武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

5話 風の龍 火の鳥(2)

 真夜中。シンと静まり返ったキャンプ。総一郎が着いたばかりのころは、もっと騒がしかったように思う。それがここまで静かになったのは、上層の騎士たちの狂気のなせる業だ。
 総一郎は目を押さえながら、上体を寝袋の上に投げ出し、思考へと没入していった。何がここで起きているのか。どんな思惑が、交錯しているのか。
 目の前に浮かぶのは、人が人を、脈絡もなく殺す情景。人類が末期に突入するとしたら、きっとあのような事が頻繁に起こるのだろう。その中で生き抜くには、考えがなければ難しい。総一郎に死ぬ気はなかった。従って、身の振り方を考えなければならない。
 さしあたって、バーナード上官が一番の脅威となりそうだった。貴族にとって法は十分に働かない。どのように事が運ぶか分からない以上、関わらずにいる事に越したことは無いだろう。あの狂気性は危険だ。それに、総一郎を嫌悪しない事も、何か臭う。
 アイルランドの騎士についても、同様だった。だが彼に関しては接点が無いので、取り立てて気にする必要はないだろう。
 目を、瞑った。そして、開ける。次いで、ナイの言葉を想起する。ドラゴンと戦うという、彼女の予言。
「……ねぇ、ナイ」
 暗いテントの中、隣で寝転がっているらしいナイに言葉をかける。彼女はまだ眼が冴えていたのだろう。はっきりした口調で応じてきた。
「何? 総一郎君」
 少年は、呟くように問いを投げかける。
「あのドラゴンが居なければ、もうあんな風に死ぬ人は居ないのかな」
 ふむ、とナイは声を漏らす。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないね」
「そっか。……そういえば、ドラゴンは全部で五匹もいるんだっけ」
「うん」
 総一郎は、口を閉じた。そのまま、その日は眠ってしまった。
 目の前で、何人もの人が死ぬ夢を見た。うなされて起きると、ナイが寝息を立てて眠っていた。穏やかな寝息だ。キャンプに来た幼子を連想させる。
 邪神でも寝るのだ、と改めて思った。
 翌日も、総一郎は平民の誘導だった。野営地に戻ると、更に騎士の数は減っていた。夕食中、すすり泣く声が食堂を満たしていた。昨日の様に空気を読まず乗り込んできたアイルランドの騎士に、二人が殺された。バーナード上官は、表情一つ変えなかった。
 それが、三日続いた。総一郎は、もはやわざわざ自分のテントに聖神法を掛けなかった。気を抜いていた所為なのだろう。今まで音沙汰もなかったのに、聖神法を掛けなかったその日に、総一郎のテントは破壊されていた。
 怒りも辛さも、感じなかった。ただ、酷く寂しい。
 修理するのも面倒で、特に目的もなくほっつき歩いていた。軍隊の人が、総一郎を見つけて呼び止める。
「はい? 何ですか」
「あ、いや、……君、大丈夫かい? どんどんと、その、君の知り合いが死んで……」
「……大丈夫です。ほとんど、面識はありませんでしたから」
 軍隊の人間は、あの食堂ではもう食べなくなっていた。だが、騎士たちは強制だ。騎士と軍隊は、全く異なる体系で出来ている。軍隊が、正常なのだ。厳しい規律の中で、死者が出たという話も聞かない。騎士だけに死者が出て、特にスコットランドの騎士は夜ごとアイルランドの騎士に殺されていく。
「……そうか、すまないね。君の様な幼い少年がこんな所に居る事が不思議で、つい出過ぎた事を聞いてしまった」
 軍隊は、騎士よりも地位が低い。意見が出来ないのだ。だから、誰もあの凶行を止められない。貴族でさえ、恐怖に身動きが取れなかった。
 総一郎の諦観の滲んだ笑みに、彼は泣く寸前にまで顔を歪めた。これが正しいのだ、と思うと、なんだか少しだけ報われた気がした。
「……あの、すいません。聞いてもよろしいですか?」
 総一郎は、だから彼に問いかけたのだろう。彼は眦に滲んだ雫を急いでふき取り、「何だい?」と笑顔を作った。
「ドラゴンとの戦闘の様子が聞きたいのです。教えて戴けませんか?」
「ああ、そんな事なら勿論だ! ……ただ、少し残酷な話になる。それでも構わないというなら、自分の知る事は全て教えてもいいよ」
「構いません。教えてください」
 彼の話は、少し分かり辛い所があった。しかし何度か聞きなおして噛み砕いたところ、だいたいこんな所だと分かった。
 ――軍隊の人間は、ほとんどドラゴン退治に携わることが出来ていない。騎士達の使う異能は確かに既存の兵器より強力だが、これなら戦闘機を飛ばした方が、被害も少ないだろうし効率もいいはずだ。だが、それは騎士団の意向で許されていないのだという。彼は一度だけ地上からドラゴンにアサルトライフルを撃ったそうだが、ドラゴンの姿を見た事すらない者も軍隊にはいるらしい。
 そして、ドラゴンは機関銃を物ともしなかった。基本的に低空飛行なドラゴンだが、奴は強い風を操るため、そもそも届かないのだそうだ。けれどそれだけではなく、聖神法もまた同様で、惨たらしく殺された騎士たちを何人も見たと。
 だから、騎士の数だけがどんどんと減っていくのだ。
「何で自分たちに協力させないのかが分からないよ。それに、毎夜の『アレ』。士気も落ちて当然だ。何で止める人間が居ないのかって思うと不気味だよ。貴族サマは、もしかして勝つ気が無いのかとさえこっちでは噂になってるくらいだ」
「……勝つ気がなければ、その目的は何だと思います?」
「さぁね。自殺でもしたいんじゃないか?」
 呆れたような、諦めたような声音の言葉に、総一郎は「ありがとうございました」と礼を言って、テントへ戻った。
 テントは、いつの間にか直っていた。中を覗くと、ナイが総一郎の本を読んでいる。「直してくれたの?」と尋ねると、短く肯定が返ってきた。礼を言って、中に入る。
「ねえ、ナイ。すこし、話したいことがあるんだ。聞いてもらえるかな」
「うん、いいよ。どうしたの?」
 ナイは、本を置いて総一郎と向き直った。少年は深く呼吸をして、口を開く。
「ここ数日間、考えてみた。おかしい事の全てを。そうしたら、だんだん見えてきたんだ。それで、聞きたい。……騎士の中に、騎士とは別の考え方の人間が居るよね? もっと言うなら、見えない別勢力みたいなものが」
「……続けて」
「多分だけど、僕がドラゴンといまだに相対してないのも、その勢力の所為だと思う」
「ふむふむ」
「騎士の人が、毎晩殺されるのも……」
「うん。アレは何度見たって不快だ」
 で、とナイは言った。身を乗り出して、総一郎に問いを突き付ける。
「総一郎君は、これからどうするの? 明らかに怪しい人たちを問い詰めてみる? 例えば――あの、何だっけ」
「バーナード上官? ……ううん、問い詰めるのはしないよ。間違いなく藪蛇だ」
「じゃあ、静観する? 心配しなくても、君の命の保証はするよ。とりあえず、ボクに関しては間違いない」
「……それも、したくない」
「じゃあ一体、どうするつもり? 君は、どうしたいの?」
 ナイの問いは質問攻めの様で、総一郎の感情をより透明にしていくものだった。僅かに考えていた靄がかった選択肢が、彼女の言葉で明瞭化され、総一郎自身が選んでそぎ落としていく。
 その証拠に、ナイの表情は穏やかだった。総一郎が言葉に詰まっても、待っていてくれる。まだ足りないと、総一郎は思った。逆に、総一郎が問いかける。
「ねぇ、ナイ。嫌いな人が、物凄く困っていたとしよう。その時、どうすべきだと思う?」
「そんなの決まっているさ。見捨てるべきだよ」
「……そうだね。じゃあ、バーナード上官を殺すのでも、あのアイルランドの騎士を殺すのでもない、騎士たちの救い方って何だと思う?」
「この場所に居なくていい理由を作ってあげればいいんじゃないかな。具体的には、彼ら自身を殺してしまうとか」
「……そうか、ドラゴンが居なくなれば、彼等は戦場に居ずに済む。いたずらに死ぬ事もない」
「前に総一郎君、そんな事言ってたね」
「でも、その為の手段がない」
「アレ?」
「え?」
 ナイが急に素に戻ったようなきょとんとした声を出し、総一郎は戸惑ってしまった。まるで自分が見当違いなことを言ったような反応である。
 ナイは恐る恐ると言う風に、総一郎に聞いてくる。
「手段がない? ……本当に? 魔法はどうしたの?」
「魔法? 聖神法でしょ? 確かに雰囲気は似てるけど」
「いやいやいや。だから魔法だって、魔法。日本に居た時さんざんやったでしょ?」
「う、うん……。……ああ、そうだね! 魔法があった!」
 手をポンとたたき、総一郎は納得に声を上げた。対するナイは手で顔を覆っている。ジトッとした目で、尋ねられた。
「……忘れてたでしょ」
「……いや、ほら。三・四年も使ってないとさ、パッと思いつかない物なんだよ。山籠もりした時も咄嗟に呪文が出てこなかったから結局使わなかったんだし。まぁ、使わないままで大丈夫だったからそのままだったんだけど」
「リハビリすれば使えたんじゃない?」
「そんなことするくらいなら、食料集めるか、聖神法の教科書を読んでた方が楽しくてさ……。でも、そのお蔭で今文明生活している訳だから」
 災い転じて何とやら、と苦笑いする総一郎、あんまり復習が好きなタイプではない。余談だが予習は好きだった。
「……総一郎君の意外な一面がここに」
「うるさいなぁ……。――だけど、成程。そうか魔法か。全然使ってなかったけど、大丈夫かな。ドラゴンを殺す……後戻りは出来ないなぁ。その前に、腕輪も外さないと。ぶっつけ本番で電波阻害とかできる気がしないし」
 思考の深みへと、総一郎は沈んでいく。必要な戦略やその前の布石などを考えていたら、いつの間にか八時を回っていた。夕食を抜いてしまったが、奇妙な充実感が満ちている。
 ナイは、いつの間にか総一郎の膝元に収まっていた。少年の腕を抱きしめ、彼に抱きしめられるような状態で居る。総一郎が我に返ったのに気付き、「総一郎君って集中力凄いねぇ」とにこやかに笑んだ。そして、何も言わずその場を退く。
「ボク、ちょっと倉庫から食料くすねて来るよ。その代り、派手なの見せてね?」
 テントから出ていく彼女の後姿を見つめていた。総一郎は、息を吐いて立ち上がった。旅立つ準備をして、彼もまた、テントを出ていく。


 カーシー・エァルドレッドは、陰鬱な気持ちでテントの中で寝転んでいた。
 ここ数日、そういった感情がぬぐえない。自分の直属の上官が、毎晩スコットランドの騎士たちが集まっている席の方へ歩いて行って、スコットランドの騎士を殺して笑顔で帰ってくるのだ。
 そして、大声でこう言う。
『奴らスコットランドの騎士は、貴族の風上にも置けない奴らだ。亜人との混血なんかを、騎士の一員として受け入れるほどなのだからな! 唯一惜しまれるのは、その亜人との混血の正体が分からない事だ』
 分からなければ他の騎士を殺してもいいのか。そう罵声を浴びせてやりたかったが、理性がそれを止めた。平気で人を殺す人間に、意見はし難かった。
 ブシガイトの事を言えば、どうなるのだろうとは思っていた。しかし、機会が無い。新騎士たちとの交流をしない人だった。いつも、同じように年配の騎士と共に居る。
 考えていたその時、テントの入り口から、ぼす、ぼす、と音がした。起き上がって、ノックのつもりなのだろうと気付く。時間は八時十五分。眠るには早く、一人で何かを始めるには遅い時間だった。友人が訪ねてきてくれたなら、丁度いい。
 立って、入り口を開けた。そして、カーシーは思わず黙りこくった。自分が殺してやりたいと思うほど憎んだ相手。あどけない少年にして、騎士を叙勲されるほどの恐るべき剣の使い手。ブシガイトが、そこに立って険しい面持ちでカーシーを睨みつけている。
「決闘をしよう」
 小さな声だが、はっきりとしていた。決闘は、騎士同士で禁じられている。だからなのだろう。それ以上は言わず、踵を返して去って行ってしまった。
 カーシーは手早く着替えて、愛剣を携え、索敵の聖神法によってブシガイトの居場所を突き止めた。駆け出し、そこが小高い丘の上であると知った。
 暗い中、聖神法でブシガイトの姿を捉えた。奴もまた、同じ芸当をしているのだろう。ちゃんと、こちらの方向に視線を送っている。大剣を構えながら、カーシーは尋ねた。
「何故、決闘などという事を考えた、ブシガイト」
「君に気を遣った。いまだに僕の事を引きずっていたら可哀想だと思ったのでね」
「……」
 奴らしくない挑発の言葉だと、カーシーは思った。思いながら、駆け、肉薄にした。剣戟。拮抗した勝負。わざわざ機会を与えられたのだから、ここで殺すしかない。
 ブシガイトの剣の強さは、相変わらずだった。しかし、攻めが無かった。かつては狼さえ思わせる食らいつきだったというのに、今はどこか人間臭い。強さは、変わらないのだ。だが、勝てると直感した。
 聖神法も、何もかも、カーシーはぶつけた。いなされる。だが、まだまだだ。その時、不意にブシガイトの動きの調子が変わった。気配が、攻めへと転じる。隙が出来たと感じた。おおよそ無意識で、剣を振るった。
 ――その実、この会心の一撃も奴には届かないのだろうという、妙な安心感と言う物が彼には有った。勝負の終結には、もっとふさわしい達成感があると勝手に思い込んでいた。
 それ故、必死に自分の剣を避けようとしたブシガイトが避けきれずに片手首を失った時、自らの所業とはいえ、カーシーは言葉を失った。
 押し殺すような絶叫。ブシガイトは、痛みにうずくまって呻きだした。ギリギリのところで動脈だったのだろう。凄まじい勢いで血が噴き出している。
 それを見て、カーシーは隙が出来たとは感じられなかった。止めを刺すことが出来なかったのだ。あまりにも呆気ない勝敗。ブシガイトが相手でなければ、我を失う事もなかったろう。だが、奴が相手では。
「……っぐ、はぁ……! ……僕の、負けみたいだね」
 気付けば、止血を終えて冷や汗を顔中に滴らせたブシガイトが、苦しそうにこちらに笑顔を向けていた。何故、と思う。何故奴は笑っている。
「君に頼んでよかった。全てが上手くいった。……じゃあ、お休みなさい。カーシー先輩」
 はっとなって、呼び止めた。しかし、すぐに闇に紛れて消えてしまった。慌てて索敵と暗視の聖神法を掛けるが、不思議な事に奴の姿を忽然と捉えられなくなった。
「何処へ行った、ブシガイト!」
 叫ぶが、返答は無い。三時間探し続けて、見つからずに疲れ果て、テントに向かって倒れ込んだ。疲れているのに、睡魔はなかなか来なかった。
 しかし、それでもいつの間にか微睡んでいたのだろう。喧騒起き上がった時、寝ぼけていて訳が分からなかった。騎士の友人に「しっかりしろ! 早くテントから出るんだ!」と言われ、自失状態で連れ出される。
 そして、その光景をみて息を呑んだ。深き夜空が、煌々と照らされている。
 闇夜を舞う、カーシーたちが連日戦っていたドラゴン。また、ドラゴンと食い合う、夜を昼が如く照らす火の鳥。どこかで、「何だ奴は!」と叫ぶ声が聞こえた。あんな大きさの火の鳥など、今までいなかったし、歴史上ですら観測されていないはずだった。
 巨大な亜人二匹の対決は、それこそ火を見るより明らかだった。火の鳥がドラゴンの肉を啄む度に、ドラゴンは断末魔が如き絶叫を上げる。ドラゴンが火の鳥の肉を齧り取る度、ドラゴンは自らの口内を焼く火にもだえ苦しむ。
 離れていれば、風での攻撃が出来た。密着しているから、出来ずにいる。
 拷問の様な食い合い。炎に対する本能的な恐怖を、見る者に抱かせる光景だった。その中で、カーシーは奇妙な確信を持って、索敵を行う。
 反応するのは、当然ながら多くの人間、そしてドラゴンだ。しかし、火の鳥の反応は無い。アレは、生物でないという証拠だった。
 青年の手は、恐怖に震えていた。大声で毒づいて、友人の奇異の視線を振り払って走り出す。
 場所は、言うまでもない。
 スコットランドの騎士たちが集まるテントの群れ。有名だから、場所は分かっていた。行きたいと思わなかったから、今まで行かなかっただけだ。
 息を荒くして、目的のテントを見つけた。他と比べて一回り小さいが、作りがしっかりしている。その入り口を、乱雑な所作で開けた。予想通りの結果に、再び毒づく。しかしその声に、もはや張りは無かった。
 恐らく、奴は自分の事など蚊ほどにも思っていないのだろう。その事が悔しくて堪らない。
 カーシーは一人、空になったテントの中に唯一残された、酷く歪まされた銀色の鉄くずを見る。そして、空を見上げた。
 焼き殺されたドラゴンの地面へと墜ちていく姿が、彼の網膜に焼き付いて離れなかった。

「武士は食わねど高楊枝」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く