武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

5話 トリックスターは毒を吐く(3)

 ベルも、デューク先生の監視に付き合う事になった。
 懇意にしている教官だから、二人が彼に対して失礼のないように見張るとの言い分だった。しかしその顔色は何処か不安そうで、自分もある程度この一件に噛んでいないと不安だったという事なのだろう。
 ファーガスはそれを止めず、アンジェも「心強いです!」と快諾した。彼女はベルの腕前を知っている。又聞きだったが、ハワードにけしかけられてベルに喧嘩を売ったところ、ボコボコにのされたのだそうだ。弓の腕がいいのは知っていたが、ファーガスは直接やりあったことがないため実感がいまいち湧かず、聞いた当時はきょとんとしたものである。
 つまりは、アンジェも怖気づいているところがあったという事だった。気が強い彼女だが、それも致し方なかろう。何せ、この件には大量のオーガが絡んでいるのだ。
 オーガとは、騎士候補生にとって恐怖の象徴として語られる。第一代にはおおよそ関わることもないから告げられないが、それ以降の第六エリアに届く学年には数々の逸話と共に、教官たちに怖がらせられるのだ。歴代でも百人近い候補生が殺されているらしく、第六学年でも特待生でない限りは全力で逃げろと教え込むと聞いた。
 逆を言えば、ファーガスらがオーガを打倒したのは非常な快挙とされているらしかった。スコットランドクラスにまでその評判が響いていたのを知った時は、ファーガスも取れると同時に驚いた。
 そういう背景もあり、今は雑談を交わしている三人組と言うスタンスで、先生を監視していた。距離は五十メートル前後離れている。聖神法があるから、それでもどうにかなるのだ。
「……で、どうです、ホシの動きは」
「まだ動いてないが、油断するな。奴は刃物を持っている」
「君たち楽しそうだな」
 警部っぽく聖神法で見張りつつ会話を交わす。雰囲気づくりのために購買で二人してそれっぽい騎士服を買ってくるあたり、我ながらふざけている。
 とはいえあまりふざけ過ぎるのも良くないと考え、その騎士服を脱いでもっと暖かい、冬用の本来の服を着込んだ。先ほどのそれは薄手で寒かったのだ。
「それで、動きはないですね」
「ない。ずーっと修練場でずーっと候補生の修練具合をずーっと微笑み気味に見守ってる」
「一時間動きがないからね」
「だんだん銅像と区別つかなくなってきた……」
「あたしはあいつが公園を徘徊する爺に見えてきました」
「君たちそろそろ怒られるぞ」
 というか怒るぞ、とベルは二人を睨み付ける。ファーガス、アンジェは我に返ってしょんぼりと項垂れる。
 それだけ、動きがなかったのだ。連日、おかしいことなど何一つとしてなかった。何故彼を見張っているのかという事すら疑問になってくるほどだ。しかし、記憶の中には確固たる謎が煙を身に包んでそこに佇んでいる。
「でもそれだけ暇なんですよ。唯一面白い事と言ったらデューク先生の毎日の食事くらいで」
「食事?」
「あの人毎回面白いもん食うんだよ」
「おかしいな……。前に『私は結構美食家でね』と言っていたのだけれど」
『それはおかしい』
「えっ」
 重なった二人の言葉に、ベルは戸惑ったような表情で声を漏らす。
「……何を食べるの?」
「何ってことはないんだけどさぁ……」
「とりあえずマーマイトを塗りますからね」
「え、えぇ……」
 ここで注釈しておくが、マーマイトは、はっきり言えば塩気が多く臭いジャムのような物だ。しかし何故かUK全土で愛されている。何か他のものに例えるなら、外国人から見た納豆とも言うべきか。マーマイトを使ったジョークに、「賞品にマーマイトを一年分貰ったんだ。一ビンさ!」というものがある。健康にもいいらしい。
「スコッチエッグにマーマイト塗りたくっていた時には何事かと思いましたよ」
「いや、だからあれは遠回しなスコットランド批判なんだって。そうじゃないといろいろ説明が付かない」
 スコッチエッグというのはありていに言えばゆで卵が中心には言ったメンチカツなのだが、そこにマスタードを掛けるでもなくマーマイトという考えはちょっとファーガスには理解できない。
 スコットランドクラスに行ったときは、ファーガスはこれを良く頼んだ。到底マーマイトに合うとは思えない。というかパンでさえ合っているとは言い難い。
「……そんな……!」
 ベルは予想以上にショックを受けていた。いや、そこまでは、と思ったが、彼女の次の言葉は衝撃だった。
「……ローラに、仲間が居たなんて……」
「ちょっと待て!」
「はぁ!? あのへそ曲がり味覚狂ってんじゃないですか!?」
 二人して大声を上げてしまう。それが注目をひいて、三人して咳払いして誤魔化した。多分ベルの癖がうつったのだろう。
「……何でですか?」
「あ、いや、……何か。好きらしい」
「……そうか」
「うん……」
 だいぶファーガスの中でローラのキャラがぶっ壊れていたが、とりあえずは置いておこう。もしかしたら夢に出るかもしれないが、気にしない。気にしないのだ。
 形容しがたい心地になって、三人は再びデューク先生に目をやる。怪しいから調べ始めたはずの人物。それが、目を細めて和やかに生徒たちの成長を見守っている――
「俺、そろそろ駄目だ。あの人に直接問い詰めるか何かしないと気が待ちそうにない」
「あたしもです。ちょっとファーガス先輩。一緒にあの野郎に殴り込みに行きましょう。それで言ってやるんです。『お前の味覚どうなってんだよ!』って……」
「二人ともやめて。特にアンジェは主旨がすでに違う」
「だって……」
「……」
「だっても何もないよ。男の子がそんな泣き言言わない。アンジェも無言でしゃくりあげない」
 だいぶ頭の中がこんがらがって、知恵熱を起こしそうになった幼児のような状況の二人である。トドメは多分ローラだった。
 仕方がないので、その日は一旦帰ることにした。また、明日からは直接監視と言うのでなく、修練の合間合間で見張っていようという話になった。二人が模擬戦をして、一人がこっそりと監視するという具合である。
 そのように変えてからは、非常に気持ちが楽になった。デューク先生にはほとんど変化などなかったし、ハワードがあくせく稼いでくれるポイントで手に入れた新しいスキルの練習も出来て、存外有意義だったと思う。
 しかし、ある日の事。見張りのために山にもいかず修練をしているのだと忘れかけていた時。ファーガスは、模擬用の弓矢で(相手に当たると衝撃が全て着色料に変わるという極限まで殺傷力を抑えたもの)ペンキの海に突っ込んだの? と尋ねたくなるくらいにベルにボコされるアンジェを仏の微笑みで見守っていると、不意にデューク先生の姿が見えなくなっていることに気付く。
 きょろきょろと周囲を見回すが、居ない。三人は放課後になってから一番乗りでここに来たから、多分一度も訪れていないのだろう。
 時間を確認しても、いつもならすでに現れているはずの時間帯だった。ファーガスは違和感を覚えつつ、模擬戦に決着がついたのを見計らって話を持ちかける。
 翌日は、様子見だった。その日だけという可能性もあったからだ。しかし、その日もデューク先生は来ない。いよいよこれはおかしいと考え、三人は修練場ではなく直接見張る体制に切り替える。
 彼は、職員室にいた。盗み見ると、そこには陰鬱な表情があった。今までの先生を見ている限りでは、信じられないほどの落ち込み様だ。
「……」
 誰も、茶化そうとしなかった。ファーガスの頭によぎるのは、修練場を見ている彼の穏やかな微笑みだ。
 怪しい。アンジェのそんな言葉から始まった一連の行動だったものの、デューク先生自体に悪感情は湧かなかった。それだけの善人だったのだ。それが沈んだ表情で居るというのは、落ち着かない。
 それに、自分たちの所為ではないかという微かな疑問もあった。
 何かがあったのだろうというのは、疑うまでもない事だった。しかし、これ以上の情報を得るにはただ見張るだけでは難しい。
 アンジェが、調査の役を買って出た。その間、二人は休んでいて欲しいとのことだ。お言葉に甘え、ファーガスは久しぶりの完全休暇に身を投じる。


 ……とはいっても、暇なのだった。
 折角だからベルをデートにでも誘おうかと考えた。しかし、最近ベルが勉強できていないというようなことを呟いていた気がする。ファーガスはまだ心配の必要がないのに人のことを邪魔するのは気が引けて、仕方なく一人きりで街に繰り出していた。
 ぶらぶらと、散歩する。街中の野良猫が少年に追従しているが、気にするほどの事でもない。改めて歩いていると、発見も多かった。ファーガスは、古き良きイングランドの風景というものが好きだった。その中を、しみじみと進む。
 ベルと出会った。
「アレ? 今日勉強じゃなかったのか?」
「へっ? ファー……」
 だんだんと細められる目に射すくめられ、ファーガスは何か悪い事をしただろうかと狼狽。しかしその視線がファーガスの背後に向けられているのを知って、振り返った。猫たちが、行列をなしてニャーニャーと歌っている。
「……入院中のあれを思い出すね」
「ああ……、アレな。ベルが見舞いに来るたびに大体三匹ずつセラピー用の猫が集まってるっていう」
「ソウも最後の方遠い目をしていたもんね」
 野良猫の大合唱に、通行人の視線は釘づけだ。一人で街に出るときは基本こうなるので、本当に暇な時くらいにしかやらないのだが。二人以上で居ると、大抵一匹も来なくなる。だからデートのときは差支えがないのだ。
 ベルはしばし猫を見つめていたが、その内すっと屈んで手招きし始める。いつの間にかその表情も少し蕩け気味だ。
 しかし、猫たちはそんなのには見向きもしなかった。一分ほどやり続けたがその間ずっと無視され続けたので、ベルは唐突に立ち上がってスカートを叩いて直した。
「どこかお店入ろうよ。そこでお昼ご飯食べよ?」
「いいけど……用があったんじゃなかったのか?」
「……だってファーガスが誘ってくれなかったんだもん」
「あ、なるほど。申し訳ない」
「いいよ、結果オーライだし。そこのお店でいいよね?」
 ベルが指差す方向に、二人は歩いていく。当然猫もついてきたので、追い払わねばと手でそのジェスチャーをする。
「シッシッ」
『フシャ―!』
「うわっ、うわぁ!」
 十数匹の猫の一斉の威嚇は空恐ろしいものがある。二、三匹ほど本当に襲いかかってくるあたり本当に怖い。
 それも何とかいなして、いつもとさして変わらないデートが始まった。しかし、実はベルはそう思っていなかったりする。彼女にとってはただの友達とのお出かけで、それがファーガスにも物足りない。
 いつになったら仲が接近するのかと考えると、なかなか難しいのだ。
 その時である。
「おや、君たち仲がいいね」
 二人に、声が掛かった。紳士的で穏やかな声だった。振り向くと、デューク先生が立っている。二人は思わず言葉を失った。
「え、いやいや。そこまで驚かなくてもいいんじゃないか? それに、君たちの仲は学園中に知れ渡っているだろう。私も積極的に広めるつもりはないしね」
「デュ、デューク先生、何でこんな所に」
 ファーガスがどもりながら尋ねると、「ん?」と彼は一瞬考え込んでから、「ああ」と答え始める。
「私は元々市井の人間でね。グリンダー君、君と同じって訳だよ。騎士団に入らず学園の教官として働く人間は、存外そういう人間が多いんだ」
「はぁ……」
 他に言葉もなく、何だか阿呆の物言いをしてしまった。取り繕うように、「先生も息抜きに来たんですか?」と尋ねる。
「……ああ、そうだね。教師をしていると、やはり疲れる事も多いから」
 言葉を濁すような言い方だった。ファーガスは気になったが、言葉にするほど明確な物ではない。すると、ベルが口を開いた。
「何か、悩みでもあるのですか?」
「そんな顔を……していたかい?」
「はい。良ければ、教えてくださいませんか?」
 彼女は一旦席を立ち、ファーガスの隣に座った。こちらへ、と指し示し対面への着席を促す。「いやそんな、水を差すような真似を出来ないよ」と先生は言うが、そこにファーガスは「大丈夫ですよ。それより、お悩みがあるなら吐きだしちゃったほうが楽ですよ」と笑いながら援護に回る。
 そこはかとなくだが、ベルの目論見は理解していたのだ。何しろ監視対象である。自分たちの悪ふざけが彼に勘付かれ、もしそれが原因なのだとしたら、すぐにでも止めなければならない。
 彼の顔色が悪かった時から、ずっともやもやとした感情があった。人を監視してプライバシーを侵害し、勝手にその人物を嘲笑う。客観視すればただの悪質行為だ。今更ながらに、何故自分がノセられてしまったのかが分からない。
 半ば止める決心をしながら、ファーガスは先生に目をやった。デューク先生はしばらく遠慮していたが、気遣うような言葉を投げかけ続けたらあっさりと折れた。やはり、生半可な悩みではないのだろう。
「……実は、ストーカーが居るらしくてね」
「先生に、ですか」
「ああ」
 ファーガスの相槌に、先生が頷いた。やはり、と思った丁度その時、ファーガスの携帯が鳴る。「失礼します」とこっそりのぞき見ると、「仕方がない。アンジェに言ってすぐにでも止めよう」と書かれたメールが出た。差出人は当然ベルだ。微かに首肯すると、頷き返された。
 しかし、次の先生の言葉が、何もかもひっくり返した。
「とても、悪質なんだ。部屋は荒らされたし、ちょっと、人には見せられないような姿の写真をメールで送られてきた。フリーメールだったから、何を返信しようと無駄だろう。私も騎士だから、何と言うか、警察にも頼りにくくてね」
「……え?」
 ベルの漏らした声に、ファーガスは咎める意図を込めて、軽く彼女の脇を突いた。はっとして、彼女は表情を元に戻す。
 けれどデューク先生は気付いた様子もなく、顔を顰めながら続ける。
「その考えが分からないんだ。嫌がらせ目的なのは、最近分かってきた。だけど、それにしては何処か……、冷淡な気さえする。まるで、与えられた仕事をこなすような、そんな……」
「何で、そんな事が分かるんですか……?」
「偶に、視線を感じるんだ。ストーカーっていうと、ねっとりした物を思い浮かべることも多いと思う。だけど……、それは、凄く冷たい」
 彼はそこまで語って、突如我に返ったのか目を剥いた。「私は、教え子に何を語っているんだ……?」と疑問に口を苦悶に歪め、逃げる様に離れて行ってしまう。
「……何かあるっていうのは、本当だったんだね」
「マジかよ――尋常じゃなかったぞ、あの顔」
 見合わせて、その恐怖を共有した。ベルが、ファーガスの袖に手を伸ばした。弱々しく端を掴まれ、それを放して彼女の手を強く掴み返す。

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