生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした

T&T

66.天空都市~探索~

 天空都市到着翌日、野営地の目の前、つまりは転移装置の広場で、ユウは電光石火ライトニングスピードで垂直に跳び上がり、天空都市の全景を更なる空から見下ろした。そして驚きの事実をその身に味わい、着地する。
 その顔は誰から見ても、驚愕に包まれていた。

「よし、順に報告してくれ」

 みんなユウの表情を見てこれから報告されることに興味津々だった。ユウは、広場から真っ直ぐに伸びる石畳の先に見えている高台の砦と塔を指差して報告を始める。

「あそこに見える高台の塔の高さを超えるくらいまで飛び上がりましたけど、急に、滅茶苦茶寒くなりました。きっと、あれくらいの高さまで結界が張られていて、その外に出たんだと思います。同時に、この天空都市が透明になったかのように見えなくなりました。これも、結界の外に出た影響かと思います」
「結界で間違いないだろうな。外側には不可視魔法、内側には冷熱管理魔法がかけられていると思われる」

 ネロがユウの報告に補足をしていく。その補足を聞き終え、ユウが意気揚々と続ける。

「結界の外側に出た時、あの高台の裏側らへんに見えましたよ、例のアドアステラの大樹の天辺てっぺんと思われるものが」
「!!!!」
「あの高台の裏側がどうなっているのかはわかりませんけど、あの向こう側にあるのは、間違いなさそうです」

 その言葉に一同が活気づく。しかし全員のその表情を見て、ユウは表情を逆に曇らせた。

「ただ……」
「どした?」
「この都市、大きいです。あの高台の塔まで、かなりの建物がありそうです」
「1週間で、行って帰ってこれそうか?」
「僕の見込みとしては、ギリギリってところですかね。僕の索敵スカウトで生体反応の有無だけを見ていくなら、問題ないと思います」
「よし、わかった。それでいこう」

 ネロとシャルは、濃密な魔気に備え抵抗魔法を使用する。エリーとルカはそもそも魔力酔いなど起こしていなかったために抵抗魔法をかけるまでもない。2人は、更に濃い魔気の中で生まれ育っているのだから。
 しかし、ユウとリズは敢えて抵抗魔法を拒んだ。それは現状を修行の一環としたかったからだ。魔力の濃い場所に長時間滞在することは、魔力量を増やす訓練にもなるらしい。
 そのことを聞いたユウは、今回の旅の目的地を密かに決めていた。



 ◇◇◇



 都市を歩きながら、所々でユウが索敵スカウトするも、ユウのアンテナに引っかかる魔物はいない。冷熱管理魔法が生きているにも関わらず、街並みは廃墟と呼ぶのは大袈裟だが、至るところ壊れていた。石造りの壁のあちこちにも赤黒いシミがあり、血痕に見えなくもない。まるで魔獣が暴れ、その犠牲者の痕跡のようだった。

「嫌な感じね」
「明らかに、何かあったな」
「――っ!! 待ってください!!」

 高台の麓まで来た時、高台の裏に回り込める道と高台に上がっていく道の分岐路でユウが一同を引き留める。

「高台の建物に、何か……います。1つだけ……反応ありです」

 アドアステラの大樹――竜族の里に近づいたからか、ユウもリズも再び息を切らし始めている。
 ユウの言葉に、ネロが何かの魔法を唱えた。その様子をユウ達が窺っていると、シャルが教えてくれる。

「遠見の魔法よ」
「まぁ何も見えるわけないと思うが……っ?!」
「何か見えました? 反応の正体が見えたりとか?」
「ん……あぁ……人影のようなものが見えた気がしたが、まぁこんなところに1人でいる奴は敵に違いないから、とりあえず近づかずに他をまず調べよう。高台に向かうのはそれからだ」

 人影を見つけたにしてはやたら冷静なネロに違和感を覚えながらも、高台の裏側に続く道の先が気になるユウはその違和感を流す。

 そして辿り着いた裏側にはあった。
 アドアステラの大樹が。

 これが一本の木とは思えない程、鬱蒼とした森と呼ぶのが正しいのではないかと言うほどの大樹があった。
 天空都市の高台の裏側は、崖のようになっており、ユウ達が転移してきた広場の端と同じように石の柵があり、かろうじで人が若干名通れるだけの道が出来ていた。
 そこに大樹の枝が伸びており、石柵へと絡みついているものもあった。しかし、それを枝と言うには修飾が足りない。その枝は、幹と言ってもいいくらいの太さだ。
 柵の下を覗き込もうと身を乗り出すと、この都市の外側の下層にも枝が伸びているようだった。

「これ…大樹に行けますよね?」
「だな。竜族の里に行けるかもな」
「里は近い。里は天辺付近だから、少し降りれば里に着く」

 エリーの声が弾んでいるように聞こえる。里を目の前にして、故郷を想う気持ちに興奮しているのかもしれない。
 するとネロが唐突に提案した。

「お前達、先に竜族の里に行っててくれ」
「は?! 何言ってるんですか?!」
「そうですよ! 高台に敵がいるんですよね?!」

 ネロの思いがけない言葉にユウもリズもネロに食ってかかる。シャルも怪訝な顔でネロを見つめていた。

「まぁ……実を言うとだな。さっき言った人影っつーのは、ちょっと、見知った顔だったんだよ。だから、俺とシャルだけで話してくるわ」

 シャルの顔色が何かを察したように変わる。リズはそんな様子にお構いなしに続ける。

「でもさっきネロさん『こんなところに1人でいる奴は敵』って!!」
「大丈夫だよ。もし敵対してきたとしても息切れしてるお前らを連れて行くよりマシだ」
「……」

 ネロはユウ達に『ついてくるな、足手纏いだ』と言っている。しかし、ユウ達には自分達の身を案じて遠ざけているだけにしか感じなかった。
 そこにシャルの援護射撃が入る。

「ユウ、リズ。大丈夫だから。私達で見てくるから、先に行ってなさい」

 シャルの瞳には、ここから先は自分達だけで行く、ということを譲らない強さがあった。
 身を案じているだけではない何かがある、それを感じ取ったユウは、妥協案を提示する。

「僕達がついて行ってはいけないのはわかりました。でも、高台の麓で待ってます」

 ユウの案にリズも頷く。
 その2人の様子に、ネロは溜め息を吐くと空を見上げ、陽の場所を確認する。

「……わかった。ただ、これだけは守ってくれ。もし、万が一にでも日が沈むまでに俺達が戻って来なかったら、即刻地上に戻ってシルフィを連れて来い。いいな?」
「その知り合いって、そんなに危険な人なんですか?」
「そんなことはない。ただ、久しぶりに会うからな。人が変わってるかもしれない。何事も最悪の場合を想定しておくのが冒険者だ」
「……待ってますから。必ず、戻ってきてくださいね」
「あぁ、当然そのつもりだよ」

 そして高台に続く道まで戻ると、ネロとシャルは2人だけでその道を登って行った。



 ◇◇◇



 高台の砦に続く道を歩きながら、シャルはネロの顔色を窺う。
 ネロの表情はさっきまでとは異なり、戸惑いを漂わせている。
 その隣を、何も言わず歩く。

 ネロの言う見知った顔。
 シャルだけを伴って向かうということ。

 それだけで、シャルはネロの見た人影に当てがついていた。
 しかし、それは本来ならあり得ない。
 もしその人影が、シャルの思い描く人物であるならば喜ばしいことである。
 しかし、そんなことはあり得ないのだ。

 もしあり得たとしても、今の今まで自分達の前に現れていないということから、その人物が自分達の知るその人ではないということが容易に想像できる。
 いや、しかし、もしかしたら何らかの理由でこの都市に縛られているのかもしれない。ここを離れられない理由があるだけなのかもしれない。
 自らの心の内に湧き始める『希望』に、シャルの心は揺れていた。

 そして砦の入り口に辿り着くと、ネロがようやくその重い口を開いた。

「何も言わず、お前だけを連れて来てすまないな」
「何を今更……気にしないで。あなたの様子で、何となくわかるわ。……彼女なの?」
「……あぁ。俺の見間違いじゃなければ、な」
「正気かしら?」

 それはネロが正気かを疑う言葉ではない。ネロのことを疑うことなどシャルの頭にはない。その言葉は、ネロが見たという彼女が正気を保っているかという言葉だった。
 補う言葉がなくとも、それはネロも理解している。

「そう信じたいが、恐らく違うだろうな」
「どうするの?」
「話してみるしかないだろ。話が通じるかもわからんがな」
「そうならないことを願うばかりだけど、リーンを喚ぶ心の準備はしておくわ」
「あぁ、頼む」

 リーンとはあの一件以降に契約している。自らの弱さを悔い、彼女を探す日々の中で出会ったシャルのパートナーだった。
 彼女はリーンを知らない。それはリーンが切り札になるとも言えるのだった。

 砦の入り口は木の両扉によって塞がれていた。防護魔法が付与されているのか、朽ちている様子もない。砦の外観も高台の下の街並みとは比べものにならない程に美しく維持されていた。
 中の人物が手入れしているのか、それとも元々、美しく維持される魔法が付与されているのかはわからない。
 しかしここには、下の街並みのように、何かに荒らされ破壊された様子は見受けられなかった。

 ネロが木の両扉の片側を押すと、簡単に扉は開いた。
 中に足を踏み入れる。

 すぐ傍には石の階段が上階へと伸びており、恐らく砦に付随する塔へと繋がっているのだろう。
 入り口からは赤絨毯が真っ直ぐに敷かれている。
 そこはホールのようだった。
 赤絨毯以外にその空間には何もない。

 しかし、その赤絨毯の行きつく先にある数段の石段を昇った先には、玉座と呼べるほどの立派な腰掛けが置いてある。
 そして、いた。

 2人が思い描いていた人物が、その玉座に腰かけ、2人をじっと見据えていた。

「久しぶりだな……レイチェル」

 表情1つ変えることなく2人を見据えるその女性は、ネロとシャルにとって、全幅の信頼を置いていた最愛の冒険者仲間であり、また、2人の目の前でその命を落としたはずの仲間でもあった。






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