武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

2話 ウッドⅡ

 無心で、仮面を掘っていた。
 芸術と呼べそうなものを作るのは、久しぶりだ。イギリスでは、自慰としての絵画しか書くことはなかった。そしてそれも、すぐに終わった。僅かに右手の修羅が騒がしい。その手で桃の木に触れると、ジュッと焼けるような音がする。痛み。だが、大人しくなった。
「何をやっているのだ、総一郎?」
「……ちょっとね。折角材料があるから、作ってみようと思って」
「彫刻か?」
「うん。親愛の証として清ちゃんの事を掘ってるんだ」
「私!? 私なのか! う、あ、……どんな感じ?」
「フィギュアっぽくデフォルメしたのと、リアル、どっちがいい?」
「そ、総一郎に任せる……」
「はいはい。じゃあ、すぐには無理だから下で遊んでてね」
「う、うん。……たっ、楽しみにしてるからな!」
「うん、期待しておいて」
 誤魔化すための嘘だったが、ちょっと思い返して、それもいいかと木片の一部を割った。もともと仮面だけにとどめるにはかなり大きなサイズで、もう数人ほどなら作れるかもしれない程度に余裕がある。
 だが、それでもひとまず仮面だった。隠すもの。偽るもの。力を込めると、歪な鰹節のように薄く削れていく。総一郎は、その手触りに熱中していた。こういう地道な作業が、好きなのかもしれない。
 出来上がったそれは、あまりに表情がなかった。表情を付けようとも思わなかったが、それにしても人間味が感じられない。黒ゴム紐を通し、嵌めてみる。そして、思わず笑ってしまった。
「僕があのまま修羅になったら、こんな顔になったのかな」
 昔を思い出すと、つい己をして『僕』などと言ってしまう。「俺」と言いなおした。仮面を外す。そして、学校へ向かう。
 学校の方でも、情報収集を始めていた。聞けば聞くほどボロボロと話が漏れ出る様は、ARFが秘密組織であることが疑わしくなるほどだ。いや、そもそもあれは、組織と言っていいのかどうか。
「っていうのも、ARFは行動を起こした後にカードを置き土産にするという共通点があるだけで、互いに助け合うという事が無いらしいんです~」
 そのように、愛見は語っていた。「ARFについての考察は結構頻繁に行われていますから、お教えしましょうか~?」と様々な人に尋ねている時に提案されたのだ。
「助け合う事が無い……。確かに、聞きませんね」
 放課後。学食である。珍しく、総一郎は愛見と対面で話していた。他のメンバーは何やら、新しくできた食事処の品定めに行こうと大勢でぞろぞろと行ってしまった。こんな日もあるか、と残った二人で肩を竦めあったものだ。
「あの組織に救われた、という亜人さんは、結構多いんですよ~。でも、それにも向き不向きがあって、憎いアイツに復讐、となるとハウンドの出番。単純に救出ならウルフマン。お金に困った亜人さんが、秘密裏にファイアー・ピッグに連絡を取って当面の日銭を稼ぐ、なんてこともあるそうです~。他にはヴァンパイア・シスターズなんか有名ですけど、彼女らは一時期大量に吸血事件が起こったのと、時を同じくして撒かれたカードしか手がかりがありませんからね~。今はたまーに差別者さんの被害が出るだけで、有名ですが人気はありません~」
「そんな、犯罪者なんかに人気を求めても……」
「総一郎君って結構シビアですよね~。あっ、イッちゃんでした」
「それ、本当は気に入ってないんだ。仙文に呼ばれるなら、発案者だし許せるけど、Jとかに言われるとちょっと違うなって。しっくり来ないなら違う方法で呼んでくださいよ」
「そうですか~? そう言われたら、仕方ないですね~」
 総一郎君、と微笑みながら呼ばれる。眼鏡越しに細められた瞳が、優しく総一郎を見つめていた。少年は肩を竦める。何とも、むず痒い。
「でもですね。当然といいますか、政府側もそれを黙認はしてません。だから、色々と手は打ってるんですよ~。その一つとして、私は是非総一郎君に紹介したいものがあるんです。特別ですよ~?」
「ほう」
 愛見はそう言って、カバンから小さな箱を取り出した。真っ黒で、平べったい。何だこれは、と観察する。にゅっ、と変化して総一郎の顔になった。
「おぉぉぉおおおおおおぅ!?」
「ぷっ、あはははは! 総一郎君、そんな声も出せたんですね。私、びっくりしちゃいました」
「いやいやいや! そんなこと言ってる場合じゃないって! これ見てよこ、あれ、箱に戻ってる……」
「これ、ロボットなんです」
「へ?」
 愛見は、柔らかくその黒い箱に手を置いた。途端、それは実体を失う。まるで液体のようにするりと彼女の手の上に登って、再び形を成した。鼠の形。彼女の肩にまでのぼり、反対の掌の上へ。その頃には微妙な変化を果たしていて、酷く小さな猫の形をとっている。
「Nano Computer Robot。通称NCRです~。分子の五百倍の非常に小さなロボットの集合体で、警備ロボットとしての活用が期待されています。何でも数か月後には本格投入されるとか~」
「すぐじゃないですか」
「そうです、すぐなんですよ~。今、色々荒れてるじゃないですか~。それはもうのっぴきならないほど。だから、製作陣も必死なんです~。ほら、少し前に、日本人が建てた会社にRPG撃ち込んだアメリカ人の話もありましたし~」
「対戦車ミサイル撃ち込まれたんですか! 思った以上にアメリカって恐ろしいですね……」
「……で、その製作陣の一人が図書さんなんですが~」
「マジで!?」
 マジでとか言っちゃった。
 聞けば、このロボットの旧世代機である小指の先ほどのロボットがあり、それをここまで細かくするのに必要だったのが、魔法技術であったのだと。図書はそこに、運命の巡り合せのようにして参加し、開発メンバーの席をモノにしたと彼女は話した。
「それで、今も多分開発の上でのテストをしているはずなのですが、案内しましょうか~?」
「是非! 是非に!」
 総一郎、理系と好奇心の犬の血が疼いた。
 ロボット工学というと前世の専門からは外れているが、それでも興味深い分野だった。本当は、テレビに映っていた刑事さんのロボットでさえ興味津々だったのだ。図書の手前、恥ずかしいから我慢したけれど。
 総一郎の快諾を聞いて、愛見は満足そうに立ち上がった。「こちらです~」と案内してくれる。付属の校舎から、本校舎へ。そこから研究室が密集する棟に着き、その、さらに奥へと歩いていく。
 道を歩きながら、ふと偶に抱く違和感。その方向に目を向けると、いっそう深い闇が口を開けている。ゾッとして、その度に目を逸らすのだ。アレは、ナイを彷彿とさせる。ミスカトニック大学は大きく設備の整った学び舎だが、同時に闇も深いらしい。
「ここですよ~」
 窓から漏れ出る光は、ぼんやりとしていて不気味だった。生唾を呑み込む。ただならぬ雰囲気が、そこにあった。
 総一郎は、スライドドアを開く。そして―――
「あー! もうだから言ったんですって! こんな大型の形を取って! しかも野生動物の習性までコピったらそりゃあ暴走しますよ! っていうか暴走じゃないですよ! 順当な操作ミスですよ!」
「分かった! 私が悪かったからこれ止めて! ズー君ジャパニーズでしょ! 何か魔法とかでドカーンとどうにか出来ない!?」
「ジャパニーズすら拘束するロボットを目標に作ったんでしょうがNCRは! こんなんどうしろってんで、あーあーあー!」
 ―――研究室中を跳梁する黒い巨大動物にパニックを起こす、二人の研究者を見つけた。
「……何、これ」
「……さぁ……?」
 二人して放心。何となく、部屋の全容を観察する。真っ白な部屋。研究室。だがそこにあっただろう秩序はすでに崩壊している。粉々に破壊された大きな機械の残骸。ずたぼろのカーテン。そして「ナーウ!」と咆哮を上げる大型ロボット。総一郎はぽんと納得の手を打って、理解した。
「俺、帰るね?」
「えっ」
「あっ、お前総一郎! 何でこんな所に居んだ! いや、この際その事は良い! ちょっとこっち来て手伝ってくれ!」
「……もっと早く行動していれば……!」
 後悔の念に打ちひしがれる。ため息をつきながら、明らかな面倒の種に近づいていく。
「どうしたの、これ。興味と面倒が戦って面倒が勝っちゃったんだけど。帰っちゃ駄目?」
「昔のお前はもっと興味に対して純粋だったろ!? ガンガン行こうぜ!」
 そんなRPGの作戦みたいなこと言われても。
「いや、人並みに興味は湧いてるんだけど、家に帰れば図書にぃ教えてくれるだろうし。日本人打倒用っていう時点でそこはかとない不安があるし。先に言っておくけど、俺あんまり強くないよ?」
 その様に、総一郎は嘯く。魔法による個人的な戦力の多寡が知られるのは、外聞的に良くない。戦闘能力が評価されるわけでもない法治国家においては特に。
「何とかなるって! 優さんの息子だろ? こうさ、ミサイル的な感じで魔法放てば何とか出来るって!」
 そんなRPG大作戦みたいなこと言われても。
「……まぁ、出来ることならやるけどね……」
 興味は、ある。勿論ある。というか実際うずうずしているのを必死に隠している。だが、この状況はそれを差し引いても好ましくない。そんな風に考えていると、奥の方から図書と会話していたもう一つの方の声の主がこちらに歩いてくる。
 白衣の女性。白人らしい鼻の高さと、知的ながら活発に見開かれた瞳が印象的だった。彼女は勢いよく総一郎の手を掴み、にこやかに笑いかけてくる。だが、何処か社会人としてのずれを感じなくもない。もっと言えば、ネジの外れた研究者っぽい雰囲気は存分に感じられた。例えば、そう。背後のロボットを無視して自己紹介を始める辺りに。
「おっ!? もしかしてズー君のお友達かな? どうも初めまして、サラ・ワグナーです! 一応ここの研究室の室長やってるよ! 社会学にも詳しいから私の著書とか呼んだことない? 亜人関連の奴」
 その言葉に、総一郎は戦慄する。体が、ブルブルと震えだす。ナイが隣にいた、数年前に読んだ本。その、作者の名前。
「……も、もしかして、サラ・ワグナー先生ですか? あの、『亜人社会論』の……?」
「おー! そりゃあ、私の処女作だよ! 君、若いのにそんなの読んでるなんて、中々いいねー」
「いえいえ、そんな……。それに、先生もお若いですよ」
 外見年齢的には二十代の女性である。外見通りの年齢なら、役職的には異例の大出世だろう。
「いやいや、私は研究に処女も夫の座も明け渡した人間だからね。若いという事は、女としてのそれではなく残りの寿命がそれなりに残っているという点に対してだけの価値しかないさ。そんな事より、……これ、何とかできないかなぁ?」
 初めはしたり顔、最後には引きつり顔という表情豊かな具合に、サラ先生は総一郎に頼み込んでくる。それに総一郎は、理性の限界を感じ、放棄することにした。
「分かりました。全力で何とかしましょう。……その代り、今度対談していただけませんか。色々と話したいことが」
「そのくらいならいつでも来なさい。私は引き籠って研究室に入り浸りになっていない時以外は暇だからね」
 そう言われては総一郎も、心の中の葛藤に決着を付けざるを得なかった。揺れていた天秤が外聞を弾き飛ばす。だが、それでも不必要に力を振りかざすのが愚であるという自覚はある。最低限の配慮はするつもりだ。
「……で、これをどうこうする訳だ……」
 真っ黒なロボット。その一方で、動物さながらのしなやかさを感じさせる動き。虎の様であったが、動きの幅を考えると猫のようにも感じられる。これはむしろ、巨大化した猫と表現すべきだろうか。とすれば、中々に厄介だ。
「……」
 無言で、近寄る。NCRの大猫は、こちらに気付き警戒心を露わにした。「最悪壊しちゃっていいからねー」とワグナー先生の声が届く。その所為で一層大猫が威嚇体勢に入る。余計な事を。
 手始めに、軽く魔法を飛ばしてみた。風魔法。実際にすぐさま復元されていくのを直視したかった、という興味心が本音だ。体を両断する程度の鎌鼬。ロボットの斜め上半分が切断され、ずれ始めた途端にスライムのように軟化し再び元の形状を取り戻す。予想以上に気持ち悪い。
 嫌な顔をして総一郎は問う。
「……先生。これの弱点って何です?」
「さぁ? ぶっ壊されてもすぐに復元して障害を排除する、スーパー警備ロボットを想定して作ったからねー。私が教えてほしいくらいだよ全く」
「……図書にぃ」
「諦めろ、総一郎。この人頭いいし話してると凄い面白い発想を度々教えてくれるんだけど、どうしても無神経な所が抜けないんだ。そこはもはや性分だからスルーしてくれ」
「頑張ってくださいね~、総一郎君~」
 愛見に至っては完全に他人事だ。少しも手伝おうと考えない辺り、彼女の本質が透けて見える。
「いいよもう、やってやるよ!」
 叫んで、総一郎は臨戦態勢に入った。と言っても、構えをどうこうという事もない。こんな事になるなど露とも考えていなかったのだ。木刀が無ければ素人の不恰好な構えにしかなりはしない。
 そんな総一郎の珍しい不器用さに、ロボット猫は興味を示したようだった。人間の体躯を遥かに超える巨大なそれ。何度か攻撃で四散させても、互いの磁力に引き寄せられ再構成されるというのだからキリがない。とすれば、方法はおのずと限られてくる。
「ロボットの粒子一つ一つを酸化させて動かなくする。あるいは、原子段階にまで戻してしまう。……これは、どちらかというと最終手段だ。もっと、仕組みの所から……」
 思考する。理屈と当然を組み合わせて、この黒いNCRの定義を狭くしていく。例えば、このロボットは、全身が駆動領域だ。動物で言う脳の形を頭の中に模しているかもしれないが、そこは動物のデータを真似たに過ぎない。
 データ。
 そう、データを送られている。送られているという事は、送った側があるという事だ。送った人間は先生だろう。なら、送ったデバイスを考えればいい。
「先生! NCRを動かしてるコンピュータは何ですか!? それを調べればあるいは!」
「あー、ごめんねー? そのコンピュータを壊したのがそこの馬鹿大猫でさぁ……。まぁバックアップで動きを維持してるコンピュータが無いわけじゃないんだけど、それ、私の頭の中なんだよねぇ……。かといって私の頭の中の奴はNCRに命令下そうもんなら熱で多分脳ごと溶けるし、動きを止めるだけでも私の脳ごとぶっ壊さなきゃどうにもならないし。だからそのままで何とかお願いできるかな?」
「……図書にぃ。何、それ」
「俗にいうBrain-mounted computerって奴だ。脳内に小型デバイスを埋め込むアメリカ人の富裕層がよくやる奴。電脳魔術と大体同じくらいの性能を誇るとか」
「ってことはここでこれをそのままぶっ壊すしかないわけだ。うわー、……うわー」
「そんなマジで気落ちした声出すなよ……。ほら、俺だって手伝うからさ」
「いや、図書にぃが傍に居ても最悪巻き込みかねないから応援に徹してて」
 という経緯によって最終手段を行使する。早い。こちらの思考に使ったエネルギーを返せと言いたい。
「あー、……もうどこからどうやっていいのか――うわ」
 かなりの量の会話を交わしておきながら中々動かなかった黒きロボット猫に、総一郎が気を緩めた瞬間だった。奴はその猫を模したしなやかな肉体をバネにして、跳躍。からの肉薄。丸太ほどもありそうな腕が、鉤爪をもって総一郎を引き裂きにかかる。
 だが、一周回ってその事が総一郎に覚悟を決めさせた。幾年ぶりかの戦闘。死の迫る感覚。ぴり、と修羅の肌が粟立つ。引きつるように笑う、右側の自分が居る。
 間一髪。躱し、ボディーブローを入れるように接触した。まず、酸化から。火魔法。さぁ、錆びろ。
「――――――――――」
 数年ぶりかの、口頭での詠唱。急激な粒子一つ一つの酸素との融合に、ロボットは動きを鈍化させる。
「おおー。ジャパニーズはそんな事も出来るのかい。凄いねぇ。対爆と耐火は施しておいたけど、まさかこんな一瞬で錆びさせてくるとは」
 先生が拍手交じりにそう褒めてくる。少しばかり誇らしい総一郎。だが、彼女は不敵に笑ってこうも続けるのだ。
「だけど、その程度なら動きを止めるに至らないね?」
 漆黒の大猫は、鈍い跳梁で総一郎から遠ざかる。そして赤き錆を内側に呑み込んで、見えなくした。様子を見守る。すると、すぐに精彩を取り戻した動きでこちらに迫ってくる。
「NCRには、自浄作用がある。錆び程度なら、その反応で他のNCRとの摩擦で見る間もなくこそぎ落とされてしまうさ。だから、その方法は駄目だね。不可能ではないけれど、難度が高い」
「なら、残る手段はあと一つです。一応聞きますけど、別にガラスが割れたって気にしませんよね?」
「ああ、構わないけれど。しかし、ふむ。案外手が尽きるのはすぐだったね。君の動き良いから、ちょっと期待してたのに」
「一般人に期待なんぞしないでください。それに」
 ロボットの体当たりを避ける。紙一重の距離。ワグナー先生が、「それに?」と聞き返してくる。
 総一郎は、再び大猫に手を当てた。
「こちらの魔法は、全てに対応する奥の手です」
 そして紫電が放たれる。
 総一郎は三人を背にして、電子を弾き飛ばし原子間の引力を無に帰した。ロボットの一つ一つを構成していたはずの電子は、全て電撃となって、絶縁体であるはずの空気を通り抜ける。その過程で逸れて地面を駆け巡り、部屋中のガラスが割れた。NCRは、その残滓さえ残さない。最後に風魔法と空間魔法で、空中を舞っているはずの元NCRであった何かの鉱物を異空間に消していく。これで処理も完了だ。
 残るは忽然とした静寂だった。僅かに残る電気の音が、そこに花を添えている。久々に、楽しい運動をした。対峙した直後の総一郎の感想は、そんなものに過ぎなかった。
 しかし、それでは済まさない人間が居る。
「Woo……」
「えっ、マジか。今のってお前、中学レベルの魔法がこんな威力に……?」
「総一郎君、……強かったんですね……」
「……あっ」
 マズイ。切り札を使うのが早すぎた。もっと試行錯誤すべきだった。
「えっと、あの、これは……」
 わたわたと弁解に走る。だが時はすでに遅し。感心の目がこんなに痛いものだという事を知らなかった。正直今の時代のこの街で強いなどと知られても、寄ってくるのは精々不良くらいの物だろう。何せ日常に強さなどいらないのだから。
 その様な考えが根底にあった総一郎は、それ故喜色満面でつかつかと歩み寄ってくる人物に驚かされた。ご存じのとおり、ワグナー先生である。
「素晴らしい! ワンダフォー! 侮って悪かったよソウチロウ君! ところで、今の魔法、どういう事なのか、詳しく説明してくれないかな? 後学のためにも!」
「え? あ、アレは魔法で電子を強制的に散らしただけですよ。図書にぃも言ってたけど、中学生レベルの魔法です」
「つまり、全ジャパニーズが使えると!?」
「は、はい……」
「ズー君! 困るじゃないかあんな奥の手を隠されては! 全くもう! さぁ、今すぐ今の魔法の対策にかかるよ! 納期はまだ残ってるのに暇だったんだ! 調整なんてつまらないこと言ってないで、新しく機能を付け加えるよ! しかし、どうしたら今のを防げるかな? 電子を奪われるのが問題なわけだから、すぐに代わりの電気を供給すれば繋ぎ止めることはできないだろうか?」
 ぶつぶつと呟きながら、研究室を出て行ってしまうワグナー先生。総一郎はその姿に呆気にとられ、唐突に肩を叩かれ身を震わせてしまう。肩を顧みれば、図書の手であると知れた。
「すまんな。それと、ありがとよ、総一郎。しかし、見ない内に、お前随分と強くなってたんだなぁ。何か誇らしいぜ」
 笑みと共に、くしゃくしゃと頭を撫でられる。「もう子供じゃないよ」と恥ずかしくなって手を退けると、くすくすと愛見の笑い声が聞こえてきた。「私たちと一緒にいる総一郎君と、図書さんと一緒にいる総一郎君って、やっぱり違うんですね~」などと面白そうに言っている。
「それなら、白ちゃんと一緒の総一郎君は、どんな顔をするんでしょう~?」
 体が、硬直する。
「んー、もっと剽軽になるな。ツッコミにも愛があったし」
「そうなんですか~。早く、再会できると良いですね~」
 二人の、何気ない会話。明るい声色。総一郎だけが口を開くことが出来なくなった。「じゃ、そろそろ行くな?」と図書が手を振っていなくなる。「では、私たちも帰りましようか~?」といつもの通り間延びした声で言う愛見。
「……うん、そうだね」
 総一郎は、言う。アナグラムで必死に形作った笑顔で。目の前の少女を殺そうとする修羅を必死に押さえつけながら。
 早く。行動を起こさなければ。表で集められる情報は、あらかた集めただろう?

「武士は食わねど高楊枝」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く