武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

9話 我が身を滅ぼせ、英雄よ(2)

 ドラゴン討伐のために途切れていた人間関係は、おおむね回復できたと言えた。
 例えばベル。彼女はめでたくカップル成立したというファーガスの手引きで、ローレルと共に軽く茶会を開くことに成功した。例えばネル。彼は数日素振りに精を出していたら、何となく遭遇した。
 ある意味では五人メンバーの再結成と言う形なのだろうかと首を傾げていると、実は後輩が半ばそこに割り込んできているという話をローレルから聞けた。しかし、あまり好かれていないのだとも語っていた。
「アンジェ、という子なのですが、彼女が居るとどうにも会話の流れを掴めないんです。結局口を挿めなくて、むっつりしてしまう、という事が多く……」
「それなら、良かったじゃない」
「どうしてです?」
「カバラ」
「ああー」
 最近通じ合ってきたのか、言葉数少なく会話することが多くなってきている二人。先日そのことに気が付いて『夫婦みたいだね』と冗談を言ったら、顔から火が出るんじゃないかというくらいローレルは恥ずかしがっていた。正直そこまで激しい反応が返ってくるとは思っていなくて、新鮮やら微笑ましいやらで一層愛おしい限りである。
「……これは若干種類が違う気がするんだけど気のせいだろうか……」
「何がです?」
「恋人じゃなく娘なんじゃないかと危惧」
「恋人です」
 断言されたからにはそうなんだろう。
 早朝。修練場。素張りは、少し前に一区切りつけた。怖いです、と言われたのだ。確かに、気が立っていた、という自覚はある。
 周囲の環境。差別。虐め。それらは遠巻きにしていてもそれなりに不快で、その上朝は毎回最悪な気分にさせられていた。夢。悪夢。あの化け物のために、朝はいつも憔悴気味だった。
 唯一の救いと言えば、課題の多さのためにそれに掛りきりにならず、睡眠を怖がって寝不足にならないことくらいだ。普通なら多くの問題をまとめて抱えるのは得策ではないが、その一つ一つが手に余るのなら、いっそ複数あった方が安全と言う時もある。
 普通の人間には、到底当てはまらない条件ではあるが。
「対策考えておかないとなぁ……」
「夢、ですか? 私が付いていてあげられればいいんですが……」
「昔に比べて大分感覚が狂ってるよね、ローレル。ちょっと過保護すぎじゃない?」
「妥当です」
 妥当らしかった。
 しかしそうも言っていられず、ふむと顎に手をやった。魔法を使う対策となるならば、恐らく精神魔法だろう。しかし、その先が思いつかない。
 他に対策がないわけではなかった。ナイに植え付けられた記憶を紐解けば、何もかも理解出来るのかもしれない。けれど、恐らくそれに頼るのは『無貌の神』の望む破滅なのだろう。総一郎はそれを、精神魔法によって強固に封じ込めている。
 とりあえず少年はその事をローレルに伝えた。肯定するにしろ、否定するにしろ、何かしらの足掛かりにはならないかと言う淡い期待だ。そして少女は、それにきっかり答えてきた。
「夢を見た直後、夢を見たという記憶を消してしまうのはどうです? 他には、寝入ってから六時間は夢を見ない状態を保てるように細工してみる、とか」
「ローレル。愛してるよ」
「現金ですよねソーも」
 慈愛の瞳に白い目が返ってきて総一郎は落ち込み気味だ。仕方なくいじけていると、唐突に顔を上げるように言われ、従うとキスをされる。
「これで、機嫌は治りましたか?」
「……ローレルのくせに生意気だ! 畜生、目にものを見せてやる!」
「えっ、ちょっ、まっ、あははははは! 駄目! 駄目です! ぅぁあはははははははは!」
 くすぐり地獄再び。何処がポイントなのかもばっちり理解しつつあるので、もはや少女は総一郎の掌で踊る存在にすぎない。よって先ほどいじけていたのはフリと言うやつである。分かるだろう? 分かれ。
 そんな風にじゃれ合っていると、「お前ら今日も仲良いな」とファーガスが歩いてきた。一時停止した二人は同時に手を挙げて挨拶。「統率取れすぎててキモイ」とお褒めの言葉を賜る。
「ほら、差し入れ」
「お、ありがとう」
「そんな、私は見てるだけなのですから、気を遣っていただかなくても良かったのに……」
「そういう訳にもいかないだろ。まぁ、自分の分のついでだ、有難く受取ってくれ」
「末代まで語り継ぐよ」
「マジかよ、お前それ孫辺りになったら俺とてつもなく恥ずかしい事になるじゃん。『ファーガスと言う人が居てな、その人は私にジュースを奢ってくれたんだよ』『……それ今言う必要ある?』みたいな」
「五代あと辺りになったら尾ひれがついて凄いことになってそうですね」
「ジュースがポーションとかになってそうな気がする」
「そのお蔭で難敵に勝てたとかですね」
「僕の何気ないボケがまさかここまで膨らむなんて……」
 愉快な仲間たちである。どうでもいいが、ファーガスの演技が異様に上手かった。
 三人で缶を傾ける。一服してから、ファーガスは深刻そうに言う。
「ソウイチロウ。お前の噂、もう俺の耳にまで届いたぞ」
「アイルランドクラスまでですか? 随分早いですね」
「そりゃあ、スコットランドクラスとアイルランドクラスはソウイチロウつながりで情報共有してるからな。積極的でないイングランドクラスなんかは、知っててもベルくらいのもんなんじゃないか? ――ともかく、注意しておいてくれよ。俺はもう、さして強くもないんだから」
 ファーガスからは、この冬休みであの凄まじい力を封じたと聞いていた。なるほど、確かにそれを封じてしまえば、ファーガスの力は騎士候補生の中から頭一つ飛び抜ける程度のものだ。力にはなってくれないだろう。
 しかし、そんな気遣いだけでもうれしく、総一郎は虚勢を張る。
「つまり、いつも通りってことでしょ?」
「あのなぁ……」
 安穏と笑むと、ファーガスは呆れたように頭を掻く。そこから伺えるのは、安堵、そして不安。相反する感情。人間とは複雑だ。
「襲撃でも受けたりして」
「笑い事じゃないんですよ、ソー」
「……あー、そうか。ソウイチロウの感覚って常人とは著しくズレてるんだったな」
「それは盲点でした……」
「君たち人の事をさしてそこまでこき下ろすものじゃないよ」
 溜息二つ。取り繕うように、「大丈夫だって」と言い聞かせる総一郎。実際に襲撃を受けたのは、その数日後のことだ。


 暇つぶしにアナグラムを計算していたところ、総一郎は危機を感じて立ち上がった。夜。ファーガスと日中話せない分、ローレルを交えてお喋りした後である。
「んー、……不可避。いや、机の下ならギリギリ……?」
 呟きながら、計算を終えて机の下に潜り込んだ。ローレルと共に計算練習していた時に比べれば、格段にスピードが上がっている。というのも、計算の訓練をするより精神魔法で頭脳に電卓を組み込んでしまった方が、効率がいいと気づいたのだ。組み込むにはカバラを使えばよく、今の総一郎の未来視は相当なものであるといえる。
 机の下に潜り込み、木刀を外側に向けてじっとしていた。心の中で指を折る。三、二、一……。
 爆音。強風。飛び散る破片。だが聖神法による前者は木刀に阻まれ、副産物の破片も机が弾いてくれた。次いで、勝ち誇ったような傲慢な声が響く。
「やった! ついにブシガイトを」
「いや、死体が転がっているかどうか位確認しなよ」
 言いながら総一郎は十人近くいる上級生たちの前に躍り出て、一振りで三人の頭蓋を打った。返す刃は届くか微妙だったので、カバラで調整して五人の胴体を叩く。頭蓋の三人と胴体の二人が崩れ落ち、怯んだ三人を追撃で打ちのめして、最後の一人の喉元に木刀を突きつける。
「で、これは一体どういう訳なのかな」
「ぇ、あ……あ……!」
「何とかいいなよ。あんまり苛立たせるようだと、殺してしまうよ?」
 訊くまでもないことを言わせるのは、ささやかな復讐だ。彼らが子供である限り、総一郎は殺さない。だが、意地悪くらいはしても良いだろう。
「……ありゃ、気絶しちゃった」
 彼は白目を剥いて失禁していた。ズボンの股の部分が、少しずつ黒ずんでいく。
「……少し懐かしい気分だな。父さんとの稽古を思い出す」
 その時、メールが来た。ファーガスからのものだ。察知して、心配してくれたらしい。安心させられるよう返信した。すでに返り討ちにしたと。
「さぁて、これ、どうしようかな」
 少し考えて、面倒だから寮の前に放り出しておこうと決めた。魔法を使えばその作業も楽に済んで、総一郎は同じく魔法で修繕した部屋のベッドに寝転んで、一つ大あくびの後に微睡に落ちていく。
 翌日、総一郎は絶叫と共に跳ね起きた。そして、思い出すのである。自分は寝る度のこの夢を視て、うなされ、正気を失うほどの恐怖を持って起床するのだと。だが、寝ないでは体が持たない。全身の震えが納まった後、総一郎は葛藤の末に自らに精神魔法をかけた。ローレルの提案通り、忘却のそれである。頭のしびれるような感覚と共に、魔法が発動しきって、数分ほど忘我した。
 我に返ったのは五時過ぎだった。今の総一郎の頭の中には、夢に関する者の一切が消え、ただ習慣の素振りの身を思い出している。
 少年は支度にかかった。
 身を引き締めるべく、朝一番にコップ一杯の水を飲み、風呂一杯の水に浸かる。イギリスの春は寒いため、水風呂から上がるときは微妙に震えるほどだ。素早く体を拭いて、服を着た。木刀を手に取って部屋から飛び出す。
 少々暗い、レンガが敷き詰められた道を、急ぎ足で走った。早朝は、どの国も空気が静かだ。寮を出ても、彼らは居ない。あの後少し時間が経ったら目覚め、その日あった出来事の全てを忘れてから自室に帰るように仕込んであったのだ。
 日本とは違いながらも風情ある、イギリスの歴史深い雰囲気を感じながら、総一郎は深呼吸した。空を仰げば日本よりも遥かに高い空。魔法を解禁してしまった今、偶に飛び上がりたくなるのだが、そこは我慢ひとつである。
 木刀を、振り始めた。近い内に、またあの魔獣の集う山にも登ろうと思った。ローレルの家に居た頃はろくに外に出なかった為、運動不足気味なのだ。発散せねばなるまい。
「……相変わらず、音が怖ぇなぁ」
「おはよう。ファーガス」
「おう、おはよう」
 いっそ礼儀正しいほどの所作で、総一郎は親友を迎える。こういう礼節は、人間ならば欠かせないものだ。腕のゆがみが消えてから、自然とそれを意識し始めた。
 今日もまた、ファーガスと手合わせした。極力聖神法や体術、剣術以外の技術を使わないようにしているのだが、昨日今日と彼は非常に強く、特に昨日など総一郎は無意識のうちにカバラを使ってしまっていたほどだ。
 腕が鈍ったというのも勿論ある。剣だけならば、山籠もりした時が一番冴えていた。だが、当時の実力では今のファーガスに勝てないのではという危惧すらあった。それだけ彼の技は鋭い。目つきも、総一郎を圧してくるようなものがある。
 真剣での模擬戦だからだろう、と総一郎は当りを付けていた。ネルの影響で、木剣などではなくそうするようになったのだという。確かに致死性を奪う聖神法があるにはあるが、朝一での訓練にはあまりに張り詰めた雰囲気が出来上がる。
 それを、今年に入ってからネルと共にやっていたのだと。あまり彼の姿を見ていない総一郎だが、単独でオーガを倒せるほどになったと聞けば、どれほどの実力を得たのかは想像がついた。
 総一郎はファーガスの横なぎを木刀で受け流し、首筋に切っ先を突きつける。
「勝負ありだね」
「あー、クッソ。本当ソウイチロウ強すぎだろ」
 倒れ伏して荒い息をつくファーガス。総一郎も、今日は息が少し切れていた。カバラは辛うじて使わずに済んだが、消耗度的には昨日より遥かに上だ。上手くいなせたと見るか、ファーガスの実力がさらに上がっていると見るかは難しいところである。
「いや、ここ二日間、ファーガスには相当追いつめられているよ。怠けてたからかな。相当差が詰められてる」
「お、マジで? っていうかお前怠けてたのかよ。ドラゴンどうした」
「あんなの聖神法で倒せる訳ないじゃないか。それは普通に……」
「普通に?」
 総一郎、微妙に違和感を覚えて質問を返す。
「ファーガス、僕に探りいれてない?」
「えっ、い、いや! 決してそんな事は!」
「うん。バレバレ」
 嘘下手だねぇと呆れると、両手を合わせて彼は謝ってくる。しかし、気持ちは分からないでもない。むしろ昨日の騒動に直接切り込んでこないだけ奥ゆかしさがあるともいえた。思えば両手謝りなども妙に日本的な所作だ。
 前世の死に間際の事を想起した。あの、狂った少年。口にはしないが、ファーガスも総一郎の正体に気付いているような気がしていた。カバラではなく、勘だ。
 解決せねばならない問題ではあった。しかし、今ではない。いずれ時期が来るだろうと考えていた。自然と、話してくれる日が来ると。その様に総一郎は信じていた。
 総一郎は口を綻ばせて、軽く語る。
「奴らは、魔法で成敗したんだ。日本ってそれが一番有名でしょ? でもこの国じゃ犯罪扱いになってるからシーね、シー」と、人差し指を口元に当てる。
「え、……いいのかよ。それ」
「だって別に乱用しているわけじゃないし。それどころかドラゴン倒したんだから名誉賞貰ってもおかしくないでしょ。僕ノーベル平和賞欲しい」
「あ、それは俺も欲しい」
「でしょ?」
「でもドラゴンと言う生物をぶっ殺してる時点でアウトだとは思う」
「その発想はなかった……」
 歯を食いしばって悔しがる総一郎に、「次があるさ」と慰めるファーガス。「二人とも一体何の会話をしているのですか」といつも以上に呆れた半眼を向けてくる少女が一人、修練場の端から歩いてくる。
「おはよう、ローレル」
「おいっす」
「おいっすです。ソー、ファーガス」
「ローレル、最近口調とかどうでもよくなってない?」
「そんな事はありません。ただ、崩していい相手と場合があることが段々掴めてきただけです」
 結構気軽な所が前面に押し出されてきた節のある彼女である。やはり馬鹿丁寧なのも疲れるのだろう。気を許してくれていることの証左だと思えば、可愛らしいものがある。
 しばらく雑談してから、少々ローレルの聖神法を見てみようという話になった。ファーガスの提案だが、総一郎もなかなか興味をそそられる話題である。しぶしぶ了承した彼女は、修練場の中心付近で引っ張り出してきた石柱(硬度は上から三番目。第五学年騎士候補生~第一年騎士補佐相当)を目の前にして、杖を取り出した。見ない内に、華奢で素朴な長杖になっているのを知って、思わず彼女自身と似ていると思ってしまう少年である。
 彼女はカバラを知っているのもあって、要点を押さえている為魔法に近い威力で聖神法が発動した。聖神法は、魔法に比べて威力決定にかかわる箇所が非常に多いのだ。だからこそ、実力に大きな差が出るという側面がある。
 余談だが、彼女が向かう石柱はかつて図書が作った石像と大体同じ硬度である。とはいっても銅の塊程度の物体であるから、一概にレベルが低いというのも間違いだ。文化文明の違いと割り切るほかあるまい。
 案の定というか、ローレルはいとも容易く石柱を破壊した。感嘆の後「この分なら更に上の石柱もいけるんじゃないか?」とファーガスが言うが、それに対して彼女は首を振る。
「いいえ。あまり硬度の高い石柱を壊すと、破片が見つかって噂になりますから嫌なのです」
「そうか? 俺なんかは一番硬いのをちょくちょく壊してたけど」
「スコットランドクラスにも名前が聞こえてくるくらい有名でしたよ、ファーガス」
「マジで!?」
 この二人も仲良いな、と微笑ましい反面ちょっとジェラシーな総一郎。どちらに対して「○○を取らないでよ!」と言おう迷っていた途中、素朴な疑問が湧いて尋ねてみる。
「というか、ローレルって何で特待生なんだっけ?」
「あー、何だっけ。平民のころから聖神法が使えたんだっけ」
「そうですね。そんな風な経緯です」
「へぇえ」
 目配せとカバラで会話する。
『ヘレンさんの仕込みかな?』
『可能性は高いでしょう』
 目配せ会話終了。ファーガスに話を振る。
「ファーガスは確か全クラスの聖神法が使えるんだよね?」
「おう。お、とするとアレだな。来年はこの三人でスコットランド生だ」
「え、何それ楽しみ」
 テンションを無駄にあげて三人でハイタッチ。未来は希望で満ちている。少なくとも、そう思い込んでいた方が楽だった。
 そんな未来は来ないのだと、自覚していても。

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