生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした
76.竜の国~蜘蛛魔獣~
「ユウ兄の実現があれば馬要らずってわけにはいかなかったねー」
「いいじゃない、愛馬達を走らせてるこの感じが旅って感じだわ」
ユウが身に付けた実現『繋がる扉』はユウの記憶にある場所にしか開けない。
しかも、扉を大きくしようとすればするほど魔力消耗も激しくなり、繋げていられる時間も短くなる。
馬ナシでの少人数移動には適していたが、馬を含めた移動には向いていなかった。
それもまた、ユウのイメージ力不足でしかないのかもしれないが……。
天翔ける竜一行は天空都市調査隊を纏めていたギルバートからの報告を受け、竜族の里を出て地下都市に戻ると愛馬を駆ってかつて訪れたマウントニアを越え、ハイネストを目指していた。
エリーが竜族の里を離れることでエリーの所有物となっていた地下都市と天空都市を繋ぐ転移装置の鍵がなくなり、転移が出来なくなることが懸念されたが、鍵のスペアが地下都市から発見されており、その懸念は解消されていた。そのため、フェルトバッハの魔杖はエリーの手に戻っている。
その杖を抱き締めながら、エリーはリズの背に身体を預けていた。無表情な様子はいつものエリーだ。
しかし、里にいた頃と比べると僅かながら元気がないようにも見えた。
やはり親元を離れるのは寂しかったのかもしれない。
それとも、マウントニア以北にて散見され始めているという魔石のない魔獣――魔族に思考を巡らせているのだろうか。
その答えはエリーにしかわからない。
「元気ないけど大丈夫? オイラがずっと一緒だから寂しくないよ?」
「元気なくない。大丈夫。だからルカはずっと一緒じゃなくて大丈夫」
「ぐはっ」
エリーの様子を気にしたルカが迷うことなく突撃するがいつも通りに一蹴される。
項垂れるルカを傍目に、エリーの口元は緩んだように見えた。
ルカは気付いていないがエリーの言葉は『元気がない時はルカに一緒にいて欲しい』と聞こえなくもない。エリーの様子からも、強ちその意図で間違いないかもしれない。
「ルカはもう少し落ち着くべきだね」
そう声を掛けるユウに、ルカは何を言われているのかわからないといった視線を向けた。
ユウも人の心情に敏感というわけではないが、人のこととなると案外わかるものなのだった。
そんな他愛ないやり取りをしながら長々と続く山道をゆっくりながらも進んで行くと、木々の隙間から見える暗雲立ち込める空にいくつも、何かが飛んでいるのが眼に映る。
「あれが噂の――」
ユウの声に一同も空を見上げる。
そこにいたのは数々の竜だ。距離も遠いために姿形は明確に見えないが、その動きはまさに竜の羽ばたきを見せていた。
大陸の北東に位置するハイネストは竜の国と言われている。
標高も高く、険しい山間の移動が非常に困難なハイネストにおける主な移動手段、それが竜だった。
移動手段のみならず、ハイネストの竜騎士団も高名だ。
天災と言われる竜を手懐け、その巨大な体躯を飛翔させ敵を空から討ち取る竜騎士団に敵うものはいないとも言われるほどだ。
「あの竜にも人が乗っているのかな」
「どうかしら。それはハイネストに着いてからのお楽しみじゃない?」
リズを始め、みな初めて訪れるハイネストに興味津々といった表情だ。
しかし、その表情が轟音とルカの一声で強張る。
「あっちからだ!」
狭い山道、周りは鬱蒼と茂る森林に囲まれており、馬に乗ったまま自由に動ける状況ではない。
ユウの馬を降りると、ルカは木々の合間を跳躍して急斜面を駆け上がっていく。
馬で登るには苦しい急斜面を迂回してルカを追いかけると、斜面を越えた先には開けた平地が広がっていた。
牧場なのだろうか。
格子状の柵があり、その柵は三人分の身長程の高さで、天辺は内側に返しがある。中から柵をよじ登って外に出られないためであろう。
しかし、その柵も今や用をなさない。所々、破壊されており、その破損箇所が焦げ付いていることからも爆発によって損壊したものと思われた。
その柵の中に巨大な黒い塊が一つと、それよりもやや小振りな塊がいくつか見える。傍には飛び跳ねて黒い物体へと飛びかかるルカの姿もあった。
核となる中心の黒い塊から左右に4本ずつ黒い線が伸びているそれは、蜘蛛だった。
「ひっ――!」
「リ、リズ?」
蜘蛛の姿を確認するや怯えた声を上げるリズ。
その表情は青ざめている。
まさか――
「無理無理無理無理っ!! 私、虫はダメなの!! 小さいのならまだ我慢できるけどあんな大きなの絶対無理っ!!」
子供のように頭を抱えて首を振るリズ。
トラウマでもあるかのようなその怯えぶりに『行こう』と声を掛けることなど出来ない。
散々森の中で野宿をしてきたリズの言葉とは思えなかったが、それも大きさの問題なのかもしれない。
「シルバ達とここにいて! 行ってくる! シルバ、コルティ、リズを頼んだよ!」
愛馬シルバに声を掛けると、シルバは嘶き、リズを守るように悠々と身体を動かした。
コルティと言うのはリズの白い牝馬の名だ。こちらもまた怯えるリズを宥めるように首をリズに擦り付けている。
そんなリズにエリーも声を掛けると、ユウに続いてルカを援護すべく戦場へと足を向けた。
蜘蛛は親玉と見られる巨大な一体と、小振りなものが四体――いや、ルカが一体潰し終えたから小振りなものが三体の全部で四体。
ルカは巨大な親玉へと向かいながら、声高に叫んだ。
「火炎魔法を使う魔獣だよ! 気をつけて!」
周辺には肉の焼けた匂いが漂っている。
目の前の魔獣によってこの牧場にいたものが焼かれてしまったのだろう。所々、黒く焼け焦げた何かが転がっているのが目に入った。
「エリー、一体任せてもいいかい?」
「一体でいいの?」
「あぁ、一体でいいよ」
物足りないとでも言わんばかりに聞き返してくるエリーにそう返答すると、ユウは焼け焦げた死体に群がる小振りの二体に向かって手をかざす。
竜族の里を出てから、まともに実現を使うのは初めてだった。
修行の成果は如何程か。魔獣を粉々に吹き飛ばせるくらいの威力になっていれば成果があったと言えるだろう。
そして久しぶりに、その言葉を口にした――。
「射貫け迅雷!!」
◇◇◇
「いてて……」
「無茶するから」
「すぐ治すよ」
「ごめんね……私が役立たずなばっかりに」
巨大蜘蛛の魔獣の遺骸を背に、火傷を負ったルカの治療をユウが請け負う。
張り切りすぎたルカをエリーは少し心配そうに見つめ、リズは詫びていた。
ユウが放った実現で小振りな魔獣二体は跡形もなく消し飛び、エリーが対峙した一体もエリーの星魔法によって潰れていた。
ユウの迅雷の威力は予想以上に上がっていた。粉々になればいいとは思ったが、まさか本当に消し飛ぶとは思わなかった。
一際大きい親玉の巨大蜘蛛は、ルカの拳打によって脚が一本一本砕かれていき、最期を迎えるだけとなったその瞬間、傍にいた牧場の居住者に向けて断末魔の叫びと共に炎の玉を吐き出し、それを庇ったルカが大火傷をしたという結末だ。
「このコに怪我がないなら、万々歳だよ」
そう言ってルカは自身が守り通した牧場の居住者の頭を撫でる。
その居住者はザラザラとした硬い皮膚を持ち、ギョロっとした円らな瞳でキュルキュルと鳴きながらルカの顔に頬擦りをしていた。
「このコって……恐竜で似たような姿を見たことあるけど」
ユウの目の前にいたそれは、シルバやコルティに比べたら一回り小さかったが、その姿はまさに恐竜と言えた。
「恐竜? なにそれ? このコは確かに竜だと思うけど、そういう種類なの?」
ルカもエリーもユウの発したその言葉を理解出来ずにポカンとしている。
当然だ。世界が違うのだから恐竜と言っても通じるわけがない。
「いや、違う違う、ごめん。僕達の世界にも大昔に竜がいたと言われていてね。その竜の中の一つに似ている姿だったものだから」
リズもユウの言葉に賛同しながら、ルカに頬擦りしている竜の首筋を撫でる。
気持ちいいのか、グルグルと喉を鳴らしている。
「まずはここを管理している人を探しましょ? 巻き込まれてなければいいのだけど」
「僕はその間に、怪我してる竜を治しておくよ」
「うん、お願い」
見渡せば牧場は散々たる有様だ。
柵は壊れ、所々に竜が横たわって痛みに喘ぎながらか細く鳴いている。
横になって、そのまま動きを止めてしまっているものも多く見受けられる。
早く治してあげないと――と動き出した瞬間、リズの呼び声が響く。
どうやら管理者を発見したらしい。
見れば壊れかけた建屋の前で瓦礫の下敷きになっている人がいる。
「エリー! 怪我している竜の治癒を可能な限りお願い! ルカ、エリーが作業しやすいようにフォローして! あの人を助けたら合流する!」
「わかった!」
リズの元に辿り着いた時には、リズの剛力で瓦礫はすでにどかされており、すぐに手当てが可能な状態だった。
即座に完全回復を唱えると、荒かった息が落ち着いていく。
「う……」
「大丈夫ですか?」
「き……君は?」
「冒険者です。今、治癒をしました。どこか痛みますか?」
「大丈夫だ……ありがとう。旅の御仁よ」
「ユウ、この人の足……治ってないわ」
リズの声に足を見ると、膝から下がない。
今回の魔獣襲撃で切断されたかと思ったが、脚の周辺にある金属片などから別の理由が思い浮かぶ。
「いや、安心してくれ。俺の右足は義足なんだ」
「あ……ごめんなさい」
「構わんよ。どうやら義足は瓦礫に潰されてしまったようだな」
身体を起こしながら、男性は右腿を軽く叩いた。
ユウは右膝周辺に散らばっている金属片に手をかざすと、実現を使用する。
すると、バラバラだった金属片が元の形を取り戻し、男性の膝から下にくっついた。
「うおっ。こりゃ驚いた。君は魔術師かい?」
「そんなようなもんですかね」
「重ねて礼を言わせてほしい、ありがとう。俺はザック・ライアンだ」
「ユウ・ソウルです」
「リズ・ハートです」
互いに握手を交わすと、ザックは立ち上がって変わり果てた牧場を見渡す。
その顔は悔しさからか歪んでいた。
「くそっ。魔獣め……っておいっ! あれ、魔獣の死体か?! 君達がやったのか?!」
「正確には僕達は小さいのを片付けただけです。親玉を倒したのはあっちで竜の怪我を治している仲間です」
「すごいな……若くして冒険者をやっているだけはある」
ザックは感心しながらルカとエリーの元へと歩き出す。
ユウとリズもその後に続くと、この土地の竜のことをザックに尋ねた。
「あの……翼がないですけど、竜……なんですよね?」
「あぁもちろん。あれは駆竜と言って翼のない竜なんだよ。翼がない代わりに、強靭な足腰で山間を駆け回ることができるのさ。君達はハイネストに来るのは初めてということかな?」
「えぇ、そうです」
「なら珍しいだろう。竜の牧場なんてハイネストでしか見られないからな。駆竜の牧場以外もあるし……君達、このあとの行先は決まっているのか?」
「いえ、魔獣の情報を聞いてこの国に来ただけですので行先は特に決めてないです。とりあえずはハイネストの王都へでも向かおうと思っていました」
「なるほど。なら依頼をしてもいいかな?」
「依頼ですか?」
「あぁ、俺と生きている駆竜達を別の場所へ移動させる護衛をしてほしい。一山越えた先に別の牧場があるんだ。もちろん、報酬はちゃんと出す」
ユウとリズにとってみれば願ってもない話である。
ハイネストの情報と魔獣の情報、そして寝食の場の提供を報酬とすることでもって、その依頼を受けることにした。
「護衛の報酬がそれだけでいいなんて、君達は変わっているね。俺なら最新版の義足が買えるくらいの報酬を要求するっていうのに」
ザックの驚いた顔が、やけに印象的だった。
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