑑みて、今後を決めようって。多分だけど副リーダーはハウハウに丸投げたと推測したんだけど」
「……姐さんは相変わらず勘が良い」
「ま、これでもARFのリーダーだし。で、ごめんなんだけど、ウッドの肉親である私が戻って来たからにはそうも行かないのは分かるよね。というか、そういう方針をちゃんと確認するために、ハウハウはまず私を連れ戻しにかかったって思ってるんだけど」
『それで間違いはない』
「だよね。ともかく、まだ何も言わないよ。私も方針だけで作戦には口を出さないつもりだし。だから、程度は任せるからウッドと一戦交えてくれる?」
『了解した』
 ハウンドはEVフォンの電磁ウィンドウを終了させ、無言で一礼してから退室する。
 木面の怪人と、文明を操る猟犬。両者の戦争の火蓋が、切って落とされる時は近い。

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