武士は食わねど高楊枝

一森 一輝

3話 母の魔法

 引っ越しを終えて、総一郎と白羽は一息を吐いた。
 とはいえ二歳児三歳児。手伝うどころか邪魔者扱いされ、荷物に指一本触れさせてもらえなかったが、それでも慌ただしい雰囲気は彼らにも伝わっていた。 そんな二人を見た白髪碧眼の母親、ライラは、ジトッとした目で彼らを見ながら、こんなことを言った。
「本当に疲れたのはこっちよ」
 そりゃそうだ。と、中身が二十歳越えしている総一郎は、こっそり苦笑いを浮かべた。

 その村の名は、あつかわ村と言った。あつかわ。「かわ」は、恐らく「川」が微妙に変形したのだろう、と推測できる漢字が当てられていて、しかし「あつ」に相当する漢字は物凄く複雑だった。「中」がその漢字の骨格として使われているのも、妙に納得がいかない。
 むぅ、と難しい顔をしながら、「あつかわ村へ」と書かれた、山道に在りそうな古い標識を、総一郎を睨みつける。
 ――この世界は、何なのだろう。
 彼は文字を触れる度に、そんな事を思う。
 例えば、「総一郎」という名は明らかに日本人の名前だ。姉である「白羽」もそう。しかし母である「ライラ」は違う。完全に、外国の名前である。 逆に、総一郎はいまだ父の名を知らない。知ればある程度の基準が出来るだろうに、と歯がゆくなる。
 彼がその名を知る人間は、自分含めてその三人だけなのだ。
 自動翻訳なのか。と初めは思っていた。簡単に言えば、アメリカの「アンダーソン」さんが、自分の目や耳を通すと「下村」さんに変わる。これは少々違う気がするが、ニュアンス的には、そんな風に総一郎は考えていた。
 けれど、母親であるライラの名を知って、違うのだと判断した。
 地球と、似て非なる世界。そんな推論を立てた。だが、二歳児が得られる情報は酷く少ないため、確かめる術がない。 とはいえ、効率的な情報源であるはずの、パソコンらしき端末は、見つからない訳ではなかった。だが、操作方法が分からない。総一郎が今の所パソコン的な物体であると見破った唯一のそれは、使用しない時は布の様になっていたのだ。ぴん、と伸ばすと、硬質化してディスプレイを映し出すのである。
 SFだ。と思った。生前では、数冊読んだ程度の、正直専門外の分野だった。 だというのに、場所によっては――たとえば、こんな田舎では、標識が寂びれた木製であったりもするのだから、節操がない。
「総ちゃん? 何を標識なんかとにらめっこしているの、あなた」
「ううん。何でもない」
 母に呼ばれ、その後へ付いていく。そこには、白羽も居た。 これより図書館へ向かい、本を借りるのである。 父の許可が下りた、魔法に関する本を。


 母の手の先に、ふわふわと浮かぶ、光の球があった。 次に彼女は何かを呟き、光の球にくすぶるような振動が起こり始める。 最後に、皮切りの様な一言。投げられたボールの様に飛んで行った光の球は、空き缶にぶつかり、爆ぜた。 缶が、ばらばらになって宙を舞う。その光景に総一郎はぽかんと口を開け、逆に白羽は「おー」と言う歓声と共にぱちぱちと不格好な拍手をした。
「今の魔法は光球と呼ばれる、光魔法の初歩中の初歩。白羽は、属性魔法ではこれしか使えないけど、総一郎はこれを含む属性魔法全てを使えるわ」
「えー!? ずーるーいー!」
 可愛らしく牙を剥いてこちらを睨んでくる白羽。それに母は、「大丈夫よ」と彼女の黒髪を撫でる。 彼女達の顔立ちは似ているが、親子にしてはどこか足りないような感じがする。何が足りないのだろうと総一郎が見つめている中、母を続けた。
「白羽。貴方は、光魔法以外の属性魔法が使えない代わりに、天使の種族魔法が使える。はっきり言って、天使の種族魔法に勝てるほど属性魔法を使いこなす人なんて、そうは居ないのよ?」
「そうなの?」
「ええ」
 母が微笑みかけると、白羽はあどけなく破顔した。次いで、勝ち誇る様に総一郎を見る。その姿に総一郎は「凄いねぇ」と笑いながら、姉の頭をよしよしする。
「凄いでしょー」
 姉の純粋さはいつまでも消えないでいて欲しいと、総一郎は思った。
「……本当、総一郎は大人びているわね。子供の反応じゃないでしょ、それ」
 ぼそっと呟いたのは母である。総一郎はそれを聞き苦笑しかけるが、子供らしくないだろうと思い、堪える。白羽に至っては、聞き逃したのか「え?」と母の顔を見上げていた。
 ちなみに白羽は母の膝の上、総一郎は母の隣に座っているという次第である。
 自然豊かなあつかわ村の、公園のベンチであった。
 母の、総一郎とは反対側のスペースには、図書館から借りた魔法書、魔術書の入れられた袋が置かれている。図書館で借りられるような物なのかと訝しがったが、母が新書の魔術書欄を見て、「続編出たんだ……。明日辺り買いに行こうかしら」と独り言をしているのを聞き、割と安価なのかもしれないと思い至った。
 総一郎の家は、田舎の少し大きめの家を、一括で購入できる程度の中流家庭である。余談だが、父の職業は知らない。無駄に謎の多い父であった。
「じゃあ、みんな一緒に呪文を唱えましょう」
 え、いきなり? と思う総一郎を置いてきぼりにして、母と白羽は先ほどと同じ呪文を唱えた。母は言うまでもなく、白羽も発音がいい。呪文は歌に似ていて、聞き心地の良い物だった。慌てて総一郎はそれに続くが、少々音程がずれている。
「総一郎、慌てなくていいのよ。落ち着いて、ゆっくり唱えるの」
 言われ、一度深呼吸を挟んでから、総一郎はもう一度唱えた。白羽のようにすぐに様になった、という事は無いが、まぁまぁの出来である。 呪文と言っても、唱えるだけで発動はしないのか、と総一郎は一人ごちた。
「ん。まぁ、及第点ね。一応、発動はするはず」
「ママ、ママ、ねぇ、しーちゃんはー?」
 いつの間にか母の膝の上で、彼女に向かって膝立ちになる白羽。母は白羽に笑いかけながら、「しーちゃんはねー、すっごくお上手だったよ。そりゃもう、普通以上の威力が出るくらい」と言う。「やったぁ!」ともろ手を上げる姉を見守りながら、総一郎は母に尋ねた。
「発音がいいと、威力が高くなるの?」
「うん、そう。まぁ大人になると面倒くさいから大抵の人は無詠唱、もとい、何も言わずにやっちゃうんだけど、それでもやっぱり綺麗に発音した方が、威力は出る。それだけ加護の主に聞こえやすくなるって事だからね」
「加護?」
「ええ。私たちみたいな生まれながらに属性持ちの『亜人』と、契約、えー、約束をして、その属性魔法との親和性、じゃない、……やり易さ? を貰い受けるの。諸外国……じゃなかった、ええと、他の国では加護もなしに自前の魔力と魔法親和性だけでやる人も多いんだけど、この国では義務教育課程のかなり序盤で可能な限りの全属性の加護を受けられるようになって……あ、やば、難しい言葉ばっかり使ってた。ええと、ちょっと待ってね総ちゃん。……ええとー?」
「大体言いたいことは分かるよ。お母さん」
「え、嘘。先に言っておくけど、『ギムキョウイク』は外国語じゃないからね?」
「中学生までだよね」
「ううん高校生まで、……って、ちょっと待って総ちゃん? 何で貴方、中学生って言葉知っているの? それ以前に何で中学生だと思ったの? いや、確かにかなり前はその位だったって聞いたことあるけど……」
「むー! 二人ばっかり話しててつまんない!」
「ああ! ごめんね、しーちゃん。そうだね、みんなで話そうね」
 慌ててむくれる白羽に目を合わせ、その頭を撫でる母。総一郎は口を滑らせてしまった、と気まずい気持ちで目を逸らす。家に帰ったら追求されるのだろうかと思いながら、「お母さん、魔法の続きを教えて」と話題を逸らすついでにねだってみる。
「え? ああ、うん。……じゃあ二人とも、次は、実際に光球を撃ってみようか」
 もう!? と二度目の驚きを示す総一郎に、「やったぁ!」と声を上げる白羽。母は「さっきの私の方が驚いたんだからね」と総一郎の頭を撫でる。撫でたがりは遺伝か、と思わなくもない。
「じゃあ二人とも、光球は手のひらから、だいたい十センチ離れたところに現れるから、手を上げて、あそこに並べた缶に向けましょう」
 言われた通りにする総一郎。「何でー?」と聞く白羽に、「向けないと危ないし、それにそうしないと缶に当たらないよ?」と言い聞かせる母。白羽は理屈が分かると、すぐに言う事を聞いた。
「魔法っていうのは、イメージと呪文によって発動するのよ。呪文の方は割と融通が利くけど、イメージはそれそのものを想像しないと意味がないから、頑張って。 貴方達には私の天使の血が流れているから、血が手のひらに集まっていくのを想像するの」
 言われたとおりに想像しても、それだけでは何も起こらない。これから呪文を唱えるだけで本当に魔法が使えるのかと眉を顰める総一郎だが、そんな彼の事を尻目に、白羽は呪文を唱え始める。
 その手のひらから、光が零れ、球体に集まっていった。
「うん、上手上手」
 落ち着いた母の声音に、これくらいは出来て当然なのか、と驚く。それに続いて、彼も力みながら呪文を唱えた。手のひらに血が集まる感覚。そして、呪文によりそれが体外へ放出され、球体になる。そんな想像をした。
 手が、光に帯びた。驚いて呪文を止めてしまうと、光球も崩れ、霧散してしまった。
「ダメよ、総ちゃん。呪文は途切れさせずに言わないと発動しないんだから」
 母の声と共に、白羽の手から光球が飛んでいった。狙いが少しずれたのか、缶の間横を通り過ぎていく。不機嫌そうに唸る白羽。「もう一度やってごらん」と母は言う。
 姉と共に、総一郎は再挑戦する。イメージと、呪文。だが、その時彼の脳裏に、母の魔法の呪文の唱え方がよぎった。
 ――あの時、母は一字一句、聞き取りやすいように呪文を区切っていたはずだ。
 しかし、光球は崩れなかった。そうなると、途切れさせずに言わないと、というのは、厳密には違うのか。彼女が区切った場所で総一郎も呪文を取り止める。「呪文を止めちゃダメでしょ」とやんわり叱る母の言葉を聞き流し、区切りながら呪文を唱える。
 次の一小節で、光球がぶるぶると震えだした。母の時と同じだ、と彼は記憶と今を重ね合わせる。
 皮切りの一言。狙いを定めた光球は、缶に当たり、爆ぜた。
「おー」と歓声を上げてから、自らの負けに気付いて白羽は頬を膨らませる。静かに絶句する母に目をやって、言った。
「第二・第三小節だけを抜き出して、握った石とかを弾き飛ばす事って出来たりするの?」
 その瞬間、母を大きく息を呑んだ。すぐさま、恐らく携帯であろう棒状の金属を取り出して、ブラインド式に伸ばした電磁ディスプレイで電話をかけ始める。
 そして、言った。
「お父さん! 我が家に、我が家に天才が生まれたわよ!」


 総一郎が発見した第二小節の呪文は、それのみを取り出して使うと、一般的に『物理魔術』と呼ばれるものになるのだという。 事実、総一郎が言った「石を弾き飛ばす」と言うのも当然できたし、それを用いて移動物の加速、巨大物の運搬、果ては空中歩行さえも出来るのだとか。
 ちなみに『魔法』と『魔術』の違いは、イメージと呪文、才能、(この国においてのみ含む)加護だけで行えるものを『魔法』、その魔法からある程度の法則性を見出し、既存の科学知識と絡めて行われる物を『魔術』と言うらしい。魔法は才能や加護がものを言う所も大きいが、魔術は知識と魔力さえあれば、それで身を立てることも出来るのだという。
「だけど、魔法は発展のしようがないからともかく、魔術はここ最近に発見されたものなの。魔法の台頭は三百年近くも昔の話だけど、魔術はここ数十年。それを、総一郎は発見したの。何のヒントも無しにね。それは、凄い事なのよ? 白羽が開花した理由も、何となく分かった気がするわ」
 妙に大人びている理由もね、と付け足し、母は総一郎に微笑んだ。日も暮れてしまった、帰り道の事だ。
 上機嫌ながら、少々困ったように眉尻を垂れる母の隣に、総一郎が居た。その反対には不機嫌気味に俯き、泣きだし掛けている白羽が。
 理由は母が総一郎ばかり褒める事と、光球が序盤の二個しか当たらなかった為である。それに対して、総一郎は詠唱を区切るため、上手く狙いをつけることが出来、放った光球はほとんど当たる事となった。 それを嫉妬しているのが分かったので、用意されていた十個の缶の内、三個当てたところで止めたのだが、結局当てた数が姉に勝ってしまい、機嫌が直らなかったという次第である。
 勝ちを譲ることに関しては、正直何の躊躇いも無かったと言うのに、勝ってしまった。 総一郎の本音としては、白羽を勝たせてあげて、「流石、白ねえ!」とよいしょし、ご機嫌になって踊り始める白羽が見たかったのである。彼女は、嬉しくなり過ぎると思わず踊り出してしまうのだ。
 姉が可愛らしい、と言うのももちろんあったが、『彼女』に瓜二つの白羽の事を、総一郎が愛していない訳が無かった。だからこそ、想定していない形で姉を傷つけてしまったことが、残念でならない。
 もっとも、三歳児であるから、すぐにそんな事は忘れてしまうのだが。総一郎も生前は子供と触れ合う機会が少なく、どうにも繊細な手つきになり過ぎてしまうのだった。
 夕暮れで、三人の顔が赤く染まっている。その足元からは、真ん中が長い三つの影が、あぜ道に濃く伸びかかっていた。
 白羽の居る右側には、山があった。もう少し進むと、頂上の神社へと続く石階段がある。逆に、総一郎側の左手には、田んぼがあった。コオロギが跳ね、数匹の鳴き声が夕方の田舎道を満たしている。
 その山の木々の中から、彼らの十数歩先に、人が現れた。
 しかし、様子をもう一度よく見直すと、総一郎は、人なのか? と首を傾げてしまう。姿形は人だったが、どうにも頷けないのだ。
 その人物は、痩せぎすで、薄汚いボロを身に纏っていた。肌は黒人の健康的な黒さでなく、死にかけの病人を思わせる、嫌悪感の湧き立つ黒色をしていた。節々に見える四肢は細いのに筋張っていて、捕まったら逃れられそうには思えない。そして、とてつもなく醜悪な表情をしていた。
 目が赤く、歯茎がむき出しになっている。鼻は極端に低く、異様な存在感を放つのだ。耳を澄ますと常に何かぶつぶつと言っているようで、更に耳を凝らした時、総一郎は息を呑んだ。
「人が食いたい」
 それを、何度も繰り返していたのである。
 奴は、人がいる事に気付いたようで、ゆっくりとこちらを向いた。と共に、「おおぅ……!」とおぞましい喜びを示す。その注目は、最終的に白羽に向かった。怯えたような声を出し、白羽は母の服を強く掴む。「下がってなさい」と母が総一郎と白羽を、自らの後ろに隠した。その眼は、見たこともないほどに鋭い。
「貴方、『人食い鬼』よね? 何でこんな所に居るのかしら。……ここは『食人種専用居住区』じゃないわよ。貴方達は、そこから出たら法律違反だったでしょう」
「いやいや、何をおっしゃられますか奥様。ここは『共住区』ですぞ? 我ら『亜人』と、『人間』が一緒に住む場所……。現に、貴女だって天使でしょう? ならば、私が居て悪い道理がありません。……それとも何だ。貴女は私たちが人を食わねば生きていけないと言う理由だけで、同じ亜人を差別するのか」
 前半の言葉は、舐める様に抑揚のある声で、後半は、ぞっとするような低い声で、その人食い鬼は言った。母は奴を睨みながら、恐がる様子も無しに、言う。
「だって、危険じゃない。それ以前に、食人種専用居住区だって、不便ではないはずよ。政府の計らいで、食糧には困らないでしょうし。それなのに破って出てきたのは、貴方が単に生きている人間が泣き叫ぶのを見聞きしながら、『食事』がしたいだけでしょう?」
「……くっ、くくくくく、ぎゃぁっはははははは! 何もしてこねぇんだな! 予想通り奴隷使役権持ちじゃねぇってこった! そうだよなァ? 持っていたらつべこべ言わずに『ひれ伏せ』の一言だもんなァ! いやぁしかし、俺は運がついているぜ。こんな別嬪に柔らかそうなガキ二人、しかも片方は美味そうな幼女じゃねぇか……。女と糞餓鬼はここで食っちまうにしても、そこの可愛子ちゃんはしばらく殺さないでおこうかなァ……。きひっ、きひひひひひひ!」
 涎をだらだらと垂らしながら、気違いの様に喚く人食い鬼。その姿が一層恐ろしく、総一郎の体はガタガタと震えていた。しかし、白羽はそれ所ではない。名指しで呼ばれ、「しばらくは殺さない」と言われたのだ。彼女は幼すぎて何も分からないだろうが、総一郎には痛いほど分かる。人食い鬼の股間は、強く勃起していた。
「ママぁ……、総ちゃぁん……!」
 恐怖に顔を歪めて号泣する白羽の手を、総一郎は強く握った。それを見た母は、「強いのね、総一郎は」と言って、二人の頭に手を乗せた。鬼に背を向けているというのに、怯える様子もない。くるりと振り返って、背中で弟に縋る我が娘に、母はこう言った。
「しーちゃん、よく見てなさい。これが、天使の種族魔法よ」
 じりじりと近づく人食い鬼。それを毅然と睨みながら、母は祈るように手を組んだ。
「主よ」
 大きな音を立てて、隠していた彼女の翼が広がる。
 それに、鬼は呆然となった。とろん、と表情を蕩けさせ、身動きが取れなくなっている。飢えた獅子の様な雰囲気が、消えた。白羽が、「あ……」と声を出す。
「貴方の忠実な僕たる私の、目の前にいる愚かな鬼に、贖罪と祝福をお与えください」
 静かに母は、呪文を唱えた。声は聞き取れたはずなのに、知覚が出来ない。その呪文を、思わずと言った風に、白羽は復唱した。それも同じように、総一郎には聞き取れなかった。
 母の翼が、大きく羽ばたいた。羽だけが舞い散り、それが鬼にまで届く。そして、鬼に触れた。一瞬の、出来事だった。
 鬼の体が、羽の当たったところから、全て同じ白い羽に変わったのだ。
 元があの醜悪な鬼だとは到底思えない、大量の綺麗な白い羽だけが、そこに残された。地に落ちて、一つずつ、空気に解ける様に消えていく。総一郎は、目を剥いてその光景を見つめる自分に気付いた。
「ね? 天使の種族魔法は、こんなにも強いの。だから白羽、属性魔法が上手くいかなくたって、気にする事は無いのよ?」
 そう言って、母は小さな姉に、屈んで、目線を合わせながら笑いかけた。「ママぁ……!」と泣きながら母に抱きつく白羽。その震える背中を、ゆっくりとさする。
「総一郎も、強かったわね。よく、泣き出さなかった」
 男の子だ、と軽く二回、頭を叩かれた。少々胸を打たれながら、「うん」と確かに頷く。そして、笑った。「本当大人びてる」と母は苦笑する。
 我が母は、偉大だ。そして、その魔法も。


 その話は、食卓に上がった。誰ともなく、である。それを聞いた父は、家族全員の顔色を確認して、ただ、「そうか」とだけ言った。それだけかと思えば、小さな声で「良かった」と呟いている。感情を表に出すのが、苦手なだけなのかもしれない。そんな風に、父を評した。
 それからというもの、総一郎は母が借りてきた魔法書、魔術書を熱心に読むようになった。次いで、試している。元々親和性があったのか、弱弱しいながら電気魔法が使えた。炎もだが、こちらは母の遺伝で、使用を禁じられている。
 母曰く、電気魔法の才能は、化学魔術向きだ、との事。
「そうなの?」
「まぁね。電気で分子に干渉して、物体を変化させる、っていうのが化学魔術だから。それに、今のうちに微弱な電気魔法の使い方を覚えておけば、後々加護をもらってから面白いわよ~? 私が小さい頃にもそういう子が居てね。そりゃあもう物凄かったんだから」
 悪戯っぽく笑う母に、元気に総一郎は頷き返した。

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