武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

4話 黒髪の監視者(1)

 ファーガスは一人学園長室に呼ばれ、パーソン学園長(先の全校集会で初めて名前を知った)と、その側近のヒース先生の前に立たされていた。二人の表情は、難しい。怒っているというのではなく、ただ困難に直面して頭を悩ませていると言った顔つきだった。
 老齢ながら若さを損なわない気品の学園長も、今は少々眉間の皺が濃い。ヒース先生はドラゴン退治から帰って来たとかで、今はギプスが足を覆っていた。外国の情報が入って来にくい最近だが、それでも世界的に見て医療が完全に遅れていることが窺える。
「……グリンダー君。我が騎士学園は、クラス替えを行わない事で有名なのは知っていますね?」
 学園長の眉間を揉みながらの言葉に、戸惑いながらファーガスは相槌を打つ。
「その理由は、何故だかわかりますか?」
「えっと、クラスというか、出身地ごとに聖神法の質が違っているからですよね?」
「その通りです。その為教えるカリキュラムが異なるので、クラス替えと言う物が出来ません。他クラスと交流する機会もないですから、中々互いを敵視の払拭もまた、難しい」
「……はい」
 嫌な予感にファーガスの表情が段々と引きつっていく。
「その上、昨今はある生徒のためにどのクラス事情をこじれている節があります。早急に、何とかしなくてはなりませんね」
「そう、ですね」
「グリンダー君。あなたは特別です、すべてのクラスの聖神法が使える。それは歴代で初めての事なのです。もはや奇跡と言っても過言ではないでしょう。そのため、あなたの成長のために出来うる限り成長を積ませることは、私達教育者の義務と言っても過言ではありません」
「……はい」
 逃げ出す方法は何かないだろうかとファーガスは考える。たとえば、彼らよりも立場が上の人間などだ。しかし、生憎と学園長は学園長だった。長である。
「故にファーガス・グリンダー。貴方には、アイルランドクラスへの編入を命じます。期待していますからね」
「……」
 ファーガスは言葉を発しない。ささやかな抵抗のつもりだった。だが、学園長は構わずに「では、用件は伝えましたので退室なさい?」と言うばかりだ。ファーガスは項垂れつつ地下室から出る。
 そして、これからの課題を考えた。今日のところはイングランドクラスの寮に居ていいという話だったが、明日にはその引っ越しもあるらしい。その数日後には、新入生たちの入学式だ。
 とりあえず、学業に関する問題は何とかなりそうだった。アイルランドクラスの聖神法にも、ある程度の量のポイントを振っていたからだ。ただし、致命的な問題がないわけではない。
 ナイオネル・ベネディクト・ハワード。
 ファーガスの宿敵の名である。
 奴がいるクラスへの編入など、はっきり言って悪夢でしかない。それ以前にベルと離ればなれと言うのも痛かった。やっと日常会話を交わせる仲に戻れたというのに、などと悔しくなってしまう。
 部屋に帰ってから、アメリアに「俺だけクラス替えだよー、大人は理不尽だよー」と泣きつくと、猫の手でぽんぽんと頭を叩かれる。慰めてくれる風な所作はアメリアの得意技だ。
 そんな彼女を優しく抱きしめつつ、ファーガスは天井を見つめながら考え始めた。ちら、と視線だけを動かして、タブレットを見る。
 ――あのメールの直後、何も出来ない自分に腹が立ち、ネットで調べたり、図書館に居座っていたローラに手伝わせたりして、ファーガスはソウイチロウの事件や、過去騎士学園がらみで起こった出来事を洗いざらい調べていた。
 しかし、どれも肝心なところでぼかされていたり、ソウイチロウの事件などは裁判の痕跡すら残っていない始末だった。これは、明らかに不可解な事柄である。ファーガスは、裁判の実在さえ疑う余地が出て来たと考えていた。だからスコットランドクラスやアイルランドクラスが、いまだ現存しているのでは、と。
 それだけならば、もみ消したで一応の納得はいく。しかし、ソウイチロウの無罪公表がその仮説をぶち壊しにしているのだ。
 ドラゴン討伐の情報は、一匹が順調に倒されたという報告があっただけである。最も苦戦していたドラゴンだったらしく、この分ならば被害も少なかろうと。
 ソウイチロウ自身の情報は、当然分からないままだ。
 翌日、Mr.ヒースがやってきて、ファーガスに全く異論をはさむ余地を与えず、手際よく寮の引っ越しを済ませてしまった。
「……よろしく、お願いします」
「こちらこそ」
 新アイルランドの寮長は、口調こそ丁寧だったが目に見えてやる気が無かった。ファーガスが、ソウイチロウと仲良くしていた事を知っているのだ。
 三人には、連絡はしておいた。それぞれの反応は様々で、まず学園の横暴にむっとして閣下に連絡を入れようかどうか吟味し始めたベル(多少怒った程度では絶対にこんなことは言いださない)、心配してくれたローラ、返信をよこさないハワードと言った具合である。
 前者二人には感謝の返信をしておいたが、最後の一人にはスパムメールを送りつけておいた。
 その返信もきていない。新学期、いきなり奴と顔を合わせるのかと考えると、憂鬱にさせられた。ただでさえ友達が出来そうにないのに、後ろ盾すらいないありさまという訳だ。
 まぁ、あいつはあいつで友達が居なさそうではあったが。
 そうして、新騎士候補生たちの入学式、新たに言い渡された集合場所に向かうと、見慣れない顔ぶれの中に、ファーガスを見つけてぎょっとした顔が在った。渋い顔で近づき、低い声で挨拶する。
「……グリンダー、アレ、趣味の悪い冗談じゃなかったのか」
「俺はお前みたいにユーモアのセンスが無い訳じゃないんだよ……」
「スパムメールが来てむしろ安心したオレの安堵を返せ、クソ野郎」
「知るか、タコ」
 口汚く罵り合う二人だが、どちらも酷く顔色が悪い。ファーガスは、特に輪をかけていた。周囲がちらちらと、こちらに視線を投げかけているのである。
 嫌悪と言うには、弱い。とはいえ全く顔が知られていない訳ではないらしく、偶に中傷的な言葉が聞こえて、軽くへし折れそうになった。だが、ソウイチロウはこの数倍キツイ状況に晒されていたのだと考え、頑張らねば、と自ら奮い立たせた。
「ほら見ろよ、あいつお前を指して『ブシガイトと仲良くしていた奴だぜ、後で少しオハナシしにいくか』って笑ってやがったぜ!」
「お前それ大声でいう事じゃねぇから!」
 と、言ったはいいが、ファーガス自体も大声な物だから我に返って口を押さえてしまう。すると件の話していた数人はバツが悪くなったらしく、こちらから目を背けていた。
「……ハワード、お前オレに追い打ち掛けたというよりは……」
「ハッ、自意識過剰なんだよ、この間抜け。……どうせ大して行動範囲が変わるって事もないだろうよ。食事時は、イングランドクラスに行くつもりなんだろ?」
「まぁ、その予定だ」
「じゃあ変化なんてものはねぇってこった。そう思うと馬鹿らしくなってく……ふぁぁあ。ねみぃ」
 大あくびをして、それっきり奴はファーガスに構わなくなった。しばしぽかんとして、「いいか、どうでも」と彼もそっぽを向く。
 ファーガスの編入について、アイルランドクラスの教頭は特に触れなかった。その為か、入学式も早々と終ったような印象がある。
 通常の学業に関しては、震度自体は同じだったため、特に気にかかることもなかった。だが、ガイダンスで今年に取り掛かる聖神法の訓練の内容を見て、ファーガスの顔から色が失せた。
 昼食時、ひとまずイングラントグラスでベル、ローラと昼食をとっていた。ハワードは『せっかくの休みなんだ! 飯なんか後ででいいだろこの盆暗。まずは狩りだ、狩り!』と山に行ってしまった。ポイントが欲しいのではなくただ単に狩りがしたいらしい。ちょっとこれから一年が不安になる。
「でさぁ……。アイルランドクラスの聖神法って、最初はイングランドクラスに似てるんだけど、途中からものすごい分岐するのな。明後日までに五百ポイント貯めなきゃ……」
「明日ではなく、ですか」
「明日は座学しかないからな。まぁハワードの馬鹿が居るから二百ポイントは安心できるんだけども」
「えっ、……ってことは、ハワードは一人で八百ポイント稼ぐってこと? この二日間で?」
「前に一日であいつがなんポイント稼ぐか計ってたんだけど、大体そんな感じ」
「凄いですね……」
 ファーガスはしかめっ面でジャガイモを口に運びながら、「食ったらすぐに山に行くかな……」とぼやく。二人も手伝おうかと尋ねてくれたが、辞退した。雑談で、それぞれ明日は用事があるのだと知っていたからだ。 それに加え、二人は午後に一緒に街に出ようと約束していたのをファーガスは聞いていた。新たな友人関係の結びつきを、邪魔するわけにはいかない。せめてものという事で、一旦パーティを解除してポイントの分散を防いでくれたが。有難いと頭を垂れる。
 ファーガスは食事を終えて、ため息ひとつ、両手で頬を叩く入魂一つを経て、エリア4へ向かった。そういえば、パーティの組み直しがあってエリア5の開放も近い。ここの亜人も、皆は多分強いのを狙って狩っていることだろう。
 亜人情報はすでに解放されていて、バイコーンと言うニつの角を持つ馬がこのエリアで一番強いようだった。一角獣で知られるユニコーンと対を為す、不純をつかさどる怪物とされている。
 タブレットで調べると、詳しい生息場所も記されていた。そのほうに歩いていくと、何処からか剣劇と気の狂ったような罵声が聞こえてくる。ファーガスは感づいて嫌な顔をしつつ、その方向へ歩いて行った。
 果たして、予想通りハワードはそこにいた。五匹のバイコーンに囲まれて、高笑いを上げながら大剣をふるっている。しかし、おかしなことが一つだけあった。もう一人、奴と共闘する人物がいたのだ。
 アイルランドらしい緩くウェーブした黒髪が、肩口で切りそろえられている。背丈はローラより下かどうか。小柄と言うよりは、幼さを感じた。それ以上は、距離があってよく分からない。学年が下なのかと訝ったが、新騎士候補生が第4エリアに入れる訳もない。というか第二学年で第4エリアなのも何十年ぶりくらいの快挙らしいが。
 彼女の動きは、熟練とは言えないものの洗練されていた。ハワードの動きが才能あふれると表現されるべきならば、こちらはよくこの歳でここまで練り上げたと評すべきだろう。
 敵の動きを紙一重で避け、そこに生じた隙から、弱点に必要な分だけの攻撃を加える。それは必然的に致命傷となり、例えば今、頸動脈を描き切られたバイコーンなどは、首から血をまき散らしながら突進を続け、横倒しになって動かなくなった。
「……強いな、あれは」
 ああいうタイプの騎士候補生が、きっと『マーク・チェック』などを素早く入れて、強敵を打倒するのだろう。ファーガスはもうあの聖神法を使うような状況になるものかと、強く決心したものだ。ハワードではないが、あのくらい真っ直ぐな戦いの方がファーガスとしては楽なのである。
 しかし、全く危なげないという事でもなかった。正面からの攻撃には迅速で的確な行動も、背後から来るとなると避けるのだけでも見ているこちらが冷や冷やさせられた。その都度ハワードがフォローしていたが(珍しいと思ってしまった)、ちょっと手が届かない状況ができていたので、ファーガスは慌てて駆け出す。
「おらっ!」
 バイコーンの横っ面を盾で殴りつけ、怯んだところをアイルランドクラスの上級攻撃で首を落とした。純粋なトドメとしては、アイルランドクラスのそれは優秀なのだ。対するイングランドクラスは、敵の体力を奪うのに向いている。火傷、凍傷など、長期戦を見越した強敵に向いているというべきか。
「あん? ……グリンダーじゃねぇか。何だお前、何でこんなところにいる」
「ポイント稼ぎのためにうろついてたら見つけてな。っていうかハワード、世話役ならもうちょっと徹底してやれよ。今危なかったぞ?」
 残るバイコーンは、ハワードとやりあっている一匹だけ。そうなれば、ファーガスも一々戦闘に集中しろなどとは言わない。この程度の敵なら、奴はよそ見をしていても勝てるだろうからだ。油断して怪我しても、様を見ろとしか思わないし。
「余計なお世話だクソ野郎。と言うかアンジェ、俺はお前が大丈夫だって言い張るから連れて来たんだがな」
 言いながら、ハワードは相対する二角獣を縦に真っ二つにした。臓物が零れ落ちるのを予感して、「おぇ」と舌を出しながらそちらから目を逸らす。ハワードは手早く角を回収してからこちらに近づいてきた。
「で、何の用でこの山に入ってきやがった。お前休日に来るほど狩り好きって訳でも……、なるほど分かった。そうかそうか、じゃあオレはここで狩りを終えるかね」
「お前の察しと性格の良さには反吐が出るぜ」
「ハンッ、褒め言葉だな」
 睨むファーガスと嘲笑うハワード。どちらがクソ野郎だという話である。
 だが正直な話、嫌がらせだけでハワードが狩りを止めるとも思えなかった。どうせ続けるだろうと高をくくって、「それで」と少女に目を向ける。
「その娘は? 見たことない顔だけど」
「あー、こいつはツレだ。気にすんなよ」
「えっ、あたしに喋らせてくれないんですか? 遥かにネル先輩よりも感じ良いからちょっとうずうずしてるくらいなのに」
「駄目だ、粗大ごみは粗大ごみらしく黙して燃えろ」
「そんな魔女裁判みたいな!」
「……とりあえず、なんか面白そうな子だってことだけは分かった」
 それ以前に下級生なのか、と再びの疑問を抱く。その次に、改めてその容姿を見て驚いた。
 彼女は、美貌の持ち主だった。先述のよれた黒い短髪に、ぱっちりと大きな瞳。それは少し釣っていて、悪戯っぽさが艶めかしい。しかしその表情は無邪気そのもので、成長が待ち遠しくもあり、しかし永遠にその間で居て欲しい気もするという、稀有な感情を抱かせるものだ。
 アンジェ、と呼ばれていたか。と考えていると、ハワードの制止を振り切って彼女はずいと自己紹介をしてくる。
「どうも初めまして! あたしの名前はアンジェラ・ブリジット・ボーフォード。愛称はアンジェです! ネル先輩との関係は従妹! 信頼関係は少額の金の貸し借りは出来る程度です!」
「あんまり信用されてないな、お前」
「違ぇだろ。グリンダー、オレが曲がりなりにも大貴族の息子であること忘れてないか?」
「すっかり忘れてた。……ってことはアレだ。アンジェが信用されてないってことだな」
「何言ってんですか! 超信頼されてますよ!? だってこの偏屈ヤロウを少しでも知ってるなら分かりますでしょ! こいつが他人に軽々しく金を貸しますか痛いごめんなさい偏屈とか言って悪かったです嘘ですから」
 ハワードの予備の小刀の柄で何度か叩かれて頭を庇うアンジェ。確かに、言われてみれば信頼されていると言えなくもない。
「ちなみに何で金を借りたんだ?」
「え? 借りてませんよ、傍系とはいえ大貴族の血縁ですから。どのくらいあたしのこと好きですかって、触れ合う男子がネル先輩以外に居なかった時期に聞いたら、そんな答えが返ってきました」
「……なるほど」
 腐れ縁と言うのが一番ふさわしい関係であることだけは理解したファーガスだった。

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