生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした

T&T

54.闘技大会~開幕~

 歩き慣れた道。壁に囲まれ魔法灯がチラホラと点いていている薄暗い通路。いつもなら4人で歩く通路だ。隣に仲間の存在がないからだろうか、いつにも増して暗く感じる。
 ユウは1人でその通路を歩いていた。通路の先には眩しい光が見える。その先にあるものは闘技場。ユウ達がいつもネロとシャルに訓練を受けている場所である。

 ネロに闘技大会参加登録の報を聞いてからあっという間に1ヶ月が過ぎた。この1ヶ月、ネロの地獄の特訓は免除。というかネロが忙しくて時間がなかっただけなのだが、その分、ユウは仲間達と依頼クエストをこなしつつギフティア近辺の平原で剣を交え、鍛錬を重ねていた。
 そして大会参加にあたってネロから課せられた制約。

『相手に直接作用する実現リアライズの使用禁止』

 要は迅雷や風刃などの攻撃系が禁止ということだ。これは純粋に能力スキル、いや、超能ギフトによる遠距離攻撃に頼らない戦術向上に向けたネロの愛の鞭。実現リアライズを制限してどこまでやれるのかはユウ自身、試してみたいところだった。ネロとシャルに出会うまで自分達は強いと、そう思っていたがその慢心は見事にも砕かれることとなった。ただ、それでよかったと思っている。この世界で神の子として生きていくことになった以上、これから仲間と共に強大な闇を相手に戦う場面もあるはずだ。その場面での慢心は命取りとなる。大切なリズを、仲間を守るためには必要な挫折だったと思う。

 歓声が地響きのようにユウの歩く通路にも伝わってくる。
 気を引き締め、陽光に照らされる闘技場に足を踏み入れると、いつもは誰もいない観客席に人がぎっしりと詰まっていた。ギフティアの一大イベントと言うだけのことはある。

 闘技大会は1週間通して開催され、開催期間の前半と後半の2つに大会が分けられている。
 また、闘技場も2つの範囲に分けられていた。1つは常日頃戦いに身を置くことはない一般市民が自分達の力を試すために用意された一般市民用の闘技場。1つは騎士団を始め魔法を使えぬ者達が純粋にその剣技のみで勝負をする闘技場。この2つの会場で使用するのは木剣だ。これらの会場を使用するのが大会の前半。
 そして後半はその2つの会場をくっつけて使用することになる。後半の大会ではそれらの会場が何でもありの闘技場となるのだ。また、後半の大会は普段自分達が装備している武具の使用が認められている。しかしその分、怪我人も多い。当然のことながら命を奪うことは認められていないが、普段使用する武具の使用が認められていることもあり、参加者は場合によっては命を落とすことがあることも承知の上での参加となる。過去には不運にも命を落とした戦士達もいたとのことだった。また、何でもありの大会となるためもちろん魔法も使われる。会場に被害を出さないために後半の大会では結界魔法が張られるとのことだった。
 そんな大会、盛り上がるのは何でもありの後半だ。ユウ、リズ、ルカの3人が参加するのも、もちろん後半の大会だった。星魔法の使い手であるエリーは会場に結界が張られているとは言え、十分な力を発揮できないだろうことが推測されたため参加はしない。加えてエリー自身、ユウとリズを導くための存在という自負があり、この大会で得られる個人の名誉等には興味がなかったということも理由にあると思われた。

 大会に参加をする天翔ける竜スカイドラゴン3人のうち、最初に戦うことになるのがユウだった。
 ユウが会場入りする前に、すでに幾人かの戦士達が戦いを繰り広げていたこともあり、会場は十分な熱気に包まれていた。

『さぁ! 次は皆さんお待ちかね!! 巷で話題のあの戦士っ! 天翔ける竜スカイドラゴン、ユウ・ソウルだぁぁぁ!!』

 進行役が拡声結晶を使用して会場に響き渡る声でユウを紹介すると、歓声が更に大きくなる。
 耳を塞ぎたくなるほどの大きな歓声に顔をしかめながら会場を見渡すと、会場に最も近い観客席の最前列にリズ達の姿が見えた。リズとルカも声を張り上げ、手を振り声援を送ってくれていた。エリーはいつも通りである。
 そして反対側の通路から、明らかに巨躯であることがわかる男が歩いてきた。

『そしてぇぇぇぇぇ!!! 相対するは本大会上位常連のこの男! 彼が歩いた後には血の海しか残らない! 血塗る夕暮れクリムゾンサンセット、ダグラス・モラン!!』

「えっ?!」
「ふっ、初戦が君とはな、少年」
「よ、よろしくお願いします」
「お互い、全力でやろう」

 闘技大会は会場で邂逅するまで相手が誰なのかわからない。相手がわかると対策をしてしまうからだ。戦いとはいつ何時どんな相手に当たるかなどわからない。どんな相手に当たろうとも勝つための準備、心構えを常日頃から行えという教訓でもあった。
 思わぬ相手が目の前に現れたことによりユウは一瞬躊躇するが即座に頭を切り替える。すぐに戦いが始まるのだ。余計なことは考えない。今、目の前の男を倒すことだけ考える。

『開始ぃぃぃぃゃぁぁぁぁぁ!!!!!』

 発狂したかと思えるほどの進行役の雄叫びで、ダグラスが大剣を構える。
 ユウに比べ頭3つ分は離れているダグラス。その巨躯から繰り出される大剣のスピード、威力は決して軽んじることは出来ないだろう。そしてユウにしてみれば武器の相性も悪かった。ユウは両手に短剣、ダグラスは大剣だ。
 しかし、こんな場合のことも想定済みで訓練してきた。ただ、今はまだ訓練の成果を見せるわけにはいかない。実現リアライズを全く使わずして、素の自分の全力で勝負をしたかった。

 ユウはダグラスに向かって駆ける。その大剣の間合いに入った瞬間、頭上からそれが風を巻き込みながら振り下ろされる。その剣を横に跳んで難なく躱し、身体を捻りながら跳び上がるとその顔面に蹴りを見舞う。その動きはルカに似ていたが、それもそのはずルカとの訓練で身につけた体捌きである。

 入った――。

 蹴りはダグラスの右頬を確かにとらえ弾けるような音が響く。しかし同時に、ユウの脚はダグラスによって掴まれると、その身は軽々と地面に叩きつけられた。

「がはっ!!」
「ヌルいぞ少年、どうした」

 ダグラスは蹴りを喰らったことなど全く意に介した様子もなく、再び両手で大剣を構え直す。その様子にユウは再び自信を失いかける。実現リアライズを使っていなかろうとも、自身は魔族の一撃を受け止め、こらえることができる程の力はあるはずだった。その自分の力が全く効いていないことに衝撃を受ける。
 しかし、ダグラスの巨躯が大剣を構え直した直後、わずかに揺らいだことを確認し安堵する。ダグラスの巨躯の防御力が如何に高かろうとも、ノーダメージであるはずはないのだ。軽い脳振盪くらいは起こせたようだった。

 その様子を見てユウは体勢を整えるとすぐさま追い打ちをかけ、両手の短剣を交互に薙ぐ。当然のことながら大剣と鎧に阻まれ、その刃はダグラスを傷つけるには至らない。
 ユウのその小刻みな攻撃を大剣のひと薙ぎで振り払うと、今後はダグラスが後ずさるユウを畳み掛ける。大剣を大剣と思えぬ速さで軽々と振り回して迫ってくる巨躯の威圧感に押し潰されそうになりながらも、ユウはそのひと薙ぎひと薙ぎを短剣でいなし、その軌道を逸らしては躱していく。
 後ずさりながらダグラスの攻撃を躱すユウが地面に足をとられバランスを崩す。その瞬間をダグラスは見逃さない。渾身の一振りがユウを襲うが、それを何とか両手に握る短剣で防ぐ。しかしその威力にユウの身体は後方へと吹き飛ばされた。背中から転がるも即座に立ち上がり剣を構える。
 2人の距離が離れたところで、固唾を飲んで見守っていた進行役もここぞとばかりに声を張り上げる。

『すごいすごいすごいぞぉぉぉぉ!! 天翔ける竜スカイドラゴンの噂は間違いではなかったぁぁぁ! あのダグラス・モランの猛攻を耐えての打ち合いだぁ!!』

「少年、全力を出せ」
 ダグラスの声が低く響く。
「全力ですよ?」
「魔法を使えたはずだ、俺を舐めているのか」
「そういうわけじゃないんですが……わかりました」

 その声に憤りの色が帯びるのを感じ、ユウは実現リアライズを使うことを決める。
 出来るなら全く実現リアライズを使わずに戦い抜きたかった。しかし、それがダグラスに対する無礼に値するのであれば、そんなことは言っていられない。ネロの制約は守りつつ、使える範囲の実現リアライズを使うことにした。

「光剣」

 ユウが呟くと両手の短剣が光を帯び、その切っ先から光が伸びると長剣のサイズで形を留める。短剣ではリーチの差もあり戦いづらい。そういう相手に出会った時のためにと思いついた実現リアライズだった。これであれば直接攻撃にはならないからネロ的にもセーフなはずである。
 その姿を見て、ダグラスが笑みを浮かべる。

「面白い、来い――。」
電光石火ライトニングスピード

 距離の空いた2人の間合いが瞬時に縮まると剣撃の音が鳴り響いた。
 ダグラスの腹に潜り込み、ユウは掬い上げるような斬撃を放つがそれを大剣で受け止めるダグラス。進行役も観客も、その動きについていけない。剣撃の音が響いたところでようやくユウの斬撃をダグラスが受け止めたことを認識する。
 しかし、ユウの攻撃は終わっていなかった。

「るぅぁぁぁぁっ!!!」

 電光石火ライトニングスピードの勢いを殺さぬように全身のバネを使って斬撃をそのまま振り抜く。大剣を持つ巨体のダグラスの身体が浮き、そのまま宙を舞った。

「なっ?!」

 巨躯を持つ自分が宙を舞うことなど想像もしていなかったダグラスの目には、今自分が立っていたはずの地面が映っている。自分を撥ね上げたユウの姿もだ。しかし、そのユウの姿が再び消える。そして背後に感じる影。

「くっ!!!」

 ダグラスはその巨体を反転させ、即座に襲い来るであろう斬撃を大剣で受け止めようと構えた。予想通り、目の前には両手の光剣を振りかぶったユウがおり、その手が振り下ろされる。

 ――ドンッ!!!

 会場に砂煙が舞い上がり、歓声をかき消すほどの震動音が響いた。ダグラスが地面へと叩きつけられたのである。
 そして観客の目には、砂煙が晴れていく中、ダグラスの眼前に光剣を突き出し悠然と立つユウの姿が映っていた。
 大剣から手を離し、両手を掲げるダグラス。降参の合図だ。

『しょ……勝者ァァァァァ!! 天翔ける竜スカイドラゴンッッッ!! ユウ・ソウルゥゥゥゥゥ!!!!!!! なんということだぁぁぁぁ!! 血塗る夕暮れクリムゾンサンセットダグラス・モラン!! まさかの初戦敗退ぃぃぃぃ!!!』

 怒号のような歓声が響く中、ユウは短剣を鞘に納めるとダグラスに手を差し伸べる。

「ありがとうございました」
「ふっ……さすがだな。楽しめたぞ、少年」

 巨体を起こしながらユウの手を取るダグラス。
 会場に響く歓声は、2人の姿が通路へと戻り見えなくなるまで止むことはなかった。
 天翔ける竜スカイドラゴンにとって初めての闘技大会は、その名を知らしめるには十分すぎるほどに鮮烈な幕開けとなったのだった。





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