武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

8話 森の月桂樹(7)

 研究の成果としては、とりあえず接触していればいいらしい。という事だった。
 故に、この様に昼食を取るべく外に出る時などは先ほどの握手型ではなく、手をつなぐという形に収まった。互いの右手左手を伸ばし合って、並んで歩く。
「……は、恥ずかしいです……。誰も見てませんよね? 何やらくすくすと笑い声が聞こえるのは気のせいですよね?」
「幻聴と被害妄想にすぎないから安心すると良いよ、ローレル。にしても、君は何と言うか、とてつもなく初心なんだねぇ……」
「むしろ私としてはあなたが平然としているのが納得できません、ソー! あなたも異性の事には疎いはずでしょう!?」
「別にそんなことなかったり」
「えっ……?」
 呆気に取られてぽかんとするローレル。その表情があまりに間抜けで総一郎は吹き出してしまう。
 街中。雨。しとしとと、降りそそぐ。石畳の上を、水たまりを避けながら歩いていた。先ほどに比べれば勢いは治まっていたが、イギリスの気候にしては少々長引いている方だ。
「そういえば、この町で雨に打たれてると、少し思い出しちゃうんだよなぁ」
「何をです?」
 総一郎は、くるりと傘を回す。相合傘。ローレルは例のごとく恥ずかしいと嫌がっていたが、手を繋ぎながら二つの傘を差している方がよっぽど目を引くだろうという考えのもと、説得するに至った。ちょっとローレルとしてみたい、と言う考えが、全くなかったわけではないのだが。
「去年の……ちょうど今頃だったかな。当時のホームステイ先の家族で、こっちの街まで出張ってきた時に、こんな風な雨が降り出してきてね。その時確かローレルの家にも行ったんだよ? もちろんお客としてね」
「そう……なのですか。世間は狭いのですね」
「それで、そこらへんに放置されてた杖に障ったら、フィリップさんに滅茶苦茶怒られた。
「プッ」
 ローレルは、横を向いてクスクスと笑いだした。総一郎も、同じように思う。狭いものだ、この世の中。本当に縁のある人間とは、思わないところでつながりが出来る。
「それで……、その夜に、ワイルドウッド先生が来たんだ。騎士学園に入学しないかって」
「……それを、受けたんですね」
「まぁね。当時は、穏やかながら閉塞気味の現状を打ち砕けるって、内心小躍りしていたくらいだけど。――まさか、こんな事になるなんてね。まったく、お笑い草だ」
「何でそれを受けたのか、聞いても?」
「うーん……ローレルならいっか。と言っても、笑わないでよ?」
「笑いませんよ、私は」
「そんなこと言って笑ったら、カバラで小一時間笑いが止まらなくしてやる」
「ひっ、殺される」
 びくっと遠ざかるローレルに、「濡れるから派手なリアクションは控えるように」と傘を差しだす。総一郎の肩口が濡れたのを見て、「すいません……」とおずおず戻ってきた。
 至近距離。
 いつの間にか、この間隔に慣れてしまった。
「僕はさ、元々四人家族で、お母さんが死んでいるんだよ」
「えっ。あ、その……」
「いいよ、君の気に病むことじゃない。と言うかまだ序の口だから覚悟を固めた方がいい」
「ソーの人生ハードすぎませんか? ……覚悟、決めました」
「それで――その後、お父さんも何を思ったか日本に残るって言って消えちゃって、人食い鬼の襲撃の所為でお姉ちゃんとも離れ離れ」
「あうっ」
 そこまでで理由の件は終わりだったが、ローレルの反応が楽しくてさらにその後も付け加える。
「その挙句孤独にわたってきたイギリス。温かな新しい家族の元に立ち直りかけてきた少年は、騎士学園と言う隔離施設に追いやられ拷問染みた虐めを受ける。それに耐えかね、教師の一人を殺害。敷地内の山にほぼ着の身のまま逃げ込んで、他の生徒の食事を強奪したり、自分自身で亜人を捌いて食らったりとまるで獣のような生活を送り」
「あううっ!」
「それからひとたび人間らしい生活を取り戻すも、ドラゴンを倒すべく各地を放浪。自分が素早く行動を起こしていればと自己嫌……、ごめん。これ以上最近の事は整理しきれてなくて茶化せない」
 完全に茶化しきって、ローレルを怯えさせつつ高笑いするつもりだったのに。自分の弱い心が憎い。
「……ソー!」
「おわっ!?」
 急にローレルが少年の手を取った。彼女は両サイドに揺れる小さな金色の三つ編みを激しく揺らしながら、強い視線で見つめてくる。
「大丈夫ですからね。ソーに何があっても、私が居ますから。困ったことがあればぜひ私を頼ってください。きっと力になれるはずです」
「そ、そう……。――それでちょっと相談なんだけど、今お金に困ってて……。何も言わず五万ポンドほど工面してくれないかな?」
「むっ、……わ、分かりました。ソーの為なら!」
「ローレル。君はとりあえず、詐欺と言うものがこの世に存在することから知ろう」
 総一郎の話は生憎とすべて真実だが、こんな荒唐無稽な話を信じるのははっきり言ってどうかしている。とはいえそれだけならまだマシだ。後半の明らかなボケに突っ込みを入れない辺りヤバい。
 しかし少女は、純真な瞳で少年を見つめつづける。
「だって私、ソーが本当に苦労していることは、知っていますから」
「……」
 総一郎、無言で頭にチョップを入れる。
「痛っ? え、行き成り何ですか?」
「じゃあ、これから少しゲームをしよう。これからの会話で、僕はそれなりの頻度で冗談を言う。それを冗談と見抜けなかったりしたとき、今のようにチョップします。それだけじゃありません。三回目からはチョップでなく手刀に変わります。手の刀、と書いて手刀と読む日本の言葉です。文字通り、手で切ります」
「シュ、シュトウ? 何ですか、それ。今、何が起こっているのですか?」
「ところでさ、僕ドラゴンの件で忙しかったから、学校の宿題が全然終わってないんだよ。帰ったら少し手伝ってくれない?」
「あ、そうですね。分かりました、手伝います」
「ドラゴン討伐に赴く戦士にそんなものが出てる訳ないだろチョップ!」
「痛い!」
 とはいえ右手を変形させて軟度を高めている為、あんまり痛くないと思われる。


「シュトウは駄目です、シュトウは……」
「うん……。まさかあそこまで貫通力があるとは思ってなかったよ。……本当、試し切りしておいてよかったね」
「他人事すぎませんか? 下手すると私割られてたんですよ? あなたに」
「……うん、いや、本当ごめん。掛け値なしに僕が悪うござんした」
「どんな言葉遣いですか……」
 適当な店で軽く昼食を済ませて(不味かった)、総一郎たちは帰路についていた。明日の大晦日の用意にスーパーでの買い物も済ませ、家に帰れば明日を待つだけと言う状況だ。
 歩きながら、適当な会話をしていた。具体的には、総一郎のシュトウはこれ以降禁止と言う話題だ。やってみて分かったが、アレは手刀ではなかった。シュトウだった。普通に戦いの手段になった。というのも、この異形の右手はあまりに打った時に響くのだ。少しの殺気に反応して、硬化、鋭化を果たす。打ったら響くというか、いっそのこと割れているのではなかろうか。そしてその破片が如く、硬く、尖っているのである。多分うまいこと言った。
「ところで、ソー。ちょっと家に帰ったらお手伝いを頼んでもよろしいですか?」
「ん、いいけれど、何を?」
「お料理です。今夜の分と、明日の分の練習」
「あー、そっか。これ、くっついてたんだ」
 繋いでいる手を傘の下で掲げる。いつの間にか違和感がなくなっていたのだ。先ほどの料理屋でもカウンター席に座ったらまったく不便がなかったものである。それで殊更知れたのが、ローレルが実は左利きであったという事だ。
「具体的には、私が具材を押さえて、ソーがシュトウでザグザクと」
「やりません」
「冗談です」
「やらないよ?」
「……何で念押ししたんですか?」
「冗談でも不謹慎だから」
「不謹慎なのですか……」
 ローレル、戦慄である。いや、不謹慎なのかどうかは全く定かではないのだが。ニュアンス的には不謹慎な部類に入るかもしれない。そしてあと二、三回不謹慎と言う言葉を使うと多分ゲシュタルト崩壊が起こる。ああ、不謹慎、不謹慎。
「……ところで、謹慎って何だろう……。謹んで慎ましやかって何? 何でそんなことすんの?」
「不謹慎だからじゃないですか?」
「ん?」
「え?」
 本当に崩壊した。
 そんな風な適当な会話を交わしていると、家に到着した。雨雲はだいぶ薄くなりつつある。ワンタッチ開閉自在型の地味に画期的な傘を親指一本で閉じて、傘立てに突っ込んで玄関を開けた。
 という訳で、手洗いうがいなどを手早く済ませ、総一郎たちは二人、エプロンをつけて台所に立っている。
「……今更だけどさ、僕は適当に、君の首辺りに触れて待機するのでいいんじゃないかな。本を読んでいれば暇はしないだろうし」
「駄目です」
「何でさ」
 言いつつ首に触れる。
「ひぁっ!」
「あ、なるほど。納得した。ごめん、僕が無神経だったね。大人しく付き合うよ。何からすればいい?」
「察しが良すぎるソーは嫌いです!」
「大丈夫、それほど珍しい事じゃないよ。首が性感帯なのは」
「直接的な言葉を使うのは駄目です! 特に駄目です!」
 怒られたので総一郎は素直モードに移行する。練習という事で、簡単なお菓子を作ることになった。
 プティングと、スコーン。
 スコーンと聞くと何故かネルの事を思い出す。
「ネルとかって今何してるんだろうなぁ……」
「ファーガスではなく、ですか?」
「うん。まぁスコーンで気になっただけだから」
 粉を振り振り会話する。ファーガスと仲違いしたことは、伏せておく。
「そうですね。確か今、そこにベルを含めた三人で帰省しているとか聞きましたけど」
「帰省?」
「はい。ベルの実家に」
「……男子を二人も連れて?」
「大丈夫ですよ。もうファーガスとベルは出来上がりつつありますから。一押しあればすぐです。それに、はっきり言って、ハワード君は男の子の勘定に含まれないと思いますので」
「それは……、流石に失礼では」
「でも、彼は女に興味ないと思いますよ」
「えっ」
 ドン引く。
「かといって、男に興味があるというのも違う気がしますが」
「どういう事さ」
 首をひねった。ローレルとタイミングを合わせて生地を練る。最初は苦戦したが、今はそれなりに上手くいっていた。カバラは万能だ。
「彼は、人間に興味がないと思うのです。多分、一部を除いて」
「一部?」
「ファーガスです。ファーガスだけは、興味があるような気がします。あと、ソーも結構、彼の中では優先順位高い方かと」
「それは良い事なのか……?」
「悪いと思います。個人的には、ソーにはハワード君を避けてほしいです」
「……」
「あの、手を止められると困るのですが……」
「ああ、ごめん」
 停止していた行動を再開させた。しばらく、無言で作業する。しかし結局、耐えきれずに尋ねた。
「それは、どうして?」
「何がです?」
「避けた方がいいっていうの」
「だって、彼、怖いじゃないですか」
「怖い……」
 眉根を寄せる。確かに、あの荒々しい気性は、女子からしてみれば怖いかもしれない。
 オーブンに入れる。一通り作業が終わった。ローレルは両手で伸びをする。総一郎はそれに付き合って手を上げた。協力し合ってエプロンを脱ぐ。二人連れだって、居間のソファーに腰掛けた。
「それで言うなら、僕の事も君は怖がっていたじゃないか。意外と素を知れば、考えが変わるかも」
「ふふっ。無いですよ、それは。ソーの事は、私が頑なだったんです。多分先入観がない状態で知り合っていても、今のような関係になってたはずですよ」
 微笑み。総一郎は恥ずかしくなって、視線を逸らして空笑いした。ローレルは、ちょっとむくれる。「でも」と言いなおして、声の調子を変えた。
「ハワード君は、違う気がします。私、昔ソーに言われた通り、気が強いところあるじゃないですか。実際その通りで、怖いものがあると克服したくなる性質なんです。だから一時期、ハワード君を機会さえあれば観察していたんですよ」
「そうなの?」
「はい。とはいっても、自分から会いに行くなんてことはしていませんが。でも、それで色々理解が増えました。貴重な経験だったと思います」
「ぼかさないで言ってくれるとありがたいな」
「拭えない恐怖があること。私が、そういうものに敏感なこと。おばあちゃんが言っていたみたいに、逃げるくらいしか対応策が無い物が存在すること。――それこそ、国から出ていくくらいの必死さが必要な。そういう様々な事を、実感として知りました」
 総一郎は、黙りこくる。少女の言葉の迫力に、押された。その時、ちょうどオーブンから音が鳴った。今までの会話を他所に立ち上がり、「出来上がりましたよ」と嬉しさを隠さずに知らせてくるローレル。総一郎はそれにひとまずの恭順を示しつつ苦笑した。
 せっせと中身を取り出して、お盆に乗せてソファー前の低いガラステーブルまで運んだ。いつの間にか用意していたスプーン、フォークを総一郎の前に置いて「是非これを」と言ってくれた。焼きたての菓子の匂いが総一郎の鼻腔をくすぐる。思わず、生唾が溜まる。
 ――ここ何日かで、総一郎の回復は目に見えるものとなっていた。味覚もしっかりし始めて、シルヴェスター家の味が分かるようになってきたのだ。
 その上で幸運だったのが、シルヴェスター家の料理の水準の高さである。
 ヘレンさんは言わずもがな、彼女が仕込んだローレルの手際と言ったら、すでにこの国なら料理店が開けそうなほどだ。もっとも、この国の料理店はレベルが低すぎるというのもあるが、あと数年修業を積めば、他の国でも開ける手腕に達するかもしれない。
 中でも菓子に関しては素晴らしかった。実際イギリスも菓子類に関してはさほど諸国に劣っておらず、その上でも店を出せるほどの腕前であるのだから感服する。
 迫力半分、焼き菓子半分に説得されて、総一郎はしぶしぶ了承する。頷くついでに焼き菓子を口に放る。甘みがほぐれて消えていく。
「……分かったよ。そこまで言うなら、控えておく。本当は反発心からネルと付き合いを深くしてやろうと考えてたんだけど、今回は考え直すよ」
「ソーは根っこが天邪鬼ですね」
「今気づいたの?」
「あと、意地悪です」
「意地悪したくなるくらい可愛いのが悪い」
「えっ?」
「……あれ、僕今なんて言った?」
 空気が、停止する。ローレルが目を数回瞬きさせる。一拍おいて、顔色がみるみる赤くなっていく。そして立ち上がり、駆け出す。
 だが皮肉にも、その手は繋がっていた。
「きゃぅっ」
 可愛らしい声を上げて、駆け出した足は滑り、総一郎の膝元に倒れこんでくる。それを咄嗟に支えると、くっついている部位が変わった。支えた頭に、総一郎の手が引っ付いている。
「あわ、あわわわわわわ」
「……てい」
 鼻をつまむ。ローレルは目を白黒させ、じたばたした。放す。呼吸を荒くする。また摘まむ。じたばた。
「私をおもひゃにするのは止めへくらはい!」
「割と楽しいから名残惜しい」
「怒りますよ!」
「残念だ」
 随分と、仲が良くなったものだ。そのように、思ってしまう。

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