生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした

T&T

64.天空都市~出発~

 
「復興隊の魔術士達に、何と説明してあげるべきか……」
「あいつらは魔術士キャスターだろ? 魔術師ソーサラーと比べたら可哀想だよ」
「いや、何を言っているんだい?」
「身につけた魔法を使う者か、更なる魔法を追究する者かの違いってことだよ」
「意地が悪いな……彼らのプライドに傷をつけそうでそんなこと言えないさ」
「別に侮辱してるわけじゃない。職業の違いってやつだよ」

 転移装置の起動に必要な情報は、魔力源の台座の裏側に古代語で刻まれていた。
 それはネロによって1日で解読され、何と2日目には難なく起動に成功する。その古代語に頭を悩ませていた復興隊の魔術士達を想い、頭を抱える心優しいギルにネロもそれ以上のフォローができずに苦笑いだった。

 起動の鍵はこの都市の領主であったゲラードの魔杖だった。正確に言えば、魔杖の先端についている宝玉だが。
 古代語の解読によりわかったことは遺跡へ行き渡る魔力の仕組みと転移装置の使用方法である。
 この遺跡は地上に広がる森と大地から魔力を、効率的に魔力源であるオベリスク地下の吸魔縮岩に送り込む仕組みになっており、循環魔法式によって使用される魔力も最小限に抑えられていた。
 大枠は読み解けはしても、それを一から作ろうとすることまでの方法の記載はなかったため、流石のネロもそれをギフティアで再現することは出来そうになく、自らの未熟ぶりに落胆していたようだった。

 そうは言ってもギルドの精鋭達が集まる復興隊が成し得なかったことをいとも容易に成すネロの魔術師ぶりは、憧憬の眼差しを集めるには十分だった。

「本当、こんな風貌なりして、その道のスペシャリストだなんてギャップありすぎよね」
「こんな風貌なりとは失礼な」
「褒めてるのよ、魔術師ネロ様」

 シャルのその言葉に、ネロも満更でもなさそうだ。
 そんなネロを見ていると、どうして剣士をやっていたのかと疑問に思ってしまう。
 誰もが辿り着くはずの疑問でありながらも、デキる女のシャルが今までその疑問を敢えて解消するような先んじての解をユウ達に与えることはなかった。
 そのため聞いてはいけないことなのかもしれないと、ユウ達も口を噤むというのが暗黙の了解となっていた。



 ◇◇◇



 転移装置の起動範囲は3パターンに分けられていた。
 簡単に言えば小規模、中規模、大規模だ。

 オベリスクのある広場に敷き詰められた石畳にそれぞれの範囲を指定する魔法式が一定の間隔で刻まれており、指定したい範囲の起点となる石畳に起動の鍵となるゲラードの魔杖を翳す。
 魔法式が魔杖に反応した時に、キーワードを唱えると指定の範囲内のものが転移するという仕組みらしい。

 転移魔法自体は無属性魔法として存在する魔法だが、それを鍵となるアイテム1つで誰もが使える装置として確立しているあたり、流石は魔法文明と言ったところだろう。

 そして装置の小規模転移範囲の石畳の上に立つのは、ユウ達天翔ける竜スカイドラゴンとネロとシャル。
 ネロが宣言した通り、存在していれば最初に天空都市へと足を踏み入れることになる。

 表向きは、装置に紐付けられている転移先があるかもわからない危険、転移した先が広い場所かもわからない危険、転移した先に魔獣がいるかもしれないという危険から必要最小限の人数が斥候として向かうことにしている。そしてその斥候が高名な黒魔剣士ネロと輝精霊士と言われるシャル、闘技大会上位の天翔ける竜スカイドラゴンとなれば誰も文句は言わなかった。

「楽しみだね!!」
「遊びじゃない。気を抜かないで」

 ピクニック気分ではしゃぐルカを諌めるエリー。シュンとするルカを横目に、その心躍る気持ちは人族4人にも十分理解できた。
 魔法都市が、魔法文明が滅んでこの方、天空の都市に足を踏み入れたものはいないはずだった。それはつまり、このメンバーが歴史に残るかもしれないということだ。それほどに、これから起こる出来事は重要なことなのだった。

「危険だったらすぐに戻ってくること。 安全が確認できずとも1週間でひとまず戻れ」

 歴史に残る一大事を見届けようと集まった復興隊の面々の最前列で、ギルが不安そうな顔をしている。今にも共に行くと言い出しかねない表情だ。しかし、それが出来ないことはギル自身もわかっている。ギルは復興隊を任されているのだから。副団長としてその任務を放置するわけにはいかない。だから余計に歯痒いのかもしれなかった。

「戻って来れたらな」
「バカなことを言わないでくれ」
「まぁ大丈夫さ。もし何かあったとしても、こいつらだけでも絶対戻すさ」

 ネロはユウの頭にポンっと手を乗せて軽口を叩く。

「やめてください。もし何かあったとしても、ネロさんも一緒です」

 冗談とは言え、そのネロの言葉を聞き流すことはユウには出来なかった。ここまで信頼している人を置いて逃げ出すなど、考えたくもなかった。
 ユウの言葉にネロの顔が一瞬、寂しさに包まれた気がするも、すぐに笑顔に変わる。

「じゃあ行くぞ」

 ネロの言葉に、天空都市を目指すメンバー全員が頷く。
 ギルを始めとした復興隊の者達が、ネロ達の動向を固唾を飲んで見守っている。
 そしてネロは声高に叫んだ。

転移セレニウム!!」

 石畳が一瞬、眩く輝くと、その輝きが消えた時には、広場にネロ達の姿は既になく、復興隊の感嘆の声だけが残されていた。






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