武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

6話 幸せの島の歌 【下】

 ドアを開ける。中から響いてくる笑い声の大きさが、より大きくなった。琉歌は身を竦ませるが、手を強く握ると息を吐き出して表情を引き締めてくれる。
 ひっそりと、中に入った。先ほどの目つきの悪い人食い鬼と、オークを思わせる豚鼻の太っちょ、ヤギの様な角と蝙蝠の羽をはやした細身の悪魔が、トランプをやっている。他に仲間は居なかったが、今出払っているだけで実際はもう少し多いのかもしれない。奥の方に外へとつながる扉を見つけたが、豚鼻が邪魔で開けそうになかった。 やっているのはポーカーらしかった。部屋中を、総一郎は見渡す。目当ての物は、すぐに見つかった。
 息を殺して琉歌と共に近くの机の下に潜り込み、そこから上にあった電話らしき物体を取る。笑い声が上がる度に琉歌の体が震えあがった。総一郎も、心臓の動悸が速い。 慎重に弄っていれば、番号入力の画面が出た。父への番号は覚えている。それを、震える手で押した。そして、通話ボタンを押す。
 寸前で、ドアが開く音がした。
 見ると、琉歌のドッペルゲンガーが立っていた。
「!」
 急いで琉歌の目をふさぐ。見えたかどうか尋ねると、戸惑ったような返事が返ってきた。見えていなかったという事だろう。一息吐いて、その動向を探った。躰中に、鼓動が反響している。ふとすれば、叫びを上げてしまいそうなほどに。
 彼女は、いつの間にか服を着て、ぽてぽてと歩き人食い鬼の裾を引っ張った。奴は威圧しながら振り向くが、しばし睨んだ後「どうした」と尋ねる。彼女は、琉歌とそっくりな声音で言った。
「居なくなってた、二人とも。あと、覚も死んでた」
「はぁ!?」
「でも、近くに居る。きっとこの部屋の中。ついでに、他のメンバーは幼稚園の先生方に皆殺されたっぽいから、早いとこ確保してずらかろうよ」
 ドッペルゲンガーは、視線を部屋中にめぐらせている。それが自然に、総一郎たちの方を注視し始めた。目が合う訳ではない。細かな事は分からないようなのは伝わる。 だが、それでも彼女は、なにがしかを見抜いている。
「マジかよ面倒くせぇなぁ……。って事はちょっと待ておい。もしかしてこれチップ的に……」
「私の総取りですね」
「オ、オレも食べさせてほしい。男のガキの、イ、一部分でいいからさ……」
 紳士的にしゃべる悪魔と、どもる低い声の豚鼻。どうやらポーカーの結果の事を言っているようだった。見れば、チップの大山が一つ、二枚程その群れから外れていて、他には空白があるだけである。
「まぁ、その位ならいいですよ。右足と、……あと、性器は要りませんので譲ります。でも、女の子は譲りません」
「あー! くそっ。今回俺は何にもなしかよヒモジイなぁ……。おい、お前、食わせろとまでは言わないから、せめてその姿で抱かせてくれよ。あの泣き顔見てからずっと、ムラムラしてんだよ」
「んー、まぁ、上手い事ガキ見つけられたらいいよ?」
 ドッペルゲンガーは妖艶に微笑を浮かべる。幼さと艶やかさの共存。総一郎は、本物の琉歌と見比べて、胸のむかつきを覚える。
「おっしゃあ! ……ていうか、この部屋に居るんだよな? 見えねんだけど」
「魔法使ってるんじゃないの。光魔法」
 それを聞いた瞬間、鬼と悪魔が同時に顔を顰めた。
「マジかよ。幼稚園児で魔法使うようなの、今までのヤマでいなかったぞ?」
「運が悪かったんだね。チームの半分が死んでることで分かってたと思うけど」
「欲張りすぎたかなぁ? つうか、光魔法ってヤバくね。お前喰らったらイチコロじゃん」
「そう言うことを言わないでください! すでに子供たちはこの中に居るのですよ!」
 悪魔は必死になって人食い鬼を怒鳴りつけた。それに、「はっはっは! 死んじまえ死んじまえ! そんでお前の分け前は俺がもらう」と笑う鬼。
「……ったく。まぁいいです。とりあえず逃げ出される前に見えるようにしておきましょう」
 深い声で、悪魔は呪文を唱えた。聞き覚えのあるものだ。呪文がかつて、図書が言っていたのと全く同じであることを思い出す。時間はもうないと直感した。遮二無二、総一郎は通話ボタンを押す。
 小さなコール音。三回鳴っても繋がらない。詠唱はもうほとんど終わりかけだ。頼む。と念じる。総一郎の手を、琉歌が一層力強く握る。詠唱が終わる。闇の塊が部屋に放たれる。
「はい。武士垣外ですが」
 繋がった。
「お父さん! 助けてください!」
 居たぞ! と誰ともなく声が上がった。次いで、総一郎は間髪入れず光球を放つ。
 光が、爆散した。
 その一撃は、敵味方関係なしに視界を奪った。だが、総一郎だけは目を剥いて周囲を見渡している。悪魔はこの一撃で大きく体力を奪われたらしく、目を押さえ、脂汗を流して呻き始めた。琉歌や他の連中も同じように目を押さえている。
 ただ、その中で平然と佇んでいるのは、琉歌のドッペルゲンガーだけだった。
 その姿を見て、怖気がたった。
 ひたひたと、ドッペルゲンガーは歩き始めた。こちらに向かっているが、目は総一郎へと向かっていない。焦点が合っていないようにさえ思った。しかし、見えている。だから、このように歩けるのだ。
 総一郎は、少し下がって近くの棒状の物を手に取った。ただのペンで、当然竹刀代わりになるはずもなかったが、態勢を取るとシン、と心が落ち着く。
 そして、琉歌の幻影に炎弾を打つ。
 ドッペルゲンガーは顔に炎弾を直撃させ、吹き飛んだ。
 総一郎の炎魔法に対する親和力は、光と同等に強い。天使は炎から作られたというから、母の遺伝なのだろう。また炎は光に似ているが、こちらの方が攻撃に向いていると言うので、慣れないながら使う事にした。しかし、魔力を少々こめ過ぎたらしい。ドッペルゲンガーの顔は、焼け爛れ、溶けて目玉が落ちていった。
「……ひっ」
 部屋中を包み込んでいた光が、残滓を残して消え去った。無事に動ける二人の化け物が目を開ける。そこに映るのは躰を折って過呼吸を起こす悪魔に、無残に殺された仲間の少女、そして目的であった二人の獲物の姿である。少年の獲物は仲間の少女を見つめながらカタカタと震え、少女はその後ろに縋り付きながら、目を瞑って泣いている。
「……ちっ、二人やられちまったか。まぁいい。豚。二人で山分けだ。坊主は殺してもいいが嬢ちゃんは殺すな。お前も腹いせに犯したいだろう」
「な、仲間がたくさん、死んだ。人間に関わると、良い事無い」
「……ぁあ、そっか。お前、俺が無理やり連れてきたんだっけ。お前も人食いだもんな。俺と同じで、人を食わなきゃ生きられない。……さっさとこいつら連れて逃げよう。仲間はまた、見つければいい」
 靴音が近づき、硬直する総一郎の頭を殴りつけた。二発目を食らう前に総一郎は我を取り戻し、飛び退いて睨む。それを人食い鬼は、どこか冷めた様子ながら憎らしそうに睨み返した。唸るような口調で言う。
「……何だよ、その眼は」
 総一郎は答えない。絶えず、敵二人の行動に目を配っている。鬼が、舌打ちをした。馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、奴は口を開く。
「なぁ、坊主。お前は自覚ないんだろうが、実はこの状況、結構均衡してるんだぜ? 魔法ってのは、簡単なのでも結構楽に相手を殺せる。魔力を余計に籠めたり、少し趣向を凝らせば、それはほとんど確実になるんだ。だから、ほら、見ろよ。坊主の魔法で、こいつ、死んじまったじゃねぇか」
 鬼は、足元の、琉歌にそっくりなドッペルゲンガーを蹴り飛ばした。残った片方の瞳が、虚ろにあらぬ方向を見つめている。
「だからよ、俺はこの状況が結構怖い訳だ。俺みたいなろくでなしでも、仲間と同じくらいには、自分の命が惜しいからな」
 矛盾だらけの言葉は、しかし強い自嘲が込められているように総一郎には聞こえた。訝しく思いながら、無意識に敬語で尋ねる。
「……なら、何故食人種の居住区から出てきたのですか。あそこから出ない事には、命の危険なんてないはずです。食糧だって、犯罪者の『物』を支給されているから、事足りていると母から聞きました」
「――ああ、お前もそう言う訳か。いや、期待していたわけじゃないんだけどなぁ……。やっぱ、相容れねぇよ。天と地が引っくり返ったって、お前らとは相容れない」
 頭を掻きながら、はぁ、と鬼はため息を吐いた。下を向いて、落ち込んだようにため息を吐いている。総一郎は相手の言葉の心理がつかめず、眉を顰めた。
 鬼は、呟くように言う。
「豚、殺せ」
 はっとして、総一郎は横を向いた。オークが、鉄製の棍棒を振りかぶっている。体勢を崩していなかったのが幸いし、琉歌を連れて避けることが叶った。だが、部屋の隅に追い詰められたことを覚る。両人に目を配るが、同時に来られたら琉歌を守りながらいなすだけの自信が無い。
 どちらかを突き崩すことが出来れば、と思考する。その時、大柄なオークの姿が、先日砕いた図書作成の土像と被った。敵は大柄だが、あれを使えば間違いなく死ぬ。ここに砂鉄は無いが、生物を殺すだけなら電気魔法を素直に使えばよいだけだ。
 次いで、自らが砕いたあの無残なまでの土像の残骸が、虚ろに横たわる、琉歌のドッペルゲンガーと重なった。そして、この世界の人々の、表層に出ない残酷さが総一郎にもたれ掛かる。
 殺すという言葉が目の前に浮かんで、動けなくなった。
 硬直した総一郎の首を、衝撃が襲った。総一郎の軽い体はいとも容易く持ち上げられ、目を剥いて真っ直ぐな視線で射抜かれた。人食い鬼はそのまま、総一郎を締め殺そうとしている。余計な事は、もう何も言わないと決めているようだった。
 総一郎は、苦しみと共に意識が少しずつ遠のいていくのを感じながら、先ほどの鬼の言葉を思い出す。奴は、自分の命と仲間の命が同じほどの重さであると言った。それは、どういう意味なのか。
 自分の命が軽いのか、仲間の命が重いのか。
 前者ではないように思えた。しかし、後者と言うには仲間の死を軽く扱いすぎている。 だが、総一郎はドッペルゲンガーを蹴り飛ばした足に、何か労わるようなものが見えた気がしたのだ。ただの、気のせいであるのか。少なくとも、その言葉は嘘ではないと思っている。
 次いで、相容れないという言葉。自分は道理を話しているだけだったのに、帰ってきた表情は失望だった。それも、何度も多くの他者に尋ね、繰り返されてきた失望だ。
 意識が、飛び飛びになる。大切なものが、遠ざかっていく。そこに、甲高い、可愛らしい声が響いた。
「総くんを離してよぉっ!」
 総一郎の体が地に落ちた。咽ながら意識を明確に取り戻す。何故、と鬼を見上げた。強張った顔で、奴は琉歌を見つめている。
「……ああ、そういえば、嬢ちゃんを捕まえるのにも手こずったっけ」
 その瞬間、外との唯一の接点であるドアが、爆裂と共に鬼を巻き込んで吹き飛んでいく。
 総一郎たちの、幼稚園の先生たちが、そこに鋭い目で立っていた。
「オークはお願いします。僕は鬼をやりますんで。あと、手が空いたら死にぞこないを処理しといて下さい」
 他クラスを受け持つ男の先生が、そんな言葉と共に鬼に掴みかかった。腕が一瞬膨れ上がり、鬼の腕を引きちぎる。机の上に組み伏せて「こっち済みました」と他の先生に告げた。冷たい表情は、どこか寒気がするほどだ。
 鉄製の棍棒をもったオークには、華奢で、優しいのが人気な、総一郎と琉歌の受け持ちの、女の先生が相対していた。すぐに間合いも何も考えず、先生は前掛けをなびかせ、身を落としてオークに駆ける。
 それを叩き伏せる様に力を籠めて、オークは棍棒を振り下ろした。
 先生は自らの命を刈り取ろうとする棍棒に触れ、吹き飛ばされる前に紫電を走らせた。途端そこから棍棒は粒子状になり、先生の手首に巻きつくように吹いた風によって、彼女の手の中に運ばれる。
 オークの驚愕に対して、冷たささえ無い鋭い無表情の先生。再びの紫電と共に、かつて禍々しい棍棒であった鉄の粒子は鋭利な両刃の剣に変わり、飛びこむような斬撃に、オークの体は軽く断ち割られた。ずれ落ちたオークの上半身を、顔に剣を刺して磔にし、パンパン、と手を払う。
 死にぞこないと呼ばれた悪魔は、年配の女性の先生によって、光魔法で灰にさせられていた。いつの間にか奥の部屋の探索を終えたのか、「こっちも死体があっただけで大丈夫でしたよ~」といつもと変わらない柔和な声を出している。
「畜生っ! お前らはいつもそうだ! 四の五の言わずに俺達を殺していく!」
 煩く喚きたてるのは、唯一生き残った人食い鬼だ。
「おい、お前、他に攫った子は居るか? もしくはすでに食った子」
「……ああ、居るぜ。そこに倒れてる、眼玉の飛び出した奴がそうだ。だっつうのにお前らが来たせいで全部喰いきれなかった! こりゃその嬢ちゃんも無駄死にだなあ!」
「……これ、ドッペルゲンガーじゃないですか? 琉歌ちゃんの。でもそんな都合よく現れるかなぁ……。あ、ミミックとのハーフとかですかね? 危ないなぁ」
「多分そうね。下手な嘘ついちゃって。捕まって悔しいなら、出てこなきゃいいじゃない。食べ物はあるんだから」
 女性二人の言葉に歯噛みして、項垂れる人食い鬼。ぼそぼそと、「畜生……」と心底悔しそうに漏らしている。だが、そこには憎しみが消えていた。ただ、何かを惜しむような色がある。
「……一応処理した場合、始末書が必要だから聞いておくぞ。何故、出て来た」
 男の先生が、冷静な声音で尋ねた。馬鹿にするように鼻で笑い返し、睨みながら鬼は言う。
「俺は、人食い鬼だ。人を食わなきゃ生きられねぇ」
「だが、犯罪者たちの死体が、必ず十分な量支給されるだろ」
 総一郎と、全く同じ返答。繰り返されてきた失望は、どこか悲しさを含んでいた。涙のまざる、寸前のような声。再度項垂れて、鬼は呟く。
「……本当、お前らとは相容れねぇなぁ。お前らが持ってくんのは、人じゃなくて人の抜け殻だ。――ああ、本当、お前らとは相容れねぇよ。たとえ天地が逆転しても、たとえ世界が終わっても、お前らとは、絶対に相容れねぇ」
「そうか」
 男の先生は、感情の伴わぬ声音と共に、鬼の頭を机に叩き付けた。ザクロを地面に叩き付けたように、血と脳、脳漿が、放射状に飛び散る。 その内の一滴が、総一郎の頬に飛んだ。思わず拭いとって、その正体に気付き、総一郎は「あ、」と声を漏らした。何故か、寂しさの様な物が血の一滴と共に指先から落ちていく。
「総一郎君も、琉歌ちゃんも、よく、無事でいてくれたね。頑張ったね。もう、大丈夫だよ」
 先ほどの無表情が掻き消えるほど情緒豊かに嬉しさと涙を混ぜて、受け持ちの先生は総一郎と琉歌を、しゃがんで、強く抱きしめた。
 改めて見直せば、恐ろしいほどに冷たかった男の先生の表情が人情味あふれる安堵に変わっていて、年配の女性は表情こそ変わらないものの、棘の有った雰囲気が消えている。琉歌が、先生の胸の中で号泣を始めた。頷きながら、先生は彼女の頭を撫でている。
 男の先生が、しゃがみ、総一郎と目線を合わせて笑顔を浮かべた。
「総一郎君、良く頑張った。君の電話があったから、僕たちは君たちを助けることが出来た。本当にありがとう」
 顔をくしゃくしゃにして笑いながら、総一郎の髪をくしゃくしゃに撫でる。総一郎が「僕は父にしか電話できなかったのですが」と言えば、「君のお父さんは警察だからね、逆探知で場所を割り出して教えてくれたんだ」と言った。受け持ちの先生が抱擁を止め、立ち上がって子供二人の手を握る。
「やっぱり、この二人はショックが大きすぎますから、林間学校は止めて、この子たちだけ家に送りましょう」
「そうだね。お父さんが迎えに来てくれるらしいから。総一郎君はそうしよう。琉歌ちゃんのとこは共働きだからなぁ……。僕は引率があるから、どうしたもんか」
「私が面倒見ててもいいですよぉ。どうせ窓際族ですし」
「い、いや、そんなことないですよ!」
 三人の先生は、気づけばにこやかに歓談していた。それが、総一郎には何処か遠くの出来事のように思える。本来なら、もっと危機感を持ってしかるべきなのではないか。
 受け持ちの先生に連れられて、総一郎と琉歌は外に連れ出されていった。そこからの記憶は曖昧だ。ただ、父が来て、「般若さんとは近くの家で、親交もあるので私が連れ帰ります」と告げて、二人一緒に帰れた事だけが、ぼんやりと思いだされる。
 何かがおかしいと思いながら、父の運転する車の後部座席で、総一郎は琉歌と一緒に、安堵と寝苦しさを覚えながら、一時、溶ける様に眠っていた。


 翌日、白羽を連れて、般若家の図書の部屋を訪ねていた。琉歌も居て、総一郎を見つけると「総くーん!」と垂れ眉を精一杯上げながら駆け寄ってくる。
 女の子二人が勝手に遊ぶのを横目で見ながら、総一郎は図書と話をした。自然と話題は昨日の拉致の事になる。図書は、軽いため息と共に、総一郎の肩を叩きながら「災難だったな」と言った。あまりにも軽い反応に総一郎が微妙な顔をすると、「ああいや、」と弁解を始める。
「ごめん。やっぱり、最初に拉致られるのは恐いよな。うん。すまん、気遣いが足りなかった。みんな通る道とはいえ、恐い事には変わりないもんな」
 その言葉が、総一郎には信じられない。
「……みんな?」
「ああ、みんなだ。俺を含めてな。でも、生き残れたのはもちろん、友達が目の前で食われるなんて事にならなかったのは、やっぱ幸運だった。いや、俺が不運だったのかな」
「……図書にぃは、あるの?」
 緊張と共に尋ねると、遠くを見る様な表情で、図書は首肯する。
「二回な。初めの時は、お前とそう変わらない年だった。二回とも目の前で友達が食われてな。俺は仮面があるから、珍味だって後回しにされたり、ゲテモノだって言われて、押し付け合いをされたりしてた。親父の遺伝なんだけどな、これ。 ――目の前で食われた友達は、合計で三人だ。初めに食われたのは仲が良かった女の子でな、初恋だったのかもしれない。あの時の様子からしてみれば、犯されてたんだと思う。当時は、訳が分からなくてな。苦しそうだっつって、でも怖くて、隅っこで震えてたよ。その時は本当に衝撃的でさ、しばらくその子の泣き声が耳にこびりついてんの。二回目にもなると、今のお前以下とはいえ魔法も使えたからさ、友達が食われてるのを見ながら、どうやって逃げようか必死に考えてた」
 今はもう、襲い掛かられない。図書は、そう締めた。次いで、琉歌に目をやる。
「ありがとうよ。琉歌を守ってくれて。あと、お前自身が食われないで居てくれて。お前が食われてたら、たぶん今、あいつはああやって元気では居られなかったと思う。俺自身がそうだったからな。大抵は、ずっと寝込んじまうんだ。 小学生の頃は、偶にいたよ。一週間二週間と、ずっと休み続ける奴。知らない間に居なくなってた奴も、少し、居た」
「……本当に、みんなが通る道なんだ」
「ああ、親御さんに、聞いてみろよ。間違いなく、あるって言われるぜ」
「……何で、そんな奴らが保護されてるの? 皆が通るなら、皆が怖いと思っているって事じゃないか。皆殺しにされたっておかしくないくらいだ」
「さぁな。実際、そういう運動家もいるよ。だけど、不思議とそのまま放置されてる。都会には出ないからな。人道的見地から、奴隷扱いでなら残してもいいんじゃないかっていう奴もネットには居るし、そういうリスクを背負っても保護する価値があるのではないかって、政府の陰謀論を掲げる奴も居る。日本の闇の一つって訳だ。あんまり頭突っ込むとえらい目見る事って、結構世には多いんだぜ。今後のために覚えとけ」
 ぽつん、と言葉が途切れる。無言を苦にするような関係は終わっていたから、無理に話そうともしなかった。そのまま、二人で琉歌を眺める。すると、総一郎はふと思い出した。
「そういえば、僕、るーちゃんに助けられたんだけど、どういう事か分かる?」
「琉歌が? ……どうやってお前を」
「僕が絞殺されそうになった時、るーちゃんが『止めて』って言ったんだよ。そしたら、拘束する力が無くなったんだ」
「あー、そりゃ、アレだ。セイレーンの喉を持ってるからな。あいつ」
 え、と総一郎は目を丸くする。セイレーンとは、魔力のある歌声を持つ、頭が麗しい女性で、躰が鳥という魔物である。
「そうなの? でも、おばさんは別にセイレーンの要素無かったよね」
「違うよ。お袋は正真正銘の人間だ。セイレーンは親父の方」
「……ごめん、意味が分からない」
 般若家の大黒柱は、文字通り般若の面が顔と化した怪人物だ。
「んー、と話せば長くなるんだが、あの般若の面は、元々親父のじゃないんだよ」
 頭を掻いて、言いづらそうに目を瞑る図書。
「昔振った女が実は鬼女だったらしくてな。呪われたんだと。で、実際の所親父の遺伝子的には、セイレーンと何かの妖怪とのハーフ、と人間とのハーフって事らしくて、まぁ、それが琉歌に行ったんだな。逆に俺は親父の呪いの遺伝子継いだからこんなんになってる。 で、琉歌の産声に全員が涙したから、こりゃセイレーンの遺伝子を継いでいるんだろう。って事で、琉歌って名前になった。幸せの島の歌という訳だ」
「幸せの島ってどういう事?」
「ん? 何だよ、総一郎。知らないのか? 何だ、お前、落ち着き具合とか語彙の豊富さとかこいつ神童じゃないか? とか思ってたけど、普通のクソガキじゃねぇか」
「幸せの島って?」
「……俺が悪かったよ」
 分かればいい。
「幸せの島っていうのは普通に、琉球の事だよ。この国以上に亜人と人間が入り乱れて、黒人も白人も関係ない。この国は他の国から追い出された亜人ばっかり受け入れるから、黄色人種以外は入りにくいんだよな。それに比べて、食人種以外の全てを受け入れて、世界最高の幸福度を誇るから、幸せの島なんだと。観光地でさ、ほら、『琉歌』の琉は、琉球の琉って書くし」
「……ちょっと待って? 琉球? ――沖縄じゃなくて?」
「ん? ああ、それは昔の呼び方だな。独立したから今は違う。っていうか総一郎。お前やっぱり知ってんじゃねぇか」
 片眉を顰めて見せる図書だが、総一郎の頭の中は、静かに、混乱の極みにあった。沖縄。琉球。――地球にしか、無いはずの言葉。
 確かめるため、総一郎は質問を重ねる。
「図書にぃ。この星の名前って、もしかして地球? この国の名前、日本だったりする?」
「お、おう。そうだけど……、何か、総一郎、様子がおかしくないか?」
「……いや、大丈夫。じゃあ最後に聞きたいんだけど」
 深呼吸をする。昨日の人食い鬼だけでも頭がパンクしかけていたのに、そこにこれでは容量オーバーもいいところだった。しかし、聞ける内に、聞かねばならない。総一郎は、生唾を飲み下して尋ねた。
「いま、西暦何年?」
「……2362年だけど」
「……」
 引き攣った笑顔と共に、総一郎の息は止まった。ぽふ、とソファに倒れ込み、乾いた笑い声を上げる。何もかもが、総一郎の予想を超えていた。情報の処理を終えられる、自信が無い。
「おーい。大丈夫かー?」
 そんな総一郎の声無き叫びにも気付かず、図書は、少々強めに頭を叩いてくる。数発貰った後に、「痛いよ!」と言いながらその手を叩き落とした。「いって!」と図書が手を押さえるが、そんなことは知らない。
「こっちはいろんなことがあり過ぎてパニックになってるんだよ! そっとしておくれよ! そろそろ知恵熱が出そうなんだ!」
「うわ、分かったよ。分かったからそんな怒るなよ……。そうだ。総一郎、お詫びにさ、琉歌が歌う、琉球の歌を聞いて行かないか?」
「どういう事」
 憮然とする総一郎に、取り繕ったような明るい表情で図書は答える。
「琉歌はさ、親父に自分の名前の由来を聞いてから、親父のパソコン占領して、良く琉球の歌を聞いてるんだよ。歌詞も覚えちまったらしいからさ」
 言って、図書は琉歌を呼んだ。総一郎が聞きたがっていると告げられると、琉歌は総一郎を少し見つめてから、顔を赤らめて視線を逸らした。せっかくだし駄目かな、と問うと、了承してくれる。
 総一郎は図書と白羽に挟まれて座りながら、琉歌が歌いだすのを見つめていた。最初は照れて上手くいかなかったものの、言葉を連ねていると、しっくり、様になっていく。
 目を瞑り、琉歌は歌っていた。甲高い可愛らしい声は、歌いだした途端に深みを出した。声は高いままなのに、聞く者の胸を打つ。
 連想されるのは、優しげな風だった。海岸近くの草原の中に自分は立っていて、ただ吸い込まれるような晴天と、包み込む海があった。ざわめく緑の上で、その二つが青く境界を失くしている。
 隣に座っていた白羽が立ち上がった。目をキラキラと輝かせていて、てとてと駆けて、琉歌の周りでノリノリと踊りだす。その可愛らしさに、少年二人は軽く吹き出した。
 総一郎から、情報過多の為に起こった頭痛らしきものが霧散していた。そこには爽快感があるばかりで、知らぬ間に一定のリズムが体全体に染み込んでいく。
 今だけは、何もかもを忘れよう。ただ、はっきりと幸せの島の姿と、その上で楽しげに踊る天使を見て、総一郎は事件以来の、本当の笑みを浮かべた。


 翌日、気になって図書の話をした。ほとんどの子供が人食い鬼に拉致されるという話。父はこう答える。
「気づかない間に、日本という国は物騒になったものだな」
「……え? 違うのですか?」
「違うというか、何だ。そういう話は、子供に聞かせる脅し文句の典型だ。分別がつけばそうでないことも分かるが、冗談混じりに流布を続ける者もいる。人生で平均して一度は遭遇するのが人食い鬼というものだが、大抵は狩り取るべき弱者にすぎない。子供を拉致出来ても、ことに及ぶ前に見つかり殺される。般若さんのところのせがれなどは、不運な例だ。勿論、お前もな、総一郎」
「……つまり、図書にぃは話を盛ったと?」
「故意ではないだろう。嘘を信じてしまう子供の無垢さだ」
「はぁ……」
 総一郎は曖昧に頷いて、父の部屋を後にした。そして、呟く。
「陰謀論ってコワイナー」
 少し歩くと、白羽が居た。遊びに誘われたから、快く付き合った。

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