武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

2話 ウッドⅢ

 心地の良いジャズが、店中に流れていた。
 飴色のバー。シックな色合いの壁紙、絨毯。静かな調子で、客たちが会話を交わしている。その内容には、耳を傾けないのがここのルールだった。彼もまた、そのようにしていた。会員制で、裏切れば制裁が待っているのだ。
 禁酒法時代から続いている、この街のギャングたちに愛された店だった。店主は血筋ではなく、出来のいい店員が継ぐという形式で、きっとそれがよかったのだろう。いつ来たってこの店のカクテルの味は曇らなかったし、どんな時でもこの店のカウンターは寛げた。
 席一つ空けた隣に、一人の男が座る。顔見知りの男だ。「よう」と視線さえ交わさずに言った。ここで挨拶を返せば、今回は“シケ”だ。だが、奴は返答せずにウィスキーのロックを頼んだ。上手く、事は運んでいるらしい。
「酒は、どうだ? 売れてるか?」
「……ああ、上々だ。一応手元に一杯分ほど持って来ている。飲むか?」
「まさか。という事は、海の底のお方は御機嫌がいいようだな?」
「それこそまさかだ。ジャパニーズの暴虐っぷりを覚えてないのか? 何だったか。ジャパニーズマフィアの……トウゴウ会、だったか? 奴らの所為でインスマウスの奴らはビビり切ってる。無関係の俺たちにさえ五重のフェイクを挟まれた。お蔭で集合場所がコロコロ変わってな、愛人の事を知った時のワイフ並みに疲れたよ。まったく……」
 男はそう言ってため息を吐いた。彼は、肩を竦めることでそれに応える。
「……それで、ウサギはどうだ?」
「気づいていない。部下にも、被害はない。もう一つの懸念材料だった豚に至っては、今回は協力してくれるという話になっている。今回は行けるぞ」
「流石。やはり化け物どもは、奴らの同朋に協力すると言えば食い付きがいいな」
 くつくつと、二人で静かに笑いあった。今回のターゲットは、人間だ。中流層の、この街の汚い部分から目を背ける間抜けども。その中でも特に、本当に何もわかっちゃいない奴らをカモにする。あとは亜人差別者に絞ると嘯けば化け物どもは転ぶ。
 だが、一応、話しておかねばならないことがあった。
「……なぁ、ウッドって知ってるか?」
「何だ、それは? また、勘違い野郎の笑い話か?」
 男はこちらの気も知らず、勝手に笑っている。だが、彼は真剣だった。確かに、そういう手合いは居る。自分が特別であると信じ込んで、好き勝手暴れた挙句、結局何もできずに消される。そういう、笑いの種だ。だが、今回は違う。
「ギルマンの子飼いのストリートギャングたちが行方不明になった。死体は出ていないためそういう言い方になるが、ほぼ間違いなく死んでいると見ていい。生き残った奴曰く、奴らの墓さえ建てられない、と」
「……どういう事だ?」
「木の剣を手にして、木の面を被った妙な奴が、スラムを歩いていたらしい。確認したがJVAバッチを付けていなかったから、からかいついでに搾り取ってやろうと考えたそうだ」
 JVAバッチも買えないような奴は、後ろ盾のない後ろ暗い人物か、それすら買えない貧乏人である。そう言う奴らは、往々にして人間扱いされない。ギャングの頭だって、今は昼間にバッチを付けて歩くのが普通だ。犯罪歴を揉み消すのは、金があれば存外簡単なのである。
「そこを、返り討ちか」
「電気を使う怪人だって話だ。体格は人間だが、本当にそうかは疑わしい。そいつが、最近毎晩出没して、全員にある質問を投げかけると聞いた」
「質問?」
「人探しだそうだ。その名前は、どういう訳かすぐに忘れてしまう。だが、有名人の名前だそうだ。もっとも、ハリウッドのそれじゃない。ここ最近、スラムでやんちゃした奴だった気がする、と言っていたな」
「ふむ……。そいつが、今回の件の邪魔をすると?」
「いや、分からない。情報が少なすぎるんだ。それが、怖い。だからどうという事もないが、注意してほしくってな」
「なるほど、そういう訳か」
 男はそう言って、酒を呷った。彼もまた、一口。今日も、ここの酒は美味い。
「その話、詳しく聞かせてくれないか」
 そんな彼らの中心の空いた席に、図々しくも腰を掛ける人物が現れた。二人は眉を顰め、声を荒げようとする。だが、寸前で喉が詰まった。
 無表情な、木の面。
 彼はまず、何よりも先に本能的な反応として、竦みを見せた。人間でないという直感が、体を硬直させた。だが、それを面に出してはこの社会を上手く渡って来れようもない。やせ我慢で何事もなかったかのように装ったところで、やっともしやと勘付くのだ。
「お前、ウッ……」
 だが、そこまで言って声が出なくなる。精神的な問題でもなく、かといって呼吸が出来ないという事でもなかった。ただ、言葉を発することが出来ない。
 とうとうパニックに陥った彼は、助けを求める為怪人物の向こうの男に視線をやった。しかし、銃を握った手をだらんと垂らして、カウンターの上で失神している。次いで店主を見れば、彼は全くこちらに気付いていない様子だった。ただ、頻りに首を傾げているばかり。
「騒がれると、面倒だ。俺はただ、情報が欲しいだけで、お前らに特別害を為そうという意思はない。……静かに、することだ。分かったら一つ首肯を」
 言われたように、頷く。奴は――おそらくウッドは、中指で一度カウンターを叩いた。自らの口から聞こえる、僅かに早くなった呼吸音。銃などというチャチな武器では勝てない相手だと悟る。多くのギャングが尽力しているが、特殊弾はどうやっても市場に出回らないのだ。
「……お前は、人を探しているそうだな」
「ああ、その通りだ。ここに入ってきた時に話されていたのを聞いて驚いた。そこまで噂という物は早いものか」
「それは私たちが“それなりの”地位にあるからだ。普通はもう数日遅れる。だが、お前の事は間違いなく話題に上るだろう。何せ、この店に平然と乗り込んできたのはお前くらいのものだ」
「ここは、それほどの場所なのか」
「ギャング、マフィアの幹部。変わり種では、有名企業の社長。そういう人間しか、存在を知らないのがここだ。そしてそういう人間は、口が堅い。喋ったのは誰だ? そいつは制裁を受けねばならない」
「居ない」
「は?」
「ただ、俺が知ったというだけだ。過失があるとすれば、それは彼の運のなさだったという事だろう。故に、俺は口を開かない。その義理もない。その上彼はもうこの世には居ない。――さて、あまり手間をかけるつもりもない。手早くさせてもらおうか」
「な、何をするつもりだ。止めろ!」
「大声を出すなと言っただろう。だが、どうせ聞こえていない。さぁ、答えろ」
 ウッドの手が、彼の前頭に触れた。思考が、境界を保てなくなる。そして消えゆく意識の中で、ぼんやりと声が聞こえるのだ。
「シラハ・ブシガイトの場所は何処だ」
 口が、勝手に動き出す――






 ARFの活動拠点が何処にあるかを聞いて、変な顔をされた。
「総一郎……、亜人保護活動は立派だと思うが、だからってあんな過激派組織の仲間入りだなんて」
「いやいやいや。そんな事を考えての相談じゃないってば、図書にぃ。単純な興味本位だよ」
 嘘だった。だが、言う必要もない。図書は「そうさなぁ……」と顎に手を当てて考える。
「頭のいい総一郎だから、ARFの活動拠点が知ってる人は知ってる的な気やすい場所じゃないってことくらいは分かってるんだよな?」
「うん、その上で聞いてる。図書にぃ詳しいから、ネットの考察である程度絞り込んでたりしないかなって。ほら、集団襲撃をする怪人、ファイアー・ピッグが貧民を雇って手伝いをさせて、その分のお金を出すなんて言う話も聞いた事あるし」
「お前も中々通な情報を仕入れてるじゃないか総一郎! いやー、興味持ってくれて、お兄ちゃん嬉しいぞ」
 満面の笑みで『抱き着いて来い』と言わんばかりに腕を広げる図書。その動作から一歩下がってやんわりと拒絶の意思を示しつつ、「うんうん、それで、どう?」と先を促す。
「ああ、まぁ……貧民街の方で門戸を開いてるっていう噂はあるな。ただ、本部の方は割と繁華街の方っていう噂もある。どちらにせよ噂なんだがな。ARFはそれなりに金を持ってるから、合法的にビルを手に入れてそこでいろいろ画策してる。っていうのがその説の支持者の話だ。ちなみに金を持っているってのは推測されるに確実な話で、奴らは敵勢力の襲撃に際してよく金品を奪っていく。その割に金の動きが全く見えないから、十中八九貯め込んでんだろうって話だ。来たる日に備えてんだろって考察サイトにも書かれてる」
「来たる日って?」
「ARFが何かやらかす日の事だよ。定期的にいろいろやってるけど、あいつらの行動は自衛的な物じゃない。知ってるか? ARFがJVA内で人気があるって話したろ? アレも最近酷くってな。偶にさ、話に上がるんだよ。ARFの構成員に、熟練した魔法の使い手が居るって」
「それって」
 総一郎は、言葉を失う。魔法の使い手。これは、イコールで日本人に結び付けていい。
「……アメリカの中で、反日活動とか起こってないよね? 俺が来た日はまだだって聞いたけど」
「一応、な。この噂がJVA内で留まってるうちは多分大丈夫だと思うが……、人の口に戸は建てられないっていうしなぁ」
 そう言って、図書は苦笑い。総一郎も、身震いがするような気分で居た。しかし、有益な情報はあったと思う。一旦、脳内で整理だ。
 スラムにARFへの入り口がある可能性があって、本部は繁華街という説が今のところ有力。ARFには金があって、それを使っていつか何かをしでかすかもしれない。また、日本人がARFに加入している可能性も指摘されている。箇条書きに表わすならこんな所か。
 日本人の、加入。
 総一郎は、嫌でも白羽の事を思い出す。
 翌日、総一郎は寝ぼけ眼を擦りながら起床した。パジャマのまま階下に降りてくると、「最近、総一郎は眠そうだな。最初のころはとんでもない早起きだとびっくりしていたのに」と清が無垢な視線を向けてくる。
 総一郎はトーストにジャムやら野菜やらを挟んで咥えつつ、「そう?」と首を傾げる。しかし、自覚はあった。剣の稽古も最近していない。早起きが出来ないのでなく、生活習慣がこれまでとは異なり始めたのだ。
 手早く準備して、家を出た。
 涼しい、時期だった。残暑の僅かに残っていた入学からしばらく。総一郎は季節の移ろいに目を細める。過ごしやすい時期だ。街路樹が日本を思わせる色づき方をしていて、その人工美に何処か和んでしまう。
 アーカムは次世代都市の名を欲しいがままにする街だった。景観は良く、文明も文化も最先端。かといって古き良き文化も忘れず、オフィスビルの並ぶ道から禁酒法時代を思わせる酒場、スラムだって忘れず完備しているほどだ。もちろん皮肉である。
 ARFを筆頭とする、恐ろしい者達が人知れず蠢く街、アーカム。日本人という超技術の保有者たちに掻き乱された町、アーカム。この街の真実は拗れに拗れたまま闇に隠されている。その実情を握る人物は、やはり闇の中に住むのだろう。
 そこまで考えていたところで、学校に着いた。思考を奥の方に詰め込んで、鍵をかける。暴力の事を考えていると、暴力的な事を言ってしまいかねないから。
 いつも通り授業を受けつつも、穏やかな情報収集に専念した。白羽の輪の中でも中心人物だったらしいJや愛見とそれなりに打ち解けると、なし崩し的に友人が増えた。彼らから、雑談を誘導して、情報をさらう。身になりそうなネタは、一つもない。だが、網を張っておくことが出来れば、あとは忍耐だと思っていた。
 昼食時。総一郎は珍しく、食堂で友人を見つけることが出来なかった。ふむ、と思案してしまう。こんな事、イギリスでもあったような気がして少しげんなりした。
「……と、あれは」
 見覚えのある白人の少年を見つけて、総一郎は駆けよった。そして、親しげのその名を呼ぶ。
「おーい、グレゴリー!」
「……げっ、イチ」
「俺この生涯で初めて“げっ”て言われた。何気にショック」
 というか、彼は自分をイチと呼ぶのか。いじめっ子大将ことギルを思い出すから、あまり好ましいあだ名とは言えないのだが。
 ひとまず冗談っぽく返すと、彼もまたふざけた返事をしてくる。
「そうか、それはしょっちゅう言われるオレに対する自慢か?」
「そっか。……仲良くしよう、グレゴリー」
「何で親しげになったんだ……!?」
 根っこの所で激しい総一郎、ただ何となくの友達という物が異様に少ない。短期的には居るのだが、長期となるとすぐに消える。基準が出来たのがイギリスに居た頃だから偏っている可能性は否めないが。ともかく、総一郎は親近感を覚えてグレゴリーに優しくなる。
「折角だからご飯一緒しようじゃないか。あっ、君飲み物が無いね。仕方がない、今日は奢ってあげよう」
「いや、いい。というか気持ち悪い。何だ? 今日のお前のその態度は何だ?」
「そんな釣れないこと言うなよ兄弟」
「兄弟!?」
 はしゃぎ過ぎて大分引かれてしまう。仕方がないので普通の態度で接することにした。
「そこ座っててね、ちょっとご飯買って戻ってくるから。待っててね。ほんと頼むよ!? 絶対待っててよ!?」と独特のノリで頼み、一旦その場を離れる。そしてランチを受け取ってからそこに戻っていき、「何でいるんだよ!? 居なくなれよ!」と怒鳴ったら殴られた。
「お前は一体何だ」
「いや、君が愛想無いから仕方なく俺一人ででもボケ倒して行こうかなって」
 ふう、と一息ついて横に座る。「お前馴れ馴れしいな」と言われ、「ごめん、馴れ馴れしくない相手に馴れ馴れしくする癖があって……」と答えた。彼は思い当ることがあったのか「面倒な性格してるよ」とげんなりした表情を見せる。確かに客観的にかなり面倒だ。
「ま、これを機会に仲良くやろうじゃないか。ほら、さっきの通りこれは奢りだ。御代はミヤさんから頂いてる。随分とポテトフライを食べさせてもらったからね」
「……ふん。そういう訳なら、貰っておく。仲良くするかどうかは別としてな」
「仲良くしてくれないなら返してよ」
「お前図々しいな」
 ぷふっ、と総一郎、少し吹き出す。グレゴリーも、吹き出さないまでもニヤリとした。「君、中々キレのある返しをするね」と褒めると、「黙って食え」と素っ気ない。彼も、今までにないタイプだ。ファーガス側についていた『ナイ』であったのだろうネルに比べても、つっけんどん。その辺り、ちょっぴり父に似ているかもしれない。
 そのまま、雑談に入った。やれJがウザいだの、やれ愛見が謎いだの、そういう話だ。陰口というには明るく、評価というには下劣すぎる会話だった。意外な事に、グレゴリーの反応は良かった。彼は総一郎の言葉に自分なりの感想を付け加えながら話題を加速させ、大いに盛り上がった。
「それでだ、ミヤは分かってない。アイツは分かってないんだ。あいつはオレの事をいまだにガキ扱いしてくるんだが、オレは納得がいかない。そもそもだな……」
 そしてミヤさんの名前が挙がった瞬間グレゴリーの独壇場になった。
 最初は真面目に聞いていた総一郎、これはしばらくかかるな、と考えて、一旦食事に集中することにした。「うんうん」言いながら野菜多めのクラブサンドイッチをガブリとやる。前世の少年時代、そういえば生野菜がダメだった時期があったな、と思い出した。クラブサンドイッチが、前世の総一郎を野菜に目覚めさせたのだ。
「それでな、ミヤの奴が……」
 食という物は偉大である。人間は生きるために食うのではなく、食うために生きているのだといつかの誰かが語っていた。美食を愛する日本人としては大いに賛成したい意見である。ところでそんな日本の食のこだわりが世界に波及したのか、アメリカで弁当屋を見かける機会が多い今日この頃。
「だからな、つまりオレはミヤに対して……」
 今日の登校中も、弁当屋を見かけた。それなりに安い値段だったように思う。日本産でしか食べられなかったような美味い米も、今ではアメリカで育てていることも多いと聞いた。そして、総一郎は決心するのだ。明日の昼食は登校中にあるあの店の弁当にしようと。
「ま、そんな所だな。あー、胸の中に溜まっていた蟠りを全部吐き出した気分だ。……ありがとうな、イチ」
「え? うん。どういたしまして」
 もぐもぐ咀嚼しながらニコリと微笑む。どうやら話が終わったらしい。意識を会話に戻す。
 雑談は別の方向に飛び火し、紆余曲折を挟みながら延々と高まっていった。そろそろだ、と総一郎は誘導を始める。そして、切り出した。
「そう言えば、ARFの事なんだけどさ」
「……おう」
 おや、と思う。いきなり、彼が盛り下がった。カバラを使おうにも、情報が少なすぎて計算時間が膨大すぎる。何にせよ、ともう少し続ける。
「俺、ここに越してきたばかりなんだけど、まるでアメコミだね、アレは。いかにもな人たちがいっぱい居て面白い。グレゴリーは、直接見た事ってある?」
「……ねぇよ。何だ? お前も犯罪者連中を面白がるような、不謹慎な奴らの仲間か?」
 随分と、はっきりした嫌悪感。日本人隔離を主張するだけあって、亜人が好きではないらしい。「ごめんごめん」と軽く謝ってもまだ機嫌は治らず、舌を打ってから悪態をついてくる。
「大体、どいつもこいつも軽く考えすぎなんだ。あんな犯罪者集団を野放しに、何もできないでいる現状が信じられない。その上、あんな行為を称賛しているような奴らが居る。頭がおかしいんだろうよ、狂っていると言ってもいい」
「……グレゴリー、流石にそれは言い過ぎじゃあ……。それに、彼らだって善行を積んでいるじゃないか。亜人差別者が亜人をひっ捕らえて奴隷にして売るの防いだりさ」
「ハッ、流石日本人は発想が違うな。知ってるか? ARFの巻き添えを食らって死んだ人間の数。お前はきっと驚くだろうよ。だがな、それでもオレは知っているんだ。お前がそれでも奴らを庇う事を。――何たって、お前の姉貴は亜人だ。ARFの同類なんだからな」
 その言葉は、総一郎の神経を逆なでするのに十分だった。
「……人の肉親を捕まえてそんな言い方は、随分とご挨拶じゃないか」
「事実だろ? オレはいままで、亜人だって自称している奴らの中で真面だった輩を見た事が無い。イチ、お前の姉貴なんかその筆頭だ。大抵の奴らは言ってんだろ? 『ぶっ飛んでる』って。頭イってんだよ、お前の姉貴。一丁前にいいことしてる風で、実際やってるのは障碍者も顔負けの凶行だ」
 そこまで馬鹿にされて、総一郎は黙っていられる性質ではない。立ち上がり、睨み付ける。頭には血が上りきっていて、今すぐにでも目の前のクソ野郎を捻り潰したくて仕方がなくなっていた。
「表に出ろ、グレゴリー。その減らず口、叩きのめしてやる」
「何だ、言い返せなくなったら暴力か。野蛮だな。だが、そういうのでもいいぜ。オレだってムカついてんだ。サンドバックになってくれるんなら一向に構わな」
「イッちゃーん! 良かった探したよこんな所で寂しく食べてないで一緒しようよ、ねっ? ほら早くこっち来て!」
「あー! 見つけたわよグレゴリー! アンタが店番サボってるからミヤさんとうとうブチギレて、今ココに乗り込んできてるんだからね!? 今すぐ謝りなさい! 出ないとアンタマジで殺されるわよ!?」
 一触即発。そんな雰囲気を有耶無耶にしたのは、可愛い仙文と赤髪のヴィーだった。それぞれがそれぞれの対応する相手の手を掴み、素早くその場から引き離していく。抵抗という発想に至るよりも先、総一郎たちは驚きから回復する事も出来ないままよたよたと引っ張られていく。
 総一郎が連れて行かれた先では、Jと愛見が待っていた。「お疲れ様だ、イッちゃん」とJが労いの言葉をかけてくれる。「これ、あげますよ~?」と愛見もまた、総一郎からグレゴリーに渡した飲み物をそっくり新品でプレゼントしてくれた。
「いやー、やっぱアイツ頭おかしいだろ? おれもさ、最初はそういう考え方もあるのかなって思ってたんだが、ちゃんと聞けば聞くほどアイツの頭のおかしさが露呈してくるんだよ」
「J……」
「今日は、私達の奢りですよ、総一郎君~。一杯食べて、一杯飲んで、悪口言って、忘れましょ~」
「そうだよイッちゃん! 嫌なことがあったら騒いで忘れる! さぁ、騒ごう! 今日の午後の授業は、全部サボっちゃえー!」
 乾杯に巻き込まれ、総一郎はきょとんとしたまま乗せられた。しかしその環境は総一郎が恐らくいま最も求めているもので、何ら違和感なく、少年は憎たらしいあの美丈夫に対する愚痴を吐き出していく。
 何時間も、グレゴリーの悪口で盛り上がった。一日経って総一郎はグレゴリーと関わる気だけを失ったまま、友人のお蔭でストレスを忘れ、今日もまた元気に登校するのだ。

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