生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした
55.闘技大会~騒然~
「やったね、ユウ!」
笑顔で迎えてくれるリズを見て張り詰めていた糸が切れたユウは思わずリズの肩口に自分の額を預ける。
「え?! ユウ!?」
「緊張した……」
「もう、あれだけ戦っておいて何言ってるの」
リズは優しくユウを抱き止めると、その頭を撫でる。
「だって人多すぎだよ。名前が知れ渡るのは誇らしいけど、目立つのは基本嫌いなんだって」
「ユウ兄……多分、今も、相当目立ってるよ?」
そのルカの言葉にユウはハッと顔を上げる。
「おい、あれさっきの……」
「おっ、いちゃラブか?」
「なんだ〜恋人いたのか〜」
「若いっていいねー!」
ここが観客席ということをすっかり忘れていたユウは即座にリズから離れる。
「ごめん、リズ、恥ずかしい思いさせた」
「大丈夫、ちょっとビックリしたけど、今のでユウが落ち着いたなら私は気にしないよ」
リズも目立つのは苦手なはずだった。それにも関わらず自分のことを優先し、頰を赤らめながらも微笑みかけてくれるリズの優しさが身に染みる。
そんな様子をルカがニヤニヤしながら羨望の眼差しと思える視線で見つめていた。
「ユウ兄達って本当仲良いよね〜」
「ここまで辿り着くのに大変だった。ルカにも見せてあげたかった、あの頃の2人」
エリーが感慨深げに呟く。
あの頃というのはもちろん、お互いにお互いが異性として見られていないと思い込んでいた面倒くさいあの頃のことだ。思い出すのも恥ずかしい。
「あの頃ってなになに?!」
すかさず喰いつくルカの追及をかわす様にユウはルカの背中を押す。
「何でもないから。ほら、ルカ、行ってこい。そろそろだろ?」
「むー! あとで教えてよね!」
「気が向いたらね」
「それ教えてくれない言い方だよね! 力づくでも言ってもらうんだから!」
「じゃあ大会で僕とリズより上位に行ったら教えてあげるよ」
「言ったね! よーし、じゃあ行ってくる!」
無邪気で明るいルカを何とか送り出すと、ユウとリズは目を合わせて頰を緩める。そのルカの振る舞いに、ユウもリズもルカを弟のように感じていたのは間違いなかった。
そしてルカが走り去って程なくして、進行役が叫び声をあげる。
『さぁでは次の戦士達の紹介だぁぁぁ!! 続いても天翔ける竜から!! 蒼髪の竜族!! ルルド・オスカー!!! 対するは――』
ルカの対戦相手は特段名の知られていない冒険者だった。という言い方をすると名が知られている冒険者が普通のような気がしてしまうが、もちろんそんなことはない。名が知られていないことの方が普通なのだ。ユウとダグラスという双方知られている対戦カードは、序盤に実現されるものとしては非常に珍しいものだった。
その盛り上がりを見せた対戦カードの直後の試合だったからか、それともルカが相手を一瞬で戦闘不能にしてしまったからか、ルカ達の試合の歓声はユウ達程ではなかった。
その様子にルカが不貞腐れて帰ってきた。
「なんか、この脇役感、納得いかない」
「まぁいいじゃないか。僕達の目的は歓声を浴びることじゃなくて戦闘経験を積むことなんだからさ」
「大歓声のユウ兄に言われてもなぁ~」
無邪気で可愛かったルカが急に面倒くさい感じになる。
助けを求めるユウの視線を受けて、エリーが仕方なくルカを励ますと、ルカの機嫌はいとも簡単に元通りになった。好きな人の言葉というのは、やはり万能薬で特効薬である。
そんな竜族の少年少女の微笑ましいやり取りを横目に、リズが深呼吸をする。次はいよいよリズの番だ。リズの超能である頑強があれば余計な心配は不要というものだが、そうは言っても心配なものは心配だ。
どんな言葉を掛けるべきかと逡巡した挙句、ユウは結局当たり障りない声援を送るしかできなかった。
「怪我しないように、気をつけてね」
「うん、ありがとう」
リズは笑顔でユウに手を振ると、闘技場へと続く道を降りて行く。
立て続けに天翔ける竜のメンバーが出ることに観客もそろそろうんざりして来た頃ではないだろうか。自身と同じように目立つのが嫌いなリズのために、何だったらそのまま興味を失ってもらっても構わない。
そんなユウの想いとは裏腹に、進行役に紹介されたリズが受ける歓声はとても大きなものだった。
『さぁさぁ更に続くぞ天翔ける竜!! 神都周辺の村々でこの人を知らない人はいない?! 心優しい金髪の美麗女剣士!! その碧い瞳は何を見つめる?! リズ・ハートッッッ!!』
美麗女剣士という紹介もあってウケがいいのかもしれない。加えて進行役まで周辺の村々の話題を出すあたり、以前にネロが言っていた『評判がいい』というのは本当のようで、大声を上げて声援を送っている人々を見れば確かに依頼をこなした村々の人が多いように感じたのだった。
『そしてぇぇぇぇぇ!! 相対するはぁぁぁぁ!! 何もかもが謎だらけ!! ミステリアスな仮面の下の素顔は如何に?! 謎の仮面剣士!! ミスティ・リス!!』
リズの相手として現れたのは仮面――というか兜を被ったリズよりも少し小柄な印象を受ける剣士。その華奢なフォルムからも、謎の剣士は少女なのではないかと思われる。剣は携えているが防具は兜以外に胸当と籠手と脛当であり、重厚さはなく簡素なものだ。兜とのバランスが悪くとても不釣り合いに見えた。
「よろしく」
「――」
リズは仮面剣士ミスティに握手を求めると、ミスティは黙ってそれに応じる。
お互いに間合いを確保したところで、例によってあの始まりの声が響いた。
『開始ぃぃぃぃぃゃぁぁぁぁぁ!!!!!』
同時に剣を抜く。ミスティもリズと同じ長剣が武器だ。リズが相手の出方を窺っていると、ミスティが突如、リズの眼前に現れた。
(速いっ!!)
リズは肩口に振り下ろされる剣を身をよじって躱す。が、振り下ろされた剣は途中で軌道を変えると脇に避けたリズを襲う。まるで避けることがわかっていたかのように滑らかな軌道修正だった。襲い来る剣戟をリズは愛剣で何とか受け止める。押し合いになればリズは負ける気がしなかった。受けた剣を押し込むと力負けすることを察したのか、ミスティはバランスを崩されまいと即座に距離を取ろうと後ろへ跳んだ。
しかしリズもそこで相手に余裕は持たせたくはない。一振り二振りと追撃を重ねるが、いとも容易く次々といなされる。まともに受ければ力によって押し切られるということを先ほど剣を交えた一瞬で理解したのか、ミスティはリズの剣をまともに受けることはしなかった。いなしながらも隙さえあれば即座に剣を打ち込んでくる。息をつく間もない2本の剣のぶつかり合いは流れるように連なって、まるで剣舞のようだった。
剣舞の踊り手の一人、ミスティの持ち味は明らかに速さだ。速さを武器にするその戦い方はユウに似ている。リズが最初のミスティの一撃を避けられたのも、その後の攻防についていけているのも、ユウの電光石火による訓練を続けてきたからであればこそ。対してもう一人の踊り手、リズの武器はというと、超能である頑強による防御力と剛力。剣技についても速さ重視のミスティの動きについていけてはいるが凌駕には至らない。2人の持ち味の対比で見ればミスティに分があった。力がどんなに強かろうが、当たらなければ意味がないのだ。
しかし、リズも自身の弱点については十分に理解している。その弱点――速さを武器にする相手に対峙した時の対策として見つけたリズの答えが、今、明かされる。
リズは敢えて隙を作るとミスティの剣を誘った。ミスティの剣はその隙を逃さずついてくる。しかし、それはリズの罠であり、リズは自らに打ち込まれるミスティの剣を手の平で掴んだのだ。血が迸るかと思いきや、血の一滴すら流れない。その頑丈な身体こそが頑強の恩恵だった。
「なっ?!」
思わぬ行動にさすがにミスティも驚嘆の呟きを漏らす。その声音はまさに少女のそれだった。
リズは掴んだ剣を思い切り引っ張ると後方へ投げ飛ばした。
剣を手放そうとしないミスティも剣と共に投げ飛ばされる形になり、宙へ放り投げられたミスティはそれでも宙空で身体を回転させて迎撃態勢をつくる。すぐにリズの追撃が来ると思ったからだ。しかし、せっかくのチャンスにリズは距離を取った状態のままだった。
放物線を描きながら着地しようとするミスティをその視野に収めつつ、リズは右半身を左に巻き込むように捻った。限界まで身体を捻ったところでミスティの足が地につく。
リズが何かをしようとしていることを察したミスティの速度が一層速くなり、隙だらけのリズに迫る。しかし――
「はっ!!!!!」
ミスティとの距離は剣の間合いにはまだ程遠いにも関わらず、リズは声を張り上げ、捻りあげた身体を爆発させた。左から右へと、全身を使ってその愛剣を大きく薙ぐ。
巻き起こる爆風と響き渡る震動。その正体はリズの剛力による衝撃波だった。リズの眼前には数十メートルの幅の風刃が発生し、地面を巻き込みながらミスティへと襲いかかる。
左右への逃げ道を作らせない範囲攻撃。
これがリズの出した答えだった。結論としてはパワー押し。しかし、有効な手段ではあった。その風刃を受け止めたミスティは衝撃に耐えられずどんどん結界の張られている壁へと押しやられる。このままでは壁に激突することは目に見えている。風刃をかき消せないと判断したミスティの選択肢は1つ、上空へと跳び上がることだった。
予想通りの光景に、リズは巨大魔獣や邪淫の魔神を貫いた大砲のような衝撃波を生み出す突きを繰り出す。これまたパワー押し。
「あっ!!」
そこでリズは自分のしでかした大きな過ちに気づく。その突きは魔獣の巨躯に大穴を開け、魔神の半身を木っ端微塵に粉砕した突きだ。この突きを受けるミスティの身体が吹っ飛んでもおかしくはなかった。
繰り出した突きは止まらず、放たれた砲撃が宙空のミスティをとらえると、その華奢な身体を結界へと叩きつけた。結界をぶち破らん程の轟音が響き、ミスティのその身体は原型を留めることなく散り散りに――などという悲惨な事態にはならず、しかし相当なダメージを負ったように上空の結界から剥がれ落ちると力なく地面へと落下する。
意識を失っているのか落下中もぴくりとも動かないその姿に、リズはミスティを受け止めようと剣を放り投げて走る。しかし、間に合いそうになかった。地面に衝突する瞬間であっても、リズはミスティの無事を祈りながら駆けるのやめない。リズの願い虚しく、無残にもミスティの身体は地面に叩きつけられた――と思ったその時、ミスティの身体が消えた。
そしてほぼ同時に、ミスティに向かって駆けていたリズが何かに弾かれたように倒れ尻もちをつく。リズの見上げた先にはところどころ破損した鎧を身につけながらも無傷のミスティが立っており、リズの喉元にはミスティの剣の切っ先が突き付けられていた。
リズは安堵の溜め息と共に、両手を上げる。
『……勝者、ミ、ミスティ! ミスティ・リス!!!!』
「剣は剣士の魂だ。どんな時でも投げ捨てることはあってはならぬ」
歓声の巻き起こる中、リズは自分の敗退よりも、ミスティに諭されている剣士の心得よりも、目の前のミスティが本当に無事なのかが気がかりだった。
「だ、大丈夫なの?」
「確かにお主の突きは異常じゃったが、この通り、問題ない」
「よかった」
「戦いの中で相手の命の心配などするものではない。その甘い性格を直さねば死ぬぞ」
「よかったぁ……」
安心からか、リズはその瞳に涙を浮かべるとミスティに抱きついた。
「お、おい! こら! 何をする!」
「だって!……殺しちゃったかと……思ったから」
「こらっ離せっ――」
リズがミスティの兜に頬ずりをすると、兜も壊れかけていたのか簡単に外れてずり落ちる。そしてその兜の下から現れたのは、麗しい銀髪の美少女だった。
「あ、ごめんなさい。でも、ほら。やっぱりあなた女の子じゃない。怪我なくて、死ななくて本当によかった」
銀髪の少女の頭を撫でると、リズは改めてその少女を抱きしめた。
「ったく……何なんじゃお主は」
剣士として甘々なリズに言いたいことが山ほどあった少女だったが、その無垢な優しさをはねのける気にもなれず、成すすべなくただ抱きしめられることを選ぶ。
その時、銀髪の少女の姿を認めた周囲の観客がざわつき始め、そして、進行役がその騒めきに火を点けた。
『シ、シ、シルフィード団長ぉぉぉぉぉ?!』
周囲の騒めきはその声をきっかけに、今大会で随一の大歓声へと変わった。
「へ? 団長?」
「はぁ……ほら、お主のせいでバレてしまったではないか。これでもう我の楽しみは終わりじゃ」
リズは周囲と目の前の少女の反応を理解できない。
「え、なに? どういうこと?」
「我は神都騎士団、団長シルフィード。騎士団長と副団長は大会には出られん決まりでの。だからこっそりお忍び参加をしたというのに、お主のせいで我がお楽しみタイムも1回戦で終了じゃ」
目の前で溜め息を吐き、兜に蒸された銀髪に風を通そうと頭を振る団長シルフィード。
(この華奢な銀髪の美少女が騎士団長……?)
リズが事態を飲み込めないでいると――
『シルフィード団長、主催者室までお越しください』
と、聞き慣れた男性の呆れと憤りに満ちた声が会場に響き渡る。天翔ける竜には馴染み深いその声は、言わずと知れたネロのものだ。
その呼び出しに舌をペロッと出し、リズに手を振り去っていく団長シルフィード。リズはただその後ろ姿を、茫然と見送ることしかできなかった。
笑顔で迎えてくれるリズを見て張り詰めていた糸が切れたユウは思わずリズの肩口に自分の額を預ける。
「え?! ユウ!?」
「緊張した……」
「もう、あれだけ戦っておいて何言ってるの」
リズは優しくユウを抱き止めると、その頭を撫でる。
「だって人多すぎだよ。名前が知れ渡るのは誇らしいけど、目立つのは基本嫌いなんだって」
「ユウ兄……多分、今も、相当目立ってるよ?」
そのルカの言葉にユウはハッと顔を上げる。
「おい、あれさっきの……」
「おっ、いちゃラブか?」
「なんだ〜恋人いたのか〜」
「若いっていいねー!」
ここが観客席ということをすっかり忘れていたユウは即座にリズから離れる。
「ごめん、リズ、恥ずかしい思いさせた」
「大丈夫、ちょっとビックリしたけど、今のでユウが落ち着いたなら私は気にしないよ」
リズも目立つのは苦手なはずだった。それにも関わらず自分のことを優先し、頰を赤らめながらも微笑みかけてくれるリズの優しさが身に染みる。
そんな様子をルカがニヤニヤしながら羨望の眼差しと思える視線で見つめていた。
「ユウ兄達って本当仲良いよね〜」
「ここまで辿り着くのに大変だった。ルカにも見せてあげたかった、あの頃の2人」
エリーが感慨深げに呟く。
あの頃というのはもちろん、お互いにお互いが異性として見られていないと思い込んでいた面倒くさいあの頃のことだ。思い出すのも恥ずかしい。
「あの頃ってなになに?!」
すかさず喰いつくルカの追及をかわす様にユウはルカの背中を押す。
「何でもないから。ほら、ルカ、行ってこい。そろそろだろ?」
「むー! あとで教えてよね!」
「気が向いたらね」
「それ教えてくれない言い方だよね! 力づくでも言ってもらうんだから!」
「じゃあ大会で僕とリズより上位に行ったら教えてあげるよ」
「言ったね! よーし、じゃあ行ってくる!」
無邪気で明るいルカを何とか送り出すと、ユウとリズは目を合わせて頰を緩める。そのルカの振る舞いに、ユウもリズもルカを弟のように感じていたのは間違いなかった。
そしてルカが走り去って程なくして、進行役が叫び声をあげる。
『さぁでは次の戦士達の紹介だぁぁぁ!! 続いても天翔ける竜から!! 蒼髪の竜族!! ルルド・オスカー!!! 対するは――』
ルカの対戦相手は特段名の知られていない冒険者だった。という言い方をすると名が知られている冒険者が普通のような気がしてしまうが、もちろんそんなことはない。名が知られていないことの方が普通なのだ。ユウとダグラスという双方知られている対戦カードは、序盤に実現されるものとしては非常に珍しいものだった。
その盛り上がりを見せた対戦カードの直後の試合だったからか、それともルカが相手を一瞬で戦闘不能にしてしまったからか、ルカ達の試合の歓声はユウ達程ではなかった。
その様子にルカが不貞腐れて帰ってきた。
「なんか、この脇役感、納得いかない」
「まぁいいじゃないか。僕達の目的は歓声を浴びることじゃなくて戦闘経験を積むことなんだからさ」
「大歓声のユウ兄に言われてもなぁ~」
無邪気で可愛かったルカが急に面倒くさい感じになる。
助けを求めるユウの視線を受けて、エリーが仕方なくルカを励ますと、ルカの機嫌はいとも簡単に元通りになった。好きな人の言葉というのは、やはり万能薬で特効薬である。
そんな竜族の少年少女の微笑ましいやり取りを横目に、リズが深呼吸をする。次はいよいよリズの番だ。リズの超能である頑強があれば余計な心配は不要というものだが、そうは言っても心配なものは心配だ。
どんな言葉を掛けるべきかと逡巡した挙句、ユウは結局当たり障りない声援を送るしかできなかった。
「怪我しないように、気をつけてね」
「うん、ありがとう」
リズは笑顔でユウに手を振ると、闘技場へと続く道を降りて行く。
立て続けに天翔ける竜のメンバーが出ることに観客もそろそろうんざりして来た頃ではないだろうか。自身と同じように目立つのが嫌いなリズのために、何だったらそのまま興味を失ってもらっても構わない。
そんなユウの想いとは裏腹に、進行役に紹介されたリズが受ける歓声はとても大きなものだった。
『さぁさぁ更に続くぞ天翔ける竜!! 神都周辺の村々でこの人を知らない人はいない?! 心優しい金髪の美麗女剣士!! その碧い瞳は何を見つめる?! リズ・ハートッッッ!!』
美麗女剣士という紹介もあってウケがいいのかもしれない。加えて進行役まで周辺の村々の話題を出すあたり、以前にネロが言っていた『評判がいい』というのは本当のようで、大声を上げて声援を送っている人々を見れば確かに依頼をこなした村々の人が多いように感じたのだった。
『そしてぇぇぇぇぇ!! 相対するはぁぁぁぁ!! 何もかもが謎だらけ!! ミステリアスな仮面の下の素顔は如何に?! 謎の仮面剣士!! ミスティ・リス!!』
リズの相手として現れたのは仮面――というか兜を被ったリズよりも少し小柄な印象を受ける剣士。その華奢なフォルムからも、謎の剣士は少女なのではないかと思われる。剣は携えているが防具は兜以外に胸当と籠手と脛当であり、重厚さはなく簡素なものだ。兜とのバランスが悪くとても不釣り合いに見えた。
「よろしく」
「――」
リズは仮面剣士ミスティに握手を求めると、ミスティは黙ってそれに応じる。
お互いに間合いを確保したところで、例によってあの始まりの声が響いた。
『開始ぃぃぃぃぃゃぁぁぁぁぁ!!!!!』
同時に剣を抜く。ミスティもリズと同じ長剣が武器だ。リズが相手の出方を窺っていると、ミスティが突如、リズの眼前に現れた。
(速いっ!!)
リズは肩口に振り下ろされる剣を身をよじって躱す。が、振り下ろされた剣は途中で軌道を変えると脇に避けたリズを襲う。まるで避けることがわかっていたかのように滑らかな軌道修正だった。襲い来る剣戟をリズは愛剣で何とか受け止める。押し合いになればリズは負ける気がしなかった。受けた剣を押し込むと力負けすることを察したのか、ミスティはバランスを崩されまいと即座に距離を取ろうと後ろへ跳んだ。
しかしリズもそこで相手に余裕は持たせたくはない。一振り二振りと追撃を重ねるが、いとも容易く次々といなされる。まともに受ければ力によって押し切られるということを先ほど剣を交えた一瞬で理解したのか、ミスティはリズの剣をまともに受けることはしなかった。いなしながらも隙さえあれば即座に剣を打ち込んでくる。息をつく間もない2本の剣のぶつかり合いは流れるように連なって、まるで剣舞のようだった。
剣舞の踊り手の一人、ミスティの持ち味は明らかに速さだ。速さを武器にするその戦い方はユウに似ている。リズが最初のミスティの一撃を避けられたのも、その後の攻防についていけているのも、ユウの電光石火による訓練を続けてきたからであればこそ。対してもう一人の踊り手、リズの武器はというと、超能である頑強による防御力と剛力。剣技についても速さ重視のミスティの動きについていけてはいるが凌駕には至らない。2人の持ち味の対比で見ればミスティに分があった。力がどんなに強かろうが、当たらなければ意味がないのだ。
しかし、リズも自身の弱点については十分に理解している。その弱点――速さを武器にする相手に対峙した時の対策として見つけたリズの答えが、今、明かされる。
リズは敢えて隙を作るとミスティの剣を誘った。ミスティの剣はその隙を逃さずついてくる。しかし、それはリズの罠であり、リズは自らに打ち込まれるミスティの剣を手の平で掴んだのだ。血が迸るかと思いきや、血の一滴すら流れない。その頑丈な身体こそが頑強の恩恵だった。
「なっ?!」
思わぬ行動にさすがにミスティも驚嘆の呟きを漏らす。その声音はまさに少女のそれだった。
リズは掴んだ剣を思い切り引っ張ると後方へ投げ飛ばした。
剣を手放そうとしないミスティも剣と共に投げ飛ばされる形になり、宙へ放り投げられたミスティはそれでも宙空で身体を回転させて迎撃態勢をつくる。すぐにリズの追撃が来ると思ったからだ。しかし、せっかくのチャンスにリズは距離を取った状態のままだった。
放物線を描きながら着地しようとするミスティをその視野に収めつつ、リズは右半身を左に巻き込むように捻った。限界まで身体を捻ったところでミスティの足が地につく。
リズが何かをしようとしていることを察したミスティの速度が一層速くなり、隙だらけのリズに迫る。しかし――
「はっ!!!!!」
ミスティとの距離は剣の間合いにはまだ程遠いにも関わらず、リズは声を張り上げ、捻りあげた身体を爆発させた。左から右へと、全身を使ってその愛剣を大きく薙ぐ。
巻き起こる爆風と響き渡る震動。その正体はリズの剛力による衝撃波だった。リズの眼前には数十メートルの幅の風刃が発生し、地面を巻き込みながらミスティへと襲いかかる。
左右への逃げ道を作らせない範囲攻撃。
これがリズの出した答えだった。結論としてはパワー押し。しかし、有効な手段ではあった。その風刃を受け止めたミスティは衝撃に耐えられずどんどん結界の張られている壁へと押しやられる。このままでは壁に激突することは目に見えている。風刃をかき消せないと判断したミスティの選択肢は1つ、上空へと跳び上がることだった。
予想通りの光景に、リズは巨大魔獣や邪淫の魔神を貫いた大砲のような衝撃波を生み出す突きを繰り出す。これまたパワー押し。
「あっ!!」
そこでリズは自分のしでかした大きな過ちに気づく。その突きは魔獣の巨躯に大穴を開け、魔神の半身を木っ端微塵に粉砕した突きだ。この突きを受けるミスティの身体が吹っ飛んでもおかしくはなかった。
繰り出した突きは止まらず、放たれた砲撃が宙空のミスティをとらえると、その華奢な身体を結界へと叩きつけた。結界をぶち破らん程の轟音が響き、ミスティのその身体は原型を留めることなく散り散りに――などという悲惨な事態にはならず、しかし相当なダメージを負ったように上空の結界から剥がれ落ちると力なく地面へと落下する。
意識を失っているのか落下中もぴくりとも動かないその姿に、リズはミスティを受け止めようと剣を放り投げて走る。しかし、間に合いそうになかった。地面に衝突する瞬間であっても、リズはミスティの無事を祈りながら駆けるのやめない。リズの願い虚しく、無残にもミスティの身体は地面に叩きつけられた――と思ったその時、ミスティの身体が消えた。
そしてほぼ同時に、ミスティに向かって駆けていたリズが何かに弾かれたように倒れ尻もちをつく。リズの見上げた先にはところどころ破損した鎧を身につけながらも無傷のミスティが立っており、リズの喉元にはミスティの剣の切っ先が突き付けられていた。
リズは安堵の溜め息と共に、両手を上げる。
『……勝者、ミ、ミスティ! ミスティ・リス!!!!』
「剣は剣士の魂だ。どんな時でも投げ捨てることはあってはならぬ」
歓声の巻き起こる中、リズは自分の敗退よりも、ミスティに諭されている剣士の心得よりも、目の前のミスティが本当に無事なのかが気がかりだった。
「だ、大丈夫なの?」
「確かにお主の突きは異常じゃったが、この通り、問題ない」
「よかった」
「戦いの中で相手の命の心配などするものではない。その甘い性格を直さねば死ぬぞ」
「よかったぁ……」
安心からか、リズはその瞳に涙を浮かべるとミスティに抱きついた。
「お、おい! こら! 何をする!」
「だって!……殺しちゃったかと……思ったから」
「こらっ離せっ――」
リズがミスティの兜に頬ずりをすると、兜も壊れかけていたのか簡単に外れてずり落ちる。そしてその兜の下から現れたのは、麗しい銀髪の美少女だった。
「あ、ごめんなさい。でも、ほら。やっぱりあなた女の子じゃない。怪我なくて、死ななくて本当によかった」
銀髪の少女の頭を撫でると、リズは改めてその少女を抱きしめた。
「ったく……何なんじゃお主は」
剣士として甘々なリズに言いたいことが山ほどあった少女だったが、その無垢な優しさをはねのける気にもなれず、成すすべなくただ抱きしめられることを選ぶ。
その時、銀髪の少女の姿を認めた周囲の観客がざわつき始め、そして、進行役がその騒めきに火を点けた。
『シ、シ、シルフィード団長ぉぉぉぉぉ?!』
周囲の騒めきはその声をきっかけに、今大会で随一の大歓声へと変わった。
「へ? 団長?」
「はぁ……ほら、お主のせいでバレてしまったではないか。これでもう我の楽しみは終わりじゃ」
リズは周囲と目の前の少女の反応を理解できない。
「え、なに? どういうこと?」
「我は神都騎士団、団長シルフィード。騎士団長と副団長は大会には出られん決まりでの。だからこっそりお忍び参加をしたというのに、お主のせいで我がお楽しみタイムも1回戦で終了じゃ」
目の前で溜め息を吐き、兜に蒸された銀髪に風を通そうと頭を振る団長シルフィード。
(この華奢な銀髪の美少女が騎士団長……?)
リズが事態を飲み込めないでいると――
『シルフィード団長、主催者室までお越しください』
と、聞き慣れた男性の呆れと憤りに満ちた声が会場に響き渡る。天翔ける竜には馴染み深いその声は、言わずと知れたネロのものだ。
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