武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

5話 トリックスターは毒を吐く(5)

 ハワードは大剣を携えてファーガスに追従する。剣を持ちながらの走行というものは、聖神法を発動させていてもなかなかに難しいものだ。それを身軽にやってのけるのだから、日夜狩りを続けてきただけはある。ファーガスも、そろそろ現場に復帰しなければと考える今日この頃だ。
 その上、この雪の中である。奴の実力の上り幅は、生半可なものではない。
「この山ん中に居んだろ? 了解、了解。後は……、そうだな。鍵の件があったか」
「ああ」
「じゃあ、あの檻だな。実は複数見つけてんだ。もっとも、中身が詰まってるのは知らないが」
 ――場所が移されることがあるなら、その中の一つが引っかかるかもしれねぇ。奴はにやりと笑って、駆け出した。酷く早い。ファーガスも、聖神法を使って付いていく。
 デューク先生の居場所。『サーチ』で探してはいるが、一向に見つからない。どれだけの速度で走って行ったのか。ファーガスはどこか、背筋の冷えるような気持になる。
 ハワードの道筋は、複雑怪奇と言ってよかった。木々に印でもつけてあるのかと考えたが、どうも違うらしい。「気付かれたら移されちまうんでな。頭の中にだけ叩きこめば、バレやしねぇ」と、まるで心を読んだかのようなタイミングで注釈する。
「ちなみに、グリンダー。あのオーガの檻ってはよ。実は二種類があるんだぜ」
「二種類?」
「おう。一種類目は崖をくりぬいて土で隠すやり方。何か所か見つけたんだが、こっちはもう用済みらしくてな。きっと俺達が見つけちまったのが悪かったんだろう」
「それで」
「問題はもう一種類の方だ。こっちは、面白い。オレも最初気付かなかったし、気付いた時には驚いた。さぁてグリンダー、それは一体何だと思う」
「ここぞとばかりに焦らしやがって……。分からねぇよ。素直に教えろ」
「チッ、つまんねぇ奴だな。――地面だ。地面の中に、奴には今埋め込まれている可能性が高い」
「地面……?」
「檻があんだよ。でっかい檻が、地面から大体三十センチくらいに天井が来るまで、深くに埋められてんだ。はっきり言って、馬鹿だと思わざるを得なかった。こんな事までしてオレに見つかってんだから、正真正銘の馬鹿だってな」
「……はぁ。それで、その肝心の地下牢ってのは、何処にあるんだよ?」
「お前の足元」
「はい?」
 口を引きつらせるファーガスに、ハワードはにやりと意地悪く笑った。大剣を振りかざし、斬りかかる。驚き飛び退くと、奴の大剣は地面に突き刺さった。聖神法を発動していたのだろう。土は過剰な威力に爆散していく。
 口に入った土を吐き出して、顔中を拭った。文句を言うべく目を開けると、そこには鉄の板らしきものが入っている。軽く、剣で叩いた。手応えは重厚だ。
 ファーガスは理解し、間髪入れずに索敵を発動した。亜人は引っかからない。だが、人間が三人引っかかった。「居たぞ!」と言いながら遠く離れた何者かの方向に指をさす。ハワードは、獰猛な笑い声を上げながらそちらへと駆けだした。
 奴に追従する。聖神法を使った超速度で、まるで車に乗っているみたいに木々が後ろへ飛んで行く。人間の影は、もうすぐそこだ。前方で、荒々しい歓声が上がった。ファーガスも見つける。地面に跪き何がしかを行う、デューク先生だ。
「そいつだ! その人がデューク先生だ!」
「おらてめぇ! 一体何をしてやが――その鍵は何だ!」
 ピクリと、少年は反応する。鍵。走りながらも、さっと血の気が引いた。まさか。
 ハワードは、更にその速度を上げた。ファーガスが付いていけない程のそれである。奴は「邪魔だ!」と叫んで自身の大剣を落とし、デューク先生に近づいていく。
 だが、それでも、遅かった。
 まるでシンバルを殴ったような音が、ここ一帯に木霊した。地面から、黒光りする、巨大な手が飛び出し、一番近くに居た先生を捕まえた。彼はその握力に血を吐き、叩き潰された。手は、一旦それを捨て置きながら、本体を地の底から這いずりださせる。
 索敵に、新しく亜人が一匹引っかかった。
 少年はその時、新たな発見をした。
 ――ああ、そうか。この索敵は、下方向に働ないのだ。
 思考を半ば放棄した証拠を示すような、半開きの口だった。亜人は、血濡れのデューク先生を改めてひっつかみ、貪りだす。
「……ハハッ、こりゃ、やべぇ」
 かつて檻を見つけた時よりは、ハワードには軽口をたたくだけの余裕があるらしかった。冷や汗を伝わせるだけで、表情から笑みを消していない。
 しかし、予想通り、その一匹だけではなかった。
 蓋の外された檻の中から、新たに何匹かのオーガが出てきた。それは連続し、空腹に皆、目をぎらつかせていた。ファーガスは、震えながら後退する。一体、何人が死ぬ? そんな事を考えれば、もうおしまいだ。少年は動けなくなるに決まっていた。
「……でも」
 奥の手は、あるにはある。
 けれどそれを使えば、もっと酷い事にもなりかねない。
「……」
 ファーガスは、歯を食いしばった。オーガはどんどんとその数を増していく。あの『能力』は、もろ刃の剣だ。ベルを助けようと必死だった幼少期に一回使ってしまったが、それ以来一度もしていない。今後も、発動させないつもりだった。自分や、その他数人が死ぬくらいでも、使う気はさらさらなかった。
 でも、とファーガスは考える。これだけのオーガは、天秤に掛ければ、使うに値するのかもしれない。一人でも死者が少ない可能性があるのなら、使うべきなのか? 葛藤は、彼一人なら永遠に続いたのだろう。そして、時間切れで、結局使う羽目になったのだ。
 しかし幸いなことに、ここにはファーガスの葛藤を簡単に打ち砕く存在が一人いた。
「何固まってんだクソグリンダー! さっさと逃げて、結界を強化させるぞ!」
 強く蹴り転ばせられて、少年は呻いた。オーガの何匹かがこちらに気付く。ハワードは、それに構わないつもりらしかった。「ほら立て!」とファーガスに命令し、二秒返事がないと再び殴りつけてくる。
「っ、痛ぇんだよ、馬鹿ハワード!」
 立ち上がり、蹴り返した。奴はその攻撃を防ぎ、鼻で笑った。少年は毒づく。そして一度オーガの群れに目をやってから、逃げ出した。その途中、尋ねる。
「結界を強化ってどういう事だよ」
「そのまんまだ。先生方に『危険な亜人が居て怖いです』って泣きついて、しばらくの間誰にも通過できなくしてもらう。通常用の結界を通りかねない強力な亜人に対する、非常措置だ。亜人はドラゴンでもない限り出られないし、逆に騎士も同じになる。そうなったら、その場所はもう立ち入れない区域って訳だ。自然に問題が落ち着くのを待つしかねぇ」
 抜け目なく大剣を回収したハワードに、走りながら相槌を打った。アンジェに通信を入れる。
『アンジェ、聞こえるか?』
『はい? 何ですか』
 オーガの事を知らなそうな、暢気な声だった。ファーガスはそれに少々の罪悪感を覚える。
『……デューク先生がオーガに殺された。今、大量のオーガが湧きだしてる。早く逃げろ。今、何処に居る?』
『えっ、やっ、山の麓辺りです。見付からなかったので、一度応援を呼ぼうかと思ってたんですが』
『じゃあ、応援は呼ばずに結界の強化を頼んでくれ。俺達もすぐに脱出する』
 それだけ言って、ファーガスは乱暴に通信を切った。ハワードは、硬い表情で、前方を見続けながら言う。
「アンジェが居るのか」
「……ああ、済まない。こんな事になるとは、思ってなかったんだ」
「それで? あのバカは何処だ」
「すぐに山から出られる場所に居た。結界の強化も頼んでおいた。後は、俺達が逃げ出すだけだ」
 森はもはや闇が満ち満ち、気味の悪い空間が形成されていた。二人は走り続ける。風が、強い抵抗として感じる。
 背後の上方から、強く何かを打ち付けるような音がした。それは断続的に続いていく。木を、飛び移っているのだ。「来るぜ」と奴は言った。「分かってる」と少年は返す。
 目の前に降り立つ、一匹の黒い影。闇の王は、二人の前に君臨する。
「……さっき、あのアホ教師を殺した個体だな。どうも、体付きが普通の奴らに比べて発達している。こいつは群れのボスって事か。道理で入り口に居る訳だ」
 ハワードは、舌を打った。隙を見て逃げられるかと伺ったが、大分離れた位置を駆けていた自分達に追いついたのだ。逃げても、また捕まえられる。もしかしたら、結界を抜けてしまうかもしれない。それだけは避けなければならなかった。ファーガス達は、剣を構える。
「グリンダー。お前は防げ。盾持ってんだろ」
「無茶言うな。あんな奴の攻撃をまともに食らって、無事で要れる訳がない」
「何も全部受けろってんじゃねぇ。要は、囮になれってこった。お前が気を引けば、こっちはやり易くなる。オレの剣の殺傷力の高さは知ってんだろ?」
「……分かったよ、ったく。その代り、外すなよ」
「言われるまでもねぇ!」
 ハワードは、跳躍した。ひときわ巨躯のオーガはそれを目で追うが、ファーガスが斬りかかると奴を注意から外した。
 重い。ファーガスは、苦い顔をする。オーガの攻撃が、酷く重いのだ。盾で、受け流してもなお、手が痺れる。
 隙を見て、布石の一つでも入れてやろうと画策する。上手くいけば、腕の一本くらいは落せるはずだ。
 漆黒の大腕を、ファーガスは何度かいなし、小さなキズを付けていった。模様は複雑で、騎士学園に入るまで見た事もなかったものばかりだ。騎士しか使えない技術の癖に、秘匿性が非常に高いのである。
 それ故、時間が経っても、たった一つでさえ満足には付けられなかった。唯一誇れるのは、致命傷を貰っていないという事か。お釈迦になった盾は一つだけ。――いや、そういう問題ではない。そもそもハワードは一体何処へ。
 そう思っていた瞬間である。
 怒号にも似た掛け声が、空から降ってきた。月からの逆光があり、ただ影にしか思えない。しかし、正体は考えるまでもなかった。
 そこに、オーガの剛腕が唸った。カウンターか、とファーガスは予想を立てた。奴が体を捻って、黒い鬼に一撃を食らわすのは、目に見えるようだった。
 だからこそ、息を呑んだ。
「ハワード!」
 闇の王の手は、影を貫いていた。ファーガスは、我を忘れて駆け寄った。オーガに、剣で斬りかかる。
 その時、鬼は崩れ落ちた。
 少年は、硬直した。オーガは、両足を失っていた。すると、一つの影が奥に立っていることに気付く。ファーガスは、力が抜けてしまった。
「いやー、やっぱ亜人ってのは能無しばっかだな。隙がでかいのなんの」
 ハワードは、鼻で笑う。それに対し、顔の半分を手で覆うファーガスだ。事実が明かされれば、『そんな事だろうと思った』としか感じない。
「お前なぁ、そういう事すらなら先に言っとけよ。一瞬びっくりしただろうが」
「何だよ、心配でもしたのか? らしくもねぇ」
「ああそうとも。心配したさ。お前が居なくちゃオーガ殺しもかったるいからな!」
 煽りの応酬である。ハワードはその片手間にオーガの頭を潰しているのだから、抜け目ない。
 ため息を吐いて、「さっさと出ようぜ」と声を掛けた。オーガは、本来そこまで足が速くない。意外にも簡単に倒せたから、余裕を持って山から出ていけるはずだ。
「ちょっと待て、今オーガの首掻き切るから」
「単位は充分だろ……?」
「アホ、戦利品だよ。オレの目標は歴代トップの戦績残して殿堂入りすることだからな」
「……そうか」
 苦い顔で相槌を打つ。倒れ伏したオーガの巨躯を見て、それにしても、と思った。去年に比べて、我ながら途轍もない進歩をしてしまった。かつて、オーガは大人数でないと倒せなかったのだ。今の上級生の、ほとんどがそうである。
 ファーガスは、確かにその点では優秀だ。だが、彼が二人、いや、三人か四人いても、このボスオーガに勝てたとは言い難い。
 ハワードを見る。今なら、ソウイチロウと戦ってもいい所まで行くのではないかとすら、疑わせる実力。ファーガスの上達ぶりも、奴の影響はかなり強いのだと思う。本当に強いのだ。それだけは、認めざるを得ない。
 別の意味で、再び嘆息した。ハワードは、暢気にその巨躯のオーガの頭を切り落として、血が漏れ出ても良いようにビニール袋で包み、何でも入る腰袋に突っ込んだ。鼻歌交じりである。やはり、好きこそものの上手なれなのか。
 というか、光景が猟奇的で怖いのだが。
 そう呆れていた矢先であった。
 ハワードの背後で、何者かが蠢く気配があった。ファーガスは、最初違和感を抱くだけだったが、次第に焦燥に駆られた。奴の名を呼ぶ。察して、その背後を向く。
 巨躯のオーガの一撃。ハワードは、間一髪のところで大剣を翳した。鈍い金属音が響き、奴は地面を転がっていく。
 ファーガスは、戦慄した。
 もう一匹居たのか、と。

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