武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

5話 風の龍 火の鳥(1)

 辿りついた野営地は、有り体に言うとテントの群れだった。
 簡易的なテントを渡された総一郎は、自分で建てろと命令された。小型のものだが、他の元騎士候補生たち違い、個室である。それを配慮と受け取るか差別と取るかは、人によりけりだろう。総一郎は無関心だったため、特に不平不満を抱かずに組み立て始めた。
 組み立ては、文明の進歩とも言うべきか非常に簡単で、その中に持ってきた私物を置いておく。万が一の為に、聖神法も掛けておいた。守るのではなく、反撃する物だ。一度でも痛い目を見れば二度はしないだろうという考えである。
 準備を終わらせて五分もしない内に、集合が掛けられた。ここに集められた元騎士候補生は、即時戦力としてドラゴン討伐のため尽力してもらうという上官の確認を経て、一旦は長旅の疲れを癒すべく一日の休みをもらった。
 周囲は、活気づいている。今まで戦い、失われていった兵力は、それぞれの負傷に応じて療養のため第一線を離れたと聞いた。死んだ者も居たに違いない。だが、彼等は歴史の陰に葬られる。
 総一郎は、周囲を見回した。気持ちのいい平原である。しかしその背景は凄惨でもあった。周期の差は有るが、高確率でドラゴンはこの地に現れる。その為、人が住めなくなったらしい。それならいっそ平地にして戦いやすく、という考えらしかった。この草は、恐らく遷移によるものだ。
 そんな考えに基づいているので、聖神法だけでなく旧武器などが多く保管されている、ちょっとした倉庫などもあるようだった。旧武器とはつまり、異能の全く用いられていない時代、すなわち亜人登場以前の品々である。
 聖神法は、使える者が限られている。しかし、それではドラゴンを討つには足りないらしく、平民からの軍隊も数多く動員されていた。彼らが、旧武器を使うのだ。しかしアメリカの特殊銃火器はあれやこれやと理由を付けられて、ほとんど輸入できていない。
 一つ、欠伸をかました。誰かに見つかって難癖を付けられても嫌なので、どこか人気のない場所を探そうと、総一郎は木刀を腰に差して歩き出した。包帯が切れてしまってからは、手に巻き付けずとも大丈夫なことが分かっていた。
 しばらく歩くと、少々小高い丘があって、登るとテントの群れを俯瞰することが出来る。眠かったため、ここで昼寝をすることに決めた。横になり、目を瞑る。
 柔らかく顔をなぶる風。草原の揺れる音。涼やかな気候だった。総一郎は、それも手伝ってかすぐに眠りに落ちた。
 そして目が覚めた頃には、彼の腕を枕にして眠るナイが隣に現れていた。
「……」
「……ふぁあ。……あ、おはよう総一郎君」
 のそりと起き上るナイに、微妙な顔つきで総一郎も起き上がった。こめかみをカリカリと掻きながら、空の色を見る。夕焼けの様な、夜の様な、不思議な色合いだ。
「僕はこの場合、どういう反応を返したらいいのかな」
「んー、総一郎君なら、嫌な顔しつつ別に文句も言わない感じかな?」
「つまり怒れって事?」
「総一郎君も食えないよねぇ……。ちょっと興味あるから、試しに怒ってみてよ」
「コラ!」
「ホント総一郎君可愛い」
 愛おしそうな手つきで抱きついてくるナイ。総一郎は「冗談はともかく」とやんわり拒否するがあんまり効果を為していない。
「今何時?」
「総一郎君が眠り始めてから一時間って事は覚えてる」
「六時か。そろそろ夕食だね。戻ろう」
 立ち上がり、背伸びをした。風が、草原を吹き渡っている。ドラゴンさえいなければ、と思ってしまうほどだ。まだ実物は見ていないものの。
 いつも通り腕に抱きついてくるナイの事は、もはや気にならなくなっている。どうせ他人から見えないのだ。狼狽する方が彼女の思惑に嵌る事になる。
 テントの群れに戻ると、先ほど総一郎含むスコットランドの元騎士候補生たちに説明をした先輩騎士と遭遇した。髭面で丸い顔つきの男である。無口そうな人だと認識していた。名は覚えていない。目が合い、何を言われるのだろうと彼に気付かれないように身構えた。
「……ブシガイトか」
「はい」
 何でもないような顔をして答えた。いつでも、木刀は抜ける。ナイも空気を察して少し距離を取っていた。しかし、その気遣いは無駄に終わった。
「何をしている。もう夕食の配給は始まっているぞ。それと、夕食後に明日の方針とそれぞれの役割を教える。心の準備をしておくよう」
 総一郎、唖然とした。それが気付かれる寸での所で我に返り、無難に返す。
「貴方は、夕食、いいのですか?」
「ああ、もう食べ終わった。それと、その様子では私の名を覚えていないらしいな」
 バーナード上官と呼べ。短く言って、そのまま通り過ぎていった。ぽかんとしながら彼の後姿を目で追う。自分の名を知っていたという事は、事情もだいたい知っているはずだった。あんな人もいるのか、と総一郎はただ驚いていた。
「……なるほど、彼もか」
 ナイの呟きに、「何が?」と尋ねた。「しばらくすれば、君にも分かると思うよ」と返され、総一郎は口を奇妙な具合に歪めてしまう。数か月前に比べて表情豊かになったものだ。
 一度テントに戻ると、すでに聖神法が発動した痕跡が在った。仕掛け直しておくが、十中八九もう来ないだろう。
 夕食の配膳は総一郎の事を特に知りもしない軍隊の方がよそってくれたから、特に少ないという事もなかった。それどころか、「君のような少年もドラゴン退治に向かうのか!?」と驚かれてしまった程だ。
 愛想笑いで適当に受け流し、フォークだけでさっさと腹に詰め込んでいく。はっきり言ってマズイ。口にも態度にも出さないが。
 周囲は例の如く、総一郎から離れる為間が開いている。近くに座っているのはナイだけだ。
「……アレ、総一郎君。大量の調味料どうしたの?」
「え?」
 真横に居るナイに視線で示されて、一瞬きょとんとする総一郎。目を落とすと、配膳された料理がある。調味料はかけていない。かける気もない。総一郎は、こう答える。
「もう、いいかなって。少しずつ直ってきたんだよ、最近。まぁ味がちゃんと感じ始めたからって、不味い物は不味いからどうでもいいやって気持ちもあるんだけど」
「見てる側は面白かったんだけどね」
「あれどう考えても体に悪いでしょ。ここじゃあ少しし辛いし」
「ふぅん」
 暇つぶしなのか、マザーグース限定で歌を歌ってあげようと言われた。何故マザーグース限定なのかは甚だ疑問だったが――後に聞けば当時彼女の中でブームだったらしい――ふいに思いついて、総一郎は『キラキラ星』をリクエストした。
「本当に可愛い子だね、総一郎君は。理由を聞いてもいい?」
「ティンクル、ティンクルって言う所が好きだからかな。あと、白ねえが昔それを聞きながら踊っていたような気がして」
「随分と懐かしい名前が出たね」
「……うん」
 どうしているのだろう、とは考えなかった。想像がつかないのだ。彼女も、総一郎が今こんな事になっているとは夢にも思うまい。
 人生なんて、分かるものではないのだ。
「Twinkle, twinkle, little star. How I wonder what you are. Up above the world so high. Like a diamond in the sky. Twinkle, twinkle, little star. How I wonder what you are.」
 ナイが、歌い出した。一番の歌だ。『キラキラ光る貴方は一体何者なの?』と問うている。
 夕食を食べ終えて出ていくとき、カーシー先輩が向こうから歩いてきた。総一郎に気付いたのだろう。顔つきが固い。総一郎もまた、同様である。
 すれ違う。何も言わないし、言われなかった。酷い緊張に、躰が強張る。距離が近いと、ここまで違うか。
 テントで本を読んで、集合の合図を待った。バーナード上官が、「来い」とテントを覗きに来たので、しおりを挟んで立ち上がる。
 外に出ると、もう真っ暗だった。ライトを持った上官に着いていき、大きなテントの中に入る。高さは無いが、広い。注目が来た。無視して、適当に離れた場所の椅子に座る。同い年の少年少女など、一人もいやしない。ただ、冷たい孤独が在った。
 ナイは居ない。こういう時、自然と考えてしまう。自分と言う亜人との混血を、無理を通してまで排除しようとする貴族たちの偏執を。
 最近余裕が出来て物事が見えるようになると、総一郎も段々この国の政府や貴族の違和や異常性が分かるようになってきていた。何かが、決定的におかしいのだ。裁判で総一郎が勝って、騎士たちが被害を受けていないのが、その最たる例だろう。そんな回りくどい事をするならば、最初から総一郎を勝たせなければよかったのだ。
 様々な物が、こじれている。そう、思わざるを得なかった。
「では、スコットランドクラス卒業生たちに告ぐ。先ほども簡単に自己紹介したが、改めて、私の名はバーナード・リッケンバッカーだ。ファーミリーネームで呼ぶのでなく、気さくに名前で『バーナード上官』と呼べ」
 無表情な物だから、本気なのかどうか分からない。本当に気さくに接したら殴られそうな雰囲気すらあった。そう感じているのは総一郎だけではないらしく、周りも少々どよめいている。お前らさっき聞いたんじゃないのか。
「私が諸君らの指揮官を務める予定となっている。先に言っておくが、ドラゴンと言う物は非常に巨大かつ強い亜人だ。油断をして死んだものは数知れない。……まぁ、これは言う必要もない言葉だな。忘れる様に」
 実にすっとぼけた言い回しに、総一郎は微妙な表情になった。彼は、多くのそうした反応を無視して言葉を続けた。
「我々スコットランドの騎士たちは、防衛や遠距離への攻撃に他クラスよりも優位に立っている。そして、ここで相対しているドラゴンは空を飛び、風を操る特性を持つ。つまり、我らがこの戦場では要になるという事だ。諸君らのほぼ全員を直接ドラゴン戦へ投入する。残りは近隣の避難民の誘導を行ってもらおう」
 総一郎は、次の言葉を待ちながら、どの様に立ち回ろうかと考えていた。総一郎の聖神法ははっきり言って酷い。ドラゴンを前にしても、まず当たらないだろう。
 役に立たなければ、周囲に鬱憤がたまる。国を揺るがすほどの龍との戦いでは、下手をすれば死にかねない。
 難しい所だった。そのように考えていたから、次のバーナード上官の言葉には戸惑いを隠せなかった。
「スコットランドクラスで後者に選ばれたのは、ソウイチロウ・ブシガイトだけだな。イングランドの騎士に、誘導係が居る。明日はその者に従うよう」
 ざわめきが起こった。だが、バーナード上官は淡々と反論を許さなかった。
 役割を伝えられた者はすぐに各自のテントに戻れとのお達しを受け、総一郎は釈然としないまま戻った。非常に不可解な状況だった。自分を戦死と言う形で除外するため以外の、何の為にこの場へ連れてきたのだと首を傾げていた。
 翌日、イングランドの女性の騎士が迎えに来た。非常に親切な方で、初めての割に手際よく誘導を行う総一郎を褒めるまでしてくれた。それを嬉しいと思う反面、薄気味悪くもあった。
 その日は、それで終わった。ドラゴンの姿を、未だ見ずにいる事が不思議だった。
 夕方、野営所に戻ると、しばらく見なかったナイが入り口で待っていた。
「お帰り、総一郎君!」
 走ってきて、抱き付こうと跳躍してくるナイ。総一郎は避けようとしたが、避けきれなかった。首に抱き着きくるりと回ったナイは、総一郎を背後から抱きしめるような風になっている。支えの無いおんぶのような感じだ。
「ただいま。……微妙に苦しいんだけど」
「総一郎君がボクを支えてくれたら気にならなくなると思うな」
「素直に下りなよ」
「ヤダ」
 まるで駄々っ子のような言い分である。
 仕方なく、そのまま放置することにした。ナイは勝手に下半身でも総一郎にしがみ付いて、バランスを取り始めている。
 自分のテントへ戻った。聖神法の発動した様子は無い。解いてから、中に入った。毎度の所作だが面倒でもある。総一郎は、夕食の時間まで本を読んで時間を潰した。
 そして、食堂に赴くと、雰囲気が重い事に気が付いた。
 元騎士候補生の数が、目に見えて減っている。生き残っている者も、腕を吊ったりギプスを嵌めたりと満身創痍な者も多い。
 総一郎に、目を向ける人は居た。しかし、突っかかったり睨み付けたりする余力もないようだった。軍隊の人は、あまり怪我をした様子はない。これは一体どういう事なのか。
 夕食を、いつも以上に居心地悪く食べた。不気味なほど、静まり返っている。そこに、足音が響いた。カツカツと、忙しない音を立てて進んでいる。
 総一郎は、自然とそこに視線を向けていた。不味い食事に集中するのも嫌だったのだ。足音の持ち主は、髪の毛が黒かった。アイルランドだろうと推測する。
「リッケンバッカー!」
 怒鳴り声。その憤怒の形相に、総一郎の表情が強張った。食堂中に、びりびりと響き渡るような怒声である。その声が向けられた相手――バーナード上官は、しかし平然と「どうした」と返す。
「どうした? どうしただと!? 貴様は自分の仕出かしたことが分かっていないらしいな!」
「ああ、分かっていない。簡潔に述べろ」
「お前の指揮する小隊の所為で、我がアイルランドの新騎士が一人死んだ!」
「その事か。別に、一人くらい構わないだろう。こちらは十人だか二十人だかが死んだぞ。ドラゴンを甘く見た奴らばかりだった」
 あまりに命を軽視した考え方だった。それも、死んだのは貴族なのだ。平民が死んでその反応ならば、許せないまでも納得は出来た。だが、対する罵声はさらに酷い。
「スコットランドの騎士の命など、何百有ってもアイルランドの一人にも足りる訳がない! どう責任を取るつもりだ!」
 総一郎は絶句する。バーナード上官は、淡々とこう返した。
「なら、こいつの首をやる。切って捨てるなりなんなり、好きにすると良い」
「……言ったな」
「え……? は?」
 バーナード上官は、たまたま横に座っていたスコットランドの騎士の襟首を掴んで、無理やりアイルランドの騎士の前に立たせた。彼は食べかけのパンを手に持ちながら、困惑に上官とアイルランドの騎士との間で視線を右往左往させる。総一郎は、動くことが出来なかった。アイルランドの騎士は、腰の大剣に手をやる。
 銀閃。
 血の噴水。
 当事者の二人以外の、誰が動くことが出来ただろう。その光景は現実味が無く、冗談にしても趣味が悪かった。肩から上の無いその騎士は、しばらくの間直立したまま倒れなかった。齧り跡のついたパンだけが、地面に落ちた。
 すすり泣きの様な、悲鳴が上がった。徐々に、盛り上がっていく。しかし、絶頂を迎える前に封ぜられた。
「この程度で狼狽える様な騎士は、もう使い物にはならないだろうな」
 上官の言葉に、誰もが口を噤んだ。痛いほどの静寂が、満ちている。そそくさと軍隊兵たちが、我関さずを決め込んで食堂から逃げていった。そこには、必死ささえある。――しかし、例外が一人だけいた。
「……総一郎君、ここは不快だね。早くテントに戻ろう」
 軽く、ナイが総一郎の服を引っ張っていた。総一郎は声を出さずに首肯して、残る食事を食べる気にもなれず、食器もそのままに息を殺して食堂内から逃げ出した。
 無言で、音が立たないぎりぎりの早足で、自分のテントへ戻った。急いで掛けておいた聖神法を解き、中に潜り込む。そこでやっと、呼吸を再開できた気がした。
「……狂ってる」
 総一郎は、震えていた。ドラゴンに殺されるでもなく、同じ騎士であるはずの相手に首を刎ねられて殺される。――しかも、本人に何の過失もなくだ。
 おかしいどころの話ではなかった。異常だ。整合性を求めることが愚かしいほどの狂気だった。それを、指摘できる者が居ない。
「だって、おかしいじゃないか。何で、あの場面で人が死んだ? 死ぬ理由が、何処にあった? 分からない僕がおかしいのか?」
「大丈夫だよ、総一郎君。君はおかしくない。おかしいのは、君がこの一年ほど身を置いてきたこの世界さ。だから、大丈夫だよ。君は悪くない。おかしいと思うのは、当たり前の事なんだから」
 怯えてぶるぶると震える総一郎を、ナイは優しく宥めた。正面から彼を受け入れ、隙を見てキスをする。「久しぶりだね」と彼女は笑った。
「ほら、落ち着いて。静かに、よく、考えてみるんだ。何がおかしくて、何が異常なのか。この世は、因果に支配されている。その事は、どんな時だって変らないんだよ?」
 深く、息を吸った。吐きだすと、震えも落ち着いた。そのまま、考え始めた。しかし繋がらない。情報が、足りな過ぎた。まだ謎は残っている。深淵の様な、見透かせぬヴェールだ。
「……ナイ。これらの全てが君の仕業なら、僕は今日、枕を高くして寝られるんだけど」
「残念ながら、そう上手くはいかない物だよ。だって、人間は狂気の歴史を持っているじゃないか」
 弱った風に笑うと、ナイは諭しながらデコピンをしてきた。痛いと思うほどのものではない。彼女は、暗い声でこう結んだ。
「ましてや、この国は魔女狩りを行った国だよ?」
 歴史は、繰り返すんだ。人の矮小さを指先で転がしながら、邪な神は鼻で笑う。

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