武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

3話 ARFⅢ

 登校中、銃撃戦が起こっていた。
 火薬の爆ぜる音。総一郎は日常から大きく乖離したその空気の振動に思わず身を竦ませていた。
 大きな路地だった。総一郎の前世、あの少年――ファーガスに殺された場所によく似ていた。普通なら車よりも、人通りの方が多いその場所。そこで魔法と銃弾が飛び交っていた。
「おいお前! どうやってここに入った!」
「え、いや、俺は普通に……」
 言いながら、見入っていた。不可思議な光景だった。魔法が警察官めがけて襲い掛かり、そのほぼすべてが途中で崩れ散る。その原因は、きっと彼らが使う銃弾の所為なのだろう。
 警察しか手に入れることのできない弾丸。魔法に打ち勝つ銃弾。魔法を纏う鉛玉。特殊銃の名で知っていた。しかし、正式な名前は違う。
 マジックウェポン。あまりに直球なその名前で総括される銃火器は、あまりに圧倒的に反抗勢力を無力化した。魔法の弾幕を対魔法弾で破りさり、車という障壁を覆魔法弾で敵ごと貫く。
 総一郎が追い払われる途中で、争いは終わってしまった。その中の一人が、戦闘終了の合図を放つ。
「もう終わりだ、全員ぶっ殺してやったぞ」
 しわがれた声だった。しわがれた外見だった。長くよれた白髪交じりの髪と、痩せこけた頬の持ち主だった。やせぎすの体を、黄ばんだスーツで包んだ人物だった。
 総一郎は、その人物をテレビ越しに見た事があった。特集されていた刑事だ。確か、名前は――
「リッジウェイ警部。“化け物ども”の全滅、確認終えました」
「おう、ご苦労だった」
 彼らは互いの健闘をたたえながら笑っていた。総一郎は、凄惨に撃ち殺された亜人の姿を、少しだけ視界にとらえることが出来た。そして、背中を押してくる警官の肩越しに見える、嬉しそうな彼らの姿を見る。
「……化け物、か」
 総一郎は、素直にその場を離れて行った。ムカムカしていた。アメリカにおける差別の実態を、はっきりと目にした。そんな気分にさせられた。
 それを学校でJに話す機会があった。彼は、憤然と語る総一郎に妙に落ち着いた面持ちで言うのだ。
「まぁ、何と言うか、嫌なもん見ちまったな、イッちゃんも」
「……君なら、もっと反応すると思ってたんだけどね」
「イッちゃんはこの街の新参者だ。けど、おれはここで生まれ育った。この街の常識の一つなんだよ、それはさ。もっとも、納得したつもりはさらさらないが――」
『――それでも』と続く言葉が、聞こえる様な語りだった。それに総一郎は、やるせない気分になる。
 しかし、それが事実なようだった。他の誰かに同じ話をしても、同じ新参者の仙文以外、何処か諦念の滲んだ回答が返ってくる。特に愛見は、こんな事を話してくれた。
「私も日本人ですから、結構そういうの見たんですよ~。アメリカって亜人に人権を設けてないじゃないですか~。しかも大抵危険視されてて~。だから、一緒に歩いていた友達が、突然警察官の人に『危ないッ』って叫ばれて銃殺されたりとか、そういう事も二回くらいありましたよ~。……本当、どっちが危ないんだかって、思いません~?」
 少し間延びして、冗談めかして言うのは、その傷を乗り越えたからなのか否なのか。堪らず総一郎が詳しい事を聞こうとすると、彼女は目を細めて首を振った。そこに言葉はなかった。目元を隠そうとしていたのだけは分かった。
 総一郎は数人と話すことで、今朝の出来事が肉付けされていくような気持で居た。それなりに隠された差別を見て来てはいたが、ああも大っぴらな事件は、それでも現実感に乏しかったのかもしない。
「――ああ、気分が悪いな。数日中にいいことがあるって分かっていても、胸糞悪い」
 飲み込めきれない出来事の所為で、酷く憂鬱な一日になった。終日気分の悪そうな総一郎に、気を遣う仙文が可愛らしかったが、どうにも雑な対応しかできなかったから自分から距離を取った。寂しそうにしていたが、連絡を入れるとデコレーションたっぷりのメッセージが帰ってきて、少し気分が和らいだ。
 帰ってきて、夕食時図書達にもこの事を話す。彼らは肩を竦めて、すぐに話題を変えた。触れない方がいい事なのだと、やっと分かった。そして変わった話題の事を話していると、だんだん気分が落ち着いてきた。
「図書にぃってさ、結構精神科医とか向いてるんじゃない?」
「何だ? 稼ぎが足りないから副業でもしろってか? 舐めんなよ、NCRがそろそろリリースするから、そしたら博士も俺もガッポガッポだ」
「そんな工業力があるようには見えなかったけど」
「特許でガッポ」
「ゆるキャラの語尾みたいになってるけど大丈夫?」
「……ゆるキャラって何だ?」
 まさかのジェネレーションギャップである。落語は途絶えなくともゆるキャラはなくなってしまうらしい。総一郎は愕然とする。
 必死に絵で描いて示すと、清だけが目を輝かせて「可愛い! 可愛い! 木彫りの象はやっぱりこれにしてくれ!」と食いついてきた。完全に約束の事を忘れていた総一郎は、内心冷や汗をかきながら「う、うん。じゃあ明日か明後日には渡すから」と焦りつつ答える。
 チャイムが鳴ったのは、その時だった。
 何処か、嫌な予感がした。けれど清を止める間もなく、彼女は玄関に駆けて行ってしまった。「あ、ちょっと待って」と言うが、遅い。慌てて追いかけると、前方から「いらっしゃ、あ」と少女の間の抜けた声が聞こえてくる。
「何、誰が」
 そこまで言って、総一郎は言葉を失くした。
「――どうも、夜分遅くすいません」
 玄関に立つ、数人の男たち。それを、総一郎は知っていた。もっと言うなら、今朝に見たばかりだ。
「私どもは警察です。私は警部のリッジウェイ、と申します。私の名はもしかしたら聞いた事あるんじゃないでしょうかね。少し、話をさせて頂きたいのですが、ズショ・ハンニャさんは御在宅でしょうか」

 一時間ほど、警察官たちと図書は話し込んでいた。気配を察して一階に降りると、冷蔵庫で何やら漁っている青年の姿があった。何を話したのかを聞くと、「白羽の事」と短く答えられた。「何で」と尋ねると、「知らねぇよ。けど、多分ARFの事で疑ってるんだろうな」と。
 ソファに少し間をおいて横に座りつつ、背もたれに寄り掛かって天井を仰ぐ図書に聞く。
「……亜人、だから?」
「三角。正解は、『亜人だから』『行方不明だから』『死体が上がってないから』の三つだ」
「――ああ、なるほど」
 確かに、この三つが当てはまる人物はARF加入が疑われても仕方がない。
「ま、本当にそうなら安心だけどな」
「安心?」
「……仲間がいるってのは、孤独じゃないってことだ。それだけで、人間生きていけるもんだぜ」
 図書はそう言いながら、上体とビールのプルタブを起こした。形状が三百年前と少し違うが、大部分に置いては同じだ。しかし、と総一郎は思う。
「図書にぃ、酒なんか呑むんだ。呑めない物とばかり思っていたけど」
「弱いが呑めないって程じゃない。もともと好きでもないだけだ。けど、今日はちょっと呑みたくなった。お前は? 総一郎」
「俺は未成年だよ」
「そうか、そうだな。なら、無理に呑ませるわけにはいかないか」
「多分俺、図書にぃより強いけどね。遺伝的に」
「あー、優さんもライラさんも強かったからなぁ」
 ザルだった、と彼は言う。懐かしいと、総一郎も言う。
「あの二人ってさ、酒に強い所とか、表面に出ないところで似てたよな。気が強くって、優しいとか、さ」
「気が強いのは表面に出る要素なんじゃない?」
「分かりやすい気の強さがライラさんで、静かに気が強いのが優さんってイメージ」
「あー、確かに、そうかもしれない」
 明るい母と、静かな父。しかし、二人とも何処か超然としていて、そしてどちらも我が子である白羽、総一郎を愛していた。
 第一印象では分からないが、根っこの根っこではそっくりだった。そんな夫婦だった。また会いたいと、少し思ってしまう。軽いホームシックだ。二度と叶わないという所が、何とも、何とも。
「……確かになぁ。そっくりだよ親子でさ。特に、お前と白羽なんて生き写しみたいにそっくりだ」
「……俺と、白ねえが?」
 きょとんとしてしまう。そんな事、思ったこともなかった。自分には前世があって、白羽は外見こそ似ていれど、実際には違う。彼女には、ファーガスの様な”能力“はない。もっとも、それは総一郎も同じなのだが。
 しかし、それでも図書は言うのだ。
「ああ、外柔内剛なところ。心に決めたことに対しては、シャレにならないくらい激しい所。奥深い所で高潔なところ。特定の種類の人間を、惹き付けて離さない魅力とかもな」
「……どうしたのさ。俺を褒め殺しても、何も出てこないよ」
「あと、――不安定なところ。危ういところ」
 総一郎は、息を呑んだ。少年の兄貴分は、酔った胡乱な目を向けてくる。
「そっくりだよ、お前らは。双子じゃなかったのが不思議なくらい、そっくりなん……だ……」
 そこまで言って、消え入るように彼は目を瞑ってしまった。机に置いたビールの残りは、缶の約半分である。確かに弱い、と総一郎は肩を竦めて後片付けを始めた。まず一人遊びをしていた清をベッドに寝かしつけ、ついでに眠りこける図書にタオルケットを掛ける。
 それから自室に戻ると、机の上で指輪が光っていた。――いや、アレはただの指輪ではない。安価で売買される今の世の携帯機、EVフォンだ。
 総一郎は、目を瞑る。


「ARFへの加入。それさえしていただければ、あなたの望む人物の情報を渡す準備は整っています」
 アイは、そのように言った。前回会った通り、目を包帯で塞ぎ、そして左手の中央の目でウッドを見つめている。
 瞼を落としていたウッドは、しばしの思考の末に――目を開いた。そして、問う。
「お前ら――ARFの理念は、亜人の救済だったな」
「……ええ。それこそが、私たちの悲願です」
「ならば、断る。俺には出来ない」
 アイは、その一瞬呆けたような顔をした。それから、眉根を寄せる。
「あなたは、親亜人的な考えの持ち主だと思っていましたが」
「そんな事はない。殺してもいい亜人に、出会ったことが無いだけだ。ギャングのような輩が居れば、俺は分け隔てない」
「分け隔てない、その精神性を買っているのです」
「だが、無理なものは無理だ。主義的な物でなく、能力的に出来ない。俺に、義はないのだ。高く掲げられた目標の為には動けない。俺は、この仮面を二度と被らないために、ここに来たつもりだった」
「あなたの能力は、我々の中でも上位にあたります。ファイアー・ピッグ、並びにその部下たちは、加入と共に幹部に据えてもいいとさえ言っています。それだけの強さを、あなたは備えていると」
「……くどい。何度も言わせるな」
「……そうですか」
 ウッドの言葉に、アイは理解を示さなかった。毒づきたいのを堪えるように首を振って、「それならば、申し訳ありませんが情報を教えることは出来かねます」と言った。
「報酬は、そのEVフォンという事にしてください。では」
 それだけ言い残して、彼女は闇に溶けていった。ウッドはその声色に確かな失望の色を感じ取った。
「……しかし、無理なものは無理なのだ。誤魔化した分だけ、破綻は大きくなる。滅びという物は、えてして背伸びの善意から生まれるものだ」
 ARFは、異形ではあれど善意の組織だ。ああも力強い怪人たちが、文句も言わず小間使いをやっている。指導力のあるリーダーが居るのだろう。そんな円満な関係の中に、ウッドが入り込むとすれば、それは崩壊の兆しに他ならない。
 無駄足を踏んだ。そういう事だった。次会うときは、ARFと友好的な関係ではいられないだろう。情報を集め、確信をもって彼女を取り戻しに動くとしたら、間違いなくARFと敵対することになる。しかしウッドは、ARF自体が嫌いなわけではないのだ。
 ただ、それに加えても今日は徒労感が酷かった。何もせずに帰るべきだと、そう判断した。
 その瞬間、数が大きな乱れを示した。ウッドは反射的に横に跳ぶ。そして、火薬の破裂音。
 振り向く。スラムの路地の暗がり。そこに浮かび上がったのは、見覚えのある人物だった。しわがれた人物。警察。リッジウェイ警部。そしてもう一つ、それにくねくねと追従する銀色の人型ロボットがあった。極限まで簡素なボットである。辛うじて人の陰影が取れるばかりの、不気味の谷の住民というべき存在だ。テレビで、一度映っていたのを見た。
「よく、避けられたものだな。それも魔法で防ぐなどと言う蛮行をせずに、だ。お前らのような化け物どもは、どいつもこいつも魔法頼みだと思っていたが、なるほどなァ。ウッドは中々“やる”奴らしい」
『ダから言ッタジャナいデすカァ~! 爆弾デモ投ゲ込ンで、木端微塵ニした方がヨカッタノニ「まずは小手調べだ」トカ格好付けタコト言うから避けらレチャウンデスヨ~!』
「阿呆。こいつなら適当な爆弾投げつけても避けただろうよ。そうすれば此処の路地の修理代は、私の給料から差っ引かれるだけだ。その補填にお前を売るしかなくなっちまうぞ、Pb」
『イヤー! ワタクシ働きマスかラ、売らナイデ~! ヒャハハハハハハハハ!』
 ケロケロとした耳障りな声色や、録音を交えた不愉快な会話法。ウッドは純粋にそのロボットに嫌悪感を抱き、身構える。それに平然と会話できるリッジウェイ自身の精神も疑いたくなるほどだ。
「……出会うとは思っていなかった。リッジウェイ警部」
「ほぅ? 私を敬称付きで呼ぶ怪人が現れるとは、思っていなかったよウッド。もしかしたら、お前は教養のある人物なのかな? とすれば、ジャパニーズか。ああ、嫌な事だな。奴らはこの銃の開発に協力してくれたが、殺すべき化け物どもを増やしてしまった。けれどなウッド。私はこれでも親日家なのだよ」 
 言いながら、奴は手に持つ長めの自動小銃を見せつけるように振った。ライフル、なのだろうか。ウッドは銃器に疎い。ただ、ハウンドやギャングたちのそれと違って、奴のだけは脅威であると分かるくらいだ。
「俺には、交戦意思はない。治安も、恐らく乱しているという事もないだろう。逮捕状はなかったはずだ。ならば、俺は噂に挙がるだけのただの変人にすぎないはずだ。違うか?」
「……ふむ? 中々新しい切り口だ。私に命乞いをする者は少なくないが――お前のそれは面倒を避けるという以上の意味を持たないなァ。いざとなれば、私を殺せると思っているのか? しかし、その上で避けたいと……。やはり、新しいな。私にそこまで隣人愛を向けた化け物はこれまでいなかった。お前はもしかして敬虔なキリスト教の信者なのかな?」
 奇妙な事を語りかけてくるリッジウェイ。どこか、既視感があった。先回りするような察しの良さ。だが、肝心の『それ』は喉元から先に出てこない。
「いやしかし、不思議だな。ああ、面白いと言ってもいい。お前は面白い化け物だなァ、ウッド。たったこれだけの会話で、私はお前に少なくない好感を抱いている。いつもは化け物を殺すという快感に、頭が真っ白になるというのにな? まるで惨劇を経て、それを理由に警察に入った有望な新人と話しているようだよ」
「そうか。では帰ってもいいか?」
「ハッハッハ、目前にして見逃すわけにもいくまいよ。しかし、本当に不思議だ。私はもう数分も怪人たるお前と話している。その間に放たれた銃弾は一発だ。一発だぞ!? これは驚くべきことだ。いつもの私なら、この五百倍は撃っている。もしかしたらグレネードくらい投げつけているかもしれない。粘着爆弾を設置しているかもしれない。Pbをけし掛けて、この悪趣味なロボットに生きたまま八つ裂かれるターゲットを足元に高笑いしているかもしれない。だが今はどうだ? 私はこんなにも穏やかに話している。これは不思議だ。不思議でならない――」
 ウッドは、じり、と後じさった。語り口は、完全に狂人のそれだ。機を見て逃げなければ、厄介なことになりかねない。そういう意味では、ARFの方がよっぽど理知的だった。姿は異形でも、立場は犯罪者でも、彼らは善意の徒だった。リッジウェイは真逆だ。姿は人間、立場は警察、そして悪逆の徒である。
 逃亡方法に相応しいものはどれか。ウッドは思案を始めた。そもそも、何故今までギャングばかり殺してきたかといえば、指名手配されるのを避けたかったからだ。このままで居たいなら、リッジウェイの事は殺さない方がいい。
 それが理由で、奴一人なのだろう。奴はこの街でも特権の持ち主だ。亜人限定で犯罪対策を行う一課の長であるから、人権の無い亜人を撃ち殺す権利を誰よりもはっきりと有している。逆に言えば、噂のウッドは、リッジウェイ以外公式に手を出しづらい状況下にあるという事だ。
 ウッドは、亜人ではない。だが、ハーフではない訳でもないから、リッジウェイに殺されないという保証もない。この場で死ぬ。そういう可能性も加味したほうがいい。何せ、奴の弾丸は魔法を撃ち抜く。
 場合によっては、殺すしかないのかもしれない。
「……」
 姿を消し、音もなく消える。それが一番確実だと、ウッドは定めた。数が、それを決めた。ウッドは、それに従うだけだ。
 そんな中、リッジウェイは奇妙な声を出した。
「――何だ、その動きは?」
 それは、純粋な疑問の言葉だった。ぎくりとして、ウッドは止まる。何をしたのか、自分でもわからなかった。傍目から見て問題のある行動は、行っていなかったはずだ。
 しかし、リッジウェイの声色は偽るところが無い。本気で戸惑っているような反応だ。目を剥き、少し前のめりになって、口元を不安そうに歪めている。それを、ウッドは機であると見た。光魔法で、姿を消す――
 そこに、一発の銃弾が迫った。数を見て、ギリギリのところで避ける。しかし、間に合わなかった。僅かに掠ったその一撃が、ウッドの魔法をきっかりと掻き消した。
 仮面の奥で、歯を食いしばる。リッジウェイを睨み付け、その挙動を見張った。一筋縄ではいかないと、やっと理解したのだ。出来ることは全てやらねば。そう思った。
 だが、リッジウェイは一度肩を竦めて笑った。そして、両手を上げる。銃も落とす。
「……何のつもりだ?」
「降参のジェスチャーに決まっているだろう? 今のやり取りで、お前が私の標的でないのが分かった。そして、納得も出来たのだ。戦う理由はない。ならば、私から銃を捨てねばお前は安心して話せまい」
「……」
 全くと言っていいほど、何を考えているのかが分からなかった。精神魔法で干渉しようとするも、弾かれる。そこで、ウッドも奴の言動の意味を知った。目を剥く。
「リッジウェイ警部。お前は――」
「――ああ、その通りだ、ウッド。私は、お前と同じカバリストだよ」
 その事実に、愕然とする。ウッドは、思わず「なら」と言い返しかけた。だが、奴は先んじてそれを封じる。
「いいや。私は薔薇十字団ではないよ。ただのはぐれカバリストと言う奴だ。UKよりUSAが好きな、一アメリカ人にすぎない」
 その言葉に、安堵する自分が居たことが、ウッドの腹を立てた。ぶっきらぼうに相槌を打つと、「何だ、気難しい奴だな」と彼は笑う。『何デスか? 警部。ソンな親しげに話しチャッテ』とPbと呼ばれるロボットが尋ねると、「お前はしばらく黙っていろ」と奴は命令を下す。
『チョッ、とぉ、そん、ヌァ、せっ、ショウ、ナ……、ァ……――』
 警部の一言だけで、Pbは沈黙した。最後には脱力して、直立したまま動かなくなる。
「悪かったな。ウチの空気の読めないロボットが会話の邪魔をした。ウッド、お前は帰る途中だったな? なら、見逃そう。それで、今回の侘びという事でいいかな」
 片眉を寄せて剽軽に話すリッジウェイ。そこには敵意という物が全くなく、おもむろに銃を拾い上げたかと思えば懐に片づけてしまう。
「どういう事だ。同じカバリストだからと言って、お前は俺を見逃すのか」
「私は、あくまで化け物を狩る存在だ。人間は狩らない。それは、私の人間以下としての矜持だ。そしてウッド。お前に――君に良い事を教えよう。化け物はな、カバラを使えないのさ」
「……そう、なのか」
「ああ。だから、君は私のターゲットではない。もっとも、人間以下と言う所では同類のように感じたがね。心の表面では逃げることを考えていたのは、アナグラムで分かった。だが、それより奥深い所で――君はこの戦闘に笑っていたな?」
 ウッドは、口を閉ざす。
「……まぁ、いい。その仮面の下がどうなっているのか、はなはだ興味があるが、化け物でないなら無理やりの追及は出来まい」
 くるりと踵を返して、リッジウェイは片腕を上げた。ロボットの腕を掴んでから、背中越しに別れを告げてくる。その声は、殺し合いの後とは思えないほどに快活だ。
「今夜は良い邂逅をした。ウッド。君の人探しが上手くいくことを願っているよ」
 言って消えていく奴の後ろ姿に、ウッドは何もできなかった。虚ろの心の中に、澱が溜まり始めるのをはっきりと感じていた。振り払うように、風を起こす。そして、消えていくのだ。

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