武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

1話 白羽の居ない日々Ⅳ

 騒音が、新しい我が家のリビングで渦巻いていた。テーブルに散らかされたスナック菓子の山。テレビは勝手につけられ、三人の内二人はまるで自分の家かのように寛いでいる。一人で帰宅しそんな状況に出くわした総一郎は、半眼に引きつり笑みで問いただした。
「……で、何で君たちここに集ってるのかな?」
「いいじゃんいいじゃん。気にするなよイッちゃん。そんな風に頭硬いとシラハさんみたいになれないぞ?」
「そうですよ~。もっと寛容に生きましょう?」
「あ、アハハ……。一応止めたんだけどネ、ボクも」
 見るからに図々しい黒い肌の高身長、J。意外に図々しかったメガネとおさげの日本人、愛見。そしてそれなりに常識のあるらしい可愛らしい少じ、……年の中国人、仙文。勝手に上り込んできやがった、ミスカトニック大学付属校での新しい友人たちである。
「まぁ、いいけどさ。白ねえと仲良かったってことは、多分この家にも何回か来たことあるんでしょ? 勝手知ったる場所なら、多少は納得がいくよ」
「何回かどころか毎日入り浸ってたぜ」
「そうですねぇ~。白ちゃんは基本的に家に人を呼ぶのが好きですから」
「……そうですか」
 正直、微妙に合わない感があるけど気にしない。友人とは、普通時間をかけて関係を深くするものだ。彼らの場合白羽を介した又聞きで親愛の情にずれが生じているに過ぎない。例えば、ローレルに今のようなことを言われたら自分は苛立つか――否である。
 そんな風に自分を納得させ、総一郎は寛容になる。元カノの事を思い出して少しブルーになったが、それもひとまず捨て置いた。彼らは電磁型テレビを見て指さし笑いをしている。何やらコメディでもやっているようだ。総一郎も見ていると、クスリと笑えた。
 そこに、玄関のしまる音。視線をやる。どうやら図書が帰って来たらしい。
「たっだいま~、っと。おお! なんか懐かしい顔がちらほらと! うっわ愛見ちゃんも! よく顔出せたな」
「あ、はい。色々ありまして~。あとでお話ししますね~」
 小さくお辞儀をする愛見。確か彼女は白羽と同い年で、言うなれば先輩という事だった。ちなみにだが、Jは同い年である。その割になじみ過ぎではないかとも思ったが、入学する以前からそれなりに入り浸っていたらしい。何でも、スポーツ推薦であるとか。頭のほどからしても納得である。
「何か酷い事思われた気がするぞ」
「ははは、ワイルドな君ならスポーツ推薦も納得だって思ったんだよ」
「お、そうか? いやー、褒められちゃったよ」
「よかったですねぇ~」
 物は言いようである。
「そういえばさ、君たちってどんなふうにして白ねえと知り合ったの?」
 もともと、昔の白羽の話が聞きたい、という名目だったはずだった。それで家に来る来させないという話になったのだったが、図書と面識があるならそこまで目新しい事もないだろう。
 むしろ、彼らの知る白羽に対して、興味があった。「ごめんね内輪の話で」と仙文に謝る。「いいんだヨ、有名人だから、ボクも名前だけなら知ってるし、興味もあるんだ」と気を利かせてくれた。仙文、もしかしたらものすごく良い奴なのかもしれない。
「そういう事なら、おれじゃなくてジャパニーズ二人組の方が向いてるだろうな」
「まぁ、『電脳魔法』があるからな」
「そうですね~。じゃあ、ちょっと私出します~」
 言いながら、愛見は空中で指を下にスライドした。総一郎、きょとんとする。彼女はしばらく見えない何かをいじってから、最後に「えっと、図書にいさん?」と催促した。彼はすでに動き終わっていて、「ほらよ」とビー玉ほどの大きさの球を渡す。
 ぱち、という小さな音。精神魔法であると、感づいた。そして、そこから立体的に映し出されるモニター。そこには、記憶よりも成長した白羽が満面の笑みを浮かべて、幸せそうにみんなで笑っている。
「何年か前に、バーベキューをやった時の写真だな」
「はい。あの時、楽しかったですよね~」
 くすくすと、二人は笑っている。総一郎は、その写真に目を奪われていた。真っ白で長い髪。あまりに美しい、その朗らかな笑み。そう思う一方で、総一郎は眉を顰める。
 何かが、変容を起こしている。白羽の中に、総一郎からは不純物が見出される。
「……変な顔して、どうしたよ総一郎」
「え? ああ、いや」
 目ざとい図書にバレて、どう取り繕うかと思案する。一秒弱。戸惑いがちに、「あの」と言う。
「コレ、どういう操作で出したの?」
「え? 電脳魔術で、ちょちょいと」
「電脳魔術って何さ……?」
「え?」
「あっ、あー!」
 愛見のきょとんとした声と図書のいかにも「忘れていた」と言う絶叫。彼は両手を合わせて深く頭を下げる。少し、般若の面の突起が手にぶつかっている。
「すまん。マジすまん。すっかり忘れてた。そうだよな、総一郎イギリスで日本の義務教育課程が若干抜けてたんだもんな。ごめん総一郎」
「いや、そこまで謝らなくてもいいけどさ……」
「……総一郎君、電脳魔術使わずに生活してきたんですか?」
 愛見の間延びが消えるほどの重大事件だったらしい。「う、うん」と頷く。
「それは、辛かったでしょう。ごめんなさい。気づいてあげられなくて」
「あの、重病人に対するような態度止めてもらえます?」
 一応年上なので敬意は払うが、結構この人も突っ込みどころが多い。
「で、結局何なのさ? 電脳魔術って」
「うーん。……めっちゃ便利なネットと言うか。いい表現が思いつかないから、愛ちゃんパス」
「簡単に言うとですね~。精神魔法とコンピューターを併用して、頭の中にパソコンを作っちゃおう、というものですよ~」
「あー、何となくわかった。俺、脳内の精神魔法で作った計算機で、二・三百ケタ程度の計算が出来るけど、大体そんな感じでしょ?」
「うん? ああ、うん……。多分あってるだろうけど、何でそんなものを」
「呪文は?」
 尋ねる。教えられたとおりに唱えると、目の前に視界を覆い尽くすような電磁ディスプレイ染みた物。その中心では、「ようこそ」の字が輝いている。なるほど、と思った。本当に、頭の中でのパソコンという訳らしい。
「お前初めてだよな? 使うの。中学生になるまでは使えないんだけど、今なら簡単に登録できるだろ。そこから先は、何だ。適当に使って慣れてってくれ」
「雑な説明ありがとう。んー、じゃあぼちぼちやっていくかな」
 軽く弄ってみる。登録は、名前を入れるだけで完了してしまった。確認してみるが、コンテンツ自体は前世のそれと比べてもあまり遜色ない。この程度なら慣れるも何もないだろうと判断して、手を払う。精神魔法を基にしているだけあって、単純な操作なら説明なしでも行えた。
「その様子だと案外抵抗ないらしいな」
「うん。結構使い勝手良さそうだし。しかし、凄いね。アメリカで開発されたの?」
「いいえ~? 三十年前からあったそうですよ~?」
「あ、そう……」
 なんだか悲しくなった。
 仕方がないので、話題を戻して白羽の話を聞いた。明るい、彼女の話。数個聞いたが、彼女は必ず何かしら問題を起こし、それを垂直方向に上の回答をもって自分で解決するという事が知れた。稀有な少女である。
 もし失踪していなくて、お互い、この家で再会したとしたら。――どう思うのだろう。総一郎は、彼らの話を聞きつつ考えてしまう。
 総一郎の知らない内、ヒーローのように変わった白羽。その外見は、いっそう美しくなっていることだろう。天使。開花して何年も経った今、彼女はどれほどの力を有しているのか想像もつかない。
 街中ですれ違ったとしても、自分は気付けないのではなかろうか。そんな思いが、少年を惑わすのだ。


 可憐な、少女だった。
 均整のとれたすらりと伸びるその体型。整った顔立ちは言うまでもなく、見事なのはその長く赤い髪だった。緩くウェーブした、そのブロンド。亜人でもなければ自然に有り得ない髪色は、しかし実に豊かに少女を彩っていた。
「何よ、じっと見て」
 少女は、授業前に一人、席で本を読んでいた総一郎に話しかけてきた。そして、横に座る。その時は仙文も愛見もJも居なかった。視線も集っていなくて、二人きりであるともいえた。
「きれいな髪だね。地毛?」
 真紅と言っても過言ではないその髪色。肩を竦めて尋ねると、彼女は釣り眉を顰めて総一郎を睨みつける。
「バカなこと言わないでくれる? 亜人がこんな堂々と人前に出られる訳ないじゃない」
「これは失敬したね。あまりに見事で見とれてしまった。でも、ナンパしている訳じゃないんだ。すでに心に決めた人がいるから」
 ぷっ、と彼女は吹き出す。
「あなた変わってるわね。褒めておいて、自分には彼女が居るって普通言う? まぁいいわ。これも何かの『縁』って奴かも。私はエルヴィーラ・ムーン。ヴィーでいいわ。あなたは?」
「総一郎・武士垣外。ソウでいいよ。にしても、日本語に興味があるの? 『縁』ってさ」
「この街を大きく変えちゃったもの。それなりに、よ」
 そんなヴィーのこまっしゃくれた物言いが、何ともおかしくて総一郎は笑った。それに「何よ」と不満げな彼女。
 この地に移ってから、今まで接してこなかったタイプの人間とよく知りあう。彼女も、その一人だった。
 彼女とはその授業で一緒しただけで、次の授業は別々だとすぐに別れた。だが、彼女の言う縁なのか、昼食時に一人で食べているヴィーを発見。隣に腰を下ろして、「やあ」と声をかけてみる。
「あら、びっくりした。ソウじゃない。良く会うわね」
「これも縁って奴だよ、きっとね」
「ふふ、あなた結構ユーモアがあるタイプ?」
「んー……。いや、周囲の方が騒がしいからいっつもツッコミやってるよ」
「嘘。意外」
「本当だよ。そうだね、多分あと十秒もしない内に――」
 指を立てて、軽く予言してみる。だが、その途中で危機感を抱いてカバラを使った。精神魔法での演算。素早く動き、その場から飛び退る。
「イッちゃん! ようやく見つけ――ガゴッ!?」
 Jが総一郎の座っていた椅子に激突。「うぇっ!?」とヴィーが凄い声を出して仰け反る。揺れる赤い髪と、その下で伸びる黒く大柄な少年。総一郎は疲れて仕方がないというため息を漏らしつつ、Jの伸び切った背中に足を乗せる。
「こういう事」
「え、ええ……。納得したわ、って、アレ? あなた、J?」
「んぁ、……あれ、おまえアバークロンビーのガールフレンドじゃなかったか……?」
「ああ、振ったわ。だからあいつと私は無関係」
「そりゃまた。何でって聞いてもいいか?」
「そうね……。音楽性の違いよ」
 バンドか。
「んー、いまいち関係が見えないんだけど……」
 総一郎の苦言にJとヴィーは『ああ』と異口同音に遠い目をした。何があったのか、とジト目を向ける。
「いや……な、こいつの――元彼か。その元彼がおれと犬猿の中でな。うん。その何がムカつくってスペックが高いくせに亜人差別者なのがもう腹が立つったらないんだよ!」
 思い出したムカついてきた、という様子で、Jは思い切り自分の膝を叩いていた。ヴィーも、「アレは、何というか、ねぇ……」とあきれ顔。対して総一郎は微妙な顔をする。
「亜人差別者……って、やっぱりこの街にもいるんだ」
「いっぱい居るわよ。今日初めて会った時も言ったでしょ? でも、この街を回してるのが日本人になりつつあるから黙ってるだけ。JVAも怖いしね」
「道理で見ないなと思ったら。そんな怖れられてるの? JVA」
「銀行強盗十数人がたった五人のJVAに現行犯逮捕されてるのを見た事あるぞ。でもすごいよな。JVAって一般人なんだろ? 一応つまりジャパニーズならあの状況を誰でも打破出来たって訳なのか」
「魔法って反則よね。あんなの、マシンガンとか手榴弾の携帯を義務付けてるようなものじゃない? そんな社会で良く成立で来たと思うわよ」
「確か、小学校からそういう訓練受けるって聞いた事あるんだが、イッちゃんは受けたのか?」
「あー、と」
 赤髪少女と黒人少年から質問が飛んでくる。答えづらいと思って、少し戸惑う総一郎。言葉を練って、回答する。
「義務教育の一環ではあるよ」
 結果として、嘘は言わないでおいた。無難な言葉である。
 話題は巡り巡って、再びそのヴィーの元彼の話になった。基本的には悪口大会だ。途中で愛見や仙文もきて、特に愛見は積極的にその話題に参加していく。分からない総一郎と仙文は偶に相槌を求められる為、一応話に耳を傾けなければならなかった。
「……何だかナァ」
「その気持ち、よーく分かるよ、仙文」
「ありがとう、イッちゃん……」
 周囲がズレているせいで、どんどんと仙文と仲良くなっていく気がする。頭の位置がローレルと似通ったところがあって、かなり話しやすい相手だった。顔も好み――と考えた時点で総一郎はこっそり精神魔法。自身を正常化してから、もういいや、と自棄になって二人で勝手に会話を始めた。
 すると特別相槌を求められることもなく、それぞれが和気藹々と歓談している、という状態になれた。――そう暢気に構えていられたのは、総一郎側でない方のグループから怒号が聞こえた時までである。
「ふざけるな! 大体お前はいつもいつも!」
「えっ、はっ?」
 総一郎は戸惑い気味に振り返る。すると、四人の内に一人白人少年が混ざっていることに気が付いた。かなりの美丈夫である。ちょうどいい精悍さを湛える肉体を、シンプルな服で包んだイケメン。これはJが嫌いそうな相手だ。と勝手に思う。かなりの偏見である。
 今の言葉を発したのは、状況から判断してJのようだった。彼らしくもなく、表情をゆがませて白人少年に指を突きつけている。対する彼は、首を微妙に傾げた余裕ある態度で、半眼をもってJを睨み付けていた。
「おい、だから落ち着けって言ってんだろ? オレの考えどこか間違ってるか? 分かりやすく言ってくれれば直すからよ」
「直すも何もないだろうが! 亜人に対して人種隔離政策なんて……! お前、アメリカ史の先生がそんなに嫌いだったのか! 泣いているぞ、草葉の陰で!」死んだのかアメリカ史の先生。
「っていうか、は? どういうこと?」
「ん、何だお前。こいつらの仲間か」
「まぁ、そんな所だけど。それで、何? 君が人種隔離政策の事を持ち出して、こんな事になってるのか?」
 人種隔離政策とは、恐らく語る必要もないだろうが、南アフリカなどで行われた黒人差別の悪法である。いや、黒人だけではない。つまるところは多数派の白人による白人以外の差別である。白人とそのほかの人種の結婚は認められず、他にも白人以外投票権が無かったり賃金の差が酷かったり、と言った具合だ。
 差別、人種隔離。そういうものを聞くと、総一郎はイギリスの事を思い出す。カバリストたちが、陰謀をもって排除したもの。イギリスにおける亜人戦争にて富を蓄えた、差別心に塗れた新興貴族たちの一掃。
 少年に目を向ける。「どういう事? 詳しく説明してくれないかな?」と極力怒りを押し殺して尋ねる。
「だからよ、そもそも亜人をっていう言い方自体がちょっと誤りなんだけど。オレが言ってるのは、ジャパニーズ全員の隔離だ。いや、言い方が悪いな。住み分けと言っておく。何せ、ジャパニーズがこの街に来てからかなりアーカムは荒れたんだ。もともと一時的な避難でこっちに来たんだろ? 準備を整えたら日本に戻る計画もあるって聞いてる。だが、お前らはどうもここに根を張っているように見えてならない。それも、JVAなんていう暴力的な組織を立ち上げて、だ。こっちはいつアーカムがジャパニーズに呑み込まれるのかって冷や冷やしてんだよ。早く出て行ってくんねぇかな」
 嫌悪丸出しなその言葉。総一郎は、確かにその言葉にいら立ちを覚えた。その一方で、冷静な視点からの言葉であることも感じ取る。この白人少年は教養のある人物だ。あくまでアメリカ人の視点を持ったまま、現状社会の問題の一解決法を挙げているに過ぎない。
 だが、Jはその言葉にただ単に腹立たしげにしているばかりだった。ヴィーは呆れ顔で顔を抑えている。意見がどうのこうのというよりも、何故喧嘩を売るのかという感じだ。愛見や仙文は純粋に引いていた。
「それはつまり、ジャパニーズは差別を受けろってことか、アバークロンビー! 笑わせるな! お前の言っていることは極端なんだ!」
「お前の方が言っていること極端だろうが、J。誰が差別なんて言った? ジャパニーズには経済軍事、共にアーカムだけでは到底太刀打ちできないほどの強さがある。とてもじゃないが雑には扱えない、そういう状況下の今であるからこそこの解決案を指摘している訳でだな」
「だから!」
 再び平行線の言い合いを始める二人。正直アバークロン何とか (惜しくもその先を記憶できなかった)の意見も極端なのだが、それでもJに比べれば建設的だ。ともあれ、自分は初めから関わることではなかったか、と考えて再び仙文と話し始める。
 すると、愛見が総一郎の事をつついてきた。「何ですか?」と聞くと、言い合う二人を指して言う。
「黒白罵詈合戦」
「紅白歌合戦みたいに言わないでください」
 亜人のお蔭で守られた日本文化って多いんだなぁとかちょっと思った。笑点然り。

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