生きる喜びを教えてくれたのは異世界に転生した君でした
53.腹黒魔剣士ネロ・ライオネル
「ネロさん、強かっただろ?」
シャルの凍えるようなオーラに気圧され退散してきた訓練場からの帰り道、気持ち肩を落としているように見えるルカに声をかける。シャルにも戦いを挑もうとした様子から、ルカは自分の強さに自信を持っていたと思われる。しかし、ユウとリズ同様、ネロには軽くあしらわれ、シャルとは勝負にすらならなかった。それはまぁネロとの戦いの意味とはまた別の意味でだが、少なからずショックを受けていてもおかしくない。
「オッチャンは強かったよ。悔しいけど勝てる気はしなかった。でも、ショックだったのはあのオバ……シャル姉に気圧されたことかな」
「あれはルカが悪いわよ、若くて綺麗なシャルさんにオバチャンだなんてもう信じらんないっ」
「オイラ最後までは言ってないよ!」
「あそこまで言ったら言ったも同然よ、女性を呼ぶ時は今後気をつけること。紳士じゃない男の子はモテないわよ、ね、エリー?」
リズは呆れた様子でルカを窘め、反省しろと言わんばかりにルカの想い人であるエリーに話を振るとエリーも間髪入れずにその問いに返答をした。
「うん。紳士であってもルカはモテない」
「あれ?! 文脈おかしいよね?! でもモテなくたっていいよ! オイラにはエリーがいるから!」
「私にはリズがいるから」
「うぇぇぇ?! ライバルはリズ姉なの?!」
ネロやシャルに敵わなかったことよりも、エリーに相手にされていないことの方がよっぽどショックなようだ。その様子を見てユウは胸を撫で下ろした。
「ルカ、次に訓練場行く時は僕と戦ってみない?」
「いいよ! そう言えばこの間の遺跡でのユウ兄の魔法凄かったね! 魔法がユウ兄の能力なの?」
そう言えば遺跡探索時に『あとで話す』と言っておきながら全然話していなかったと思い出し、能力、いや、超能について今までの経験をもとにメリットとデメリットも含めてルカに話をする――。
「へぇ~、神の能力って言っても、何でもできるんじゃないんだね」
「まぁね、魔力さえ尽きなければ何でもできるって感じ? あまり使い過ぎると意識喪失しちゃうし、そうなったらリズが怖いんだ」
「そりゃそうよ、最愛の人が倒れて平気だと思う?」
リズの発言に思わず頬が緩む。リズと想いが通じ合ってからのスキンシップはたまにある程度であり、そのたまのスキンシップも未だに少し恥ずかしさがこみ上げてくる。そのため、今はこうした言葉のスキンシップであっても2人は十分幸せだった。
互いを想い合っていることを互いに認識し、その安心に包まれながら互いの隣を歩く。それがユウとリズの幸せの形だった。
「うひゃっ! ごちそうさまだねっ!」
「ね、僕自身もそう思うよ」
「そろそろ部屋割り変える?」
幸せに浸るユウとリズを見てエリーはポツリと提案する。今の銀月での部屋割りは4人部屋がないために、リズとエリー、ユウとルカでそれぞれ2人部屋を借りている形だった。エリーの提案はユウとリズを同部屋にするという提案に他ならず、その提案に大賛成の声を上げたのはユウでもリズでもなく、ルカだった。そこでエリーは事の重大さに気づいたらしい。
「もちろん、冗談」
と、即座に提案を取り下げたのだった。
ルカが世界に絶望したかのように肩を落としたのは、言うまでもない。
「あ! リズじゃねぇか! よぉ!」
ルカが世界に絶望していると、前方からリズを呼ぶ声が聞こえた。この口調と声には聞き覚えがある。嫌な予感を抱きながらユウは顔を向けるとそこには案の定、栗色の髪の女がいた。リズから聞いた話では、ベテラン冒険者である血塗る夕暮れの一員であるらしい女だった。
「レベッカ! 久しぶりねっ! 元気にしてた?!」
リズは栗色の髪の女に親し気に駆け寄る。リズがレベッカとこんなにも打ち解けていたとは思わず、ユウは呆気にとられた。ユウはレベッカのことが苦手だ。初対面の印象が最悪だったからだ。リズに剣を向けておきながら何の謝罪もない太々しい態度、そして荒々しいその口調がまた、彼女の印象を更に乱暴にしていた。しかしその彼女は今、リズと楽し気に話している。その姿は仲の良い女性同士の再会にしか見えなかった。
「元気元気っ。リズも元気そうだな。お前らのこたぁ聞いてるぞ。アンデッドキングを倒して遺跡を守ったっつー話じゃねぇか」
「元々アンデッドキングが守っていたものだから、私達が守ったなんて言えないわよ」
「まぁいいんじゃねぇ? 冒険譚に尾ひれがつくのは世の常だぜ。それにしても、相変わらずその銀髪はリズに尻尾フリフリなのか?」
「えーっとね……どちらかというと、私の方が尻尾フリフリみたいな?」
リズは照れながらそう言うと、ユウの手を取って引き寄せ、その腕を絡める。モジモジしながら友人に恋人を紹介するかのようなその仕草は、堪らなく愛らしい。
その様子に、今度はレベッカが呆気に取られ、数瞬固まった。
「……はぁぁぁぁ?! 本気かよリズ?! こんな銀髪のどこがいいんだ?!」
「どこって言われても……真っ直ぐなところ?」
「はぁぁぁぁ?! おいコラ銀髪、リズに変な薬でも飲ませたんじゃねぇだろうな?」
「そんなことないわよレベッカ」
「本当、僕には失礼だよな。それに確かに銀髪だけど、ちゃんとユウって名前がある、ユウ・ソウルだ。よろしく、レベッカ」
苦手意識はあろうともリズが仲良くしている相手なのであれば、ユウもさすがにその意識は変革しなければならないと思った。彼女に対する悪印象をいつまでも引きずるわけにはいかないとレベッカに手を差し出す。
その手をじっと見つめ、顔を歪めるレベッカ。
「歩み寄ろうとする相手を拒絶するな、レベッカ。しかも彼はお前が血反吐を吐いたあの時に俺達の誇りに配慮してくれた少年じゃないか」
「アタイが血反吐を吐いた時とか言うな!」
「ケケケ……事実じゃろう」
「事実であり真実です。真実から目を背ければ、貴女の世界は偽りで満たされ、貴女自身も偽りに呑まれますよ、レベッカ」
「あーもう! うぜぇうぜぇ! わかったよ!」
いつの間にか、レベッカの後ろには血塗る夕暮れの他のメンバーが集まって来ていた。赤黒い鎧と大剣が目立つ大男、寂しい頭髪にしわが目立ちレベッカと同じような紅い革鎧を纏う猫背の男、落ち着いた口調で哲学的なことを述べる深紅のローブを纏う女性。ローブの者は前に見た時は遠目だったからわからなかったが、こうして近くで見て声音まで聞けば女性だということがわかった。やはり紅い装備を身に着けた者が4人も集まるとさすがに目立つ。
周囲の人々がチラチラとその一団のやり取りを気にし始めた。
「あん時はお前の大事なリズに剣を向けて謝らねーで悪かった、銀……ユウ」
「え?! 今更?!」
銀髪と言いかけたのは見逃してやろう。しかし、まさか今更謝罪の言葉を聞くことになるとは思わなかった。
「リズにはイーストエンドで謝ったからな! お前には謝ってなかったから、これで終いだ!」
ユウに向かって手を差し出してくるレベッカ。
「あ……あぁ」
まるで親に諭された子供のように仲間の発言で丸くなるレベッカ。案外悪い奴ではないのかもしれないとユウはその手を握り返した。
「よかった、これでユウもレベッカも友達ねっ!」
「本当、リズの頭はお花畑か? そんな簡単に思えねぇよ。リズは別に友達でいい。だが、ユウのことは天翔ける竜の一員でリズの恋人って覚えておくだけで友達じゃねぇ」
「それでいいさ。改めてよろしく、レベッカ。それと血塗る夕暮れのみなさん」
「こちらこそ、天翔ける竜の少年よ」
ユウが『血塗る夕暮れ』と発言し、その血塗る夕暮れの大剣の男が『天翔ける竜』と発言したことで、周囲が一層騒がしくなる。その喧騒にさすがに気づくと、2組のパーティは一旦その場を離れ、すぐ傍にあった血塗る夕暮れが出入りしている宿屋へと逃げこんだ。
名が知れ渡っている冒険者が一堂に会すると、滅多に見られないその光景を見ただけで待ち行く人々の心は踊るのだった。
それは血塗る夕暮れの宿屋『紅雨』の主人も同じだったが、血塗る夕暮れ御用達の宿屋であることもあり、その様子は2組のパーティが席に着いて話し始めるとすぐに落ち着き、通常営業へと戻る。
大剣の男の名はダグラス・モラン、猫背の男はポール・ディガン、ローブの女はケリー・ルースと言うらしい。血塗る夕暮れではレベッカが最後に加わった最年少のメンバーらしく、レベッカは他のメンバーの言うことには文句を言いながらも従う立場のようだ。パーティ行動の判断をするのはダグラス、客観的かつ冷静な意見を述べるのはケリー、レベッカをからかうのがポール、という関係に見える。4人のやり取りを見ている限りでは、気性が荒いのはレベッカ一人のように見えた。ポールという猫背の男からも品の悪さを感じるが、レベッカのように直情的な面が見えるわけではなかった。
「そういえばお前ら、闘技大会には出んのか?」
「闘技大会?」
レベッカが聞き慣れない言葉を口にする。彼女によればそろそろ年に2回の闘技大会が開催される恒例の時期であるらしく、その開催時期に合わせて彼らはギフティアへと戻ってきた、ということのようだった。闘技大会とは騎士であれ冒険者であれ一般市民であれば誰もが参加できる闘技のイベントとのことであり、つい先ほどネロにコテンパンにされた訓練場が闘技会場となるイベントのようだ。
ギフティアでは一大イベントであり、その場では大金が動く。優勝者には賞金も出るらしく、腕に覚えのある者にとっては一攫千金のチャンスであり、自身の名をこの神都に知らしめることが可能となる夢の舞台だった。
「ネロさん、そんなこと何も言ってなかったよね?」
「そうね……でも、ネロさんのことだから私達を驚かそうとして直前に『申し込んだからな』とか言ったりしそう」
「……確かに」
「黒魔剣士ネロか……お前らよく弟子になれたな」
「黒魔剣士? 弟子? 何それ?」
「お前らマジで言ってんのか……もっと世間の噂とか情報に関心持てよ」
黒魔剣士ネロとは、ネロの冒険者時代の呼び名とのことだ。
魔剣士自体が少ない中、魔剣士ネロと呼ばれるわけでなく、黒魔剣士ネロと呼ばれていることには理由があった。それは漆黒の鎧に身を包んでいるから――ということも理由の1つではあったがそれだけではない。
どうやらネロは闇魔法の使い手であり、その性格も腹黒いことから黒魔剣士ということらしい。その腹黒魔剣士が天翔ける竜を弟子にしている、という噂が流れている。まぁ訓練してもらっているから、弟子と言うのは間違っていないと思う。それにしても腹黒な魔剣士とは何とも不名誉な理由である。
「腹黒い……かなぁ? リズ、そんな風に思ったことある?」
「ううん、全然」
「僕達が経験してきた腹黒レベルが高すぎて何も感じないのかも」
「何それユウ、私しか笑えないわ」
リズはそう言うが、今やユウとリズは過去を笑って話せるのである。生きる喜びを失っていた過去。しかし、今ではその喜びはお互いの傍にある。その幸せが2人を、過去を笑って話せる姿に変えていた。
「イチャつくなら自分達の部屋に帰ってからにしてくんねぇ?」
そんなレベッカのツッコミに、その場のメンバーの頬が緩む。
空気を読まなかった自分達に恥ずかしさを感じながらも、2人はその場の笑いに温かさと、心地よさを感じていた。
「まぁ何でもいいけどよ、お前ら、絶対大会出ろよ! この機会逃したら次は半年後なんだからな! アタイはそんなに待ってらんねぇからなっ!」
レベッカは大会でユウ達と戦う気満々である。ユウ達はというと、ユウとルカが、レベッカ達と戦うというよりも闘技大会そのものに、その目をキラキラと輝かせていたのであった。
◇◇◇
「ん? 闘技大会? あるぞ」
血塗る夕暮れと別れると、ユウ達は冒険者ギルドへと戻ってきた。先ほどの闘技大会のことをネロに確認するためだった。ルカはというと、なるべくシャルの目に入らないように縮こまっていた。
「それっていつですか? 街の中見ても張り紙とかないですし、全然知らなかったですよ」
「そりゃ宣伝とか周知期間、申込期間も全て明日からだからな、知らないのも無理はない」
「教えてくれてもいいじゃないですか」
「俺が教えたらつまらないだろ、その宣伝を見たお前らの反応見たいんだから。それに俺が教えたら越権行為だ。他の冒険者は明日知るんだぞ?」
「う……それは確かにそうですけど」
「あ、そうそう」
「何ですか?」
「魔術師のエリー以外、お前ら全員申し込んでおいたからな」
「えぇ?!」
「ほら、案の定だったでしょう?」
リズの言った通りである。リズの言った通りだったのに、驚いてしまった自分が情けない。だってそれも仕方ないじゃないか。
「申し込みも明日からって言ってましたよね?!」
「あぁ、そうだよ」
申し込みは明日からにも関わらず、申し込んだ、と言い張るネロ。拳を握り、親指をユウ達に向けて立てるとニヤリと笑う。
「主催者特権」
参加者当人の意思確認もなく、公式申込開始日よりも前に申し込める特権の方が、よっぽど越権行為だと感じたのは言うまでもない。呆けるユウに満足しているネロ。シャルがお茶を運びながら苦笑いをする。
「本当、この人勝手でごめんなさいね。そのあなた達の反応を見たいってやたらうるさくて……私も黙っててごめんなさい」
しかし、どの道申し込むことには変わらなかったのだからそれはいいとしよう。問題はそれがいつなのかだ。闘技大会に臨むのであれば自身の鍛錬をできる限りしてから参加したい。さすがに明日明後日はあり得ないはずである。
ネロも弟子を出すのであればそれなりの鍛錬の期間を設けるはずであり、一大イベントならなおさら、3か月程度は少なくとも宣伝期間を設けるはずだ。
「あぁ、ひと月後だよ」
「んんっ!! 微妙に時間ない!!」
「あ、あと、大会終わるまで忙しくなるからお前らの訓練してやれないからな」
「んんっ!! それも予想外!!」
悉く予想を裏切られ、ユウはこの腹黒魔剣士にもう、呆れること以外に出来ることはなかった。
シャルの凍えるようなオーラに気圧され退散してきた訓練場からの帰り道、気持ち肩を落としているように見えるルカに声をかける。シャルにも戦いを挑もうとした様子から、ルカは自分の強さに自信を持っていたと思われる。しかし、ユウとリズ同様、ネロには軽くあしらわれ、シャルとは勝負にすらならなかった。それはまぁネロとの戦いの意味とはまた別の意味でだが、少なからずショックを受けていてもおかしくない。
「オッチャンは強かったよ。悔しいけど勝てる気はしなかった。でも、ショックだったのはあのオバ……シャル姉に気圧されたことかな」
「あれはルカが悪いわよ、若くて綺麗なシャルさんにオバチャンだなんてもう信じらんないっ」
「オイラ最後までは言ってないよ!」
「あそこまで言ったら言ったも同然よ、女性を呼ぶ時は今後気をつけること。紳士じゃない男の子はモテないわよ、ね、エリー?」
リズは呆れた様子でルカを窘め、反省しろと言わんばかりにルカの想い人であるエリーに話を振るとエリーも間髪入れずにその問いに返答をした。
「うん。紳士であってもルカはモテない」
「あれ?! 文脈おかしいよね?! でもモテなくたっていいよ! オイラにはエリーがいるから!」
「私にはリズがいるから」
「うぇぇぇ?! ライバルはリズ姉なの?!」
ネロやシャルに敵わなかったことよりも、エリーに相手にされていないことの方がよっぽどショックなようだ。その様子を見てユウは胸を撫で下ろした。
「ルカ、次に訓練場行く時は僕と戦ってみない?」
「いいよ! そう言えばこの間の遺跡でのユウ兄の魔法凄かったね! 魔法がユウ兄の能力なの?」
そう言えば遺跡探索時に『あとで話す』と言っておきながら全然話していなかったと思い出し、能力、いや、超能について今までの経験をもとにメリットとデメリットも含めてルカに話をする――。
「へぇ~、神の能力って言っても、何でもできるんじゃないんだね」
「まぁね、魔力さえ尽きなければ何でもできるって感じ? あまり使い過ぎると意識喪失しちゃうし、そうなったらリズが怖いんだ」
「そりゃそうよ、最愛の人が倒れて平気だと思う?」
リズの発言に思わず頬が緩む。リズと想いが通じ合ってからのスキンシップはたまにある程度であり、そのたまのスキンシップも未だに少し恥ずかしさがこみ上げてくる。そのため、今はこうした言葉のスキンシップであっても2人は十分幸せだった。
互いを想い合っていることを互いに認識し、その安心に包まれながら互いの隣を歩く。それがユウとリズの幸せの形だった。
「うひゃっ! ごちそうさまだねっ!」
「ね、僕自身もそう思うよ」
「そろそろ部屋割り変える?」
幸せに浸るユウとリズを見てエリーはポツリと提案する。今の銀月での部屋割りは4人部屋がないために、リズとエリー、ユウとルカでそれぞれ2人部屋を借りている形だった。エリーの提案はユウとリズを同部屋にするという提案に他ならず、その提案に大賛成の声を上げたのはユウでもリズでもなく、ルカだった。そこでエリーは事の重大さに気づいたらしい。
「もちろん、冗談」
と、即座に提案を取り下げたのだった。
ルカが世界に絶望したかのように肩を落としたのは、言うまでもない。
「あ! リズじゃねぇか! よぉ!」
ルカが世界に絶望していると、前方からリズを呼ぶ声が聞こえた。この口調と声には聞き覚えがある。嫌な予感を抱きながらユウは顔を向けるとそこには案の定、栗色の髪の女がいた。リズから聞いた話では、ベテラン冒険者である血塗る夕暮れの一員であるらしい女だった。
「レベッカ! 久しぶりねっ! 元気にしてた?!」
リズは栗色の髪の女に親し気に駆け寄る。リズがレベッカとこんなにも打ち解けていたとは思わず、ユウは呆気にとられた。ユウはレベッカのことが苦手だ。初対面の印象が最悪だったからだ。リズに剣を向けておきながら何の謝罪もない太々しい態度、そして荒々しいその口調がまた、彼女の印象を更に乱暴にしていた。しかしその彼女は今、リズと楽し気に話している。その姿は仲の良い女性同士の再会にしか見えなかった。
「元気元気っ。リズも元気そうだな。お前らのこたぁ聞いてるぞ。アンデッドキングを倒して遺跡を守ったっつー話じゃねぇか」
「元々アンデッドキングが守っていたものだから、私達が守ったなんて言えないわよ」
「まぁいいんじゃねぇ? 冒険譚に尾ひれがつくのは世の常だぜ。それにしても、相変わらずその銀髪はリズに尻尾フリフリなのか?」
「えーっとね……どちらかというと、私の方が尻尾フリフリみたいな?」
リズは照れながらそう言うと、ユウの手を取って引き寄せ、その腕を絡める。モジモジしながら友人に恋人を紹介するかのようなその仕草は、堪らなく愛らしい。
その様子に、今度はレベッカが呆気に取られ、数瞬固まった。
「……はぁぁぁぁ?! 本気かよリズ?! こんな銀髪のどこがいいんだ?!」
「どこって言われても……真っ直ぐなところ?」
「はぁぁぁぁ?! おいコラ銀髪、リズに変な薬でも飲ませたんじゃねぇだろうな?」
「そんなことないわよレベッカ」
「本当、僕には失礼だよな。それに確かに銀髪だけど、ちゃんとユウって名前がある、ユウ・ソウルだ。よろしく、レベッカ」
苦手意識はあろうともリズが仲良くしている相手なのであれば、ユウもさすがにその意識は変革しなければならないと思った。彼女に対する悪印象をいつまでも引きずるわけにはいかないとレベッカに手を差し出す。
その手をじっと見つめ、顔を歪めるレベッカ。
「歩み寄ろうとする相手を拒絶するな、レベッカ。しかも彼はお前が血反吐を吐いたあの時に俺達の誇りに配慮してくれた少年じゃないか」
「アタイが血反吐を吐いた時とか言うな!」
「ケケケ……事実じゃろう」
「事実であり真実です。真実から目を背ければ、貴女の世界は偽りで満たされ、貴女自身も偽りに呑まれますよ、レベッカ」
「あーもう! うぜぇうぜぇ! わかったよ!」
いつの間にか、レベッカの後ろには血塗る夕暮れの他のメンバーが集まって来ていた。赤黒い鎧と大剣が目立つ大男、寂しい頭髪にしわが目立ちレベッカと同じような紅い革鎧を纏う猫背の男、落ち着いた口調で哲学的なことを述べる深紅のローブを纏う女性。ローブの者は前に見た時は遠目だったからわからなかったが、こうして近くで見て声音まで聞けば女性だということがわかった。やはり紅い装備を身に着けた者が4人も集まるとさすがに目立つ。
周囲の人々がチラチラとその一団のやり取りを気にし始めた。
「あん時はお前の大事なリズに剣を向けて謝らねーで悪かった、銀……ユウ」
「え?! 今更?!」
銀髪と言いかけたのは見逃してやろう。しかし、まさか今更謝罪の言葉を聞くことになるとは思わなかった。
「リズにはイーストエンドで謝ったからな! お前には謝ってなかったから、これで終いだ!」
ユウに向かって手を差し出してくるレベッカ。
「あ……あぁ」
まるで親に諭された子供のように仲間の発言で丸くなるレベッカ。案外悪い奴ではないのかもしれないとユウはその手を握り返した。
「よかった、これでユウもレベッカも友達ねっ!」
「本当、リズの頭はお花畑か? そんな簡単に思えねぇよ。リズは別に友達でいい。だが、ユウのことは天翔ける竜の一員でリズの恋人って覚えておくだけで友達じゃねぇ」
「それでいいさ。改めてよろしく、レベッカ。それと血塗る夕暮れのみなさん」
「こちらこそ、天翔ける竜の少年よ」
ユウが『血塗る夕暮れ』と発言し、その血塗る夕暮れの大剣の男が『天翔ける竜』と発言したことで、周囲が一層騒がしくなる。その喧騒にさすがに気づくと、2組のパーティは一旦その場を離れ、すぐ傍にあった血塗る夕暮れが出入りしている宿屋へと逃げこんだ。
名が知れ渡っている冒険者が一堂に会すると、滅多に見られないその光景を見ただけで待ち行く人々の心は踊るのだった。
それは血塗る夕暮れの宿屋『紅雨』の主人も同じだったが、血塗る夕暮れ御用達の宿屋であることもあり、その様子は2組のパーティが席に着いて話し始めるとすぐに落ち着き、通常営業へと戻る。
大剣の男の名はダグラス・モラン、猫背の男はポール・ディガン、ローブの女はケリー・ルースと言うらしい。血塗る夕暮れではレベッカが最後に加わった最年少のメンバーらしく、レベッカは他のメンバーの言うことには文句を言いながらも従う立場のようだ。パーティ行動の判断をするのはダグラス、客観的かつ冷静な意見を述べるのはケリー、レベッカをからかうのがポール、という関係に見える。4人のやり取りを見ている限りでは、気性が荒いのはレベッカ一人のように見えた。ポールという猫背の男からも品の悪さを感じるが、レベッカのように直情的な面が見えるわけではなかった。
「そういえばお前ら、闘技大会には出んのか?」
「闘技大会?」
レベッカが聞き慣れない言葉を口にする。彼女によればそろそろ年に2回の闘技大会が開催される恒例の時期であるらしく、その開催時期に合わせて彼らはギフティアへと戻ってきた、ということのようだった。闘技大会とは騎士であれ冒険者であれ一般市民であれば誰もが参加できる闘技のイベントとのことであり、つい先ほどネロにコテンパンにされた訓練場が闘技会場となるイベントのようだ。
ギフティアでは一大イベントであり、その場では大金が動く。優勝者には賞金も出るらしく、腕に覚えのある者にとっては一攫千金のチャンスであり、自身の名をこの神都に知らしめることが可能となる夢の舞台だった。
「ネロさん、そんなこと何も言ってなかったよね?」
「そうね……でも、ネロさんのことだから私達を驚かそうとして直前に『申し込んだからな』とか言ったりしそう」
「……確かに」
「黒魔剣士ネロか……お前らよく弟子になれたな」
「黒魔剣士? 弟子? 何それ?」
「お前らマジで言ってんのか……もっと世間の噂とか情報に関心持てよ」
黒魔剣士ネロとは、ネロの冒険者時代の呼び名とのことだ。
魔剣士自体が少ない中、魔剣士ネロと呼ばれるわけでなく、黒魔剣士ネロと呼ばれていることには理由があった。それは漆黒の鎧に身を包んでいるから――ということも理由の1つではあったがそれだけではない。
どうやらネロは闇魔法の使い手であり、その性格も腹黒いことから黒魔剣士ということらしい。その腹黒魔剣士が天翔ける竜を弟子にしている、という噂が流れている。まぁ訓練してもらっているから、弟子と言うのは間違っていないと思う。それにしても腹黒な魔剣士とは何とも不名誉な理由である。
「腹黒い……かなぁ? リズ、そんな風に思ったことある?」
「ううん、全然」
「僕達が経験してきた腹黒レベルが高すぎて何も感じないのかも」
「何それユウ、私しか笑えないわ」
リズはそう言うが、今やユウとリズは過去を笑って話せるのである。生きる喜びを失っていた過去。しかし、今ではその喜びはお互いの傍にある。その幸せが2人を、過去を笑って話せる姿に変えていた。
「イチャつくなら自分達の部屋に帰ってからにしてくんねぇ?」
そんなレベッカのツッコミに、その場のメンバーの頬が緩む。
空気を読まなかった自分達に恥ずかしさを感じながらも、2人はその場の笑いに温かさと、心地よさを感じていた。
「まぁ何でもいいけどよ、お前ら、絶対大会出ろよ! この機会逃したら次は半年後なんだからな! アタイはそんなに待ってらんねぇからなっ!」
レベッカは大会でユウ達と戦う気満々である。ユウ達はというと、ユウとルカが、レベッカ達と戦うというよりも闘技大会そのものに、その目をキラキラと輝かせていたのであった。
◇◇◇
「ん? 闘技大会? あるぞ」
血塗る夕暮れと別れると、ユウ達は冒険者ギルドへと戻ってきた。先ほどの闘技大会のことをネロに確認するためだった。ルカはというと、なるべくシャルの目に入らないように縮こまっていた。
「それっていつですか? 街の中見ても張り紙とかないですし、全然知らなかったですよ」
「そりゃ宣伝とか周知期間、申込期間も全て明日からだからな、知らないのも無理はない」
「教えてくれてもいいじゃないですか」
「俺が教えたらつまらないだろ、その宣伝を見たお前らの反応見たいんだから。それに俺が教えたら越権行為だ。他の冒険者は明日知るんだぞ?」
「う……それは確かにそうですけど」
「あ、そうそう」
「何ですか?」
「魔術師のエリー以外、お前ら全員申し込んでおいたからな」
「えぇ?!」
「ほら、案の定だったでしょう?」
リズの言った通りである。リズの言った通りだったのに、驚いてしまった自分が情けない。だってそれも仕方ないじゃないか。
「申し込みも明日からって言ってましたよね?!」
「あぁ、そうだよ」
申し込みは明日からにも関わらず、申し込んだ、と言い張るネロ。拳を握り、親指をユウ達に向けて立てるとニヤリと笑う。
「主催者特権」
参加者当人の意思確認もなく、公式申込開始日よりも前に申し込める特権の方が、よっぽど越権行為だと感じたのは言うまでもない。呆けるユウに満足しているネロ。シャルがお茶を運びながら苦笑いをする。
「本当、この人勝手でごめんなさいね。そのあなた達の反応を見たいってやたらうるさくて……私も黙っててごめんなさい」
しかし、どの道申し込むことには変わらなかったのだからそれはいいとしよう。問題はそれがいつなのかだ。闘技大会に臨むのであれば自身の鍛錬をできる限りしてから参加したい。さすがに明日明後日はあり得ないはずである。
ネロも弟子を出すのであればそれなりの鍛錬の期間を設けるはずであり、一大イベントならなおさら、3か月程度は少なくとも宣伝期間を設けるはずだ。
「あぁ、ひと月後だよ」
「んんっ!! 微妙に時間ない!!」
「あ、あと、大会終わるまで忙しくなるからお前らの訓練してやれないからな」
「んんっ!! それも予想外!!」
悉く予想を裏切られ、ユウはこの腹黒魔剣士にもう、呆れること以外に出来ることはなかった。
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9,545
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2.4万
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