武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

1話 変わりゆく空模様(2)

 小雨が、降ってきた。
 総一郎とフォーブス兄妹は、道路を歩いているときにその事を知った。街である。週に一度車で連れて行かれ、大抵はジャスミンとティアの買い物の荷物持ちで時間を潰すのだ。
 だがこの中で、焦って走り出そうとする者はいなかった。この程度の雨は日常茶飯事だったからだ。実際、数時間前にも一度降られている。しかし今回の雨量が先ほどの倍くらいになってからは、流石に建物の中に入って空の様子を見ることになった。
 入った店は、骨董品の店だった。古めかしくも妖しい品々で棚はごった返している。奥の方には華美な人形なども飾られていて、これで女子陣もしばらくは安静にしてくれるだろうと安心した。
「おい、見ろよソウ! この仮面すっげぇぜ!」
 振り返ると、そこにはアフリカあたりの先住民族が着けていそうなおどろおどろしい仮面をつけたブレアが立っていた。「ウバァー」といかにも少年らしい脅かし声をあげて、顔に当てた仮面を揺らしている。
「遊ぶのはいいけど壊さないようにね。それ、脆そうだから」
「じゃあこれなんかどうだ……。ほらこの、……何だろ、これ?」
 手に取ったのは古めかしい木の棒だった。布の敷き詰められた箱の中に入っていたらしく、重厚な飴色の木の箱が棚に置いてある。指揮棒にも似た長さで、しっかりした作りをしていた。
「これ! それに軽々しく触るなクソガキ共!」
 あまりの大声に、総一郎とブレアは身を竦ませた。声のする方を見ると、腰を曲げたしわくちゃの老爺が凄まじい剣幕でこちらに近づき、ブレアの手から棒を奪ってしまう。
「他のがらくたなら少しはいいがな、これだけは駄目なんだ! 全く、貴族様の杖になんてことを……」
「え? 貴族って……」
 それを聞いたくせ毛の少年は、蒼い顔でブルリと身を震わせた。総一郎も体を固まらせ、思わず顔を引き攣らせてしまう。
 貴族。それはこの国において最も恐ろしい存在であると共に、ユナイデット・キングダムの存続に最も重要な役割を担う騎士達の事である。
 彼らは、人類に敵対する亜人と戦える唯一の者たちだった。その理由は単純明快。彼らにしか『聖神法』が使えないのだ。『聖神法』とは平たく言えば日本における『魔法』である。
 この起源は、だいたい第二次日中戦争中辺り、亜人との敵対を決め悲壮な覚悟と共に決戦を行った人間に、唯一神である神が慈悲を下さった。そしてその慈悲こそが、貴族の使う『聖神法』である。……という聖書染みた話にあるらしい。
 ブレアなんかは学校で習った時に嘘だと言い張っていたが、総一郎は別段嘘だとも思わなかった。むしろ、日本ではそれが常だったとさえ言えるのだ。唯一神と断言されるのは癪だったが、貴族の持ちうる『聖神法』は日本らしく言えばキリスト教の神の『加護』という事だろう。と見当を付けている。
 だが、と奇妙に思わないでもなかった。総一郎の前世にも、イギリスには貴族が居た。しかし彼らは聞いたところによると、一般庶民とさして変わらない人物であったという。むしろ、それをひた隠しにする貴族さえいたそうだ。しかし、今は違う。そういう意味では真反対と言っていい。
「それは友人が済まない事をしました。この通り謝りますので、この事はご内密にお願いします……!」
「う、うむ。そこまで言うなら、儂も許さん事は無い。だが、これ以上余計な事はするなよ。雨が上がったらすぐに出ていくんだぞ!」
「ありがとうございます!」
 丁寧に礼をすると、老爺は「全く……」とぼやきながら杖と入れ物の箱を持って奥の方に引っこんでいった。ほっと胸をなでおろす。前述の貴族はその役割故かなりの特権を有していて、問題になると非常に面倒だったのだ。
 そんな風に思っていた矢先、入り口の扉が開き、鈴の音が鳴った。
 総一郎とブレアは同時に店の玄関を見やった。そこには、色素の薄い金髪の少年と、壮年の男性が立っていた。どちらも身なりがいい。だが、どちらかというと少年の方が派手で、壮年の男性は質素な雰囲気がある。付添い、という言葉が浮かんだ。逆に言えば、少年が付き添われるような身分であるという事だ。
「おい、店主。頼んでいたものは出来たか?」
 傲慢とも言える態度で少年は奥の方に呼びかけた。総一郎とブレアの二人など視界にも入らないという具合に通り過ぎていく。店の足場は狭く、細い道で彼の肘がブレアに当たり「痛っ」という声が漏れても、反応する様子が無かった。
「へぇ。ここに完成してございますよ、坊ちゃま」
 先ほどの老爺が出てきて、ブレアの触ったあの箱を少年に差し出した。少年は早速箱からステッキを取り出しくるくると振り回す。「なかなか良い手触りだ」と満足したように箱にしまった。
「……」
 総一郎は、口角を下げて睨み顔ながらも黙っていた。貴族だろう、というのは分かり切っていたからだ。ブレアも悟ったのか黙り込んでいる。しかし、その気遣いは先方に伝わらなかったようだった。「で、」と眉を顰めて総一郎たちに目をやる少年。
「店主。こいつらは一体何なんだ? 何で貴族でもない奴が杖屋に居る?」
「へ、へぇ。その小僧どもは恐らく、雨止みを待っているのでございます。この店は貴族様には杖屋で通っておりますが、庶民には骨董品屋という認識なんですよ。勿論、大したものはございませんが……」
「ふぅん……」
 卑屈な笑みを浮かべる老爺を一瞥して、少年は総一郎達に視線をよこした。まるで値踏みするような目つきで、更に総一郎はカチンとくる。
「……人の事は、あまりじろじろ見る物ではないと思うけれど」
「おおっと! まさかミドルクラスの人間に礼儀を注意されるとはね。いや、うん。確かにそれは済まない事をした。……しかし君は不思議な容姿をしているな。白人ではない。そこのもじゃもじゃ頭とは兄弟ではなく友達と言った関係かな? 目の色はこの国の者でもおかしくはないが……しかし、その肌の色……ああ、成程。君はもしかして数年前にグレートブリテンに渡ってきたジャパニーズと言う奴なのか。あの、汚らわしい亜人を保護して、まんまと騙された……」
「喧嘩を売っているなら買う。今すぐ表に出ると良い」
「おい、ソウ!」
 ブレアは慌てて総一郎の肩を掴んだが、そんなものは拘束にならなかった。瞳をずいと近づけて至近距離から睨みつけるが、少々目を見開くだけでたじろぐような様子はない。絶対の自信を有した目で、余裕を持って見返していた。
「へぇ、貴族のぼくに突っかかるっていうのか。だが生憎、ぼくはそんな野蛮な事をする気は無いのでね。確かにこの口も過ぎた事を言った。だから、君の無礼と帳消しにしてやるさ」
 少年はそのまま踵を返し、「帰るぞ」とだけ告げて店を出ていった。相手が居なくなってしまえば、総一郎の怒りも逃げていくという物だ。息を吐いて肩を竦めて見せると、ブレアは「ハラハラさせんなよ!」と軽く叩いてくる。
 雨は結局止まず、集合時間近くになってから、ジョージおじさんの所までみんなで走った。
 帰りは車だった。気まぐれにミドルクラスなのかと聞いたら、肯定と、何故そう問うたのかという疑問が返ってきた。貴族らしき少年に言われたと答えると、彼等からしたら貴族とそれ以外でしか分けていないとの事であった。アッパークラス――いわゆる貴族は、中流のミドルも下流のワーキングもみておらず、ただ亜人と言う物を敵視しているだけなのだとか。
 外の雨音は途絶える様子を見せなかった。ジャスミンが「酷い雨だわ」と窓から空を見上げている。確かに、日本の梅雨にも似たところがあった。「ずいぶん冷えるな。今夜は真鍮の猿か」とジョージおじさんも渋く言う。長く多く降る雨に不慣れなスコットランド人は、不安、ティアに関しては恐怖すら感じているような表情をしていた。
 夜になっても、雨はやまない。むしろ一層激しくなっていくようにも感じた。家族全員が熱心にテレビの天気予報に食らいついている。日本の様に娯楽媒体が成長していないのが、亜人の存在を活かせなかった証拠の様にも取れて何故だか悲しかった。
 ニュースもフォーブス家の需要に応えるかのように、熱心に天気予報を伝えている。
 そんな時、呼び鈴が鳴った。家族全員が聞き逃したのを見て取って、総一郎は玄関へ駆けて行った。こんな雨の中誰がと思いながらドアを開けた。
 そこに立っていたのは、年若き青年であった。黒いレインコートを着て、一瞬闇に紛れて見えなかった。しかしその表情は柔和だった。髭含む無駄毛は無く、その為か『薄い』という印象を受ける。
「失礼します。ここはフォーブスさんの家ですか?」
 少年であるはずの総一郎に対する丁寧な対応に、瞬間言葉を詰まらせつつ首肯する。
「そう。という事は、君がソウイチロウ・ブシガイト君で良いのかな」
 えっ、と声を漏らすと、青年はニコリと笑った。彼は総一郎に手紙を差し出す。赤く仰々しい封蝋がしており、その中ではライオンと鎖につながれたユニコーンが盾を支えていた。
「君の進路の事で、少し提案があるんだ。現在の身元引受人であるフォーブスさんと話させて貰えないだろうか。私はシーザー・ワイルドウッド。騎士学園であるソールズベリー校の教師をやっている」
 彼はそういいながら、しなやかな短杖を取り出した。


「反対だ! ソウを貴族の元へやる気なんて、私にはさらさら無い!」
ジョージおじさんは開口一番にそう言った。まだ要件を切り出しただけのMr.ワイルドウッドは、意表を突かれて目をぱちくりさせている。対する我らが父は目を怒らせて鼻息も荒い。下手なことを言えば青年はこのまま追い出されてもおかしくは無いだろう。
「大体、ソウは貴族でもなければ『聖神法』が使える訳でもない! この子にそんな不相応な道を行かせる意味が分からないぞ!」
 そうだそうだと父の援護をするブレア。ティアもそれに続き、ジャスミンは何も言わない代わり、しきりに家族の意見に頷いている。どうやらフォーブス一家は貴族がそこまで嫌いらしい。総一郎も今日の事で好きには成れそうにもなかったので、内心でエールを送る。
「いえ、彼にはこちらから後々一代限りの騎士の称号と、それに伴う神の祝福が与えられる手筈となっていますので、その件に関しては問題ではありません」
「しかしソウである必要性が無い!」
「いいえ、有るのです。ではその事を含めて、本題に入らせていただきます」
 ワイルドウッドは身を乗り出した。その動じなさにうっ、とジョージおじさんは呻いてしまう。もっと頑張れおじさんと祈る総一郎。だが、ワイルドウッドの説明を聞いていくうちに、考えさせられるようになる。
「皆さんは、ソウイチロウ君が人間と亜人とのハーフである事を知っていましたか?」
 それを聞いた瞬間、家中が静まり返った。それに戸惑い始めるのは総一郎一人である。凍りついた居間に雨の音が充満する。雨音はいまだ激しいままだ。
「……だから、どうしたんだよ」
 ぽつりと、ブレアが言った。その眼には敵意がにじみ出ている。我も忘れて、机を叩いてワイルドウッドを睨みつけた。まくしたてる様に言う。
「ソウはいい奴だ。亜人とのハーフだってそれは変わらない! それでも差別するんなら!」
「そう、私どもの目的は、まさにそれなんです」
 ブレアの言葉は、いとも呆気なく遮られた。きょとんと間の抜けた声が、もじゃもじゃ頭の少年の口かもポロリと零れる。一度に柔和な笑みを浮かべる青年は、息を深く吐きだしてから落ち着いて切り出す。
「この国はご存じのとおり、諸外国に比べて酷く亜人に対して差別的です。それは歴史上仕方がないのかもしれませんが、このままで居れば我らがユナイデット・キングダムは発展途上の汚名を被る事になりかねない。それだけは、絶対に阻止せねばならない事です。 そこで提案されたのが、亜人とのハーフで、かつ、温和で有名な日本人と交友を持ち、亜人に対する偏見を消すという政策でした。ソウイチロウ君はその点では非常に優秀だ。何せここまで家族に大切に思われている。……そして、だからこそアッパークラスの騎士学園への入学にふさわしいのです」
 お分かりいただけましたでしょうか。と畳み掛ける様に言われて、ジョージおじさんは呆然と相槌を打った。次いで顎に手を立てて、眉を寄せて考えだす。
「パパ! まさかソウを貴族の高慢ちきの元にやるっていうんじゃないよな!」
「……しかし、亜人とのハーフだと先に知られてしまえば、敬遠されて交友の持ちようがないんじゃいか? それに騎士と言えばまさに亜人は天敵だろう」
「それに関しても問題はありません。ソウイチロウ君は卒業と共に亜人とのハーフである事を発表する手はずとなっています。彼の努力次第で、騎士学生の多くが亜人にも善悪がある事を知ってくれると私たちは見ています」
「ふぅむ……」
「パパ!」
 必死に父に呼びかけるブレアを見ていると、子供の無力さと言う物を思い知るような気持ちになった。大人の意思次第で簡単に子供の人生は左右される。だから、このままジョージおじさんに判断をゆだねるのも癪だと思ったのだ。
 その為、総一郎は一つの問いを投げかける。
「Mr.ワイルドウッド。質問なのですが、僕が騎士学園に入学した場合、一体どのような得があるのでしょうか」
「奨学金を支払うつもりだよ。勿論、返さなくていい類のものだ。……そう、たとえばアメリカの都市に移り住んで、節約すれば不自由なく十数年暮らしていく程度にはね」
 にこり、とワイルドウッドは笑った。彼はきっと、総一郎の事情を知っているのだろう。それを知った上で、このような事を言っている。汚い手口だ。しかし、嫌いじゃない。
「行きます。それが亜人の地位向上につながるなら、是非行かせてください」
「ソウ!?」
 叫んだのは、ブレアではなかった。ジャスミンの甲高い声が、総一郎の鼓膜を揺らした。彼女は信じられないという風に、目を剥いて感情の抜けた顔でこちらを見つめていた。
「……ソウ。お前が行くというなら私は止めることが出来ない。……だが、いいのか? ブレアもジャスミンもティアも、勿論私も妻も、お前の事は家族のように思っている。この村の何処にも、お前がずっとここに居て、責める者はいないんだぞ……?」
 ジョージおじさんは、総一郎に悲しそうに言い聞かせた。生き別れの姉が、アメリカに居る。その事は、ブレア家全員が知っているのだ。だが、総一郎は首を振る。
「……違うんです、ジョージおじさん。僕は別に、家族でもないのにこの家にいる事が負い目になっていたとか、そういう事じゃないんです。僕だって、みんなの事は家族のように思っている」
「……ソウ……!」
「おいで、ティア」
 涙を瞳に滲ませた妹のような存在を、総一郎は優しく抱き上げた。毎日鍛えている総一郎には、七歳の少女など重さではなかった。
「でも、僕にはいずれ迎えに行かなければならない、血のつながった家族が居る。僕より一歳年上なだけの姉が、たった一人で異国に居るはずなんです。そういう意味では、今回の奨学金や『聖神法』は魅力的です。これ以上にお金をかけてもらう訳にもいきませんしね。だから僕は、その騎士学園に行きたい」
「……俺達を、見捨てるって事かよ」
「違うよ、ブレア。僕の姉は、容姿がほとんど亜人なんだ。白い髪で、翼が生えてる。この国に亜人差別があったら、連れて戻っては来れないだろ?」
 拗ねたような暗い声音での声に、総一郎は優しく返した。ブレアは袖で目元を拭って、自室の方に駆け出して行ってしまう。総一郎は、追いかけずにワイルドウッドに向き直った。「いい顔つきだ」と褒められる。
「正直、ここまですんなり話が通るとは思っていませんでした。ありがとう、ソウイチロウ君。では、数日後に迎えに来ますので、今日はここで失礼します」
 青年は柔和な笑みと共に立ち上がり、玄関で一礼して去っていった。見送った総一郎を見つめる、寂しそうな視線が二つ。それに、少年は笑いかける。
「そんな、寂しそうな顔をしないでよ。永遠の別れじゃないんだからさ。いつかきっと戻って来るよ。それまで少しだけバイバイするってだけさ」
 言い終わると、衝撃が来た。腹のあたりにティアの頭が当たっていて、その短い手は総一郎に強くしがみついている。もう一つ、胸の真ん中に衝撃。涙目でキッと総一郎を睨んでいる。
「……絶対、帰ってくるのよね」
「勿論、約束する」
 少女の拳は緩やかに解かれ、総一郎は強く握った。随分と好かれてしまったものだと、なんだか不思議な気分だった。


 他の友人との別れは、思いの他すんなりと行った。
 ダグラスは総一郎が亜人とのハーフであると知っても、『黄色い猿』という蔑称しか使わなかった。ガヴァンは少々恐る恐るな表情を出したが、別れの握手を境にいつも通りに戻った。他のサッカーメンバーもあまり気にした風は無く、「亜人が怖いっていうのはもしかしたら両親の嘘なのではないか」という噂が発生するくらいだった。実際フォーブス家の母がティアを叱る時にはいつも亜人を引き合いに出していたから、皆の家もそうなのかなとも思わないでもなかった。
 対して、森のホブゴブリン達には総一郎は別れを告げなかった。元々ホブゴブリン達は若作りの長老であるパックと泉のピクシーたち、いたずら者のボガートを除いて各地を転々としているらしく、パックにその事を切り出そうとしたら「言わなくていいよ、いつもの事だ」と言われ、追い返されてしまった。セリアには言っておかないと、という強迫観念もあったが(怒るとボガートが迷わず言う事を聞くほどに怖い)、それもパックが引き受けてくれると聞いて家に引き返した。
 迎えは、あの日の三日後に来た。
 見送りの日は晴れていて、フォーブス一家とサッカーチームのみんなが来た。ダグラスは居なかった。ただブレアの話によると「呼ばれてないからいく道理がない」と頑なだったと聞いている。少年らしい頑固さが妙に愛しく、ブレアに「帰ってきたらまたサッカーしよう」と伝えてくれと頼んだ。
 車を運転するのは、ワイルドウッドだ。他には誰もいない。それを訝しんでいると「別に大した理由は無いよ」と笑われた。
「それにこの一件が詐欺だったら、Mr.フォーブスに見破られていただろうしね。いや、彼のコネクションの多さには驚かされた。ミドルクラスと言っても彼はアッパーミドルだよ。あの分だと相当な財産を隠し持っているんだろう」
「どういう事ですか?」
「あまりにも突然の訪問に、いきなり持ち出される不可解な案件。詐欺だと思ったんだろうね、Mr.フォーブスは。だからそういう企画があるか、議席持ちの政治家たちに聞いて回って居たらしい。……本当、君は優秀だ。君なら成し遂げてくれるような気もするよ」
 こちらに向けて、柔和に笑いかけてくる。しかし、その表情は次の瞬間には酷く固くなっていた。総一郎も、少々身構えながら聞く。
「ただ、一応気を付けていて欲しい。亜人に関してのみ、騎士学園はほとんど治外法権だ。そのほかの人物は、たとえ政府でも亜人関連となると門外漢で、委縮するしかない。貴族たちは他国の事なんか考えてもいないからね。だから、貴族院は失われたのだろうが、裁判を極力有利に進めるだけの権力をいまだに持っているのだから厄介なんだ。……すまない、難しい話をしたかな。まぁ、大人たちも一枚岩ではないとだけ覚えておいてくれ」
「……ともかく、絶対に知られるなという事ですか?」
「ああ。――本当にすまないね、こんな役回りを押し付けて。……ほら、降りて。教会に着いた」
 一瞬くらい低い声音が混ざったが、結局気にする間もなく教会の中に入れられた。きらびやかに輝くステンド硝子は、総一郎の前世と同じものだ。いまだに保存されているという事だろう。しかし亜人との戦争を経ていたから、こういう古い物は貴重なのだという。
 総一郎は促されて、偶像の前で片膝をついて礼をさせられた。背後から、ワイルドウッドが彼の肩に杖を置いた。短杖ではなく長い儀礼用のものだ。厳かな声で、問われる。打ち合わせ通りにやればいい、と総一郎は自らを落ち着かせた。
「ソウイチロウ・ブシガイト。汝はスコットランドへの忠誠と奉仕、また神の敵たる亜人を殲滅することを誓うか」
 亜人の殲滅。そんな気はさらさらなかったが、言葉だけでいいと言われしぶしぶ了承したくだりだ。
「はい、この命を懸けて誓います」
「ならば汝に騎士の称号と、我らが神の力の一端を与えよう」
 総一郎は手を組み、偶像に向かって祈りをささげた。目を瞑り、ずっとそのままでいる。しばらくすればワイルドウッドから合図が来て、総一郎は目を開けた。これで、総一郎は名実ともに貴族となった……らしい。
「実感が無いです」
「いずれ出て来るさ。とは言ってもこれは特例だからね。何の寄与もないのに騎士に成れたのは、いわば報酬の先払いだ。と言っても楽にしてくれていい。君はただ、学校でみんなと対等に仲良くしてくれればいいのさ。そこから先は大人の仕事だ」
 ワイルドウッド、いや、ワイルドウッド先生は、そう言って柔らかく笑った。
 ここはまだ、スコットランドだ。ソールズベリーはイングランドの端にあるから、ここから飛行機で飛ばねばならない。
 総一郎は騎士になった数日後、空港から空を見上げた。晴れていたと思ったら、また、雨が降り始めたようだった。

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