精霊使いと冠位の10人

いなお

襲来

ハイネは風を司る精霊だ。
精霊使いに力を人目につかせないことを第一としている康太とは相性のいい力だ。
ハイネの操る風は目で捉えることのできない。
自然現象の風となんら変わりのない魔術を繰り出すことができるのが特徴だ。

「ハイネ、3体同時に倒せるっスか?」
(ああ、可能じゃ。その代わり発射の衝撃も3倍じゃからな。間違っても妾を離すでないぞ)
「あいよ!」

銃口付近に風の塊が3つ現れる。
無色透明なそれは魔力を探知できる人間でなければ、認識することすら出来ない。
そして康太はカウントを始める。

「3」

風の塊はそれぞれ高速で乱回転をしだす。

「2」

三つの塊も銃口を軸に回転しだした。

「1」

その風の塊が極端に小さくなる。

「発射(ファイア)」

声と同時に3つに弾丸が放たれた。
発射の衝撃で前に構えていた銃が頭の後ろまで飛ばされる。
康太は腕に痺れを感じながらも、それでも銃は離さない。
銃の発砲音はなくトリガーをカチリと引いただけであるが、豪風の音でそれもかき消された。
3つの弾丸はそれぞれ別のトロールの頭、右腕、右足を撃ち抜いた。
外から観察しても何が起こっているのかを把握することが難しい。
しかし、トロールの体内では風が内蔵や筋肉を切り裂き、それぞれのトロールの核を完膚なきまでに切り刻んだ。
トロールはもはや動くことのない人形と成り果てた。
タイミングよく隙ができたと考えた埜々が光魔法を放ち、それぞれのトロールの胸のあたりを貫いたのが見えて、自分達の銃撃がバレていないことに康太は安堵した。
3体は時間差で地響きを立てながら仰向けに倒れこんだ。

「ふう、無事終わりっスかね。流石っスねハイネ」
(当たり前じゃ。それより康太ー妾疲れてお腹減ったのじゃー)
「相変わらず燃費も悪いっスね。あとで購買で何か買ってあげるっスよ」
(本当か!?妾おにぎり食べたい!)

すっかり緊張の糸が切れた康太とハイネがたわいのない会話をしているとリーシャが何かに気がついた。

(康太様!後ろです!)

リーシャの呼び声で康太は咄嗟に振り返る。

「見ぃつけた」

屋上の扉の入り口の上に1人の女性が立っていた。
女性は金髪の髪をポニーテールに纏めていて黒いパーカーを着ている。
「やばい、見られた」と内心焦る康太。
背中から嫌な汗が流れ出し、なんと話しかけようか頭の中で整理しているとリーシャが話しかけて来た。

(康太様、あの人間から魔力を感じません。まるであの時の)

康太はそこでハッとする。
リーシャのいうあの時とはセントラルタワーで戦った時のことだ。
ヴォイドと名乗る金髪の男も確か魔力を全く感じなかった。
つまりは普通の人間ではないのは明白だ。
すると女性の方から話しかけて来た。

「君が入江康太君か。炎の精霊って聞いてたけど、どう見ても風の精霊じゃん」

康太とリーシャはそれで確信した。
こいつはヴォイド名乗る仲間であると。
状況が読めていないハイネは康太に尋ねる。

(何じゃ、知り合いか?妾達を知ってるようじゃが)
「いんや、初対面っスよ。ただ、あの人の狙いはリーシャとハイネって事はわかったっス」

康太の頬から一筋の汗が落ちる。
まさかこんな人目につきやすい昼間の学校で狙われるなんて思ってもみなかったからだ。
校舎の屋上とはいえ、こんなところで戦ったら、誰かしらに気がつかれる。
逃げるにしても屋上の入り口は金髪の女性に塞がれている。
残すは屋上から飛び降りて、ハイネの力で着地するという考えが康太の頭に浮かんだが、それをしてしまうと魔術を使えないはずの人間が魔術を使えた事で色々と面倒な事態は避けられない。
それにもし、この女性が追って来たら他の生徒や見学に来た人々を巻き込みかねない。
まさに万事休すだ。

「まあとりあえず、邪魔が入るとだるいからね」

女性は扉の上から着地し、地面を置く。
すると手のひらサイズの魔法陣が浮かび上がり屋上の一面に黄色の光が疾る。
そして、屋上を包み込むように大きくなってから光が消えた。

「なんスか今の?」
(康太様!屋上に閉じ込められました!)
「え!?」

康太は辺りを見渡すが、先ほどとなんら変わりはないように見える。
しかし、精霊であるリーシャが言うのだからその言葉に間違いはないのだろう。
試しにハイネの銃で屋上の外に向けて一発の風の弾丸を放つ。
屋上にある柵際まで弾丸がいった時だ。
その場で風に弾丸は霧散した。

「なるほど、そういう事っスか」

ハイネの風魔術と同じように目に見えない魔力の壁で閉じ込められたらしい。
康太の冷や汗は更に増した。
そして目の前の女性は、微笑みながら康太に話しかけた。

「じゃあ、ちょっとお話ししましょうか」

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