武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

3話 ARFⅠ

 総一郎が、テレビを凝視していた。
 珍しい、と図書は目を見張る。総一郎はメディアにあまり触れない性質で、最低限の時事以外にはかなり疎い。最近ARFにハマっていたようだったが、それもここ二日間で鳴りを潜めたように思っていた。
 何を見てるんだろうか、と三人分の朝食を作りながら、目を細めて映っている番組を見た。ニュースではあったが少しゴシップっぽい番組で、今まで総一郎が好んでいなかった種類ではなかったか、と首を傾げた。「お兄ちゃんどうした?」と可愛い可愛い爆発頭の清が聞いてくる。
「ああ、総一郎が何を見てるのかってな」
「ん? あー、あれはな、最近アーカムにまた出現し始めた怪人の特集だ。木の面を付けていて、木刀を持っているから『ウッド』と呼ばれているらしい」
「ウッド、ねぇ……。木刀って聞くと、俺なんかは総一郎のお父さんとか、総一郎自身の事を思い浮かべちゃうんだが」
「へ~」
 興味なさそうに相槌を打って、清はパタパタと総一郎の方に駆け寄っていった。そういう行動が、何となく琉歌を思い出させて図書の気分を落ち込ませる。いつもの事だ。そうこうしている間にも朝食が出来て、ミルクを注いだコップと共に持って行った。
「おら総一郎、ブレックファストだぞ」
「……うん、そこに置いておいて」
「おう」
 どこかぼんやりした返事に、図書は眉を顰める。テレビを見れば、まだウッドの話が続いていた。皿とコップをテーブルに置いて、そのついでに奴の顔を覗く。
「……何だその顔?」
「ん?」
 総一郎はきょとんとした顔でこちらに振り向く。だが図書の脳裏には、寸前の彼の顔がこびりついていた。
 ――奇妙なものを見る目、釈然としない表情、そして、新鮮な驚き――
 そんな感情の読み取れる複雑な表情をするなんて、知らなかった。図書もまた、ウッドという怪人の特集に集中する。「何者かを探しているようだが、それが誰であるかは全くの不明である」という部分だけが特徴の、凡庸な怪人に過ぎないようにしか、青年には感じられなかった。





 襲撃されたから、殺した。
 肌寒い夜の闇の中、目の前のギャングは右腕足をなくして呻いていた。大量の血が、枯葉の代わりに地面を汚し、その中に倒れ込んで動かなくなる。
「クソッ! クソッ! ウッドっていう新参の怪人をぶち殺しゃ、一万ドルなんて言ったバカはどいつだよ! こんなのに勝てる訳」
 遠くで叫ぶチンピラ。奴はとうに撃ち尽くした銃の引き金を引いて、カチカチと音を鳴らしていた。苛立ったから、右手を固めて投げる。飛んでいき、串刺しにした。残るは二匹。鋭く見つめる。
 木の面。木刀。だが、木刀を使ったことを見た人間は居ない。彼にそれを使わせたものが居なかったからだ。大抵は、電撃やそのほかの適当な魔法で事足りる。
 頃合いだろう。その様に判断して、彼はギャングの残りに尋ねるのだ。中程度の距離が空いているが、十分に間合いである。周囲に骸は五つ。脳裏に情報が浮かびやすくなるだけの恐怖は与えていた。
「お前らは、だれの指示でここに来た」
「そっ、そんなの言える訳」
「依頼……人間か? いや、……ふむ。ARFか、これは? ……なるほど、とうとうARFが自分から来たか。名が広まるだけ殺した甲斐があった」
「えっ? 何でお前がそれを知って。いや、そんな事よりこれじゃあハウンドに殺されちま」
 言葉の途中で、その首を風魔法で斬り飛ばす。宙を舞う仲間の頭に、残る一匹は泡を吹いて失神した。その情けなさが滑稽だったので、彼はそれを見逃す。殺しに固執しない。それは誓いだった。
 しかし、と彼は思う。ハウンド。ARFの中でもかなりの過激派である。全滅主義、という言葉を聞いた事があった。
 彼は、ウッドは、そこに居た。裏路地。スラム街ではなく、ビル街の片隅。ここでとあるギャング同士の取引が行われるという話だった。だが、蓋を開けてみた結果は違った。明らかに彼を意識した武装をしたギャングたちが、ここで待ち構えていた。
 つまるところ、彼が情報源とした複数のチンピラたちは、最初から偽の情報を掴まされていた、という事らしい。それが、心を読むウッドにそのまま伝わった。
「……敵も、少し手強くなったな」
 彼は呟き、鼻を鳴らす。自分に対して策を張っている人物が現れた。それも、聞けばARFで有名なハウンドと言うではないか。
 好都合だと、ウッドは考える。直接襲いかかってきたところを、返り討ちにすれば彼の目的は半ば達成される。
 けれど、ウッドは笑わない。仮面はただ、無表情を貫いている。そのまましばらく様子を見たが、これ以上の動きはないらしい。彼は踵を返し、その場を去ることにした。
 そこにロケットランチャーが撃ち込まれたから、目を見張った。
 風魔法で、無理やり方向をずらす。ギリギリで脅威は逸れ、背後の壁から爆音が響き渡った。見れば、小柄な男の影。深い外套で身を包み、目以外をネックウォーマーで隠し、円形の帽子をかぶった――少年。
 奴は外套に撃ち終えたランチャーをしまい、アサルトライフルを取り出した。魔法具による異質空間を収納場所にしているのだろう。そして、数々の銃弾を放ってくる。
 けれど、ウッドには魔法があった。銃弾の全てを無力化することなど、造作もなかった。
 駆け寄る。すぐに奴は劣勢を確信し、こちらに何かを投げつけてきた。赤く点滅する。爆裂、爆風。魔法での防御が僅かな隙となった。
 しかしウッドに、奴を見逃すつもりはない。障害物を飛び越え、風魔法を味方につけて飛ぶように進む。この先は路地の出口だ。ハウンドはその先を進んでいた。人目に着くが、構うものか、とウッドは思う。路地を出た。
 周囲を探る。好機の目線がウッドに突き刺さる。魔法による探知は人込みでは難しい。目視による捜索。まず車があり、そしてビルがあった。一つ、際立ってエンジンをふかす音がする。右。建設中らしい建物があって、その先にバイクに乗って逃げ去って行くハウンドの姿を認める。
 その方向に、飛んで行こうとした瞬間だった。
 工事に引き上げていたらしい巨大な鉄骨が、ウッドめがけて飛んできていた。
「―――――――――――――――ッ!」
 鉄鋼は猛スピードでこちらに向かってきていて、逃れられるような状況ではなかった。よって反転し、彼はハウンドを意識から外して手を翳した。直撃。そして発動。
 雷を疑うような電撃が、地から天に昇って放たれる。
 轟音。閃光。周囲の人間はパニックに陥ってその場から逃げだし、それが出来ない者達は総じて腰を抜かして震えていた。ウッドはもはやハウンドの姿が見えないことを知り、頃合いだと決める。
「……なるほど、こういう手段をも、持ち合わせているらしい」
 ハウンドという怪人の脅威がイマイチ掴めていなかったから、これはこれで収穫だと定め、ウッドは重力魔法、風魔法で飛びあがった。


 総一郎がその場に訪れたのは、夜のいい時間だった。
「うわぁ……大惨事だなぁ」
 周囲には、ゴロゴロと鉄塊が転がっている。大きなものなどは深く地面に突き刺さり、見るも無残にひしゃげていた。
 ここで、怪人同士の争いがあったらしい。
「ウッドと、何だっけ、ハウンドがぶつかり合ったんだっけ?」
『そうそう! いやー助かったよ。こっちは夜勤だから抜け出せなくってさ。じゃ、写真撮って送ってなー』
 電脳魔術による電話を切って、総一郎は自らの瞳をもって写真を撮る。これも電脳魔術の使い方の一つだ。携帯が無ければできなかったことの全てが、今はただこれだけで可能になる。
「便利な時代だよ、全く」
 前世の記憶があるからか、総一郎の口調はまるで時代遅れの爺のそれだ。自覚はある。何せアメリカの先進具合に追いつくまで、結構時間がかかったくらいだ。
 警察はまだ周囲にはおらず、そう考えると図書の耳の早さのほどが窺えるというもの。追い払われて嫌な気分になるのも嫌だったので、少し早いが撤収しようと考えた。
 そこに、話しかけてくる人物がいた。
「よお、兄ちゃん。アンタもここに野次馬しに来たの?」
 若々しい声に振り向くと、そこにはちょっと不良っぽい恰好をした少女が立っていた。金髪のツインテールなんていう幼い女の子の髪型でありながら、髑髏のベースボールキャップを被り黒い革ジャンを羽織って、内側には真っ赤なシャツとジーンズを身につけた、ちょっとスカした少年の様な雰囲気を纏っている。
 背が高く、総一郎より大きいくらいだった。その所為か健康美という言葉がよく似合うという印象を受けてしまう。自己主張の激しい胸部も、色気というよりやはり健康的な感じがした。とはいえ総一郎も、一瞬目が行ってから、とりあえずそこから視線を意識して外すのだが。
「そう……だね。そっちも?」
「そうそう、アタシもそんな感じ。いやー、全く。アイツあほだなぁ……。ウッドとやり合ったって噂、本当?」
「……うん、そうだけど……?」
 話しぶりが妙で、総一郎は首を傾げる。それに反応して、「どうした?」と聞いてくるが、気のせいだろうと考えて流すことにした。
「ううん、野次馬仲間が出来てちょっと嬉しいだけ。我ながら趣味悪いなーって思ってたからさ。ちょっと親近感」
「うっは。仲間にされちゃったよ。でも野次馬仲間って言葉、何かいいね。私はアーリーン。アーリーン・クラーク。アーリでいいよ」
「ほう、奇抜なあだ名だね。俺は総一郎。総一郎、武士垣外。基本的には――ソウって呼ばれてる」
「何か今変な顔しなかった?」
「してない」
 昔は呼ばれていたから良いのである。
 その場のノリで手軽な連絡先を交換する。人間関係は、始まりは大抵軽い。そこから重くなっていくのか、あるいは糸が切れてしまうのか。そこは相性であり、運命という物だ。
 それが終わって、彼女は「ふーん……」と現場の状況を確認し始めた。「そろそろ警察が来るんじゃない?」と提言すると、「来るまでに幾つかね。ハウンドのカード、生の奴は結構高めで売れるんだよ」とアーリは返してくる。小遣い稼ぎという訳らしい。だがとも思って、総一郎は尋ねた。
「お金目的の割には、頑張るね。本当は、他の目的があったりして」
 その言葉に、アーリはこちらを向いた。不思議そうな顔色ながら、何処か鋭い視線。
「鋭いね、ソウ。もしかして、そういう人?」
「まさか。君の言うそういう人っていうのに心当たりがないくらいの一般人だよ」
「怪しい言い方だ」
「何せわざとそういう風に言ってるからね」
 そこまで言うと、彼女は笑いだした。「降参だよ、降参」と両手を挙げて降伏のポーズ。「誰にも内緒だぜ?」と人差し指を口元に当てて、言う。
「ハウンドってさ、アタシの弟なんだよね。ロバート・クラークっていうんだ。盛大にドロップアウトしちゃった弟だから、心配なもんで」
「……えっ」
 総一郎、絶句である。そんな反応に、「たはは」と恥ずかしげにアーリは頭を掻いて笑っていた。
「そ、それは……すごい、のかな?」
「姉貴心としては、今すぐに止めさせたいところなんだけどね。いう事利かない奴だからさ、困ってんだ」
「そ、そっか……。まさかARFの幹部の身内が、こんな所に居るなんて」
 アーリはそんな総一郎の世辞に、「そんな大したことじゃないってば、うは、うはは」と妙な笑いを挙げる。総一郎は、僅かな逡巡を挟んで尋ねた。
「ちなみに、君自体はARFとは関わりあるの?」
「んー、うんにゃ。そもそもアイツ家出中だし。ていうか何? もしアタシがARFに関わりがあったらどうするつもりだったんだよ?」
 にやりと笑いながら、肘でつんつんと総一郎をつつくアーリ。「別に何でもないよ」と総一郎も降参のポーズだ。
「俺の身内も、もしかしたらARFに居るかもしれないんだ。お姉ちゃんでさ。しばらく前から行方不明だって聞いてて、行動力のある人だったから、もしかしてって」
「……会いたい訳だ」
「そうだね、会いたい。だからこんな野次馬なんていう悪趣味にも、手を出しているんだよ」
「うはは。なるほどなるほど、分かりやすい。しかもアタシと大体同じじゃん。親近感」
「抱かれちゃった」
「うはは」
「あはは」
 笑いあう。気さくな関係が築けそうな相手だと、総一郎はアーリを評価した。同じ悩みを持つ相手。それも大きい。
 協力者という言葉は、総一郎には縁遠い物だった。今までずっと、一人でやってきたのだ。だからその分、少しむず痒い。
 そうして、その場は別れることになった。「気が向いたら情報送るからなー」と手を振り振りしていたアーリの純粋さに、多少の可愛げという物を見出しながら。
 家路につく。もはや深夜で人通りも少ない。その油断が、総一郎に珍しい本音を吐かせた。思い出すのはアーリの胸元。突っ張った、柔らかそうな膨らみ。むん、と目を細めて、ぼそりと呟いてしまった。
「……あれは、凄かったなぁ……」
 一瞬ローレルの事を思い出して比較してしまう。圧倒的な差。愛しい人が想像上の秤にかけられ、シーソーというか砲台よろしく面白い勢いで飛んでいく。総一郎はそんな果てしなく失礼な想像に、イギリスの方向に向けて両手謝りをするのだった。

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